リノの気持ち
クリスのブレなさ(ただのクズでは……?)
寄生虫が俺様のパーティに入っちまった……。いや、入れちまったのかこの場合。最後に聖女らしいこと言わなければと、余計なことを言ったのが完璧に仇になっちまった。
普通選ぶか……? 会って、一日そこらしか経ってない俺様の方を、選ぶもんなのか?こいつを育てた、親との数年の家族愛とは何だったのか……。
俺様は確かに、超絶美少女でお近づきになりたい人物ナンバーワンなのを差し引いても、一日未満の絆とか、両親に同情するわ。売られたのも納得だな。クズが!
しかも、俺様の言葉を本気にしたのかあろうことか、次の日からこの寄生虫は俺様の事をお姉ちゃん!とか呼び始めた。馴れ馴れしいんだよクソガキ。ホントに家族始めてんじゃねぇよ!
なんで、あんな事言っちまったんだろ……でも、あの時の俺様は聖女として輝いてたな。客観的に見ても慈愛の女神だったからな!非常に満足のいく演技が出来たと言えるぜ。代償は重かったが……。
話しはまだ終わらねぇぞ? この寄生虫はあろうことか、俺様の着替えを手伝うとかほざいて、朝早くに俺様の部屋に来るようになりやがった…!
分かるか!? 俺様の、美しい、姿を、じっくり、見るためのプライベートタイムが潰されたんだよッッッ!! もういやだこいつ……誰か俺様を救ってくれ。
自分成分がロクに取れない所為で、ストレスはもう最高潮に来てる。鋼の精神で俺様は聖女モードを維持してるが、これからずっと、このガキが俺様に引っ付いてくるかと思うと…。
ひっ!俺様ともあろう者が、ガチで恐怖を感じちまった……。
こりゃ、もう覚悟を決めないと行けねぇな。
このガキを堕とそう。俺様なしじゃ居られないくらいにして、俺様のためなら死ぬ事も厭わない肉の盾に改造してやる。
俺様を崇めるくらいに心酔させるんだよ。良く言えば狂信?悪く言えば洗脳ってやつ?何でも良いだろ!
ようは、俺様が絶体絶命な場面を作り出した際、こいつが勝手に俺様を庇って死ぬように好感度爆上げしとけばいいっつーわけよ。今でも割と俺様に懐いてるしいけるだろ。
そして、俺様は涙腺操作で泣いて、この死にかけのリノガキにこう言うんだ。「リノ、ありがとう……リノは……私の、最愛の妹だったよ……」ってな感じでな。ひひひ、良い脚本じゃねぇか。
くくっ、想像しただけで心が洗われるようだぜ。ちょっと気が晴れたわ。
ピンチをチャンスにって論よ。邪魔なガキを俺様の感動大作の礎とする……素晴らしい計画だわ。最高の妹として頼むから死んでくれ!
さあ、俺様をもっと喜ばせろ。
***
今、わたしは凄く幸せなのです。何故かと言うと、それは、新しい家族が出来たんです。
少しだけ、最近あったお話をさせてください。
立て続けに、色々な事が多くありました……わたし自身、まだ理解しきれていない所もあるので、自分の心の整理も兼ねてお話ししたいと思います。
わたしの名前は、リノと言います。スラム街で生まれました。家は貧乏だったけど、パパもママをわたしを愛してくれてた、と今でも思って……ます。そう思いたい、です。
つい最近、わたしはパパとママからお金と引き換えに、酷い人達に売られました……。扉越しに、わたしの値段を交渉している、パパとママは、その時どんな顔をしていたのか、わたしには分かりません。
売られる直前にわたしは、逃げ出しました。売られた子供が何をされるのか、スラム街に住む人間なら誰もがその末路を理解してましたから。必死に、逃げて、あっけなく追い詰められました…。
三人の男の人たちは、わたしをどうするのか、追いつめてる最中に詳細に語り、その度に恐怖が湧き上がりました。
道具として使われる、遊びのために弄ばれるだけの存在だと、聞きたくないことばかり話始められ、どんどん恐怖で動けなくなりました。
わたしは助けを求めました。スラム街で、わたしのような面倒な子供を助けるような人なんかいないのをわかっていながら……どうしても、だれかに助けを求めざるを得ない心境だったんです。
普通だったら、そんなバカな求めに応じてくれる人なんて、いなかったと思います。だけど、だけど。
――クリスお姉ちゃんは、わたしを助けてくれました。
怯えて動けないわたしのために、三人の男たちに堂々と言い放って、わたしの傍まで来て、そして、優しく抱き締めてくれたのです。
大丈夫だよって優しい声で頭を撫で、弱っていた心を包み込んでくれたんです……。わたしはあんな状況にもかかわらず、安心してしまって、そこで寝てしまいました。
わたしを助けたって何の得にもならないのに、当たり前のように助けてくれたクリスお姉ちゃん……。お姉ちゃんは聖女様でした。噂にあった聖女様その人だったのです。
スラム街でも、救世の英雄と献身の聖女の噂は度々聞こえてきました。噂は聞いてましたけど、わたしは信じていませんでした。
英雄や聖女などと、呼ばれる人たちは、高いお金を払ってくれる貴族ばかり優先して、わたしたちのような貧しい者なんか助けてくれないと思っていたからです。
献身の聖女に対しても、そういう認識でした。
ふつう、噂になるほど名を上げ、有名になってる人が、貧富の差に関係なく、他人のために、心身ともにささげるほど尽くすなんて、あり得ないに決まってるではないですか。わたしは噂など信用してませんでした。
けど、実際にクリスお姉ちゃんと会って、わたしは思い知ったのです。噂は間違いなどではなく、むしろ噂の印象よりも遥かに献身の聖女様は、清らかで、慈愛の心を持ち合わせている、素晴らしいお方だったと。
目が覚めたわたしに、お姉ちゃんはあの後の状況を説明してくれました。その過程で、パパとママがわたしをもう、必要としてないことを知りました。
引き取ってくれなかった話をされた時は、孤独になってしまった絶望と、親にすら必要とされなかった自分の存在がどうしようもなく悲しくなりました……。
もし、助けてくれた人がお姉ちゃんではなく、普通の優しい人だったら、わたしは今、この世にはいなかったかもしれません。
売られただけだったら、まだ希望はあります。何か事情があったのかもしれない。でも、本当の意味で大事な人達から捨てられ、一人残され、生きていく気力などわたしにはとても残らないです。
そのまま放置されていたら、自殺していたと確実に言えます、自分の事ですから…そうするって、分かるんです。
お姉ちゃんは、わたしを絶対に一人にはさせないと頑なに言いました。わたしが望むなら、何度でも何度でもパパとママを説得するって。
もしかすると、お姉ちゃんはそのまま放置すると、わたしが孤独に耐えきれず、死を選ぶ結末になることをわたし自身よりも早く気付いていたのかもしれません。
大声を上げて、わたしに生きて欲しいと……伝えてくれていたのだと、今ならお姉ちゃんの優しい気持ちが、分かります。
パパとママを説得しても、わたしを必要としてないのが分かってしまった後では、素直に戻る事なんて出来ませんでした。愛されていないのが分かっているのに、戻れるわけがないのです……。
そんなわたしに、お姉ちゃんはもう一つ道を示してくれたんです。
それは……お姉ちゃん。いえ、クリス様と家族になるという道。会って一日くらいのクリス様がわたしと本当に家族になりたいなんて思っていないことは、流石にわたしでも分かっていました。
おそらく、わたしが死なない様に、逃げ道を作ってくれたのだと思います。
けど……けど、クリス様は言ってくれました! わたしと一緒にいると楽しいって! わたしと一緒にいるとクリス様も癒されるって! わたしとずっと一緒にいたいってっ! わたしを、わたしを必要だって言ってくれたんです!!
だから! だからわたしは、クリス様と、お姉ちゃんと家族になりました。まだまだ家族というにはほど遠い関係という事は理解してます、迷惑をかけているという自覚もあります。
でも、それでも、一緒に居たいんです……。わたし、お姉ちゃんと一緒に生きていきたいの。お姉ちゃんと本当に家族になりたいの。お姉ちゃんと、幸せになりたい、の。
家族になってから、わたしはおねえちゃんに対して甘えすぎてると思います。自分でもそれがわかってるんですから、周りから見たら相当酷く見えるはずです。
けど、お姉ちゃんもいけないのです。わたしがどんな時に抱き付いても、甘えても、頭を撫でて優しく、抱き締め返してくれて。
「ふふっ、リノみたいな可愛い妹が出来て、とても嬉しいですよ」
そんな事を慈しむような笑顔で言われたら、歯止めが利かなくなるのです。こんな、わたしを優しく受け入れてくれるのですから、のめり込んでしまうのは当たり前なんです…。
毎日お姉ちゃんに百回以上は触れていないと、ダメになってしまいます。そんな考えをしてる時点で、もうダメになってるのかもしれません……。
ただ、気になるのはお姉ちゃんの傍に居るアレフさんです。救世の英雄と呼ばれているアレフさんはとても、格好が良く、美しい方です。
格好良いのにそれでいて美しい何て、異性のわたしでもずるいと思うのですから、他の男性の方が見たら嫉妬するのも当然かもしれません。
実はわたしはアレフさんがあまり好きではありません。お姉ちゃんからはアレフさんも一緒に助けてくれたんだよってお話はされています。
助けてくれた人を好きじゃないとか、一体わたしは何様なんだろう、嫌な女だな、と自己嫌悪すらしてしまいます。
だけど、理由があるんです。わたしがお姉ちゃんに抱き付いて頭を撫でて貰った後の事でした。
助けてもらった日に一言だけしか、言葉を交わさなかったアレフさんが突然わたしの傍に来て、耳元でこう言ってきたんです。
「君は同性だから許してあげてるが、あまり度が過ぎるのは頂けない。必要以上にクリスに対して馴れ馴れしく近づかないでくれると助かる。クリスはさ、君が寂しいからって都合よく甘える存在じゃない」
「……え……? あ、あの……」
「君は、親に捨てられて寂しいから、クリスを利用して寂しい自分を慰めてるだけに過ぎない。クリスを利用するだけの存在を俺は許す事は無い。そういう態度を続けるようなら……お前を殺してやる」
さらっと恐ろしいことを呟いて、わたしから離れていくアレフさんは凄く怖かった。その際に見た彼は笑顔だったけど、あれは作り物だ。アレフさんは本当の意味で、笑う事なんて多分ないんだろう。
それ以上に、言われたことを否定できないわたしがもっと恐ろしかった。
知らない内にわたしはお姉ちゃんに甘えるだけの寄生虫のような存在となり果てていたのかと自覚した。恩を仇で返そうとしていた最悪の存在じゃないか。
甘えるだけじゃなくて、お姉ちゃんの役に立ちたい!わたしは指摘された瞬間から考えを変える。朝早くにお姉ちゃんの部屋に行き着替えを手伝うようにしたり、料理を覚える努力を始めた。
戦闘では役に立たなくても、わたしは身の回りでお姉ちゃんの役に立ちたい。甘えるだけじゃなくて、お姉ちゃんにも甘えてもらいたいと思うようになった。
お姉ちゃんはとても喜んでいるように見える。少なくとも、わたしに見せてくれている笑顔に嘘は見えないから……。もっともっと役に立ちたい。
お姉ちゃん……。
出会って日は浅いけど、好きなんて言葉では表せないくらい、大好きだよ。
安定の節穴Eye!!
それにしても、何でクリスの仲間は病みがちに……。




