俺の名は。
感動の再開(二回目)
あと短い。
――ブゥン! と振り下ろされた英雄の剣が、リノに降りかかる。
この一撃はリノの命を確実に刈り取り、それと同時にハヤトのスキルの秘密を知る、唯一の人物が消える。そして、今いる場所は夜中のスラム街にある行き止まりの裏道。
リノの死体が発見されても、ならず者の仕業として処理される事だろう。ここに、ハヤトの完全犯罪は成った。
ハヤトは後は素知らぬ顔をして、リノを失い更に精神が弱ったクリスを頂けば良い。それで、ハヤトの望みは完全に成就する。
ハヤトは、完全勝利した!
……はずだった。だが、現実は違う。ハヤトの振り下ろした英雄の剣は、何者かが投げて来た硬質の物体にぶつけられ、その衝撃で両手から弾き飛ばされていた。
弾き飛ばされた、英雄の剣が少し離れた地面へと刺さる。その傍には、英雄の剣より立派な、輝く剣も共に刺さっていた……。ハヤトの剣を弾いたのは、投げられてきたのは、聖剣アロンダイトだった。
驚愕の表情をしている、ハヤトの後方……行き止まりの通路の入り口側から足音が聞こえて来た。
カツーン、カツーンと鳴り響く足音、やけに、音が響く。前にも、この場所で、こういった事があったことを、知る者は少ない。
闇の中から、一人の男が姿を現す。白銀の鎧に身を包み、冷徹な眼差しをハヤトに向けた、美しき美丈夫。
――救世の英雄、様々な街で魔王軍の脅威を悉く殲滅していった益荒男が、そこにいた。
「こんばんわ、勇者様。こんな夜更けに、こんな場所で、俺のパーティメンバーに何をしているのでしょうか?」
救世の英雄はニッコリと微笑んだまま……しかし、冷徹な眼差しはそのままに、ハヤトへと問う。
「きゅ、救世の英雄……これは……」
言葉に詰まるハヤト。目の前には顔を腫らし、鼻血を大量に出しているリノ。言い訳が何も思いつかなかった。だが、ハヤトの言葉など必要ないかのように英雄は話し出す。
「ああ、大丈夫です。分かってますから。相変わらず、お前は、変わってないんだなって……再確認できただけですから。勇者様」
「……? 救世の英雄。一体、何を言って……?」
いきなり変わった英雄の態度に、困惑の色を隠せないハヤト。宿屋で挨拶したきり、彼とは面識がなかったと認識していたので、言っている意味がさっぱり分からなかったのだ。
「しかし……そういうことだったんだな。あの時の、三人の豹変した態度も、リノの不可解な行動も……そして、クリスが部屋で言っていた独り言も。全て、繋がったよ。勇者様……いや、ハヤト」
「え、英雄? 君は何を言ってるんだ? さっきから何の話をしているのか僕には」
「わからないとでも、言うのか? 俺の、全てを奪ったお前が……俺に向かって、分からないとでも言うつもりなのか……?」
「な、何の事だよ! 意味わかんないんだよさっきから! お前とは宿で会っただけの初対面だろうが! さっきから聞いてれば、僕の事を知ったように、ベラベラとさ。何なんだよお前!」
「そうか、まだわからないんだな。ははは……ははははは……くっははははッ!!」
「何笑って……頭おかしいんじゃないのかお前! 英雄なんて呼ばれてるが、こんな人格破綻者だったなんてな。人々が希望としてるお前のそんな姿を知ったら嘆くだろうな!」
壊れたように嗤う英雄と、そんな英雄を恐れと侮蔑の感情で責める勇者。真に責められる者がどちらなのか、未だに分かっていないのだ。だが、それも、もう……。
「ははっ……すまない。俺も大概壊れていてな。感情を上手く制御できないんだ。久しぶりに会ったのに悪かったよ」
「だから! お前とは、宿で会った時が初対面だろうが! いきなり、馴れ馴れしくなって……気持ち悪いんだよ、てめぇ!」
「悲しい事、言うなよ。半年間……一緒に旅をして来た仲だろ?」
「……は? なに、いって」
ハヤトの混乱はいよいよもって、最高潮へと達する。こんな男と旅をした覚えなどないのだ……。
「お前と初めて旅をしてさ。俺は勇者のお前や、幼馴染達と仲良く旅を出来ると思ってたんだぜ?」
「なっ……」
「だけど突然、幼馴染は俺に酷い扱いするようになって。仲良くしたいと思ってた勇者には――大切な婚約者だった女性を奪われたりさ」
こんな男と、旅など……。
「最後には、好きだった女に、崖から突き落とされた惨めな男……。お前とは、それっきりだった、よな?」
「あっあ……ああああ……おまっ、おまえっおまっ……まさか! まさか……! ありえない!」
「クリスが生きてたのにさ、何故、俺が死んだと……そんなおめでたいことを、思えたんだ?」
「あ、あっ……!」
この男を、ハヤトは知っている……いや、ようやく、思い出した。
自分が全てを奪った男。目の前で散々、好きな女を抱き、好きな女達から嫌われるようにした男。ただの、負け犬だった筈の男。
「思い出してくれたみたいだな。じゃあ改めて挨拶しようか、ハヤト。どうも、救世の英雄と呼ばれています、名前は――」
英雄は、再び笑顔を向けてハヤトに自身の名を……隠していた名を名乗った。
「俺の名は、アレフと言います。久しぶりだなハヤト……心の底から、会いたかったよ」
タイトルやりたかっただけだろ!




