暴露と喪失
俺はハヤトに、自身の名を明かす。ハヤトにしてみたら、さぞ悪夢を見ているような気分だろうな。殺したはずの男が、強さを手に入れて目の前に現れたのだから。
いかにも、今まで恨んでたかのような感じでハヤトに言い放ったが。
正直、昔の事など今更なんだがな。
ハヤトに言ったことは嘘ではない。
人類を救う勇者のハヤトに憧れ、仲良くなれたらと思っていた。幼馴染達も、全員大好きだった。好きだった……。奴らの情事を見せ付けられた怒りと悲しみは間違いなくあの時、俺の中にあった。
どれも過去形だが……。
現在の俺にとって、今挙げたどれもが下らない過去の事に過ぎない。
ハヤトと最初に再会した時は、名前を教えて面倒な事になるのを避けるくらい、関わる事を拒否した。まして、幼馴染だったアリア達の事なぞ、もうどうでも良いのだ。
ハヤトに隠していた名前を教え、尚且つ、今まで恨んでいたかのように接して、こいつに恐怖を与えたのも、全てはただひとつの理由の為。
――そう、このゴミクズは、最愛のクリスの心を侵した。
この事実だけで、俺は全身の血管がブチ切れそうなほどの怒りに襲われている。あの、清らかで気高く、俺を救ってくれた慈しみの女神である、クリスの心を……こいつは、この下劣なカスは踏みにじった。
許されるはずがない。そんなことをしたんだから、殺されないと、こいつは。今すぐに、死なないと……ダメじゃないか。
問答など必要ない。死罪は確定しているのだから。
俺は高速で移動し、地面に刺さってたアロンダイトを回収する。ハヤトは目を見開いて俺を見てるが、あの様子だと、俺が動いたのも見えなかったみたいだな。異世界の勇者とは、こんなものなのか?
「覚悟は出来たかハヤト? 俺に殺される理由なら、沢山思いつくよな? お前との因縁も……今日で終わりだ」
殺される理由は、たったひとつなんだけどな。このようなクズに、俺のクリスへの真摯な愛をわざわざ教えてやる必要などないだろう。俺の想いが穢れてしまう。何より、愚者には無知がよく似合う。
「ま、待て! 待ってくれ、アレフ! いや、アレフ君! 僕たちは、確かにすれ違いがあって、良いパーティじゃなかったかも知れない! 君にも、その、辛い思いをさせてしまった」
ハヤトが何か始めたので、俺は少し処刑の時間を延ばしてやることにした。何が言いたいのだこいつは。
「僕は、アリアに誘われて、君という婚約者が居たにも関わらず、不可抗力で関係を持ってしまったことは認めよう……。最低の行為をしたと思っている。君が部屋に入って来た時、僕は君に謝ろうかと思った。だけど、アリアは聞かなかったんだ! 僕は何度も謝ろうと……」
今更、何を言ってるんだこいつは。さっきの俺の話を聞いていなかったのか?
「したけど、彼女は――」
「一旦待て。さすがに、見るに堪えん」
「いや、聞いてくれ。言い訳かも知れないが僕は――」
「そもそも、お前が魅了のスキルで操っていたんだろう、アリア達も」
「……へっ?……アレフ? ど、どうしてそれを」
本当に気づいてなかったのか、こいつは。いきなり三文芝居を始めたから何かと思いきや……。俺は、こんな奴に今までいいようにやられていたのか。
「どうしても何も、俺が何故ここにいると思う? お前たちの後を尾行し、最初から、お前たちの会話を全て聞いていた。つまり、そういうことだ。そんな言い訳が通じると思っているなら、無駄だからやめろ」
そう、クリスの独り言を聞いた俺は、クリスの部屋を出た後に何があったのか知るため、直前までクリスと話をしていた二人を監視していた。
リノがいきなりハヤトを連れ出し、人気のないこんな場所に来た瞬間に、原因はこいつらにあると確信した俺は隠密スキルを使って、二人の近くでずっと会話を聞いていた。
「お前が、魅了の眼とやらで女性を洗脳したというのも全て知っている。ベラベラとここで自慢してくれたおかげでな」
「く……くそぉ……っ」
「分かったら言い訳なんかせず、さっさと戦え。そこの地面に刺さってるお前の剣を取る時間くらいは、待ってやるぞ?」
それを聞いたハヤトはすかさず、英雄の剣を拾い俺に向かって剣を向けた。
「あーあ……じゃあもう、殺し合うしかないって……事だよねぇ」
ようやく、覚悟を決めたらしいハヤトが俺に言い放つ。
「最初から、そう言ってるだろ?」
ハヤトと俺の視線が合う。
勇者と英雄が殺し合うとは、酷い世界もあったものだな。
***
僕の目の前には、かつて負け犬だった筈のアレフがいる。
死んだと思ったのに。ようやく邪魔者が消えたと思ったのに……。
ゴキブリのようにしぶとい男だ。
あの雑魚だった男が、どうやってここまで強くなったのかは知らないが、所詮はアレフだ。救世の英雄を初めて見た時、勝てないと思った。だけど今はそうでもない。
中身がアレフなのだ。あの、トロくて愚図な男が力を手に入れたからと言っても、技術まで達人となるわけではない。戦闘経験なら、圧倒的に僕の方に分がある。
(こうして、正面から対峙すれば、力だけ手に入れた素人のこいつなら、絶対に隙を見せるはず。僕はそこをただ突けば良いだけだ)
僕はアレフの隙を探す。強くなろうが、立ち回りは素人だ……なら、隙などいくらでも……。
隙など……。
(ひっ……そんな、どうなってるんだこいつ)
隙が、全く無かった。僕は固まってしまう。
このままだと、確実に殺される。焦った僕はなんとか隙を作ろうと、アレフが効きそうな言葉を投げつける。
「時に、アレフ……君がパーティから消えた後の、アリアの事を聞いたくはないかい? 君にとっては辛い話になるけどね」
考えた結果、アレフがまだ好きだと思われる婚約者のアリアの話をして、心を揺さぶる事にした。
「ああ、そうだな。少し気になる。どうしたんだ?」
アレフも喰いついて来たので、僕は彼に残酷な現実を教えてやる事にした。
「彼女ね、実は僕の種で二回ほど孕んだんだよ?」
「なに……?」
「孕んだ時の彼女の反応も良かったな~。好きな僕の子が出来て幸せ! 大好きだって喜んでたよ。ふふ、ごめんね? 本当だったら婚約者の君が得られた幸せだったはずなのにねぇ」
アレフは言葉も出ないようだった。この話題を出したのは正解だったようだ。
「それで、産んだのか? お前の子を」
もっと喰いついて来たので、更に追撃を掛けてやることにした。
「まさか、魔王討伐の前に、剣聖を孕ませたなんて国に知られてみなよ? 僕の評判はそれこそ地に落ちる。フィーネの堕胎魔法で二回とも堕ろさせたよ。彼女も僕の言う事は別に反対しないからね」
「そうか……」
「おや? なんだか元気がなくなったね。君の好きだった婚約者がこんな事になってたのがそんなにショックだったかな?」
機嫌を良くした僕は、ニヤニヤと笑いながら彼に語りかける。これでこいつは隙を作るはずだ。
「そう、かも知れないな。少々ショックを受けていることに自分でも驚いている。まだ、僅かに気持ちが残っていたのかもしれない」
「君の実の妹であるリリィや、フィーネも孕ませてるから、別に彼女だけが特別って訳じゃないけどね」
もちろん、そっちの二人も処置済みだけどね。さあ、動揺して隙を見せろ。
「三人とも、か……。ははっ。やってくれるなお前は、本当に」
「ヤるのは僕の得意技だよ? そんなに褒めないでくれよ」
僕がそう言うと、アレフは力なく俯く。
……ついに、隙を見せたね?
気落ちして、下を向いてるアレフに向かって、僕は身体強化(強)を発動させ一瞬で彼の傍まで距離を詰める。僕の必勝パターンだ。
今度こそ、さよならアレフ……。
もう僕の邪魔を二度と出来ない様に、念入りに死体はバラバラにしてやるよ!
右手でしっかりと英雄の剣を握り、俯いている奴の頭目掛けて振り下ろす! 死んじまえ負け犬が。ゴミの分際で、僕の前に再び現れるからこうなるんだよ。
僕の剣が、奴の頭を叩き割る! ……はずだった。だけど、振り下ろそうとしていた剣が右手からすり抜けて、僕の背後へと力なく落ちて行った……。あれ、なんだか右手に力が入らなく。と、いうよりも。
――ボトリと、何かが落ちたような、嫌な音が聞こえる。
右肩の方へ頭を向けると……。
僕の、右腕が……いつの間にか、本来あるべき場所から消えており。
……地面に転がっていた。
隻腕の勇者……少し格好良くない……?




