好感度を上げ過ぎた結果
俺様たちの席の前には、食事が用意されてる。
肉野菜の炒め物っぽいものに、パンやらスープもある。
問題なのは、それが五人分しか並べられてねーって事だな。
当然アレフの席には何も置いてねぇ。
これって突っ込んだ方が良いんだろうけど、ここまで露骨だと誰も何にも言えねーだろ。
(人の不幸やらは大好物なんだが、最近不幸に成りっぱなしなのはアレフだけだな。けど、ここまで陰湿なのは久しぶりかもしれねぇわ)
さてさて、一応俺様はアレフの野郎からは、勇者の糞共がいる場合は無視して良いって言う事になってるんだが、実際問題それは出来ねぇんだよ。
俺様の最終目標である、聖女の俺様が伝説になるエピソードに、食事抜きの野郎を無視してました…なんてもんが、万が一にも載ってみろ? その時点で、サクセスストーリーに傷が付いてダメになるだろうが!
まあ、こいつらには何言っても無意味だろうが、体裁ってもんがあるからな。
庇うポーズは取らんとダメなんだわ。
「あ、あの! フィーネさん(このババア、考えが意味不明すぎて苦手なんだよなぁ)」
「あら? クリスちゃんが話しかけてくれるなんて珍しいわね! 嫌いな物でも入ってたの?」
「いえ……料理はとても美味しそうです。それは、ありがとうございます(そういう気遣いはあるのに、こういう仕打ちをあっさり出来るんだから不思議なもんだよなぁ?)」
「いいのよ、私たち勇者様と共に戦う同士みたいなものでしょ! ちなみに私は貴女がいつハヤト様の部屋に来ても良いと思ってるのよ?」
「私にはそんな……あっいえ! それより食事の数がひとつ少ないと思うのですけど……?(誰が行くかボケ! それより誰も突っ込まなかったことを言ったぞ! ある意味、真の勇者だろ俺様こそ)」
なんか、部屋の温度が下がったぞ。つーかなんで俺様がこんな貧乏くじ引いてんだ? 実際引いてんのは、そこの荷物持ち君なんだけどよ。
はぁ、どうしてこう、みんなして俺様の聖女伝説を邪魔しに来るんだよ。キレそうになるわ。何気なくアレフの方を見ると顔面蒼白で俺様の顔を見ていた。本来はてめぇが言えよ自分の事だろが。
「クリスちゃん、あなた何言ってんの?」
「えっ? フィーネさ……(は?何で俺様が責められる流れなんだよ死ね)」
「あのさ、パーティメンバーは五名って事忘れてない? 荷物持ちって仲間じゃないのよ? 大丈夫?」
「…………(最初の旅の時に六人パーティって言ってただろクソババア)」
「あはは、フィーネさん! クリスはちょっと勘違いしてただけなんだよ。お姉ちゃんのあたしがちゃんと説明しとくべきだったね。でも二人があんなゴミのためにこれ以上喧嘩するのは見たくないかな」
「そうですわね、別にクリスちゃんが悪いわけじゃないのにちょっときつく言いすぎたかしら?ごめんなさいね!」
「いえ……(ダメだこりゃ、話が成り立たねぇ)」
言葉が出ねぇよもう……。
自分ルールで既に五人パーティになってましたとか、流石の俺様もこいつらのオツムのヤバさには負けるわ。
そもそも仮に五人パーティだとしても、一緒に連れてんだから飯くらいは食わせるだろ。どんな思考回路してんだよ? 魅了関係なく、元々頭おかしいだろ。
ドン引きしすぎて食欲まで無くなったわ。人間こうはなりたくねぇよなー。
つーか、こうなるとこの場でアレフの野郎にエサを与えるのは不可能に近い。
俺様の読み違いじゃなきゃ、まず何かしらの転機がアレフには訪れるだろうから何とか手段を講じないと不味いな。
明日の洞窟辺りで確実に何かが起きる。スキルなし荷物持ちに何かが起きないはずがねぇんだよ。
「飯もないようなんで、俺部屋にもういきますね」
アレフはそう誰にともなく呟くと重い足取りで自室へと向かっていった。
このまま好感度も稼げずに終わってしまったら、俺様の聖女伝説も終わりかねない。こうなれば、秘密兵器を手になんとかやり遂げてやるぞ……。
***
悪い予感は的中した。
俺の分の飯は見事になし……。その上クリスにまで申し訳ないことをしてしまった。無視しろと言ったものの、クリスが俺の為にフィーネに詰め寄ってくれたのは嬉しかった。
やめてくれって思うべきなんだろうけど、俺は一人じゃないって改めて思えたから……。だけど、奴らの言い分は想像を絶するようなものだった。
俺は旅に付いていくときに挨拶もしたし、非公式でも何でもなく王国からちゃんと魔王討伐も六人パーティという名目で進行したのだ。
それを個人の言い分で、勝手に五人パーティだからとか、子供でもそんな酷い言い訳はしないような事を言ってきやがった。
あいつらは、どこまで俺が憎いんだ? ああっ!?
俺が何をしたって言うんだよ、あの糞女!! いい加減にしてほしい。
旅の路銀も俺には一切渡さず、荷物は全身に持たせ、その癖食事も出さないだと? ふざけんな! ふざけんじゃねぇ!……空腹と悔しさとストレスで吐き気がしてきた。
しばらく、イライラとした気分でベッドにダラダラと横になっていた。
食事場から一人部屋に戻って、もう二時間は経っただろうか。
荷物を持たされ、朝から夜まで動いた所為でお腹は鳴りっぱなしになるほどだ。
こうなったら早く寝よう……俺は目を瞑り意識を落とそうとした。
――――だが。
「あぁん!……あんっ、気持ちイイぃ! ハヤトォ……スキぃぃぃ!」
隣の部屋からギシギシと言う音と共に、どこかで聞いたことのある女性の嬌声が聞こえて来た。
勇者はどんな宿でも、何故か必ず俺の隣の部屋を取ることを忘れていたんだ。
俺は、意識を無理やり覚醒させられ、どうしようもないほど疲れ果てた。
いつもならまたかよ……で済ますのだが、今回は夜まで一日中歩いていた上に飯も抜きと来た。そして、隣の声の主は勇者と……最愛だった、アリア。
慣れたとはいえ、婚約者の情事に耽る声など聞きたいはずもない。
俺はもう、ベッドの上に座りながら死んだような目でボーとしていた。
気分的には、猛烈に死にたくなっていた。
「明日の洞窟で俺、死ぬのかもな……」
小さな独り言でネガティブな事を言ってるとどんどん気分が落ち込んでいってしまう。
誰か助けて欲しい。誰でも良いから俺を……。
すると、扉をコンコンと叩く音が聞こえた。
ノックをして俺の部屋に入ってくる人物は勇者ハヤトくらいなのだが、ハヤトはどう考えても隣の部屋で未だにお楽しみ中なのは明らかだ。他に誰も思い浮かばない俺は扉の前まで歩いて行きそっと扉を開けた。
「どうもです、アレフさん。夜遅くにごめんなさい! お部屋に入っても大丈夫でしょうか……?」
「えっクリスちゃんか? どうしたんだよこんな時間に」
そこには眠ってると思っていたクリスがいた。部屋に訪ねてくる理由が分からず俺は混乱する。
「えへへ、びっくりしましたか? 実はアレフさんにお渡ししたいものがあってですね!」
「俺に? それは一体」
俺がそういうと同時に、クリスは手持ちのポーチから手作りしたと思われる、小さな容器のようなものを複数取り出した。その中には、食事の時に見た肉と野菜の炒め物やパンなどが、小盛ながら入っていたのだ。
「お腹空きましたよね! 偶然にも小さな入れ物があったので、入れて持って来てしまいました」
そう言って、いたずらした子供のように軽く舌を出してウインクするクリス。
少しドキッとしたのは内緒だ。食べやすいように、フォーク等も持ち込まれていた。
「クリスちゃん……その、大丈夫なのか? こんなことして、こういうのってあいつら許さないんじゃ」
俺は嬉しかったが、もしこれがバレて、また、さっきみたいに詰め寄られたらそれは困る。別に迷惑を掛けたいわけではないのだから、あまり無理をしてほしくはない。
さっきの会話から、あいつらはまともではないことは解ってるので、心配するのは当然と言えたのだが、クリスは俺の眼を見て満面の笑みを浮かべ、ハッキリとこう言った。
「そんなのもう知らないです! あんなに頑張って重い荷物を運んでいるアレフさんが食事を取れない方が絶対におかしいのですから! 良いんですよ、バレない様にもう食べちゃいましょう!」
「……っ」
クリスの優しい言葉と笑顔を見て、俺はとうとう涙を抑えることが出来なくなってしまった。
旅に付き合いだしてから、かつては、信頼され優しかったアリア達から、理不尽な事を無理矢理させられた挙句に、人間未満の扱いだったり、周りが全て自分を憎んでるような、そんな感覚にまで陥っていた。
だからこそ、もうクリスの優しさには耐えられなかった。
一人じゃなくなる暖かさを覚えてしまったらもう、二度と一人には戻りたくなくなる。
頭では分かっていたが、どうしようもなく既に俺は色々と限界が来ていた。
あるいは、限界なんてとっくに超えていたのかもしれない。
「大丈夫ですよ……思い切り泣いて良いんです。今までアレフさんは沢山我慢して頑張って来たのですから、沢山我慢をした人は……沢山泣いて心をスッキリした方が良いのです」
涙が止まらず、泣き続ける俺をクリスは優しく抱きしめてくれた。
両膝をつき、悲しんでいる状態だった俺の顔部分が丁度、クリスの胸の位置まで来ていて、普段なら恥ずかしいという感情もあったのだろうが、悲しみのリミッターが壊れていた俺は、恥も外聞もなくクリスの胸の中で泣いた。
クリスは、嫌な顔もせず俺の頭を撫で続け、俺が泣き止んで落ち着くまでその行為は続いた。
聖女がいた。そこには紛れもない優しさに満ち溢れた聖女様が……。
ここら辺から、俺とクリスの関係性が明確に変わったのは気の所為ではないだろう。
正確に言えばクリスの方ではなく、俺自身が、クリスに対する意識が変わったというべきか。
彼女の言う通り、子供のように号泣した俺は、恥ずかしさと共に何故か安らぎのようなものを得ていた。ひときしり泣いた後に、俺のお腹が鳴ってしまい、その際クリスと顔を合わせ二人でつい笑ってしまう。
「泣いたらお腹が空きますよね、お水も用意してきましたのでゆっくり食べてください」
「ああ、その、ごめんな? 色々と恥ずかしい所を見せてしまった後で今更なんだが……クリス」
「はい? なんですかアレフさん?」
「本当に、ありがとう」
俺がそういうと、クリスはニッコリ笑って「どういたしまして」と元気に言った。
心から言うクリスが、とてもとても愛らしく見えた。
前までは、可愛い位と思っていたのに、どうしようもなく愛らしく……。
その後、持って来てくれた食事を楽しく食べつつ俺は幸せを噛みしめていた。クリスがコップに水を注ぎ俺に差し出してくれたり、まるで愛しい妻のように献身的に尽くしてくれる。
そして食事が終わり、入れ物を全て回収したクリスが俺に挨拶して出て行くと、俺の中にクリスが居なくなってしまった、寂しさと切なさが途端に押し寄せて来た。
別にパーティを別れたわけでもなく、ただクリスは自分の自室に帰っただけだと分かっていてもこれだ。俺は自分のこの気持ちを自覚した。
俺はクリスを、好きになったのだと。
婚約者アリアを差し置いてこの結果!
小さなタッパーは村の実家から持って来てました。