最愛との対峙
俺達三人は救世の旅を再開するため、宿を出発するところだった。
しかし、突然宿屋の入り口に現れた一人の女により、出発は遅れることとなる。
クリスが今、時折涙を浮かべながら話している相手は……アリアだった。俺の過去の婚約者であり、愛した人物であり、そして――
俺を笑いながら崖から突き落とし裏切った女……。そいつが今、馴れ馴れしく俺の全てであるクリスと嬉しそうに話している。非常に不快だ。
今すぐあの汚らしい女をクリスから引き離し、細切れに切り刻んでドブ川に捨ててやりたい気分だが、それは出来ない。
何故なら、クリスが望んでないからだ。忌々しい事にクリスはあの屑女の事をまだ好いているように見える。なら、俺の感情であいつを殺すなど言語道断だろう。
だが……見捨てられたならその限りではない。献身の聖女と言われ慈愛に満ち溢れたクリスに見捨てられるようなら、その時は俺の手で引導を渡してやる。
「アリア姉さん……実は姉さんに紹介したい人が居るんです」
「クリス、いきなり改まってどうしたの……? あたしに紹介したい人?」
「ええ、そうです。姉さんが一番会いたかった人だと思います」
クリスはニッコリとアリアに微笑んだ後に、俺の方を見た。
……クリスが紹介したいというなら、俺に断る理由はない。俺はクリスたちの所へ向かう。
「さあ、姉さん。ご紹介します。彼は救世の英雄と呼ばれています。名前は――」
「……う、嘘……? もしかして、もしかして……アレフなの?」
クリスの言葉を邪魔して俺の名前を呼ぶ女に殺意が沸いた。お前ごときがクリスの言葉を遮るなんて……どれだけ俺を怒らせれば気が済むんだ?
「姉さん、凄いですね……アレフだと、分かるんですか?」
「たしかに……髪型も、顔つきも変わったけど……あたしが、アレフを見間違えるわけない!」
「ふふっ、姉さんはやっぱり、姉さんですね。少し、昔を思い出しました」
「ク、クリス……。あたしは、その」
「アレフの事になると、姉さんが間違ったことなんてないですからね」
屑女と聖女の談笑は続く。俺はその間、ずっとクリスの顔を見続けていた。相変らず、俺の女神だった。美しい……。
「アレフ……その、お辛いとは思いますが、姉さんに」
クリスが気まずそうに俺に語りかける。そんな顔をするな。クリスは笑った顔が一番可愛いんだ。
クリスの為に自分を徹底的に殺した俺は、アリアの方に顔を向け挨拶した。
「よう、久しぶりだな……アリア」
俺が一言だけ不愛想にそう言うと、アリアは汚らしい顔を歪め涙をポタポタと垂らしながら俺に近づく。殺したくなる自分の感情を殺すのに俺は心血を注いだ。
「アレフ……。あ、あたし……! あたしね! アレフに……あ、あ、やま゛りだぐで。でも、あだじがごろじじゃったから、もう、あやま゛れないっで……なのに、アレフはいま゛ごごにいで……だから、あだじ……」
自分を殺すのに必死すぎて、あの屑女が何を言ってたのか聞き逃したが……まあ問題ないだろう。
涙と鼻水で一杯な、あの顔が気持ち悪いという事だけ分かれば十分だ。
「そうか」
とりあえず、俺は適当な返事を返した。何をしゃべってたのかわからないが「そうか」と言えば大抵の会話が繋がるだろう。
「うう……アレフ……アレフぅ! ごめんっ! ごめんね……! あたし、アレフに沢山酷いことして、沢山酷い事も言って……アレフの事を、殺そうとして……」
殺そうとしたのではなく、殺したんだよお前は。言葉を間違えるな屑女が……。
俺は死んだんだあそこで。そして、クリスのおかげで生き返った。今はクリスが俺の全てだ。こんな汚らしい女など最早、幼馴染でも何でも無いというのに何を勘違いしてるんだこいつは?
「……そうか」
俺は、またさっきと同じ言葉を発する。クリスの前で怒鳴るわけにもいかず、それでいて謝罪を受け入れることをギリギリまで否定した俺がしゃべれた唯一の言葉だった。
こいつの事は……おそらく、許すことになるだろう。魅了されていたとかそういう理由ではない。クリスがそれを望んでるように思えるからだ。
クリスが望んでいるなら、突き落とされた俺の感情など些末な問題だ。彼女が許すなら、俺も許さないといけない……彼女に害を与えるなら、害を与える存在を俺が殺し尽くさねばいけない。
だから、だからな?
クリスの為なら、形だけの和解など幾らでもしてやるよ屑女。だが覚えておけよ。お前をもし殺せるなら、俺は何の躊躇いも感じる事は無いだろう。
クリスに精々感謝するがいい。
***
アレフとアリアの会話面白すぎるわ……!
アリアは泣きじゃくりながらアレフに許しを請い。アレフは死んだ目をして、アリアの言葉に「そうか」と返す機械と化してるし、馬鹿過ぎるこいつら。
ククク、この険悪な雰囲気最高だな! 俺様に関係ないならもっとやれよ! いっそ殺し合え愚民共!!
とはいえ、そろそろワンパな会話に観客の俺様はうんざりしてきた。もっと客を楽しませろよ。三流共はこれだからいけねぇな。
ここで、俺様の感動のフィナーレに向けて動き出すか。これからアレフにはどんどん苦しんでもらわなきゃならんからな。
なんでかって? 勇者スキル取ってからこいつばっかり賞賛されてんだよ。イキってるアレフをちょっと虐めてやりたくなるだろ? 俺様の犬の分際で出しゃばるからだぜ。
筋道はもう決まってんだよ。残念だったな!
「姉さん。アレフに会わせたのは、実は私からも姉さんに言いたいことがあるからなんです(聖女モードⅡでいくか)」
「あたしに……言いたいこと……?」
「ええ、そうです。姉さんは……アレフにしたことを覚えているんですよね?(ついでにストレス解消に、こいつも精神的にちょいと虐めてやるよ)」
「……うん、あんなの……あたしだと、思いたくないけど……でも覚えてるよ」
「そうですか。なら、言わせて頂きますけど……姉さん(俺様の美しい演技で徹底的に踊ってもらうからな)」
ここから怒涛の勢いで俺様の劇場が始まるぜ。さあ!
「どんな顔をして、アレフに謝ってるんですか? 姉さんがやったことは……謝れば許してもらえるような段階はもう、とっくに過ぎています(踊りまわれよ糞ビッチ~俺様の美しい演技の礎となりやがれ!)」
「っ!? ク、クリス……?」
聖 女 タ イ ム 開 幕 だ !
聖女モードⅡと聖女モードに特に違いはありません。