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第082話:魔王軍vs十字軍(前編)

ダンジョン・バスターズ第二巻が発売中でございます。

皆様、ぜひぜひ、お手に取ってくださいませ!

【ブレージル連邦共和国 ロンドニア州】

 アマゾナス州からロンドニア州まで、国道319号線を南下し続ける。国道といっても、片側一車線の普通の舗装道路だ。日本人の感覚では理解できないが、ブレージルは途方もなく大きな国だ。国道の左右は地平線の遥か彼方まで、草原や雑木林が続いている。そんな道が、数百キロにわたって延びている。たまに、スーパーマーケットや中古タイヤ屋などがあるが、店舗の大きさはせいぜい「キオスク」程度で、ビールやスナック程度しか置いていない。州都はさすがに人口が多いが、それ以外は未開の森林、農地や牧草地帯となっている。

当然、縮尺の単位も違う。アマゾナス州マナウスから、隣州のロンドニア州に移動するというと、日本人的感覚は「隣県の県庁所在地に行く」程度かもしれないが、マナウスからポルトベーリョまで直線距離で1千キロ離れている。札幌から大阪までの距離に匹敵する。これがブレージルでは「隣町に行く」ということになる。そのため各州都には空港が置かれ、空港間を繋ぐ短距離航空会社も発達している。世界第三位の旅客機メーカーがブレージルの企業であることには、こうした理由がある。


だがジョーカーたち魔王軍は、航空会社を使うわけにはいかない。マナウスからポルトベーリョまで、ラテン音楽をカセットテープで流しながら、古びたバス数台でのんびりと移動する。


『この俺を責めないでくれ。俺が悪いのはわかっているさ。俺は誠意を持ってお願いしているんだ。後ろの魔物は気にしないでくれ。どうか俺たちを責めないでくれ。お前が正しいのはわかっているさ。だけどお前は金持ちだ。一食抜くくらいわけないだろ』


「ヒヒャハハハハッ」


 バスの中では、男女がビールを片手に歌っている。女はマナウスで調達した売春婦だ。米ドルや貴金属に釣られ、ポルトベーリョまで同伴している。魔王軍はジョーカーが定めた「掟」さえ守れば、あとは比較的自由が認められている。女を買うことも自由だし、ドラッグや酒も自由だ。元犯罪者の部下たちは夢や理想では動かない。圧倒的な恐怖と目に見える利益によって、魔王軍は束ねられていた。

 ポルトベーリョまでの二日間は、およそこれから戦争に行くとは思えないほどの暢気な雰囲気である。野宿とはいっても、ダンジョンアイテムでシャワーも使えるしテント内には立派なベッドもある。男たちはそれぞれが女を抱いて熟睡する。その周囲を魔物たちが見張る。静かな夜の中、ジョーカーはポルトベーリョ周辺の詳細地図を見ながら、今後の作戦を考えていた。


「クルセイダーズはおそらく、俺を殺しに来たんだろう。ブレージル軍の防衛線は319号線と230号線の交差点。視界が開けて、部隊を展開しやすい」


 マナウスから続く319号線は、左右を雑木林で挟まれていることが多い。そしてそれは、230号線と交差する手前も同じであった。視界の狭い片側一車線の道路から開けた交差点に出る。狭い道の出口に放射状に重火器を並べ、魔物が出てきたところを集中攻撃する。それができるのはこの場所しかない。


「ワイバーンを展開させれば制空権は確保できるし、オークたちに盾を持たせれば戦車砲すら防げる。だが問題はクルセイダーズだ。雑木林に潜んでいるという可能性が高いな。チコに索敵させるか」


 その頃、クルセイダーズ側も決戦への準備を進めていた。奇しくもそれは、ジョーカーの読み通りの作戦展開であった。テントの中で、リーダーのロルフ・シュナーベルが作戦を説明する。


「トマホークミサイルを事前察知したことからも、ジョーカーの部下には索敵能力を持つ者がいる。俺たちが潜んで奇襲したとしても、直前に察知されるだろう。そこで、このダンジョンアイテムを使う」


==================

【名 称】 透明マント

【レア度】 Rare

【説 明】

被ると透明になるマント。ただし気配が

消えるわけではない。勘が鋭い人なら

気づくかも?

==================


「本来なら第二級危険物として没収されるアイテムだが、この際、使うのもやむを得ない」


「相手のスキルレベル次第だけれど、索敵に引っかかる可能性はあるよね? その場合は?」


「問題ない。そもそも俺がジョーカーなら、雑木林ごと焼き払う。隠れても無意味だ。そこで俺たちは、遥か手前からジョーカーたちを追尾する形で奇襲する。もっとも、ジョーカーもそれくらいは考えるだろうから、後衛を置いているだろう」


 319号線は、アマゾンのジャングルの中を通る国道である。そのジャングル内に潜伏すれば、後方からの奇襲も可能だというのがロルフの判断である。


「魔王軍の弱点は、偵察衛星が使えないことだ。俺たちにはライヒとフランツェの偵察衛星から、リアルタイムで情報が入る。ジョーカーはいま、ラーゴ・ジャリ国立公園で野営している。ここまで300キロだ。明日の昼過ぎには接敵するだろう。俺たちは、交差点の20キロ手前から追尾するかたちでジョーカーを襲う」


 他の5人が頷く。決戦前の夜は静かに過ぎ、そして朝を迎えた。





 マデイラ川岸の街「ウマイタ」に最前線の拠点を置いたブレージル陸軍は、トランザマゾーニカ高速道路を西に進み、319号線との交差点に陣地を張った。パワーショベルとブルドーザーで塹壕を掘り、鉄条網を幾重にも張る。ブレージル陸軍は装備こそ貧弱だが、物資は豊富にある。政局が不安定なボリバルやグアラニーからの軍事支援は受けられなかったが、南米大陸最南端の国「アルヘンティーナ」からは武器や弾薬の支援を受けることができた。アルヘンティーナにもダンジョンが出現しており、ブレージルの次は自分たちだという意識があった。そのため支援量も膨大であった。


「これだけの物資があれば、たかが数十人の民間人に負けるわけがない! さらには十字軍までついている。魔物など鎧袖一触にしてやれ!」


 司令官の檄に兵士たちが呼応する。マナウス郊外での戦闘から、ブレージル軍は魔王軍との戦い方を研究し続けてきた。魔物はたとえ一体でも一個小隊に匹敵する戦闘力を持っている。だが機関銃や戦車砲がまったく効かないわけではない。自分たちが食い止める間に、クルセイダーズが魔王ジョーカーを討つ。数時間で決着がつく予定であった。


「報告。三台のバスが北3キロの地点で停車、魔王軍と思われます」


「よし、榴弾砲用意!」


 司令官の命令のもと、ブレージルの存亡を賭けた戦いが始まった。





「ワイバーンを展開させるぞ。それと榴弾対策だ。ジョバンニ……」


 ジョーカーの指示を受け、ジョバンニは土魔法を使って分厚い壁を形成した。その壁から、ワイバーンが一斉に飛び立つ。程なくして、風切り音と共に爆発が起きた。ブレージル陸軍の榴弾砲が斉射されたのである。


「ワイバーンは制空権を確保しろ。ゴブリン砲兵隊は、オークを先頭に立てて前進!」


 次々と魔物が顕現していく。マナウスのダンジョンに時間をかけたのは、魔物カードの確保とランクアップのためだ。ダンジョンがある限り、魔物は無限に調達できる。そして戦い続けるごとに強くなる。ブレージルを陥落させれば、もはや魔王軍を止められる勢力はなくなるだろう。それを理解しているから、バチカンもクルセイダーズを派遣したのだ。


「ボス。後方に気配があります。おそらく、クルセイダーズかと」


「予想通りだな。Bランク魔物を何体か置いておけ。奴らがどれくらいの強さか、まずは測る」


 Bランク魔物「ダーク・ウルフ」が10体顕現された。たとえ認識阻害のアイテムを使っていても、匂いで獲物を見つけることができる。ウルフたちは鼻をヒクつかせて、一斉に駆け出した。ジョーカーはバスの中にいる青髪の少女に声をかけた。


「ミーファ、念のためカードに戻っておけ。俺が倒れた後は、お前の好きにしろ。クルセイダーズにつくもよし。ダンジョンに戻るもよし……」


「負けそうなの?」


「ヒヒャハハハッ! 負けねぇよ。ちょっとカッコつけてみただけだ」


 ジョーカーはバスから飛び出すと陽気に踊りながら、次々と魔物カードを宙に放り投げた。紙吹雪のようにカードが舞い散り、次々と魔物が出現してくる。


「向こうは物量なら上と考えてるんだろうが、果たしてそうかな? 地上の二週間は、ダンジョン時間では五年分、どれだけカードが手に入ると思ってる? こっちの兵力は数十万だ!」


 10人の冒険者が各階層で毎分1体ずつ魔物を倒したとしたら、12時間で7200体となる。5%がカード化したとしたら、360枚のカードを得ることになる。ダンジョン時間で半年間なら約6万5千枚に達する。ベニスエラのダンジョンでも、交代制で冒険者が入り続けている。時間が経つほど、魔王軍は増強されていくことになる。


「量を惜しむな! ガンガンぶつけてやれ!」


 さらに数千のゴブリンが出現した。魔物を駆使するその様は、まさに魔王そのものであった。





 319号線を人外の速度で駆ける。魔王軍の後方が見えてきた。だが漆黒の狼が出現し、一斉にこちらに向かってくる。ロルフは透明マントを脱ぎ棄てた。


「ダーク・ウルフだ! 突撃陣形!」


「了解! いっくよぉ~」


 クロエ・フォンティーヌが魔法を発動させる。巨大な落雷が広範囲を襲った。稲妻に撃ち抜かれ、次々と魔物が倒れる。だがBランクのダーク・ウルフを屠るには至らない。弱ったところをアルベルタ・ライゲンバッハとマルコ・モンターレが斬りかかる。


身体能力向上(ブースト)魔法抵抗力増強(マギレジデンス)物理防御力増強(タフネス)加速(エクセレート)思考明瞭(クリアマインド)!」


 神聖魔法を操るレオナール・シャルトルが次々と仲間たちにバフを掛ける。アルベルタとマルコが切り開いた道に、フランカ・ベッツィーニがジョーカーの眉間めがけて強弓を放つ。


 ギィン


 だが命中する直前に、幅30センチはあるかという剛剣がジョーカーの眼前に差し出され、矢を弾き飛ばした。ジョーカーより一回り以上はある体格の良い男が、片手で剣を操る。ジョーカーはパチパチと手を叩いた。


「いやいや、お見事! 範囲魔法でCランク以下を掃討し、Bランクは接近戦で屠る。こちらの目が集中する間に、後方から遠距離攻撃で一撃必殺を狙うか。集団(チーム)での戦いに慣れているな」


 ジョーカーはどこまでも余裕のある表情であったが、矢を放ったほうは別である。


「……アタイの矢を簡単に防いだ。アレ、SRアイテムだよ。けれどAランクじゃない。アタイらと同じか、それ以下!」


「やはり敵はジョーカー一人ではないということか。密集防御陣!」


 盾を構えるロルフの背後に、他の5人が回り込む。予想以上ではあったが、想定以上ではない。斥候役であるフランカの「勘」は、かなり正確に戦力を量ることができる。6人が一塊で突撃すれば、Aランク魔物すら屠れる。ダンジョンで幾度も繰り返した陣形であった。

 だがロルフが突撃を仕掛けようとしたとき、ジョーカーが片手を上げてそれを止めた。


「あー、ちょっといいか? お前ら、なんで俺と戦うんだ? 俺は人間だぞ?」


「なに?」


「ロルフッ!」


 思わず返答したロルフに、背後からマルコが鋭い声を飛ばした。すでに殺し合いの状況である。敵と暢気に会話するような空気ではなかった。だがジョーカーは武器すら持たず、平然と前に進み出てきた。


「なぁ、お前らはヨーロッパで活動しているクルセイダーズだろ? なんでここにいるんだ? 俺がお前らやバチカンに何かしたか?」


「ふざけるな! 魔王を自称し、いたずらに人々を傷つけ、世界を滅亡させようとしている貴様を止めるのは、主の尖兵たる我らの務め!」


 アルベイダが飛び出して斬りかかる。だが先ほどの剛剣によって防がれた。ジョーカーはアルベイダを無視して言葉を続ける。


「俺は武器すら持っていないんだぞ? それに話しかけてきた相手に、有無を言わさず斬りかかる。いたずらに傷つけようとしているのはお前らじゃないのか?」


「コイツ…… なに言ってんの?」


 マルコが思わず呟く。だがジョーカーは言葉を続ける。


「なぁ、教えてくれ。お前たちが戦う理由はなんだ?」


「アルベルタ、下がれ。ここに来たのはブレージルからの要請だ。バチカンは、カソリック信徒を決して見捨てない。魔王の手から守る。そのために我らが来た!」


 盾を構えたまま、ロルフが怒鳴る。アルベルタは剣を構えたままジリジリと下がった。ロルフの言葉を聞いたジョーカーはヒヒヒッと肩を震わせた。


「じゃぁ聞くが、もしプロテューストや仏教徒、ムスラーム教徒やヒンドラ教徒から救援要請が来たら、バチカンは動くのか? 西アフリカにはムスラーム教徒が大多数の国もあるが、そうした国々からの救援依頼は無視か?」


「ロルフ! 耳を貸してはダメ! RPGでもあったわ! 魔王は言葉巧みに勇者を惑わすのよ!」


 だがクロエの呼びかけ空しく、一人の男がロルフの背後から進み出てしまった。元神学生のレオナール・シャルトルである。レオナールは胸から下げた十字架を握りしめ、ジョーカーの前に歩を踏み出した。


「レオナール!」


「黙ってください! これは好機でもあります。いたずらに争わずに、説得できるかもしれません。魔王ジョーカー、私は貴方にこそ問いかけたい。貴方はなぜ、戦うのですか?」


「フヒヒッ」


 勇気をもって踏み出した若者を前に、魔王は不気味に笑った。


書籍版ダンジョン・バスターズ第二巻が12月25日(金)に全国書店で発売されました。千里GAN先生の肉感的な挿絵によって、新キャラがイキイキと描かれています。

応援のほど、何卒、宜しくお願い申し上げます。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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ブレージル軍の一斉砲火!
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