壊れ者同志
無能と化したハヤト君
僕が今日も宿屋に行くと、クリスとリノは留守だった。
今日もリノに魅了スキルを掛けるために、わざわざ王城を抜け出して来たというのに……。
今を逃すと、来るのはまた夜になるな。
「帰ってきたら、勇者様が来たことを伝えとくよ!」
「それじゃ、お願いします。あと、夜にまた来るとも言っておいてください」
僕は宿屋の受付にそう言付けを頼み、宿を出る。暇になったな……。
城に居る女達と楽しんでも良いんだが、クリスを攻略最中に他の女を抱いてしまうと、僕の闘争心が薄れてしまいそうでね。
中々そう言う事も迂闊に出来ない時期だ。どうせ、クリスを堕としてしまえば全員で楽しめるのだから、我慢するのも一興だろう。リノも昨日の様子を見ると、今日で完全に堕ちるだろうし。
あるいは、既にクリスと出かけている最中にでも、クリスに暴言や冷たい仕打ちをしていることも考えられるね……フフフ。僕の計画は順調と言える。
今日の夜でリノを堕とし、クリスに致命的な仕打ちをさせて、心身共に弱ったクリスを僕がスキルを丹念に掛けて、頂く。
これで、過去の取りこぼしもなくなるし、また、五人パーティで魔王討伐の旅にも再出発できるから、良い事づくめだねぇ!
まっ、救世の英雄には悪いことしちゃうけどさ。彼なら強いし、一人でも大丈夫じゃないのかな。寂しかったら、僕が魅了して堕ち切ったリノでもあてがってやれば良いだろう。
少々幼いけど、処理するだけなら十分だろ?
とりあえず、どこかで時間でも潰すか。勇者の特権を使えば、どこでもタダで巡る事も出来るからね。
待ち遠しいよ、早く夜にならないかなぁ……。
***
リノと再び家族になってしまった俺様は、魂が抜けたように腑抜けてしまった……。
結局、俺様とハヤト君は突然降って来た精神完全防御とやらに、完全敗北しちまったわけだ……ははっ……。
とんだ道化だな俺様たちも。ぬか喜びで、一週間以上無駄にしたわけだ。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
「ん、どうしたのリノ? 何かあったんですか?(うるせぇな、黙ってろよ……)」
「あのね、その……手、繋いでも、良い……?」
「はい、もちろんですよ。それじゃ、手を繋いで宿まで戻りましょうか?(ひたすらウゼェ……)」
俺様は適当に作った笑顔をリノに向けながら言うと、リノは大はしゃぎして、糞みたいにニッコリと嬉しそうに笑いながら俺様の手を握り歩き出しやがった。やめろ、俺様のペースで歩かせろ。
「わたし、今すごく幸せ……! また、お姉ちゃんと、こうして歩けるなんて、夢みたいで……」
「……私もですよ。リノとまたこうして一緒に過ごせるだけで、心が温まる気分なんです(怒りも温まって来てるけどな、むしろ燃えそうだ)」
「……うん、わたしも、あったかいよ……お姉ちゃんの優しさを、凄く感じる」
「私も、リノの気持ちが伝わって来てますよ……(ウザい気持ちが、ビンビンとな)」
こうして、何の意味もない会話をしながら俺様たちは宿に向かう。リノは天国にいるような晴れやかな気持ちで歩き、俺様は地獄にいるようなどんよりした気分で、手を繋ぎ合い歩いた。
宿に着くと受付のクソババアがハヤト君(役立たず)が来て、留守だからまた夜に来るよって伝言を預かったらしい。
もうどうでもええわ。リノにはもう、魅了とか効かねぇんだからどうしようもない。
マジで時間無駄にしたわー。まあ、ロリ〇ンのハヤト君が、リノを堕とせないのを知ったらどうなっちまうのかは少し興味あるが……。
やっぱあの歳とヤるのは流石に違法だから、女神がレッドカード代わりにあんなスキル出してきたんかな。
結局は全部ハヤトの所為じゃねぇかよ。もう死ねよ、あいつ。ロリ〇ンのキモ野郎! 俺様の期待を裏切りやがって! 勇者の癖にガキ一人すらなんとか出来ねぇのか、情けねぇなクソが!
もういいや、ストレス溜まるからひと眠りしよ。俺様の精神が持たんわ!
「少し、疲れたので、自室で休んでいますね。それでは、リノ……後でまた(部屋には来ないでくれな)」
「ごめん、ね。お姉ちゃん……わたしの所為で、疲れたんだよね? 無理させて、ごめんなさい」
「いいえ、リノは何も悪くないです。むしろ、こうしてリノと元通りになれて嬉しいんですよ、私 (もどして)」
「……ありがと、お姉ちゃん。あっ、後で起こしに行くからね! ゆっくり、休んでね」
「ふふっ、ありがとね、リノ。それじゃ、お願いします(余計な気遣いすんじゃねぇ)」
「うん、まかせて! おやすみ、おねえちゃん!」
「おやすみなさい、リノ!(てめぇは永眠してろよ)」
疲れる会話をした俺様は、今度こそ自室へ戻ってベッドにダイブした。めちゃんこ疲れた所為か、二秒で意識を失ったわ……。
ああ、ちくしょう……気苦労が、絶えねぇ……。
***
クリスが眠るのを影ながら見守り確認した俺は、クリスの部屋を出て、もう一つの部屋へと向かう。
ノックもせずに俺は扉を開けると、そこには、さっきまでクリスと外で手を繋いでいた少女がいた。
「用件は分かってるよな? 教会でお前がクリスに何を言ったのか、俺は見ていた」
「――……見て、たんですか?」
「俺には色々とスキルがあるからな。まあ、そんなことはどうでも良い。……クリスに何故あんなことを言った? 返答次第では、この場で、殺す。何の躊躇もなく、後悔もなく、俺は出来る」
「嘘ですね……クリス様……いえ、お姉ちゃんが悲しむから、アレフさんはそんな事出来ないはずです」
中々、良く分かってるじゃないか。確かに、クリスが悲しむようなことを俺は出来ない。少し脅せば素直に白状するかと思ったが、どうやら歳の割に強かな奴のようだ。クリスに気に入られただけあるな。
だが、それだけに尚更許せない。
「何故だ? なぜ、クリスにあんなことを言った? 彼女になら、何を言っても許してもらえると思って、あんなことを、あんな態度を取っていたのか? だとしたら、俺は、お前を、絶対に許さない。クリスの気持ちが少しでも、お前から離れた時、その、素っ首を斬り落としてやる」
「ええ、良い、ですよ……わたしは、もうお姉ちゃんを、二度と、絶対に裏切らないと誓いましたので。もし、また、裏切ってお姉ちゃんの気持ちが、わたしから離れたら、遠慮なく斬り落としてください……もう一度、裏切るような汚い存在は、わたしじゃなくて、ただの屑なので……」
臆面もなく、俺に言い放つ少女を見て理解した。
ああ、こいつも俺と同じく、クリスのために壊れたんだと。
何が理由で、あんな事をしたのかは分からないが……。クリスのために壊れて、生まれ変わったこいつなら無視しても大丈夫だろう。
クリスに危険が及ぶ存在にはならないだろし、最悪、俺が処理すれば良いだけだからな。
「邪魔したな。俺はもう行くが、一つだけいいか?」
「はい、なんですか……?」
「クリスにもう、あんな顔をさせるなよ」
「っ……わかって、ます。誰よりも、わかってます、から」
「そうか。分かってるならいい」
苦虫を噛みつぶしたような顔をしたのを確認した俺は、さっさと部屋を出る。
後悔しているなら、最初からあんなことをしなければいいものだがな。
クリス以外の女は本当に薄汚い一面ばかり目立つ。あいつも反省の態度が欠片も見えなければ、ひょっとしたら殺していたかも知れない。クリスの気持ちも無視して……。
俺にもまだ、感情に左右される部分があったんだなと、つい笑ってしまう。それも全てクリスがあってこそだけどな。何にせよ、俺のやる事は変わらない。
クリスに害を及ぼすような奴がいたら、ただ殺すだけだ。
英雄型ロボットみたいになってしまったアレフ君。