悍ましき奸計
くそったれ王から、何故か、俺様たちの、救世の旅が一か月も中断させられた。思わず、あの愚王を殺してやろうかと思ったぞ。表情に一切出さずに、耐えた。
俺様には聖女伝説という雄大な目標があるからな。前世で見た、エベレストよりも志が高いんだわ。
しっかし、一体だれがこんな真似しやがったんだろうか?あの愚王が、自分の意志で俺様たちを引き留めたとは考え付かねぇんだよなぁ。
なんでかって? あの愚王に、自分で何かを考える頭なんかねぇからだよ、たぶん、脳に何も入ってないだろ。腹はデップリの糞デブだし、その内、病気で死ぬだろアレ。
まだ王子の方が王の資質あるわ。頼むから早く死んで代わってくれ。
あと、一か月の間に、リノガキはすっかり俺様の虜になり果てた。俺様が何かするまでもなく、どんどん俺様に心酔したように、グイグイ来るから、意気込みがあったはずの俺様は、ドン引きしたまま、為すがままに成っていた。こいつやっぱ無理……。
聖女モードで対応するたびに、病気が悪化していくような、恐ろし顔になっていくリノガキは、率直に言ってかなり怖かったわ。誰だよあんなやべーやつ、助けたの……俺様じゃねぇか。
だが、まあ、今日で約束の一か月だ。これで、晴れて俺様たちはこの辛気臭い王都を抜けて、次の救世の旅に向かえるって訳よ!
一か所に留まってたら俺様の圧倒的な伝説は成し遂げられねぇ!俺様の時間は貴重なんだよ、不老不死の薬が見つかるまでは、この偉業の歩みを止めることは許されねぇ。
アレフとリノガキを引き連れて、俺様は宿の入り口を目指す。すると、そこに一人の野郎が立っていた。
見覚えがあるってレベルじゃねぇ……。黒髪黒目で、腰には英雄の剣を携えた、どこか馬鹿面っぽくニヤニヤしてる爆笑面した男……。まさか、こいつは……。
色情魔型勇者のハヤト君じゃねぇか……! うっす、久しぶりっ、元気してた!?
***
僕は、ようやく、彼女と対面した。一か月の努力の甲斐あって、僕の肉体は、別れる前の引き締まった身体に戻っていた。
肉体が鍛え直されると、思考も肉欲に耽って居た頃の、自信のないものから、かつての自信に満ち溢れた思考に戻っていく。
ああ、やはり、勇者はこうではないとね。だらしない僕など僕じゃないのが今なら分かる。
「久しぶりだね、クリス。王城に来ていたのをチラッと見ていたから、気の所為だと思っていたんだけど、本当に生きて、いたんだね」
僕はいかにも、今この場で彼女がクリスだと、確信したような口ぶりで話す。僕が、彼女たちを、一か月も引き留めた存在だと悟られないためだ。あくまで、気になって宿まで見に来た体をする。
「お久しぶりです……勇者様。あの時は、勝手な行動をして、申し訳なかったと思っています」
「いいさ、君も辛かったんだろ。彼の死は……」
「えっ、いえ、それは……その」
クリスは、何か言いたげな感じだったが、救世の英雄が目で彼女を制した。まあ、今自分と旅をしている女が他の男を想う姿なんて見たくないだろうね。案外、彼と僕は似てる所があるのかもしれない。
彼女を失う原因となった、あのクズの存在を仄めかし、彼女の心情を揺さぶっていく。僕の魅了を掛けるには、相手の心を揺さぶるのが効果的だと、この一年で分かった。
クリスは、何度も僕の魅了を高潔な精神力で耐えてきた少女だ。救世の英雄との旅でその高潔さは更に磨きが掛かっているだろう、つまり、今のままでは、彼女を手に入れることは難しい。
僕は、彼女の周りに居る、救世の英雄と、もう一人の小さな少女を見た。英雄の方は人が良さそうな笑みを僕に向けてはいるが、その雰囲気は一分の隙も無い、彼をどうこう利用するのは無理だなと、早々に見切りをつける。手強い相手には関わらないのが一番だ。
ならば、そこの小さな少女はどうだろうか?この娘と、クリスの関係性次第では、クリスの精神をひょっとしたら、揺さぶることが出来るかもしれない。
逸る気持ちを、表情に出さないように、僕は慎重に、クリスから情報を引きなければならない。
「貴方は、救世の英雄ですね?初めまして、僕は勇者をしているハヤトと言います。お互い、平和のために魔王討伐を頑張りましょう!」
まずは、英雄ににこやかな対応をする僕。実力が上だと思われる、彼の機嫌を損ねるのは不味い。
「ご丁寧に、ありがとうございます勇者様。こちらこそ初めまして、救世の英雄と皆からは呼ばれていますが、俺には勿体ない名声ですよ」
最初に遠くで見た印象と違い、英雄は随分と殊勝な態度で僕に挨拶してきた。流石の英雄も勇者という肩書きには緊張を隠せないのだろうか。
僕は少し気分が良くなる。強さがあっても、立場的には僕の方が上だと確信したからだ。さて、それよりも本命の事を聞かなければ。
「それで、そちらの可愛いらしい娘も一緒に連れて行っているのですか? こんにちは、お嬢さん、僕は勇者をしているハヤトと言うんだ、宜しくね」
聞きたいことを聞きつつ、同時に小さな少女に挨拶をする僕。この際に魅了のスキルを掛けてやろうかと思ったが、関係性が分からない内に、余計な事をすると、取り返しがつかない可能性もあるため、ただの挨拶にとどめることにした。
少女は緊張しているのか、僕に何か言う事もなく、クリスの後ろに隠れた。ちょっと傷つくな、性別が女の分際で、僕を避けるなんて…少し、殺意が沸く。
「ごめんなさい、勇者様。この子は色々と酷い目に合ったばかりで、とても、傷ついているんです。この子の名前はリノと言います。私の……そう、私の、妹です」
クリスが僕にそう言って、リノと呼ばれた少女に笑いかけると、リノと呼ばれた少女は、花が咲くような笑顔をクリスに向けて、勢いよく抱き付いていた。
「お姉ちゃん……!」
「リノは、甘えん坊さんなんですね。私もリノに抱き付かれて、悪い気はしませんけど」
クリスもそう言いながらも嬉しそうに、リノと呼ばれた少女の頭を撫でている。
僕は、心の中でほくそ笑んだ。この、少女は使える。
こいつを洗脳して、洗脳しまくって……僕がこいつに命令して、クリスに対して突き放すような酷い態度を取らせれば……。
今のように、実の妹のように、可愛がっている少女から突然見捨てられるクリスは、きっと。心が大きく揺さぶられる事だろう。そしたら、きっと掛かる。
僕の、愛が、クリスに、ようやく届く……。
(くひっ……ひひひひ……ひはっ、ははははっ……!)
今の僕は、とても健やかな気分となっていた。まるで、あの時に、食べ損ねた果実を、ようやく食べられるような……喉に引っかかっていた、大きな骨が、取れる感覚にも似ていた。
――そのためにも、やるべきことがある。
(君には、クリスの前に、堕ちてもらわないとね。最悪な、妹になって、クリスの心を徹底的に追い詰めて貰わないと、僕が入り込む隙を作る位、徹底的に頼むよ?)
僕は最初の獲物を舐めるように見た。顔は可愛いが、僕の範囲から外れるくらいに幼い。洗脳しても、この子の肉体を味わう気にはならないな……。
クリスと共にいる状況を壊すくらいで勘弁してあげよう。
この子にとって、クリスがどういう存在なのかは知らないけどね。ひょっとして、人生壊れちゃうかな? まあ、そんなの僕には関係のない話だけどさ。
ああ、楽しみだなぁ……。
運命が、この状況の、全てが僕を祝福してくれてるみたいだ。
やはり勇者は、全てを得られて当然なんだね。
リノちゃん洗脳耐性ゼロ。