幸せの決断
家族が増えるよ
あ~ちくしょう、面倒な事になっちまいやがった……。使えない役者三人から、不幸少女を救ったまではそら良かったんだ。
その内の一人も、俺様が慈悲の心を示してやって逃がしたって感じの結末にしたから後味も悪くなかったはずだ。
あとは不幸少女が俺様の助けで奇跡の帰還を果たし、こいつの両親が涙を流し土下座して、「顔を上げてください!」なんて、俺様が言いながら、子供の無事を聖女に感謝するという美しい展開で、不幸キャンペーン活動は綺麗に〆られるはずだった……。
それなのに、あの糞共と来たら。
「俺たちは娘をね、売ったんですよ。俺と妻の意思でね……。親が子供を売りますか? 可愛い我が子を売るのは親などではない、ただの悪党のやることです。だから、申し訳ありませんが、その娘は俺たちの子ではありません。悪党に、そんな可愛い娘なんて、いるはず、ありませんから……」
「わざわざ来ていただいたのに、すみませんが、お引き取りください。……私たちの娘は、とても良い娘、だったんです。私たちのような人でなしには勿体ないほどに。こんなこと、言う資格はありませんが、どうか、どうか、その子をお願いします……」
何を勘違いしてるのか、このアホ共は涙を流しながら意味不明な呪文を俺様の耳に垂れ流してきた。
えっ、なにっ、俺様に引き取れって言ってんのか? この痩せたガキを? 冗談じゃないんだが。役に立たんし、ただ飯喰うだけの寄生虫だぞ、こんなん。
大体、売ったからもう自分たちの子じゃないとか意味わかんねーから。なんだそれ?売ろうが、捨てようが、虐待しようが、てめーらの子供に変わりはねーだろうがっ!!
自分の子供の存在を、失くそうとしてんじゃねぇ! お前らがやった事実を直視するのが辛いだけだろ! あと、人様に変なもん押し付けんなよ!
つーかさ、俺様こんなん要らねぇから! 売ったなら引き取ってから、もう一回売ればいい話だろ!?
もう一回売れるドン! 金も二倍! 俺様は邪魔なガキとおさらば! ほら、ガキ以外、皆ハッピーハッピー、良い事しかねぇだろうが!ったくよ。
どうすんだよ……スラムの結構な場所で、この子の両親を何方か知りませんか?とか親捜すふりをして、俺様が助けたアピールそこら中にしちまってんだよ……。
このままどっかに預けたら、何か俺様がいかにも少女を捨てたみたいに見えるじゃねぇか。
今も純白の服着た目立つ美少女である、俺様がガキを抱っこしてるから人の目が痛ぇこと痛ぇこと……。とりあえず、宿に連れて行って、このガキをベッドに寝かせて、起きるまで待つしかねぇな。
このぐらいの歳のガキだ……。起きたらどうせ「お父さんは? お母さんは? あいたいよぉ」とかどうでも良い事で泣き出して、俺様に両親の所に帰りたいとか懇願してくるに違いねぇ。
そいつの意思を尊重しないわけにはいかねぇよな? 俺様聖女だし、献身マックス聖女やし! だから、例え親共がこいつを望んでなくても、俺様はこのガキの意思を尊重して無理矢理でも親に押し付……いや、美しい家族愛を復活させなきゃならん! 流石俺様! 優しすぎる!
だから早く目覚めろクソガキ。いつまで他人様のベッドでグーグー寝てんだよ、助けたのに、迷惑掛けられるとか。
いや~、俺様の不幸は天井知らずだな~。死ね!
***
時は夜に近い夕方、宿のベッドに寝ていた少女、リノは寝ぼけ眼で目覚めた。見たことのない部屋だった。ふと、リノは寝ていたベッドの隣に視線を感じ、そちらを見る。
純白の少女がこちらを見て微笑んでいた。助けてもらった時にも、近くで顔を見たのだが、やはり、とても美しい少女だった。
「目が覚めたようで、良かったです。結構、長い間眠っていたので少し心配だったのですよ」
「あっ……」
優しい声色でリノに話しかけてくる少女だったが、リノはいきなり話しかけられ動揺して声が出ない。それが彼女を焦らせ、消え入るばかりの羞恥を覚える。顔はりんごのように真っ赤だ。
「あ、あの……そのっ、たすけ! ありがっ……えと、えと……うぅ」
「大丈夫ですから、焦らず、ゆっくりとお話してみてくださいね。もう誰も、あなたに酷い事をする人はいませんから、大丈夫ですよ」
そう言って、少女はリノの頭を撫でながら優しく言い聞かせる。少女に頭を撫でられると、気持ちが安らぎ、落ち着くリノ。落ち着きを取り戻した彼女は助けてくれた感謝と、聞きたかったことを伝える。
「あの、助けて、くれて……ありがと、ございます。その、名前を、聞いてもいいでしょうか」
「そういえば、お名前まだ言ってませんでしたね。私の名前はクリスティーナと申します。あなたのお名前も聞いても大丈夫かな?」
「わたしの、名前は……リノと、いいます、です。助けてくれて、ありがとう、クリスティーナ様」
「様なんて付けなくても大丈夫ですよ!それと、私の事はクリスと呼んでくれてもいいのですよ。いえ、むしろ私はその方が嬉しいです」
「わかりました……クリス、様」
「様は……いえ、あまり無理に変えさせるのも、良くないですね。それで、リノちゃん? どこか痛い所はないですか? 外傷らしい部分は一通り治しましたけど。本人にしか分からない所もありますからね」
クリスがそう言うと、リノは自分の身体を見る。細かい傷だらけだったのが綺麗に無くなり、リノが持つ本来の綺麗な肌が顔をのぞかせていた。これにはリノ自身がびっくりした。
「あんなに、傷だらけ、だったのが……すごい、です。クリス様は、神官なのですか?」
「近い感じのスキルですよ。聖女という使命で、私は旅をしています」
「えっ!? クリス様は、聖女様……だったの、ですか? そんなに、凄い人だったんだ」
「……聖女なんて呼ばれていますけど、私はただ、無辜なる人々を微力ながらお助けしたいと思ってる一人の人間に過ぎません。そんな、凄い人物なんかじゃないんですよ」
「そんなこと、ありません。クリス様は、とても、すごい人です。だって、わたしを、地獄から、救ってくれた……わたしを、助けてくれました」
あのまま、クリスが助けに来なかった未来を想像しただけで、リノは身体中が震えるほどの恐怖を感じた。リノにとってクリスは、絶望の中から手を差し伸べ、救い出してくれた救世主なのである。
震えているリノを、助けてくれた時のように優しく抱き締めるクリス。何故だかクリスに抱き締められると、凄く安心してしまうリノ。自然とクリスに甘えるように自分からもクリスの肩に手を回し抱き合う。
「もう、震えは落ち着いた?」とクリスが耳元で囁き、リノが頷くとクリスが離れていく。安心感が離れることに名残惜しそうな顔をしたリノだったが、クリスは今後についての話を始め出す。
「それでね、リノちゃんのこれからなんですけど。最初は、ご両親の元にリノちゃんを戻してあげようと思って、アレフと二人でリノちゃんのお家を探したんです」
クリスは順序だてて、リノが気絶した後の行動を説明していく。
「それで、見つけたんですよ。リノちゃんのお家を、だから、お家を伺って、リノちゃんの両親とお話ししたんです……けど」
リノの家の話になる。すると、クリスの説明が段々と、歯切れが悪くなってくる。
「あの、パパと、ママは、なんて……?」
リノは何があったのか、正直な結果が知りたくてクリスに問う。クリスは悲痛な顔をしていたが、やがて決意したようにリノに伝えた。
「両親のお二人は……リノちゃんを売った自分たちが親の資格は無いから、子供なんかいませんと、引き取りを断られました……」
「…………っ!」
両親に自分の存在を否定されたリノの顔が歪む。親たちの心情を考えるとリノが嫌いで引き取りを拒んだわけではないのは明らかだったが。
むしろ、好きだからこその決断なのだが、どんな理由であれ家族から自分の存在を否定されるというのはまだ、十二歳くらいになったリノにとってはトラウマになるくらいの衝撃だった。
自分は売られ、そして今度は捨てられたのだ……。それを理解したリノは両目から、ぽろぽろ、と大粒の涙があふれ出す。親との絆すら失い、もう何も残らなくなってしまった可哀想な少女がそこに居た。
「――……ひっぐ……わたし、もう、なんにも、なくなっちゃった……」
寂しい、ひたすらにただ寂しい……。少女を取り巻く環境は、異常なほどに、少女に優しくなかった。こんな哀れな彼女をもし救い出せるとしたら。
「リノちゃん……泣かないでください。あなたはけして、一人なんかじゃありません」
「……えっ? クリス、様?」
――それは、慈愛に満ちた、聖母のような存在だけではないのだろうか?
彼女にとっての幸運は、慈愛に満ち溢れたその人物は、まるで、リノを救うために存在するかのように、リノの前に現れたことだろう。
「私は、あなたを一人になんて……絶対に、しません……させませんから」
それなら、リノのやる事は、ただひとつ。
「だから、リノちゃん……教えてください。リノちゃんの望みを……。愛する両親とまた、一緒に暮らしたいですか? それが望みなら、私は、何度でも、リノちゃんを受け入れてもらえるようにご両親を、説得します」
手を伸ばすだけで良いのだ、素直に、助けてと。
「そうです、それが一番なのは分かっています。でも、私はリノちゃんと少しですが、一緒に過ごして楽しかったです。リノちゃんを抱き締めると、とても暖かくて、癒しているはずが、いつの間にか私も癒されてっ……。リノちゃんと、ずっと一緒ならと考えてしまって……。だから、もし、両親の所に戻るのが嫌でしたら……リノちゃん」
自分を必要としてる人に、手を伸ばせばきっと。
「私と、いえ、私たちと……家族になりませんか?」
――幸せに必ず届くから。
やったねリノちゃん!