全てを失ったケダモノ
わたしの目の前には、醜悪なクズが転がっていた。わたしの心を弄び、お姉ちゃんを傷つけさせた……殺しても殺したりないほどの勇者が。
「良い様ですね、勇者さん。どんな気持ちなんです? 人の気持ちを踏みにじって、ずぅっと、上から見下してたあなたが、芋虫のように無様になって地面を這いまわるのって」
わたしが聞くと、勇者さんは慌てたような様子で話し始めた。あの顔って、命乞いとか考えてる顔ですね……すごく気持ち悪いです。
「リ、リノちゃん……勘弁してくれないか? この通り僕はもう、全てを失ったよ。もう報いは十分に受けたんだ……だから、頼むよ。謝るから! ごめんね! 君の心を勝手に荒らして、踏みにじって! 本当に反省してるよ! もう一生しない! クリスに掛けた魅了も解く! だからお願いだ、見逃してくれ」
醜い命乞いに、わたしの憎悪はどんどんと深まっていった。ああ、もうダメだ。
――もう、自分を抑えられそうにないや。
わたしは、持っていた護身用のナイフを。
クズの胸に突き刺した。なんの、戸惑いも、躊躇もなく。
「へっ……? あっ、ナイフが、ささっ……」
間抜けな顔をしたクズが、自分の状況を間抜けに説明している。そんなの、自分の胸を見て分からないのかな? 面白い人ですね。
「全てを失ったとか、言ってましたけど……まだ、持ってるじゃないですか。ダメですよぉ? あなたは、わたしの全てを奪おうとしたんです。だから、ね?」
「ひっ! ひぃぃぃぃぃ! たすけて! やめてくれやめてくれ! やめてやめてやめてえええええ!!」
汚い涙を流して来るクズにわたしは、優しく告げてやった。
「ちょうだい……あなたの命」
そう告げた、わたしは……胸に刺さったナイフを引き抜き。
――勢いのまま、滅多刺しにした。
――ザク……!ザク……!と浅く、何度も突き刺す音が、静かな通路に広がる。
「痛いいいい! 痛いい痛い! あああ゛あ゛あ゛あ゛! いだい゛よおおおおおおおおおおやべでぐれええええええええええええええええええ」
抵抗しようとする屑ですが、両手も両足もないのに、何が出来るんでしょうね♪
「いだい゛……ああ゛、とうさ……ん……かあさ……家に、かえり……たっ……か……ぐええええ!あがああああ」
あはは、芋虫がジタバタ暴れてるみたいで……何だかちょっと可愛いなんて、そんなことを思っちゃいます。手は止めてあげませんけどね♪ ほら、さっさと死んで、死んでよ。死ね、死ね死ね死ねよ! 屑が。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
わたしは刺し続ける。
途中でナイフが折れ、もう刺すというより、ただ叩きつけているような状態となってからも、わたしはしばらく心ゆくままに、彼のグチャグチャになった肉の感触を堪能しました。
わたしが、我に返ったときには、物言わぬ生ごみが其処にあっただけでした。
はああ、スッキリしました♪ これで、ようやくわたしは、お姉ちゃんを罵倒した自分を許せるような気がします。お姉ちゃん。わたし……頑張ったよ!
心晴れやかな気分で、わたしは通路の入り口側に戻ると、帰ったはずのアレフさんが、わたしを待っていました。
「あれ、アレフさん。もしかして、さっきの見ていたんですか……?」
「まあ、ね。リノがあまりにも楽しそうだったんで……」
「人に見られてたかと思うと……ちょっと、恥ずかしいですね」
わたしは、顔を真っ赤にして俯いた。あんな、はしゃいだ所を見られるなんて。アレフさんはいじわるです!
「ところで、そんな恰好だと宿に戻る前に巡回してる兵士に捕まりそうだな」
「あっ……」
アレフさんにそう言われて、わたしは今の自分の姿に気づく。
もう、クズの血で真っ赤になっていた。身体中……うわぁ、汚いなぁ。洗って取れるかなこれ?
「ど、どうしましょうか……これ」
わたしは、アレフさんにアドバイスを求める。
「大丈夫、清潔魔法を覚えてるから、一瞬で綺麗にしてやるよ」
そう言うと、アレフさんは呪文を唱え、わたしにクリーンを掛けてくれた。クズの所為で付いた、汚らしい血はあっという間に消え去る。わたしは着ている服も含め、汚れ一つない身体へと戻った。
「ありがとうございます! でも、一応気持ち悪いのでちゃんと身体を清めておこうと思います」
「気分的な問題もあるだろうし、好きにすりゃいいさ」
アレフさんはそう言うが、わたしが身体を改めて清めるのには理由があるのです。
この素晴らしい……記念すべき日に、わたしはお姉ちゃんの部屋に行って、お姉ちゃんのベッドにもぐりこみ、お姉ちゃんの優しい匂いを吸い込みながら、お姉ちゃんに抱き付いて眠りたいんです。
だから、あんなクズの残滓が一片でも残った状態で、お姉ちゃんに近づくなんて……。
絶対に、ダメなんですよ?
ああ、お姉ちゃんに早く触りたい。会いたい会いたい会いたい。
勇者を頑張って惨殺したご褒美に、頭を一杯撫でて欲しいな……お姉ちゃん♪
***
変な悪寒がして、俺様は目覚めた。
ん? 風邪でも引いたか、俺様らしくもねぇな……。
(新境地で慣れない洗脳に掛かった演技をした所為で疲れてんのかなぁ)
とりあえず、ベッドから出るべく俺様は動こうとすると、もぞもぞと、何かが俺様に抱き付いてベッドの中にいた。
……なんだ、リノかよ。少しびびったぞクソガキが……死ね。
(つか、何でこいつ、俺様の神域にナチュラルに居座ってんだよ……無礼討ちしてやろうか)
まあ、いいや。とりあえず起き抜けに何か飲み物でも、キュッと引っ掛けるか!聖女の俺様は酒とか飲まんけどな……。
葡萄酒くらいなら良いのでは……ギリギリダメか? 聖水とか言う、御大層な名前をした、ただの水はもう飲みたくねぇ。
それより、リノの奴が俺様に抱き付いてて起き上がれねぇ。どうすりゃいいんだよこれ!! 俺様の世界遺産に等しい身体を独占してんじゃねぇよカス。邪魔なんだよー。こちとら喉乾いたんだよ!
「あの、リノ? 寝てますか……?(はよ起きろ、人体侵害だぞこれは!)」
俺様はリノに声を掛けるが、リノは当然寝て――
「えへへ、お姉ちゃん……おはよう」
起きてるわ。でも、なんだろうか? 抱き付いてる所為で、顔が見えねぇんだけど……何か、何か、その。
めっちゃ不気味に感じるんだが?……リノが。
俺様、鳥肌が止まんねぇよ。なんだよこれ!! ふざけんな!!! いつからホラー物語始まったんだよ! 俺様は主人公だぞ! 聖女伝説を成し遂げる、偉大で、宇宙で一番美しくて、愛される人間だ!
だがそれはそれとして、怖い! 嘘は付けん。俺様は自分にだけは嘘は付けん。何でこんな目に合ってるのか誰か教えてくれ。
「ねぇ、お姉ちゃん。お願いがあるんだけど、良い……?」
リノが普段の1.5倍は甘えたようなボイスを発して俺様を威圧する。
ヘタレ系主人公に、思わずなってしまいそうなくらい、今の俺様は押されていた。
「何ですかリノ? そんなに改まって。可愛い妹のお願いなら喜んで聞きますよ(その威圧止めてくれよ。おしっこ漏れるわ)」
「ホント!? それじゃあ、そのお姉ちゃん……わたしの、頭を一杯、撫でてくれないかな?」
「リノは甘えん坊さんですね♪ 分かりました。私も、リノの頭を撫でるの、好きですから(嘘ですから。頭どころか、おまえの存在自体が嫌いだぞ)」
そして、俺様は機械と化し、リノの頭を優しく、ゆっくり、規則正しく。まるで作業手順書でもあるかのような流れ作業で撫でていく。目を瞑っても出来るようになってしまったぜ……。
「お姉ちゃんの手……柔らかくて、優しくて……まるで、わたしの事を全て受け入れてくれてるようで……ああ、幸せです。……ねぇ、お姉ちゃん」
「ん、なんです?(何か言ったのか今)」
「……大好きだよ」
「ふふっ。私も……リノの事、大好きです(野グソの次くらいのレベルだけどな!)」
「好き、好き、好き、好き……お姉ちゃん。本当に大好き」
「……リノ?そんなに言わなくてもちゃんと伝わってますから、ね?(壊れたスピーカ―かよ。こいつ、もしかして、割とガチ目にやべぇんじゃ)」
「あっ、ごめんね。気持ちがつい、溢れちゃったみたい……えへへ」
「もう、リノったら……可愛いです(気持ちわりぃ……)」
いつも変なリノだが、今日は輪を掛けて頭がおかしくなってるわ。
この後は、適当に聖女モードで相手して……とりあえず、俺様もすぐに寝た。結局、朝になるまでリノホールドを解除することは出来なかったわ。
控えめに言って糞ウザかったけど、何とか乗り切ったぜ。
そして……朝になり、俺様は、街中で騒ぎになってる話を聞いて。
――ハヤト君が昨日、死んだことを知った。
惨劇の火種を作った癖にぐうぐう寝てただけの主人公……。




