本気の茶番
「勇者やアリア達の前では俺を一切無視してくれ、俺が何をされてたとしても」
決死の覚悟の表情をし、クリスに告げてくる、荷物持ちもとい頑張るアレフ。
悲しいかな、これはクリスにとって、何もかも計算通りの展開なのだ。
アレフが優秀な事を見越し、クリスが最初に言った、アリア達の報復が怖いという言動を、しっかりと考えている事を逆手にとられていた。
心遣いのしっかりした少年だ、報われることはないが…。
しかし、思い通りだからと言って素直に分かりました、とは言えないのが聖女伝説を目指すクリスの辛い所である。
「えっ……なにを仰るんですかアレフさん! 私はもう貴方が酷い目に合ってるのを静観なんてしたくありません!!そんなの……絶対に嫌……です(本音を言うと、お前がボロボロな目に合わされてるのを見てるのは、腹がよじれるくらいには笑えたわ)」
顔を上げる数秒の間に、青ざめた表情を作り片方の眼から一滴の涙を流し、更に今までの己の仕打ちに後悔したように、僅かに痙攣する全身――傍から見たらそうにしか見えない表情と雰囲気を瞬時に作る。
これに限らず、あらゆる表情を作ることなど造作もなく、涙なんぞお湯の入ったポットを押すような感覚で調節可能……それに加えて、自称この世で最も美しきこの聖女フェイスを合わせれば、神であろうと、感情のないただ張り付けた顔だとは夢にも思わないことだろう。
「クリスティーナちゃん! 君も俺がされてきたことを見て来たんだろ!? じゃあ君が実際にやられたら耐えられるのか? それに、もしかしたら君は女の子だからもっと酷い事になる可能性もあるんだ……」
「っ!! わ、わかってます。それくらいの覚悟……私だってその、かんがえてっ……(ここで露骨に目を泳がせると)」
「考えてる? じゃあ、何でそんなに動揺してるんだ? 悪いけど、俺に指摘されて今分かったようにしか見えないよ」
「ううっ……!わ……たし(そうとしか思えないように見せてんだよ。マジで面白れぇアホだな!)」
「だからお願いだよ、クリスティーナちゃんの気持ちや決意は嬉しいけど。俺の所為でそれでもし何か取り返しのつかないことが起きた時……俺は、今度こそどうなるかわからない!」
聖女の中身がアレな感じの所為で、アレフが何を言っても最早茶番にしかならない。悲しい現実である。
良いのだろうか……本当にこんなにも適当な感覚で、終わって良い話なのかこれは?アレフにとっては人生が決まるほど重要なのではないのか……?
「本当にダメですね、私って……言葉だけ立派で、アレフさんみたいに色々な事を考えたりもしないで勝手な決意をして、逆に迷惑かけているんですから……(自虐な演技ばっかで、そろそろうんざりしてくるんだが……俺様のように、偉大で神のような人間が迷惑とかありえねぇから。はよフォローしろや)」
「迷惑なんかじゃないよ、さっきの言葉で俺がどれだけ救われたか。クリスティーナちゃんは俺にまた勇気を与えてくれたんだ。それが迷惑であるはずがないよ」
「……ありがとう、アレフさん。えと、私も何か救われちゃいました、えへへ!(宇宙で一番可愛い銀河最強美少女の俺様からこんなこと言われたら惚れちまうだろうな、俺様も罪な男だぜ)」
聖女キャラから、段々外れて来てるような言動もとい演技をしているクリスティーナ。何気に本人もノリノリなのか結構機嫌が良いのであった。何だかんだ、こいつもチョロいゲスなのかもしれない。
だが、ある程度経つと、流石に話が進まなくて焦れて来たのか、ゲス聖女の方からとうとう仕掛けてくる。
「でも、私はアレフさんが本当に危ない時は、そのお言葉を破っても絶対に助けます! それだけはなんと言われても聞きませんからね(荷物君はどんだけ美しい俺様に気を遣わせてんだよ。時代が時代なら死刑確定だなこいつ)」
「ははっ、わかったよクリスティーナちゃん。それなら俺が本当に危ない時は頼むよ!」
「あ、あの! それで私からもアレフさんにその……お願いがあるんですけど……いい、でしょうか?(気分は既に萎え萎えだが、これだけはやっとかねーと今後に響くからな)」
「いいけど……大したこと出来ないし、叶えられるようなお願いだと助かるよ」
「じゃあ、アレフさん……昔みたいに、私の事をクリスって呼んでくれませんか?(接触した目的は半年分のシカトした清算と愛称呼びだけが目当てだったのに、どんだけ無駄な会話したと思ってんだ糞が)」
内心でキレまくってる……。
いや、常時キレまくってる心境とは思えない、縋るような上目遣いで、僅かに頬を紅潮させてアレフを見るクリス。
これを見て断れる男はまずいないだろう。内面を見たら断らない男はまずいないだろう。
「えっ? それってその……? コホン……いや、わかったよ。クリスちゃん」
「…なんだか久しぶりでちょっと照れますね。改めて、これから宜しくですアレフさん!(全世紀で一番美しい俺様の愛称を呼べる幸運は、くそボッチなこいつには感涙ものだろうな。おら、さっさと泣け)」
こうして傍から見たら過去の悔恨を恥じ、アレフに心の限り謝罪し許しを貰い、かつて仲の良かった頃の愛称呼びさせるまでに、信頼が回復した幼馴染の一人クリスは、憂いが無くなったとばかり、とびきりの笑顔をアレフに向けるのだった。
あれが表情筋を駆使して、適当に張り付けてるだけのポーズ顔だとは信じたくない現実である。
***
俺とクリスは、その後しばらく会話をしつつ、勇者連中の後を追った。
奴らの姿が見えてきた手前で一旦俺たちは距離を取り、いかにも無言で歩き続けたような感じを装う。
ハヤトは、最初疑わしい目を俺たちに向けていたが、クリスが「魔物に襲われると、荷物が全てダメになると思ったので、後ろから見ていました」と、さっき会話したときとはまるで違う、感情のないような冷たい声で応対したので、それ以上疑われることもなかった。
しかし、あんな声も出せたんだなクリス。さっきまであらん限りの声でわんわん泣いていた少女とは思えない。もしかして普段はああいう感じなのだろうか。
「あ~あ、お荷物君が遅かった所為で次の町に着くの夜になりそうじゃんか~」
アリアが独り言にしては大きい声でそう呟くと、フィーネやリリィも、それに同調するかのようにうんうんと合わせて頷いている。
何時もなら多少はイラッと来るような場面だが、今の俺はそれに対して全く心が揺さぶられることがなかった。
俺はもう一人ではない。
先ほど、昔の頃のように愛称で呼び、普通に会話をし、心の内を話してくれた幼馴染が居るのだから。一人じゃないというだけでこんなに心に余裕が出てくるなんて思いも寄らなかった。
「……ちっ。ゴミの癖に無視してんじゃないわよ」
俺の余裕そうな態度が気に入らなかったのか、アリアが小さく舌打ちし、こっちを一瞬睨んでいったが、その後は何かされるでもなく、そのまま無言で道中を歩いて行った。
夜になり、俺たちが着いた町は少し寂れた感じの小さな町だ。
もちろん、ここに用事があるのではなく、ここの近くにあるという火竜の洞窟という場所が目当ての場所らしい。
時間も時間なので、俺たちはこの町の小さな宿に泊まることにした。外はかなり暗くなっていたため、急いで宿に入り受付のいる場所に行こうとした所、宿の入り口らへんにいた野党っぽい風貌の冒険者3名から呼び止められた。
風貌を見ると面倒そうだと思ったのか、フィーネが一先ず一人で受付まで行って何やら話をしている。
「おいおい~俺たちは寂しい男所帯のパーティだってのにお前ら野郎2人で、可愛い女4人も侍らせて見せつけてんのかそれ?? なあ、お前ら! 羨ましいことだよなー??」
「だよな、もう喧嘩売ってるのに等しいぞ? どう責任とってくれるんだ?」
急に冒険者の男2人がわけの分からない因縁を付けて来たので、普段は頭がおかしくなったとしか思えないアリア達ですら困惑している。
お前ら、困惑してるけど俺に言わせればこいつらと同レベルだからな。
「僕たちは別に彼女たちを侍らせてなんかいないよ、彼女たちは大切な魔王討伐の仲間なんだ! そんな失礼な言い方はあんまりじゃないかな?」
4人ではないが、3人侍らせてるお前がどの口で言ってるのか。
段々と、因縁を付けられてるこっち陣営に腹が立ってきた。
考えてみれば、クリスを除くと糞みたいな奴らしかいないからな、勇者パーティって。
ひそかにあちらの冒険者を応援してしまうのは、俺の性格が悪いからなんだろうか。
「はぁ?? どうせ毎日お盛んなんだろてめぇらはとっかえひっかえよぉ! 俺はな、なんとなくそいつらを見てると分かんだよ、そういう関係かどうかなんざな!」
「頭が痛くなってきたな、こんなに下品な輩が冒険者をしてるなんて、僕にはとても信じられないよ」
いや当たってんじゃねぇかよ。ギシギシ毎日うるせぇもんお前ら。
……クリスは除いてるからなもちろん!しかし粗野な見た目に反して洞察力すげぇわこの男。商人にでもなれば大物に成れるのでは?
「んだとぉこのガキ! 女渡すか死にてぇのか選べよ」
「ふぅ……やれやれ」
勇者はオーバーに肩を竦めると、次の瞬間、目に見えぬような速さで男の首元に英雄の剣の先端を突きつけた。
「死にたいのかと、そう言ったのかな?」
「ひっ!! ひいいいいいいいいい」
腰が抜けた男は仲間2人と一緒に宿から凄い勢いで飛び出していった。
腐っても勇者……やはり、すさまじい強さだ。俺は謎の敗北感に打ち震えた。
「ハヤトかっこよすぎ!! 好き好き好き!」
「ハヤト様はこの世でもっとも素敵な方だもの当然です!」
「ハヤト様、今夜は、その、リリィと一緒に」
「あっリリィずるい~あたしだってハヤトと……」
「こらこら喧嘩は駄目だよみんな、3人一緒でも僕は迷惑なんかじゃないからね」
なんだこれ……発情した猿かよこいつら……。
もう、昔のあいつらの姿が思い出せないくらいには、深刻な事になっちまってんな。
確かに、勇者の今やったことは褒められるべきだとは思うけどさ、なんだかな。
ふと、クリスの方に目をやると目が合ってしまい、クリスは苦笑いをする。
良かった、普通の感覚なのは幸い俺だけではなかったらしい。
「みんなの相手も良いけどまずはご飯にしようか! フィーネ、宿の方で料理は出るのかい?」
「はい! 食堂で出してくれるそうです~! ハヤト様~ちゃんと5人分の料理をお願いしましたので♪」
「良かった、それなら大丈夫そうだね!」
「あたしもお腹ペコペコ~ハヤト成分もだけどね!」
「わたしは、ハヤト様の方が食べたいなんて…」
きゃあきゃあとまた騒ぎ出した3人組を気にすることなく、いや気にすることが出来なくなり、俺は、フィーネの言った言葉を驚愕の表情で思い返した……。
「5人分……だと」
俺は、猛烈に嫌な予感がした。
そして、宿の食堂の席に座ったときにその予感はすぐに当たる事となった。
アレフ君はそろそろ怒って良いと思うんだ。