破滅への予兆
新感覚演技サスペンス。
夜になり、ハヤト君が来る時間になった。
俺様には最早無意味な時間だが、ハヤト君はまだリノに魅了が効かねぇことを知らないから、仕方ねぇのかもな……。
ここの糞ロリを侍らす夢はとっくに消えてるから、別のロリでも狙いに行け。強く生きろよ、ハヤト君……。
ハヤトの性癖について、思いを馳せてると、ロリ〇ンは今日も笑顔で宿に入って来た。
「やあ、クリス! 今日は色々と行き違いがあって、中々会えなかったね! 君とリノちゃんに早く会いたくて、気持ちが落ち着かないくらいだったよ」
「こんばんわ、勇者様。そんなに私たちに会いたかったなんて、恐縮です。リノも今来ますから、ちょっとお待ちください(愛しいガキはもうお前に股は開かんがな)」
「ああ、分かった。ところで、その……昨日リノちゃんが君に冷たかったように見えるけど、あれからどうだった? 君たちはとても仲が良さそうだったから心配でね…」
「その後は……色々と、ありました。けど、私たちはまた仲直りしましたのでもう大丈夫ですよ。心配してくださって、ありがとうございます(てめぇのスキルが無能なおかげで、すっかり仲直りできたわ……死ね)」
「仲直り、した?……へぇ~……それは、良かったね」
ハヤトは顎に手をあて、アホ面をいかにも賢く見せるかのように考え込む素振りを見せる。それ、どうせポーズだろ? 大体、女神の激レアスキルとか考えても思いつくわけねーし、何をそんなに考えてんだこのアホは。
俺様たちが敗れた夢について話し合ってると、宿の二階からドタドタと降りてくる音が聞こえた。魔王の登場って奴か。俺様はもう敗れたから、後はハヤト君にトドメ刺すだけだな。
「お姉ちゃんっ!」
開幕に俺様の豊穣の女神のごとく尊い胸に、ロケットダイブをぶちかまして来るリノを、大岩のごとき気分で迎え撃つ俺様。
飛び込んだリノは、俺様の世界遺産よりも貴重な柔らかい身体を存分に堪能していくという、鬼畜の所業を平然としてきた。
凄いストレスだが、既にこの程度は慣れてしまった俺様は、リノの頭を手順を入力された機械のように優しく撫でていく。
抱き締めて来る→頭を撫でる→抱き締め返す、という一連の生産工程だ。……何を生産するんだよ、くそがっ!!
「ふふっ、リノ……勇者様が見ていますので、一旦離れましょうね(俺様から、さっさと離れろや)」
「むぅ、わかりました……お姉ちゃん? 後でまた、抱き付いても、良い?」
「もちろん、良いですよ。可愛いリノの頼みを私は断れませんから♪(無償で再要求とか舐めてんのかこのガキ。社会の仕組みを知らねぇのかよ)」
脳の血管がブチ切れそうな甘い会話をリノとした俺様は、空気と化したハヤト君の方に向き合う。
俺様たちの様子を見たハヤト君は驚いたような顔をしてるが、これで頭の悪いこいつにも、理解できただろう。
「り、リノちゃん……クリスと、仲直りしたみたいだね……出来た、んだね……?」
「こんばんわ、勇者さん。はい、わたし、お姉ちゃんと仲直りしたんです。お姉ちゃんが、許してくれたから……またこんなに幸せになれました」
勇者に言い放ったリノに、ハヤト君は少し考えた様子を見せたが、やがて、リノに顔を近づけると……。あっ、ばかやめろ! 使うな!
リノに向かってニコリと微笑み、洗脳スキルを発動したようだった。俺様は何回か使われてるから、何となく使ったのが分かる。やっちまったなハヤト君。リノのスキルはな。
「……えっ、勇者、さん……?そう、だったんだ、あんたが……」
精神操作系のスキルを使われると、警告が出るそうだぞ。
お前、バレちまったじゃん。せっかく、俺様が内緒にしてやってたのに、ホント頭悪いな。
「リノちゃん? 何ともないのかい?」
「……ええ、何ともありませんが。何か、あった方が良かったんでしょうか?」
「……いや、そういうわけじゃないが」
リノの方を見ると、ハヤト君を鬼のような形相で睨んでいた。
普通にくそこわい。こんなのから抱き付かれてたの? ちょっと心が折れそうなんだが。ハヤト君ともう他人の振りしよっと。
「あの、リノ……? 勇者様も……どうかしたのですか?(俺様、無関係な、聖女、OK?)」
「……なんでもないよ、おねえちゃん」
「そうだね、クリスが心配するようなことは何もないんだよ」
穏やかな声で、俺様の方を向くハヤト君。そして、俺様の顔を見つめたかと思うと、ニコリと微笑み…。
―――ギィィィン――――
その瞬間、頭の中で鈍い音が響いた。……って、は? ええっ……?
なんだこいつ、ロリ〇ンかと思ったら、今度は俺様に魅了スキル掛けてきやがった……。ロリ無理だったから俺様で我慢って思考でこんなことしてんのか?
いやいや……俺様の、この胸でロリ代わりにするのは、流石に無理だろ……。リノを抱けない余りに、壊れちゃったのかなハヤト君。
可哀想にな。惨めなクズだったけど、良い所も少しは……よく考えたらねぇな。
さっさと死んでくれ。
でも、久々に掛けてもらったことだし、ちょっと最後くらいは夢を見せてやるのも悪くねぇな。どうせ、近いうちに王都も出ちまうし、会うのも、最後かもしれないだろ……?
そう思った俺様は、いつもの頭を押さえる演技ではなく、目をトロンとさせた洗脳掛かりましたアピールを始める。これは新境地だ。
ハヤト君のパーティに入ってた頃は、そういう気を持たせるようなことをすると、襲われる可能性大だったから、あえて、抵抗してるように見せていたからな!
そして、演技の見本となる奴らは散々見て来た。あいつらに出来たことを、俺様が演じられないわけがねぇ! 迫真の演技でもって臨んでやるよ。
「は、はれ……なんだか、変な気分に……(ちょっと浮ついて、舌が回らない感じで恍惚と、恍惚と! なるべし! なるべし!)」
「!? あ、あれ?……ク、クリス? 大丈夫、かい? 何だか、目がトロンとしてるが……熱でもあるんじゃ」
「えっ……あっ……! ハヤト、様……私、そんな感じに、なっていますか?(好きな男に話しかけられた、糞女のごとく、モジモジと恥じらう演技をここで披露して差し上げるぜ)」
「い、いや……熱があるような感じに見えたからね。心配でさ」
「……あぁ……お優しいです、ハヤト様。……なんだか今日は、とても素敵に見えて……あっ、私ったら……何を言ってるんでしょう。はしたない事を申して、ごめんなさい(俺様の可能性を感じる。こんなに素晴らしい演技をしていいのか?)」
ノリに乗った俺様は、普段はしないであろう甘えた糞ボイスでハヤトに擦り寄る。
一回目っつーことだから、あんまりベタベタしすぎると、俺様が、ちょっと魅了されただけで腰振るような、尻軽と勘違いされかねない。
傍から見て甘えている程度の演技で調整してるけどな。難しい塩梅だ。匠の領域だぜ。宇宙一美しく、清らかで、高潔で、聖女で、ついでに胸もデカくて、甘え上手とか、神かな?
「クリス。何だか今日は随分と、僕に甘えるね」
「あっ、その、ごめんなさい、ハヤト様。……何だか今日は、変なんです。ハヤト様に、触れたくて……ちょっとおかしいですよね(お前の性癖ほどではないが!)」
ちょっと調子に乗り過ぎたか? ハヤト君の手が、俺様の頬に迫って来てるんだが……避けたいけど、変な演技したせいで避ける理由が思いつかねぇ……。
「ううん、とても嬉しいよクリス……だって、僕は君を」
「――お姉ちゃんから、離れてッ!!!」
俺様の頬に手が引っ付く直前で、隣のリノがクソデカボイスで叫んだ。嫉妬か?お前、一応……同性だぞ? やっぱりヤバイ趣味持ってんの、リノも?
えっ、リノちゃんじゃなくて、心はリノ君だったのか……?
むしろ、今のその怖い顔だと、リノさんになってんぞ。リノさんガチこえーわ……。今後の俺様の貞操が危ないな。
「あ、れ……リノ?……はっ!? わ、私ったら今まで何を……あぁっ、ごめんなさい! ハヤト様、リノ……私、ちょっと疲れてるみたいで……今日はもう、休ませて頂きます(怖いから、さっさと部屋に逃げて寝るか)」
「……そうした方が良いよ、お姉ちゃん」
「それがいいよ、クリス。それじゃ、また明日、会いに来るね」
二人合わせたように俺様に伝えて来る。以心伝心って感じなんだが、やはり、てめぇら相性良いのでは。
「せっかく、来てくれたのに、ごめんなさい。それでは、二人とも、おやすみなさい(逃げ切る事に成功したようだな)」
そう言って、俺様は駄目押しとばかり、フラフラした足取りと乱れた息を二人に見せつけながら、洗脳された退却ムーブを披露した。
今日の演技は九十点は堅かったな!
自室に戻った俺様は、誰も見てないにもかかわらず乱れた息をしばらく続け。やがて「私、一体どうしちゃったの……」と独り言を呟き、ベッドに入り寝た。
誰も見ていないにもかかわらず、演技をする意識の高さは褒められていいと思うわ。
こうして、俺様は眠りについたが、意識を失う直前に、部屋から誰かが出て行った気がするんだが……。
まっ、気のせいだな!!
誰かに死亡フラグが……。