限界の近い男
設定では何もないですが、アレフ君は勇者以上のイケメンです。
外に出て待つこと、30分くらい経ってから、ハヤトと幼馴染4人は宿から出て来た。俺には、時間が惜しいやら何やら因縁を付けてくる割に、随分とノンビリしてから宿を出てくるのも何時もの事だけどな。
両手と背中を大量の荷物で埋めているから、歩くだけで一苦労だが、もちろん勇者たちはそんなことお構いなしでスピードをどんどん上げて進んでいく。
少しでも遅れれば、アリアかリリィが来て「遅いんだよ愚図」やら「汚物兄さんは荷物すら持てないんですか?」等と、俺の精神を抉るような言葉を投げかけてくるので、油断も出来ない。
正直言えば、何でこんな思いをしてまで、俺はこいつらの旅に付き合ってるのか自分でも分かってない……。
あるいはどこかでまだアリア達が昔のように自分に笑いかけ、好きだと言ってくれることを期待しているのか。
だとすれば、余りに救いようのない馬鹿だな。
こいつらの態度を見れば、どう考えても俺の事なんて、もう好きじゃない事は明らかだ。
何故嫌われたのかは全く見当も付かないが、こいつらがここまで俺を嫌うならば、俺もそろそろ見切りをつける頃合いなのではないだろうか……?
俺はそんなことを思案し、つい足を止めてしまった。
「は? ねぇ、遅れてんだけど? 荷物持ち風情が何休んでるのさ!」
そんな声がした途端に、俺の右手に凄まじい痛みが走った。
アリアが、剣の柄で俺の右手の甲を勢いよく叩いたのだ。
「ぐっ……なに……す」
「サボってるからお灸を据えてあげただけでしょ? 何反抗的な眼してんの? キモいんだけど」
アリアがそういうと、フィーネさんは何が面白かったのかクスクス笑い、リリィはキモいとか本当の事を的確に言ったら可哀想だよ~と、笑い半分で俺を馬鹿にした。
勇者は嗜めるような素振りだが、顔を見れば、ニヤニヤとしていて明らかにあちら側であることが分かる。
そして、勇者達は俺に一人で反省してろと言わんばかりに、とっとと先に進んでいってしまった。
もちろん、アリア達は勇者にベッタリで、先ほど俺に言ったことなど既に頭にないのだろう。
仮に今、魔物に襲われでもしたら、俺は何も出来ずに殺されるというのに…。それに、気づいてすらいない。
もう……いやだ……。
右手の甲も、ズキズキという痛みが治まらず、骨にひびが入ったのかも知れない。
帰りたい……。
大層な事を言った割に、何も成さずに村に帰ったら色々言われるかもしれないが、それでも、ここの地獄のような扱いよりはマシではないのだろうか。もう、精神的にも限界が来て、そんな事を思い始める。
「……あの……ア、アレフさん」
「…………(帰りたいな村に)」
「……あの、アレフさん」
「……え?」
絶望感から考え事をしていたので、誰かが話しかけて居たのだが気づかず、2回目に声を掛けられようやく自分の名前が呼ばれていたことに気づく。
アレフ……そうやって俺の名前を呼んでくれる事なんてこのパーティに入ってからは勇者くらいだった。
しかし、明らかに今の声は鈴を転がすような澄んで美しい声だった。
俺は、声のした方向を向く。
すると、そこには他の3人と同じく、とっくに嫌われたと思っていたアリアの妹であるクリスティーナがいた。
「あ、えと、クリス……ティーナちゃん? おれのこと今呼んで――」
呼んでた?と言いそうになったが、もし「アンタなんか呼ぶわけない」と言われたらと、一瞬考え声が出なくなってしまった。
アリア達から受けた苦痛と心の痛みが、俺をどんどん情けなくしていくようで涙が出そうになる。
ああ、情けない。もし呼んでいたとしても明らかに不審な態度の俺にもう呆れただろう……気持ちがどんどんと萎えていく。
「はい……あの、アレフさん……その」
「えと、その……右手……痛みますか? さっき姉さんから……その……」
言いづらそうに、言葉を繋いでいくクリスティーナちゃん。
姉が俺に酷い仕打ちをしているのがおそらく分かっているからこそ、どう言葉を選べばいいのか分からないのだろう。
「ああ、その……少し痛むかな。折れてはいないだろうけどひびは入ってるかも」
「――めんなさい」
「えっ? クリスティーナちゃんいまなんてっ」
「アレフさ゛ん゛っ……ごめ゛んなさい……!!」
こっちを向いたクリスティーナちゃんは、泣いていた。泣きながら俺に謝っていた…。
碧眼の両方の綺麗な眼から大粒の涙を流し、肩は震え、小さな両手で俺の右手を優しく包んでいた。
おそらく、姉の俺に対する仕打ちに対して謝っているのは解る。
解っていてなお、俺は何故、彼女がそんな顔をして俺に謝っているのか理解できずにいた。
嫌っていると思ったのに――俺と喋るのが嫌なほど、嫌っているとばかりずっと思っていた。
「私! いまっ……すぐに治しますから! アレフさんじっとしていてください」
そういうと、彼女は両方の手のひらを俺の右手に乗せ何やら詠唱の言葉を紡ぎ出した
「癒しの光、彼の傷を癒し、痛みを退けて!ヒーリング!」
彼女がそう唱えた途端に、彼女の両手から優しい緑色の光が現れ俺の右手を包み込んでいく。
そして、10秒くらいで光は全て、俺の右手に吸収されたかのように消えた。
俺は右手を振ってみたが、ズキズキと痛むような感覚はすっかりと消えていた。
「クリスティーナちゃん……ありがとう、その……痛みがすっかり消えたみたいで」
「い、いえ! アレフさんに感謝されるような、私はそんな人間じゃ…ない…です」
俺がお礼を言っても、クリスティーナちゃんは暗い顔のままだ。純粋に俺を心配してくれて怪我まで治してくれたのに、何故そんな暗い顔をするのかまるで解らない。
治療をして貰った嬉しさの余り、つい言葉が出てしまう。
「そんなことはない! 誰も俺の怪我なんて気にしてなかったのに君は!」
俺は、力強くそう言った。今までクリスティーナちゃんも他の3人と同じ穴のムジナだと勝手に勘違いしてた事もあって、むしろ罪悪感すら沸いていた所であった。
「わ、私は……アレフさんが今までどんな仕打ちをされていたのか……ある程度見てました……」
「それは、同じパーティだからまあ」
「今まで、何度も助ける機会はあったのに……私は! アレフさんを庇ったら同じ目に合うかと思って、怖くてっ……怖くて……見て見ぬ振りをしてたんですっ!!」
それは魂の叫びだった……。
少なくとも、俺には、クリスティーナちゃんが思い切り悔恨や、自分への怒りを含んだ叫びに聞こえたんだ。
俺を助けたら、俺と同じ目に合う……その気持ちはとてもよく解る。解るからこそ気にしないでと、簡単に言って良いとも思えなかった。
そう彼女は……きっととても優しいんだなと。
「旅の最中におかしくなってしまった姉さん達を、あえて見て見ぬ振りをして、アレフさんを犠牲にして……私は……私は!!」
「確かにクリスティーナちゃんは俺を見殺しにしたと言えるのかもしれない」
「っ!! はい、そうです……私はアレフさんを……」
「けどさ、じゃあどうすりゃ最良だったのかと聞かれても答えられないんだ。実際に俺がアリア達からやられ始めた時に庇ってくれてもさ、多分1人こうなってたのが2人になっただけだったと思う」
実際に、おかしくなったアリア達に、少し人見知りっぽいクリスティーナちゃんが俺を庇ってくれたとしても、結果は精神がボロボロになった人間が一人増えただけの現状だった可能性が高い。
……思えば、クリスティーナちゃんは確かに、俺に話しかけこそしなかったけど、一度でもアリア達のように俺を蔑んだこともなかった。暴力を振われた覚えもない。
それに、俺を見つめていたクリスティーナちゃんの眼は、終始心配そうな感じだったような気もする。
こんな良い娘を、おかしくなったあの3人と一緒くたにしていたかと思うと、俺も相当ヤバかったんだなと、自覚しちまうな。
「こんなこと言っても逆に負担かもしれないけどさ、俺はクリスティーナちゃんの事は回復してくれて俺を心配してくれた優しい娘だとは思えど恨むことなんてとても出来ないよ」
「アレフさん……ありがとうございます……! ほんとうにごめんなさい……ううっ……」
「もう泣かないでくれよ。俺が泣かせたと思うと居た堪れないからさ!」
しばらく、クリスティーナちゃんは声を押し殺したように泣いてたが、やがて泣き止み、此方を見て微笑んだ。
眼はまだ赤く、鼻水が少し出ていたが、その時に見た笑顔は俺がこの世で見たどんな笑顔よりも奇麗で心に染みるような、そんな笑顔だった。
「アレフさん、私! アレフさんから許してもらえて嬉しかったです……。私のスキルは聖女だったんですけど、人を見捨てるような…こんな汚い心の聖女じゃいけないと、ずっと思ってました……っ! けど! 今日から私、もうちょっと自分の事を好きになってみます!」
「ああ、クリスティーナちゃんはもうちょっと自分に自信を持った方がいいよ」
「ありがとうございます! もう私は、絶対にアレフさんを見捨てたりしませんから……私も一緒にアレフさんと闘っていきたいです……!」
俺は、その言葉に泣きそうになった。ずっと一人で耐えてきたがもう限界が近かったのだ……。
俺と一緒に戦ってくれるというクリスティーナちゃん。縋りたい想いが一気に募ったが、ふと冷静になる。
もし、俺の傍にこれからずっといたとしたら、結局はアリア達から気に入らないと酷い目に合わされるのではないか?
男の俺でも、こんなきつい精神状態まで追い込まれたのに、果たして儚げなクリスティーナちゃんが、あの仕打ちに耐えられるのだろうか。
「クリスティーナちゃん、お願いがある」
「アレフさん、何でも仰ってください! 私はもう逃げません!」
クリスティーナちゃんが意気揚々と俺の声に応える。これから言う言葉に、納得しないかもしれないが、俺は今日で彼女の苦悩と優しさを知った。
だからこそ思うのだ、あんな目に合わせていいわけがないのだと。
「ありがとう、クリスティーナちゃん……それじゃお願いするよ」
俺は決心して言葉を開いた。
「勇者やアリア達の前では俺を一切無視してくれ―――たとえ、俺が何をされてたとしても」
この場面はもうやりませんが、果たしてこの時クリスティーナちゃんは何を考えてたんでしょうね…。