献身の聖女
火竜との死闘
俺とクリスが大きな礼拝堂を進んだ先には台座に刺さった剣があった。凄まじい力と意思を伝える不思議な感覚が俺を襲う。まるで俺に台座の剣を抜けと言わんばかりに……。
「アレフさん、あの剣、私には初代勇者様が使っていた聖剣アロンダイトに見えるのですが……」
クリスが驚いた表情で俺に告げてくる。俺も教科書では何度か見たことがあったが、確かにそう言われるとあんな形だったような気がする。
「なぜ初代勇者の聖剣がこんなところに……? そもそも、本物なのかあれは」
「それは、わからないです。初代勇者様の聖剣は魔王と戦った後、行方不明になったと言われていますので……」
本物かどうかは判断が付かないが、ここからでも感じる剣の存在感のようなもので、少なくとも普通の剣ではないのが俺には分かった。そして、おそらくだが、俺はこの剣を抜くためにここに導かれたのだと思う。
「クリス、あの剣を俺は抜いてみようかと思う。上手く説明できないけど、そうしなきゃならないんだ」
俺はそう言うが、正直頭がおかしくなったと思われても仕方がない。奈落の下にある怪しげな礼拝堂、そこに刺さっている良く分からない剣を引き抜いてみようというのだ。クリスにしてみたら不安で仕方ないだろう。
「……わかりました。アレフさんがそう言うのでしたら、私は信じるだけです」
それなのにクリスは、俺を信じて笑って肯定してくれた。
君のその言葉が、無償で信じてくれる優しい心が、君の全ての純粋さが俺をここまで導いてくれたんだ。必ず報いて見せる。
俺は台座に向かって歩き出した。
――しかし、歩みは上空から高速で強襲してくる圧倒的な存在から止められることとなった。
クリスが俺の手を引き後ろに下がると、俺がいた場所にそいつが激突する。ぶつかっていたら俺の身体は欠片も残らず消滅していただろう勢いだった。
それは、城のようにとてもデカかった。
それは、今まで見たどの魔獣より獰猛だった。
それは、全身の全てがとても赤かった。
それとは、竜だ、全身が真っ赤な……力強き、猛き火竜。この洞窟の王が俺たちの目の前に立っていた。身体が勝手に震える……。原始的な恐怖、強者と弱者のけして覆らぬ事実。濃密な殺意。
魔物の中でも最上位とされる竜。人間などという脆弱な存在では本来対立することすら難しい。こうして対面するだけで俺は意識が何度も飛びそうになっていた。手を引き助けてくれたクリスを見ると、全身を震わせ、涙を流して真っ青になっていた。
おそらく、クリスも分かっているのだろう。ここで二人とも殺されてしまうだろうという事実を。
ああ、怖い。俺が死ぬことではない。俺などどうでもいい。クリスを死なせてしまうという事がだ。
護ると決意したのに、糞の役にも立たない俺という存在がただただ憎い。どうしてこんなに塵なんだ俺は。何の力もないガキに過ぎない、こんなんじゃアリア達の言う事を否定できないじゃないか。
それなら、せめて俺が囮にならないと、奴が俺を喰ってる間にクリスが逃げればひょっとして助かるかもしれない。ほら、動けよ俺の足。早くクリスのために囮に…。
「アレフさん……私が囮になって注意を引きます。その間に、アレフさんは台座の剣を抜いてください」
「……え?」
なに、言ってんだ。この期に及んで、俺の世迷言のような言葉を信じてるのか……?
「私、アレフさんを信じてるって言ったじゃありませんか。だから、剣を取るためにアレフさんが此処に来たのなら、貴方を剣まで導くのが私の……私が此処に来た意味だと思うんです」
上手く説明できない俺なんかを信じて、そんな震えて、本当は、怖いはずなのに。
「……行ってください。早く行ってくれないと、私も……弱い自分に負けちゃいそうですからっ……」
けっきょく、俺は、最後まで彼女に頼りっきりで、お人好しな彼女は命まで、俺の所為で失うのか……?
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!そんなの絶対に認められない。
俺は……。
「わかった。絶対に、剣を抜いたら絶対に……君を助けるから。だから……俺」
「はい、アレフさん……待ってますから私。だから、絶対に助けに来てくださいね?」
クリスは俺に向かって微笑む。それは生を諦めている笑みなのか、違うのかは判断が付かない。けど、俺を台座に導くために死地へと向かう笑みという事に変わりはない。
それなら、俺はクリスが信じてくれた俺を信じるだけだ。クリスの期待を裏切るわけにはいかない。散々裏切られてきた俺が、裏切るなどあってはならない。
クリスは俺を信じ、俺はクリスを信じる。それだけの話だ、難しいことはもういい。
火竜に向かってクリスが聖なる光で目くらましをする。火竜は一瞬光で怯むが、すぐに慣れたのか、光を発生させたクリスに目を向けた。殺傷系の魔法をクリスは覚えていない。つまり、絶対に相手を倒せない。
「火の竜よ! 私がお相手します。私の名はクリスティーナ! 聖女の力は、いくら強大な力であろうと決して屈しはしません!!」
クリスがそう叫び俺から離れると、火竜は怒りを帯びた咆哮を発してクリスへと襲い掛かる。彼女は俺の為に、本当に身代わりになって火竜を引き受けたのだ。
防御魔法を張るが圧倒的な力で吹き飛ばされながら、それでも彼女は俺との距離を離し続ける。俺の世迷いごとを信じて。
なら俺は? さっさと台座に向かうのが筋だろう。早く走れよ愚図が。全てを与え続けてくれた彼女を囮にした糞野郎で終わるわけにはいかない。報いなければならない。必ず、死んでも、絶対にクリスを助ける。
台座に辿り着いた。どうでもいい、さっさと抜け、早くしないと彼女が死んでしまう、最愛の人が死んでしまう。そんなことは許されない。
だから、何か力があるなら、早く俺に寄越せ!!
俺は躊躇なく剣へと手を掛ける。
――声が聞こえた。
***
よっしゃああああああ、大事な節目の場面でボス出現とはツイてるぜぇ。アレフにはそらもう思いっきり恩着せがましく身代わりを願い出てやったわ。我ながら素晴らしく美しい演技だったな。
あいつの顔がもう、喜怒哀楽全部出てるような糞やべぇ顔になってたけど、ちゃんと俺様の「ここは俺に任せて行け!」系の演技を理解してたのかだけが気がかりだぜ。結構凝った茶番をしたつもりなんだが……。しかも台座に向かって走ってるけど、滅茶苦茶遅いしあいつ。本当に助ける気あるのか怪しいわ。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
俺様の美しい挑発で怒ってんのか、耳に痛ぇ咆哮しながら爪を振り上げてくる火竜君(噛ませ担当)に俺様は防御魔法を張る。が、アッサリ破られて吹き飛ばされる。
上手い具合にボロボロになるのが身代わりシチュの神髄なんだなぁこれが。まあ、顔だけは絶対にやらせねぇけどな。
防御魔法Ⅱじゃそら破られるわな。とはいえ、俺様は実は防御魔法Ⅴまで習得してるから、本気で防御張るとノーダメ余裕になっちまう。それは、なんというか、ダメだろ。
美少女が身代わりしたなら無傷で強者ムーブするより、儚い献身ムーブで身体中が傷だらけでボロボロになる方が美味しいんだよ。
弱くはないけど、格上に時間稼ぎで挑むって方が美しい自己犠牲エピソードで映えるやん?流石聖女様や!って感じでな。
図体の割に、攻撃もそんな激しくないし正直期待外れ感はあるが、攻撃されるたびにどこかしら身体をカスらせにゃならんから別の意味でしんどい。
アレフ君が覚醒して向かって来たら、お腹辺りにデカい攻撃受けて瀕死になるのも手だな。やりすぎるとマジで死んじゃうから程々を見極めなきゃならん……。俺様の匠見切りを使うためにも早く、早く覚醒しろアレフ。あんまり長時間耐え続けるとボロが出ちゃうからよ。ギリギリの力で抑え込んでるはずなのに延々と耐えちまうから!?
だから、どうでもいい、さっさと抜いて覚醒しろ、感動が死んでしまう。聖女伝説が死んでしまう。そんなことは許されない。
俺様はそんなことを思いながら再び火竜の攻撃を防ぐ。
――ちょっとだけ受けながら。
火竜との死闘(笑)