第085話:新たな討伐者の誕生
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【二〇二〇年一二月 江副和彦】
ダンジョン・バスターズ結成から丸一年が過ぎた。この一年間は本当に激動だった。ダンジョンの完全起動、クルセイダーズの育成、ダンジョン省の誕生、ジョーカー率いる魔王軍の台頭…… 自分の人生を振り返っても、これほど目まぐるしかった一年はないだろう。
そんな二〇二〇年も、あと一ヶ月で終わりである。ダンジョン・バスターズのメンバーはバックスタッフを合わせて六〇名を超え、会社としての業績は極めて……というよりは世間一般の企業と比べれば犯罪的なほどに高業績を叩きだしている。経営者としては、企業収益は社員と地域に還元しなければならない。
「というわけで、一年間の慰労を兼ねて豪華な忘年会を企画しました」
「……江副さん。忘年会の予算が一人二〇万円というのはどこのバブル企業なのでしょうか?」
向井総務部長の苦言はどく吹く風で、俺たちは小岩駅から徒歩数分のところにある高級鉄板焼きレストラン「グリル 安斎」で立食形式の忘年会を実施した。江戸川区小岩というと、駅前に飲み屋街がありオシャレな街というイメージはない。だがこの店は青山や麻布十番にあってもおかしくないような外観をしており、肉も最上級が用意されている。キロ単位で肉を食べる冒険者たちが数十人も集まるのだ。一人二〇万の予算もやむを得ないだろう。
「今年は本当に激動だった。だがまだ終わっていない。魔王軍はブレージルのダンジョン攻略に乗り出しているし、クルセイダーズも再編されたそうだ。俺たちも止まらない。来年は、AランクそしてSランクのダンジョンに挑むことになるだろう。だが今この時は、過酷なダンジョン討伐を忘れて美味い酒と料理を楽しんでくれ。それでは、今年一年の成果と来年の更なる活躍に……乾杯」
六〇名がシャンパンで乾杯する。ちなみに未成年の茉莉と慎吾は当然、ノンアルコールの「オリーブサイダー」だ。シャンパンくらいは良いのではとも思うが、ダンジョン冒険者が法を犯すわけにはいかないだろう。
「ヤバッ! この“ウニの和牛巻”ってメチャウマ!」
「見て見て! シャトーブリアン五〇〇グラム一気食い!」
(……普通の居酒屋チェーンのほうが良かったか?)
高級食材を爆食いしている若い連中を見ていると「もっと味わって食え」と思ってしまうのは、俺が四〇過ぎの中年だからだろうか。つい一年半前までは、安い焼肉屋でゴムのような肉を食っていたはずなのに、いまでは五等級和牛肉をカネのことを考えずに食べている。カネさえあれば、そうした肉が手に入る。それが日本だ。
(ベニスエラのスラム住人がジョーカーを支持するのも当然なのかもな。少なくとも今の俺たちの姿には、反感しか抱かないだろう)
決して口に出すことはできないが、そんなことを考えてしまう。内ポケットに入れていたスマートフォンが揺れた。メールの着信である。皿を置いてスマホを取り出して確認する。
「へぇ……」
メールの件名を見て目を細めた。件名は「名古屋ダンジョン討伐の知らせ」とあった。
【二〇二〇年 名古屋ダンジョン】
時間は少し遡る。二〇二〇年一月に、ダンジョン省の前身である防衛省ダンジョン冒険者運営局で開催された「民間人冒険者の顔合わせ」において、ダンジョン・バスターズに参加しなかった者がいた。大阪梅田にあるSランクダンジョンで父親を失った「佐藤蒼汰」である。
彼は、その後しばらくは横浜ダンジョンで活動し、Dランクになると拠点を名古屋へと移した。大阪に近いことも理由の一つだが、名古屋ダンジョンが「未討伐ダンジョン」だったことが最大の理由であった。
「大阪ダンジョンを潰すには、ダンジョン討伐者になるしかない。この名古屋ダンジョンを討伐して、俺は大阪に挑む!」
佐藤蒼汰は、もともとは単独で活動していたが、|国際ダンジョン冒険者機構《IDAO》の規定により、Cランク冒険者は全世界に公表される。二〇二〇年一二月時点におけるIDAO加盟国の中で、Cランク冒険者の数は数十名であり、その大部分がダンジョン・バスターズとダンジョン・クルセイダーズで占められていた。単独活動をしている人間がCランクになれば、当然注目される。実際、蒼汰のもとには幾つかの取材も訪れていた。
「自分の目標は、大阪梅田のダンジョンをこの手で討伐することです。阪神地区に住む人で、同じ志を持つ人がいたら、ぜひパーティーを組みたいです」
この呼びかけに応じたのは、蒼汰の父親である佐藤恒治が身を挺して守った元警察官、相川翔一であった。自分が入ったのが大阪ダンジョンであること。そして尊敬していた先輩である佐藤恒治が、日本人の中で唯一、ダンジョンに殺された民間人であることを知った彼は、警察官を辞めてダンジョン冒険者となった。蒼汰が佐藤恒治の息子であることを知ると、すぐに呼びかけに応じたのであった。
それ以外にも、近畿圏から数名が加わり、佐藤蒼汰をリーダーとしたダンジョン討伐チーム「旭日」が結成された。名前の由来は警察章である「旭日章」である。チームのロゴも、赤丸に五本の赤い線を放射状に入れたもので、警察章を模していた。
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【名 前】 佐藤 蒼汰
【称 号】 種族限界突破者
【ランク】 B
【保有数】 32/32
【スキル】 カードガチャ(3)
剣術Lv9
体術Lv9
不屈
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【名 前】 相川 翔一
【称 号】 種族限界突破者
【ランク】 C
【保有数】 23/25
【スキル】 カードガチャ(2)
索敵Lv4
短剣術Lv3
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【名 前】 真鍋 瑠美
【称 号】 ―――
【ランク】 D
【保有数】 25/28
【スキル】 カードガチャ(2)
火炎魔法Lv5
風魔法Lv4
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【名 前】 遠藤 友莉子
【称 号】 ―――
【ランク】 D
【保有数】 20/23
【スキル】 カードガチャ(2)
弓術Lv5
苦無術Lv4
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【名 前】 五郎丸 誠司
【称 号】 種族限界突破者
【ランク】 C
【保有数】 25/29
【スキル】 カードガチャ(2)
シールドバッシュLv5
剛体術Lv5
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「よし。いよいよ最下層だ。この一本道の先に、ラスボスのガーディアンがいる」
蒼汰をはじめとする五人が一本道を進む。蒼汰は既にBランクに到達していた。人間の限界を突破し、さらに成長し続けるのは並大抵のことではない。蒼汰を支えているのは、自分の手で大阪ダンジョンを討伐するという狂気に近い執念であった。他のメンバーは、佐藤蒼汰の後ろ姿を追い続け、三名の種族限界突破者、二名のDランカーという日本はおろか世界でも屈指の冒険者パーティーが誕生したのである。
「あった。これが天井の壁画か……」
一本道の中ほどで、全員が天井を見上げる。右方向に向けて歩く杖を持った一人の人間の後ろに、複数の人間たちが従っている。そして右端には大きな横顔が人々に向けられていた。その顔は唇を尖らせ、先頭を歩む人物に息を吹きかけているようにみえる。
「これは、何かの修辞なのか?」
「蒼汰、記録しよう」
カメラで何枚か撮影し、さらに先へと進む。ダンジョン・バスターズが公開している情報はすべて確認している。この名古屋ダンジョンが推定Cランクであり、そのガーディアンはBランクの可能性があることもわかっている。だがメンバーたちに不安はなかった。対ガーディアン戦の秘策を用意していたからである。
「ガーディアンは…… 何かの魔獣だな。LRカードがあればわかるんだろうが……」
「無いモノねだりをしても仕方がないわ。蒼汰、いいわね?」
「あぁ……やってくれ!」
後方に控えていた遠藤友莉子が数枚のカードを取り出し、魔物を顕現した。
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【名 前】 デビルウルペース
【称 号】 なし
【ランク】 D
【レア度】 Un Common
【スキル】 ストーンバレットLv3
サンドウォールLv1
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横浜ダンジョンのDランク魔物を次々と顕現する。Dランクである以上、これだけでは勝てないだろう。だが相手の注意を惹くことはできる。顕現されたフェネックのような小動物が、次々とストーンバレットを放し始める。漆黒の魔獣はそれを回避しつつ、鋭い爪でフェネックを切り裂いた。だが数が違う。遠藤友莉子は、実に二〇体のデビルウルペースを顕現したのだ。五郎丸誠司が巧みに動いて魔獣を誘導し、デビルウルペースが集中砲火を加える。やがて石礫が命中し始める。少しずつだが、魔獣の動きが鈍り始めた。その瞬間、蒼汰が飛び出した。
「喰らいやがれっ!」
Bランカーならではの身体能力で、一気に数メートルを飛翔する。その瞬間、ストーンバレットの嵐が止まる。魔獣が体制を整えたときには、蒼汰の剣が首を切り落としていた。
ガーディアンとの初対決という緊張もあったのか、全員が肩で息をしていた。デビルウルペースをカードに戻した遠藤が、指さす。
「出たわ。ダンジョン・コアよ。それと……」
正八面体の漆黒のクリスタルのようなダンジョン・コアの隣に、光り輝くカードが浮かんでいた。LRカードである。何かのイベントで手に入ることもあれば、ダンジョン内にポンッと落ちていることもあるらしい。いずれにしても極めて貴重で、強力な戦力である。
「みんな、俺でいいか?」
「あぁ、お前がリーダーだからな」
佐藤蒼汰はチーム「旭日」の中でも最年少である。だが誰よりもダンジョンへの想いは強い。名実ともにチームリーダーであった。蒼汰はまずカードを手にした。赤い髪をした妖艶な姿の女性が描かれている。
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【名 前】 ディアーネ
【称 号】 鮮烈の魔人
【ランク】 F
【レア度】 Legend Rare
【スキル】 暗黒魔法Lv1
魔導剣術Lv1
吸収Lv1
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「悠久の時を生き続けた伝説の魔人。暗黒属性を利用した魔法と魔力を纏わせた剣術の遠近両面で高い戦闘力を有する。己の欲望に忠実で、好戦的で残虐な性格。強者を真っ向から叩き潰し、自らの糧とすることに快感を得ている。身長一七〇センチ、B九五W五八H八八……」
「ほう……汝が我の主か?」
女性の声が響くとカードが変化した。スラリとした生脚を伸ばした赤髪の女性が出現する。真紅の髪に比して、その瞳は海のように蒼い。身長は蒼汰より少し低い程度であった。露出が多い服装で、胸を隠しているのは水着のようなコルセットであった。
「佐藤蒼汰だ。俺たちがこのダンジョンを討伐した。ディアーネ、だったな? Sランクダンジョンの討伐に協力してほしい」
「フム……」
魔人ディアーネは蒼汰の鼻先まで顔を近づけ、その瞳を覗き込んだ。華のような女性の薫りが鼻腔をくすぐる。
「……恐怖はない。あるのは恨み、いや粘質的な執着か? それと焦りと不安。そして自らを奮い立たせるような自信か。あとは……憧憬? まぁ良い。いずれにしても、実にヒトらしいの」
「一応、種族限界は突破しているんだが?」
「関係ないの。弱く、脆く、醜い。それでいて時として信じがたい強さを見せる。それがヒトというものじゃ。汝は疑いようのない人間だの」
「そうか。それで、協力してくれるのか?」
「Sランクへの挑戦とほざいておったの? 汝は理解しておるのか? Sランクとはもはや神話の領域。その討伐者は神に匹敵する力を手に入れる。ただ一人で、世界を支配することも、滅ぼすことも可能となろう。神の力を手にして、汝は何をするつもりじゃ?」
魔人の顔に暗い影が差す。蒼い瞳は挑発するような光を放ち、口元には冷たい笑みが浮かぶ。戦い、奪い、犯し、破壊することを好む魔人らしい貌であった。だが蒼汰は、その表情に対して平然と返した。
「なにも」
蒼汰の返答に、ディアーネはキョトンとした表情を浮かべる。蒼汰は自分のことを話始めた。
「俺は、大阪ダンジョンに親父を殺された。なぜ親父がと、最初は怒り、ダンジョンを憎んだよ。だけど、魔物と戦い続けるうちに、俺の中で何かが変わっていった。今はとにかく大阪ダンジョンを、Sランクダンジョンを討伐したい。そんな渇きのような欲求のほうが強い。討伐した後は、その時に考えるさ」
「ほう……」
魔人は呟き、そしてククッと嗤った。後ろで聞いていた相川たちは、不安げな表情を蒼汰に向ける。江副和彦と同様、佐藤蒼汰もまた、ダンジョンで戦い続ける中で精神が徐々に変質していた。相川たちは、以前から危ういと感じていた。大阪ダンジョンという目標があるうちは良い。だがその目標がなくなった時、強大で不安定な力が残されてしまうのではないか。そして目の前の魔人は、その力を負の方向へと傾けてしまうのではないか。蒼汰を除く他の四人は、共通してその危惧を抱いた。
「良かろう。Sランク……大阪ダンジョンといったな? それを討伐するまで、我は汝のモノとなろうぞ。我の力を存分に使うがよい。ついでに躰も使ってよいぞ?」
美しき魔人が挑発する。普通の男であれば諸手を挙げて喜ぶであろう。だが蒼汰は、カードに戻れと命じただけであった。舞い落ちたLRカードを懐に入れ、ダンジョン・コアに手を翳した。
【霞が関 ダンジョン省 石原由紀恵】
民間人ダンジョン冒険者制度を実用化しているのは日本、EU加盟国、大亜共産国、オーストレリア、ムアンタイ、マレーシャ、サウードアラブ王国、オスマン共和国などがある。人口二億六千万人を超えるインドネシオスは、一万三千を超える島を抱える島国であるため、制度普及に時間がかかっている。だが二〇二一年中には、ASEAN諸国をはじめ多くの国々で、制度が開始される見込みであった。
だが冒険者制度を経済効果にまで繋げているのは、現時点では日本だけであった。二〇二〇年八月から千葉県で稼働を開始した「循環式水素発電所」は、一〇〇万キロワット級の大型発電所でありながら、クリーンで安価な電力を安定供給し続けている。二号機、三号機の建設も順調に進んでおり、二〇三〇年までには日本国の年間消費電力を供給できる見込みだ。
順調そうに見える日本だが、それでも課題はある。魔石採掘量が追いつかないのだ。理論的には江副和彦が言ったように、三千人の冒険者がそれぞれ年間一五トンずつ魔石を採掘すれば、国内で賄うことは可能である。だが現実的には、年間一五トンを採掘するにはダンジョン内で延々と戦い続けねばならず、そうした冒険者は当然ながらDランク、Cランクへと上がっていく。つまり狂おしいほどの動機要因が必要であり、最初から金銭目的の冒険者には、とても不可能な目標であった。現状ではせいぜい年間二~三トン(年収二億~三億)が平均となっている。
では冒険者の数を増やせばよいかというと、そういうわけにもいかない。たとえば五倍の一万五千人が冒険者となった場合、国内にあるダンジョン数で割り振れば、一ダンジョンあたり一千二〇〇名を超える冒険者が集まることになる。二〇名ずつ入れたとしても六〇組以上となり、現状のキャパシティーを超える。施設の規模を拡大するにも、土地確保の問題もあるため難しい。
つまり現実的に考えて、日本国内で四万五千トンの魔石を確保することはほぼ不可能というのが、ダンジョン省の結論であった。
「需要と供給が追い付いていない現状で、名古屋ダンジョンが討伐されたのは嬉しい報せだわ。加えて、貴方たち以外の討伐者の誕生。ダンジョン・バスターズにダンジョンを独占させるな、という批判の声も、これで少しは静かになるかしら?」
夕刻、会議の合間でダンジョン・バスターズの江副和彦とWeb会議をする。画面の男は、自分も名古屋に行きたかったと呟いた。自分たち以外に討伐者が出たことが気に入らないのかと思ったら、どうやら違うらしい。
『ダンジョンの場所は今池だろ? 味山の台湾ラーメン、コブクロ、青菜…… あと矢場カツの草鞋とんかつ定食、風来亭の手羽先……』
「ふざけたこと言ってると切るわよ?」
まったく、この男はダンジョン討伐をサラリーマンの地方出張と同じ感覚で考えている節がある。年初に札幌で遊び呆けていた姿はいまだに忘れていない。少し仕返ししてやろう。
「貴方たち以外のBランカーでダンジョン討伐者の誕生。ダンジョン省の事務次官としても興味があるわ。直接話を聞くために、週末に名古屋に行くの。いいお店を教えてくれて、ありがとうね?」
うふふっ、期待通りの悔しそうな顔だわ。




