悔恨のアリア
――三日前――
勇者ハヤトが、何者かに惨殺された。
時は、ハヤトが死んでから夜が明けた後の王城である。
「ああああ、あ、アナタ……私、アナタを裏切って……なんて酷い事を……」
「いやああああああ! ダミアン!!! ダミアン何処なのッ!!! ……なんで、こんなことになったのよおおおおおお……!」
魅了が解けた女たちは口々に自分の伴侶や、恋人の名前を叫び、現状を理解できずにいた。ハヤトの被害者はハヤトの趣味で、殆どが大切な夫や恋人などがいる女性だったため被害は甚大だったのだ。
王宮魔術師たちは、朝からもうクタクタになっていた。彼女たちの状態をスキルアナライズで調べ、原因を調べ上げ、被害にあった女性たちを刺激しない様に状況を伝え、時に宥める。
とても、給料に見合わない労力を被る羽目になっていた。
調べた結果、全員がハヤトの持っていた、魅了の眼という洗脳スキルの支配下にあることが分かったのだ。
勇者であるハヤトは愚王が絶対的に信頼していたこともあり、どのようなスキルを持っているのか調べなかったことが、今回の悲劇を招いた。
まさに、成るべくして成った悲劇ともいえる。
さて、多くの女性が集められていた部屋から少し離れた場所には、特別な三つの部屋があった。
ハヤトが特別気に入っていた三人の女性たちの個室である。
剣聖、賢者、アサシンのスキルを持ち、かつて勇者と共に魔王討伐の旅をしていた少女たちの部屋だ。
彼女達もまた、ハヤトが死んだことにより洗脳が解け。非情な現実が頭の中一杯に押し寄せてきていた。その洗脳の強度は、大部屋に居た女性たちの比ではない。
何重にも累積掛けさせられ、ハヤトが死ぬ直前には殆ど自我など残っておらず、ハヤトのために全てを捧げるだけの人形となっていたほどなのだから。
大好きな男性の前で勇者と連日交わり、男性を常に暴行し、暴言を吐き、この中の一人に至っては殺害までさせられ、家族との縁も勇者によって強制的に絶縁宣言させられ、更に何回も勇者に孕まされ、そして堕胎させられた。
今までの所業は、純粋な彼女たちの意思などでは断じてない。これほどまでに、悲惨な目に合っている被害者なのだ。
だが、彼女たちは被害者でもあるが、同時に、加害者でもあるので、正気に戻った彼女たちに待っているのは……けして同情などではない。
そして、舞台は剣聖の部屋に移る……。
宿屋に来たアリアに一体、何があったのか。
***
あたしが、状況を理解したのは……早朝になってからだった。
深夜、女性たちが急に叫び出したりした時は、一体どうしたんだろう? くらいにしか思ってなかったけど……その理由がわかった。
今までも意識はあったんだけど、急に覚醒した。……いえ、正気に戻ったという方が正しいのかも。
自覚してしまった……あたし達が、今まで……して来た事を……。
あたしは、最愛の人を、魔王討伐が終わったら……結婚しようねって約束までしてた、人を。
―――殺したんだ。この手で、突き落として。
「……うぷっ!おえっ……うっ……げっ……うええええっ!」
あたしはひたすら吐いた。頭が痛い、今までした事を自覚しているにもかかわらず、理解できない。
何故? なんで、あたしは、あんなことをしたの? あんなことが出来たの……?
あんなことするわけない。だってあたしは、アレフの事が好きなんだから。好きな人に、あんな事するわけないでしょ? 好きな人を殺すわけ…。
でも、殺したんだあたし。だって、突き落としたんだもん。
アレフを騙して、振り向いた彼を、思い切り蹴って。
この手で殺した……。自分でやったんだから分かる。
でも、分からない。ううん、分かる。分かんない。分かる。分かんない。わか――――
「ああああああ!! 何で何で何で何で何で!? 何であたし、あんなこと……あ、あああああ……アレフぅ……アレフぅぅぅ……あたし、貴方の事……殺しちゃったの?」
自分のしたことを自分が一番理解できない。
気持ち悪い感覚。小さな頃から一緒だった幼馴染の人……大切で、愛してた人を殺した自分。
やだぁ……やだよぉ……。なんで、あんなことしたの? なんでアレフを毎日叩いたり、殴ってたの? 彼が何か悪いことしてた? ……ううん、してなかったよ。
してなかったのに、あたし達は殴ってた。酷い事言ってた。覚えてる。だって、あたしがやってたんだもん。
……クズだよそんなの。何もしてない人に、そんなことが出来るなんて……クズとしか言いようがないじゃない? あたし達って、クズだったんだ……。
あはは……。アレフは酷い幼馴染達が居て可哀想だなぁ。
ごめんね。ごめんなさい。
謝りたい……。殺したあたしが、言っちゃいけない言葉だこんなの。
それでも謝りたいよぉ。
アレフに、何度も何度も謝りたい。あたしを、きっとあの世で恨んでるだろうね。今も、のうのうと生きてるあたしに、死を願ってるかもしれない。
でも、あたしが死んだところで……多分、彼の所には逝けないだろうね。彼は天国に行って、あたしが行くのは地獄だろうから。もう、謝れないのかなぁ。
「アレフ、ごめんね。ごめんなさい……。酷い事一杯して、酷い事一杯言って、ごめん。アレフを……こ、ころ、ごろし゛ぢゃって……うっ、あああ……あたしは、あたしは……」
本人にはもう謝れない。
だから独り言で、いくら謝ろうと、あたしはもう、許されない。
アレフに直接謝ったからって……それが何なの?って感じだけど、さ。
ホントに、馬鹿だなぁ……あたし。
もう、やだな……死にたい。でも、それも逃げてるようで、もう動けないよ。
どうしたら、良いのかな……? アレフは、あたしがこうして悩んでたら、何時だって軽い感じで笑って、あたしの肩を叩いて、慰めてくれたよね。
魔王討伐で勇者と一緒に、みんなと行くときだって……不安なあたしを、元気づけてくれて……そして、終わったら、結婚しようってプロポーズをしてくれて……そこで、ファーストキスもして。
幸せだったなぁ。あの時は、よし! 頑張ろうって思えたのになぁ。
なんで、こんな事になっちゃったんだろう。
アレフにあげるはずだった、あたしの初めて。
なんで他の男なんかにあげちゃったのかなぁ……。
アレフと、あたしは……魔王を倒したら、村に戻って。喜びを分かち合って。その後は、ちょっと恋人らしく、アレフに甘えたりなんかして。慣れてない、お酒なんかも二人で飲んじゃったりしてさ……。
良い雰囲気になったら、あたしの部屋にアレフを呼んで。
あの時のプロポーズの返事を改めてするの。
”アレフと幸せになりたい”って。
そして二人は、そこでお互い愛し合って、幸せな気持ちで結ばれる。
……そんなことを、夢見てた。
最低なあたしが見て良い夢なんかじゃ、なかったね。
こんな、汚れたあたし何かアレフに相応しくないよね。
あんな事をした愚かな女なんて……。
つくづく救えない尻軽女。それが、あたしなんだ。
ごめんね、アレフ……こんな女が、アレフを好きになって、ごめんなさい。
あたしなんかいなきゃ、アレフはもっと幸せだったのにね。
ごめん……ごめんね……。
ああ……なんだか、向こうの部屋が騒がしいな。
フィーネさんと、リリィちゃんも……あたしと同じ気持ちなら、騒ぐのも当然だよね。
フィーネさんと、リリィちゃんにも会って、話をしないとね。
あたしじゃ、もうどうしたらいいか分からないから……。
最低な三人で今後の事を話し合うのも、良いのかもしれない。
あたしは、自己嫌悪と後悔で擦り切れた気持ちで部屋を出て。
フィーネさんの部屋へと向かった。
ハヤトが居なければ、二人は仲睦まじい夫婦になってました。