愚か者の末路
アレフ君壊れすぎてどうしようもなくなってきた。
クリスの気配が人通りの少ないスラムの裏道で消えた。俺は宿で寝ていたベッドから身体を起こす。更に気を張ると、行き止まりの道にクリスは立っているように感じた。
クリスは俺の全てであるため、彼女の居場所は絶対に見失う事は無い。見失ってなるものか。どこに居ても、誰といても、俺は彼女を見失わない。
「クリスは優しいから、また悲惨な目に合ってるような子を助けるために向かったんだろう」
俺は独り言を呟くと腰に差しているアロンダイトの意思、シェフスが話しかけてくる。
『今代の聖女は随分とお人好しで優しい性格だからな。様々な場所に共に行ったが、聖女が人を助けなかった街は一つとしてなかった。あの行いは、人間としての献身すら超えている』
「そんな彼女だからこそ、俺は生きて今この場に立って、救世の英雄と騒ぎ立てられているくらいだからな。彼女に救済してもらった俺からすれば、俺のような人間が救世などと言われるのは傲慢な他ない」
『そう卑下することもなかろう、実際にお前は聖女と共に様々な場所に行き、時に魔王軍の幹部をもなぎ倒し人々に希望と安心を与えて来たのだ。私から見ればお前も十分に英雄に値する』
シェフスはそう言って俺を担いでくれるが、その言葉は俺にしてみれば怒りを覚える要素にしかならない。
「俺なんかより、みんなクリスをもっと称えるべきなんだ。どいつもこいつも!分かり易い力を持ってる俺を特に賞賛し、優しさと慈しむ心で出来た存在のような愛しいクリスを軽んじているようにしか見えない。あの態度を見るたびに、街中の人間すべてを、八つ裂きにしてやりたくなる」
『おいおい……滅多な事を言うものではないぞ聖勇者アレフよ』
「すまないな、クリスの話になると自制が効かないんだ。それより、早くクリスを助けに行かないと。世界で一番必要とされているクリスに手を出すような糞塵連中を皆殺しにしないとな」
『う、うむ……まあ聖女を助けるのは同意ではある。今まで見たどの聖女より清らかな心を持っていることはこの一年の旅で私も理解しているのでな』
俺は宿を出るとアロンダイトに認められた際に習得した勇者スキル、身体強化(極)で一気に裏道に向かう。最初は三秒が限界だったが、この一年の旅で身体を虐め抜き鍛えた今では一分近く持つようになった。
効果が切れるくらいに走った結果、すぐ近くまで来れたので後は歩いて近付いていくだけだ。今日のクリスは誰を助けているんだろう。
女の子なら良いな。男がクリスに抱き締められてると、つい殺したくなっちゃうからさ。
さて、笑顔が大事だ。クリスに会うんだから俺は常に笑顔でいないと。クリスに嫌われるのだけは絶対に嫌だから。
***
入り口前に居る青年は、作ったような笑顔を張り付けたまま微動だにしない。リーダーの男は一刻も早くこの場から逃げて生き延びたいという思いしかなかった。ここにいる限り、生きた心地がしないのだ。
「……我々は手を引く、そこの少女は好きにするがいい。不安なら契約書もここで破棄する」
リーダーの男は懐から少女を買った契約書を取り出し、目の前にいる者に火で炙り確実に破棄したことを伝える。とにかく、生き延びたい一心で何でもやる。ポーカーフェイスを装って入るが、心情的にはもう泣き叫びたい気分だ。
「これで、正真正銘、その少女は自由の身だ。もう用はない、帰っても構わないだろう?」
再度、入り口前の青年に問いかけるも、青年から言葉はない。不気味なほどに静かで不自然な笑顔を向けたままだ。恐怖が男を支配し始める。
その時、助け舟を出すかのように行き止まり側に居た純白の少女が声を上げた。
「アレフ、彼らも反省しているのなら、慈悲をかけて見逃してあげてくれませんか……?」
少女は少し緊張した声で入り口前のアレフと呼ばれた青年に話しかける。このように緊張した口ぶりは俺たちとの会話では一片たりとも見せなかった。
そのことが、余計に目の前にいる異質な青年の恐ろしさを強調していた。
「クリスがそう言うなら、俺はそれに従うよ。クリスに何かすることがない限りはだけど、ね」
リーダーの男はその言葉を聞いて心底ホッとした。どうやら、純白の少女の言う事は素直に聞くようだ。後は気が変わらぬうちに、さっさと遠くまで逃げればいいだけだ。
「取引成立だな。よし、お前らさっさと行くぞ」
リーダーの男はすぐにでも逃げ出したい心境を押さえてリーダーらしく二人の仲間に告げる。これで、穏便に帰れる……はずだったのだが。
「は? なにびびってんだよ? こっちが下手に出てやる義理なんてねーっしょ?」
「そうだぞ、ガキの方の契約破棄されたなら代わりに来てもらわねーとなぁ?」
二人の仲間は、予想していたよりも遥かに愚かだった。一人は純白の少女を舐めるように見ており、明らかに、破棄された少女の代わりを求める気満々である。
これは不味い、二人の事なんか考えている場合ではない。さっさとこの場を離れないと俺もやられる。直感的にリーダーはそれを悟った。馬鹿達を見捨てる覚悟を固める。
「そうか、なら好きにしろ。生きていたら何時もの所で会おう……」
そう短く告げて、リーダーの男はさっさと白銀の鎧を着た青年の脇を通り抜けると。
駆けた! 全力の走りで、脇目もふらず、巻き込まれないように急いで遠くまで。男は助かった安堵と共に、残された二人の未来に思いを馳せた。二人は、おそらく助からないような気がした。
その後、男が居た行き止まりの通路に、二人の首が転がっているのが見つかったという話だ。二人一緒に一撃のもとに切断されていたという。人間業ではない。
男の脳裏には、作り笑いを浮かべる白銀の鎧を着た青年の顔が浮かぶ。とんでもない化け物に会ってしまったのだと改めて思い。
そして、自身の判断に間違いはなかったと納得した。
何を書いてるのか一瞬忘れてしまった……。