壊れた者
フィーネさんの部屋に向かうと、部屋の前に多くの王宮魔術師たちがいた。
何か、みんな悲痛な顔をして話し合っている。なに? 一体どうしたっていうの?
「あの、そんなに集まってどうしたんですか? ここ、フィーネさんの部屋ですよね……?」
あたしが、部屋の前に居た王宮魔術師の一人に話しかけると、その人は言いにくそうな顔をしてあたしに説明する。
「これは、剣聖様。ご気分は……あまり良くないようですね。賢者様よりは、まだ、マシですが」
「まだマシって。この状況について、何か知ってるんですか? あたし達だけじゃない……。勇者と今まで居た女性全員が、まるで、正気に戻ったような感じになるなんて、絶対に普通じゃないでしょ?」
「ええ、そうです。剣聖様や他のお二人も含め、全ては、勇者による仕業でした。実は……」
そう言って、王宮魔術師の人はあたしたちの身に何をされていたのか説明してくれた。
勇者が魅了の眼というスキルを持っていて、それをあたし達に何回も掛けていたこと。
そのスキルを掛けられると、段々とその相手を愛おしく思えるようになり、想い人を嫌悪するようになる事。
更に回数を重ねると、掛けた相手の好みになる様に性格や人格も歪められ、平気で勇者のために非道な事も喜んでやるようになること……など。
それらの説明を受けて、あたしは理解した。あたし達の全てを壊したのは勇者だということを。
「なによそれ。勇者が、そんな事していいの? ううん、そもそも、何でそんな危険な勇者を放置してたのよ……」
「……剣聖様、少し落ち着いて」
「王様や、偉い神官の人たちが……あたし達のスキルは、魔王討伐に行くためにあるとか言って、そんな危険な人と無理やり旅に送り出したんでしょ? 何のスキルを持ってるのかロクに調べもせずに……その所為で、あたしたちっ……あたしっ……! 取り返しが付かない事しちゃったんだよ!? されちゃったんだよ!? ふざけないでよっ!!!!」
魔術師の人に、こんなこと言ってもただの八つ当たりなのは分かってる。
だけど、何でもいいから叫んでいないと、あたしは、頭がおかしくなってしまいそうになっていた。
「お気持ちは、お察しします」
「やめてよ。こんな、最悪な気持ち、分かるはずない……。最愛の人を、笑いながら殺した……そんな記憶が、自分の中にあるんだよ?やった自覚もあるんだよ? そんな気持ち、絶対わからないでしょ……?」
「…………」
掛ける言葉を失くした魔術師の人と、全てを理解し絶望したあたし……。もう、話すことなど何もなかった。とにかく、フィーネさんと会わないと……。
あたしは、魔術師の人たちを押し退け、フィーネさんの部屋の扉の前まで行く。
扉を開けようとしたら、魔術師の人たちの一人が、またあたしに話しかけてきた。
「剣聖様……もう、話せることは話したと思いますが、この扉を開ける前に一つ言わせてください」
「……なんですか?フィーネさんと早く話したいんですけど」
「気を確かに持ってください。彼女は、賢者様は……ああなるしか、無かったのでしょう。おそらくは、やってしまった事を受け止められなかった」
「どういうこと? 貴方は一体、何の話をして……」
「入って見れば分かります、剣聖様。気を確かに持って、彼女と接してください」
それだけ言うと、魔術師の人はまた仲間の所へと戻って行った。
なに? なんなの? フィーネさんどうしたの……?
あたしの心は不安に苛まれていた。あたしを襲ったこの現象が、二人にも起こったのは確かだろう。
だけど、あたしは傷つき自己嫌悪に苛まれながらも、まだこうしてこの場に立っている。
二人だって……きっと傷つき苦しみながらも、何とか耐えているはずよ。
二人はそんなに弱くないことをあたしは知ってる。二人とも幼馴染なんだから……きっと、大丈夫。
あたしは、早まる鼓動をどうにかして抑えつけ扉を開けた。
そこには……。
「えへへへへ~~♪ 私の赤ちゃん、良い子でちゅね~♪ ほ~ら、ミルクの時間でちゅよ~♪」
ただ、壊れた者が居た。
「よちよち~。ん~? どうしましたか~~? いきなり泣き出して~。おかあさんに話してくれるかな~♪」
「フィーネ……さん?」
「あ、こんにちは~♪ 見てくださいよ私の赤ちゃん~♪ 可愛いでしょ~? うふふ、私似なんですよこの子♪ ほら、目元なんかソックリでしょー?」
そこには、フィーネさん以外……誰も居なかった。ベッドの上で、誰も存在してないであろう空間を抱っこし、おっぱいを露出させながら、話しかけている。
時折、まるで……赤ちゃんにおっぱいをやるような動作をするが、当然そこには何もいないので、それに意味はないはずだ……。
あたしは、なにをみているの……?
そもそも、あたしたちは……確かに、あの勇者から妊娠させられたけど、堕胎魔法で身体を書き換えられ、赤ちゃんの存在を消されているので…母乳など出ない。
そんなこと、消したフィーネさんが一番よく知っているはずじゃ……あっ。あああ……。
そっか……。フィーネさんは、勇者に言われて、多くの生まれてくるはずだった、赤ちゃんをその手で殺してきたんだ。勇者に孕まされた……あたし達と同じような女性や……あたしやリリィちゃんの赤ちゃん……そして。
――自分の赤ちゃん。
ああ、耐えられなかったんだね……。フィーネさん、子供……大好きだったもんね……。辛かったよね。こんなの、辛すぎるよね……。酷すぎるよね……。
「う、ううう……フィーネさん……」
自然と涙が零れ、フィーネさんを見るあたし。
そう、彼女の心は行ってしまったんだ……。あたしを置いて、遠くに。もう、届かない場所に……。
「あら? 貴女も泣いてるの~? うふふ、私の子みたいに泣くのね~~。大丈夫だからね? 怖いことでもあったのかな~? 私の子も、夜になると泣き出すのよね。よしよし、元気出して~」
壊れたフィーネさんは、満面の笑みであたしを慰める……それは、とても幸せそうな顔だった。
「……ありがとうございます。もう大丈夫ですから。それじゃ、あたしはもう行きます……どうか、お幸せに」
「元気になってくれてよかったわ♪ 私はこの子がいれば幸せよ~。今、とっても充実してるの。貴女にも幸運があることを二人で祈ってるわ♪ じゃあね!」
そう言うフィーネさんに背を向け、あたしは部屋を出た。
王宮魔術師の人たちは何か言いたそうな顔をしていたが、正直、今は誰かと話したい気分じゃない。
……リリィちゃんに、会わないと。
彼女もフィーネさんのように、苦しんでいるのなら、だれかが傍にいてあげないと……手遅れになる前に。
あたしはフィーネさんの部屋を後にし、リリィちゃんの部屋へと向かった。
クリスが出ないと、鬱な事ばっかり。