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第081話:クルセイダーズ、ブレージルへ

更新が遅くて申し訳ありません。

12月25日(金)に、ダンジョン・バスターズ第二巻が発売されます。

皆様、応援のほど宜しくお願い致します。

【2020年11月14日 銀座一丁目 ドイツ料理店シュタインブルグ】

 ガメリカ合衆国大統領選挙は、4年に一度開催される「祭典」である。一年間で数億ドルの資金が動き、メディアを通じて候補者同士が討論会という名の「バトルロワイアル」を行う。その祭典を通じて、国民は国政を考え、自分は合衆国国民なのだと自覚する。


「選挙をエンターテイメント化することで、国民に政治を考えやすくする。このシステムを考えた奴は天才だな。もっとも、日本の場合は議会制民主主義だからこれを導入するのは難しいと思うが」


「でも今回の選挙は結果が見えているわ。面白くないと言ったらハワード大統領に申し訳ないけれど、どう考えてもピーター・ウォズニアックの圧勝よ。さて、大統領選挙はいいわ。問題は今月末にサウードアラブ王国で開催されるG20よ。一ヶ月前までは、ベニスエラおよびジョーカーへの非難声明と制裁、ダンジョンへの協力関係を強めるということで調整されていたけれど、この一ヶ月で情勢が変わったわ」


 俺はいま、銀座にあるドイツ料理専門店で、石原由紀恵事務次官と会食をしている。本来、事務次官級となれば会食は赤坂や神楽坂の料亭が使われたりするが、見た目三〇歳の独身女性が相手となれば、こちらも店を考える。高級フランス料理店などよりも、これくらいの店のほうが肩が凝らないし目立たずに済む。


「ジョーカーがいよいよ、ブレージル制圧に乗り出したか…… ウリィ共和国(内国)の外交部長官とベニスエラのクライド大統領との会談は、おおむね友好的で成功だと報道されていたが?」


「アレは失敗よ…… というより一方的に要求を飲まされたみたいね。パク・ジェアン大統領はG20を見据えて焦ってるわ。国内経済は低迷し、外交安全保障ではガメリカにも大亜共産国にも距離を置かれ、ダンジョン政策では民間人冒険者登用制度を導入したのに、早くも犯罪冒険者が出て頓挫しかかってる。G20諸国の中で最初にベニスエラと交渉したという実績が欲しかったんでしょ。結果として、重油精製プラントや農畜産業の技術者派遣など支援をする代わりに、内国を通じてガメリカと交渉するということで合意した。修飾語を多用して誤魔化しているけれど、それが実体よ」


「クライド大統領か。ジョーカーの操り人形だと思っていたが、意外にしっかりした意志を持つ大統領のようだな。ブレージルの占領地でも、無茶な統治はしていないようだ」


 ジョーカー率いる魔王軍は、ブレージルの州都マナウスを陥落させた後、侵攻を一旦、止めている。ブレージルは広大な国土を持つ人口大国だ。人口三千万人のベニスエラがブレージルを占領するなど、現実的に不可能である。ベニスエラが要求しているのはブレージル国内のダンジョンの開放すること、魔王軍への中立姿勢を保つこと、今後一〇年間、毎年一〇億ドルの食糧支援をベニスエラにすることの三つである。


「一〇年という期限を考えれば当然の判断ね。占領なんてしたところで意味が無いもの。毎年一〇億ドル分の食糧支援というのも上手い手だわ。外貨ではなく物品で納めれば良いから、ブレージルにとってもそこまで経済負担にはならない」


「だが人口三千万人のベニスエラにとっては、大きな経済効果だ。飢えが無くなり治安が安定すれば、経済活動が復活する。そうすれば投資も集めやすくなる。特に中東諸国は、水素発電を疎ましく思っているだろうからな。オイルマネーが集まるだろう」


 ジョーカーは物語に出てくる魔王のような「明確な悪」ではない。少なくともそのように見せようとしている。「ジョーカーは魔王にあらず。チェ・ゲバラのような革命家だ」などと半ば称賛する左派学者までいるほどだ。ガメリカ大統領選挙後の世界がどうなるか。俺自身も見通せないでいた。





【2020年11月23日 サウードアラブ王国 G20会議】

我が国(ウリナラ)は、日本に先駆けて次期米国大統領と会談した!』


 サウードアラブ王国で開催された2020年G20首脳会議は、かつてないほどに全世界からの注目を浴びていた。ロナルド・ハワード米国大統領が意識不明の重体となり、大統領選挙は民主党のピーター・ウォズニアックが勝利した。正式には2021年1月に就任するが、現状の世界情勢では政治的空白は許されない。マイケル・ベイツ副大統領は党派を超えて、次期大統領であるピーター・ウォズニアックをG20に招待し、各国首脳との会談の場を設けた。

 そして、日本より先にウォズニアック次期大統領と会談したのがウリィ共和国(内国)であった。内国青瓦台は大々的に広報し「日本に勝った」「内国こそ東アジアのリーダー」「Kメジャーがダンジョン対策のグローバル・スタンダード」などと自画自賛した。だがその会談内容は、自賛からは程遠いものであった。ジョーカーとの会談について、ウォズニアック次期大統領は明確に「ノー」と言い切ったのである。


「パク大統領。たしかに私は、ダンジョン対策は発展途上国を含めたグローバルの枠組みで取り組むべきだと考えている。しかしそれは、テロリストに迎合したり、合衆国の国益を無視したりすることを意味するものではない。ベニスエラ政府が合衆国との交渉を望むのなら、ジョーカーが率いる魔王軍の解体が不可欠だ」


「まずは話し合いの場を持つべきだ。接触したという事実が、いまの敵対的風潮を緩和させ、融和への道を示すだろう。条件なしでの話し合いをしてはどうか」


「その“風潮緩和”を狙ったのが、2019年の米朝首脳会談ではないのか。三回にわたって首脳会談し、その結果がどうだったか。“とりあえず会ってしまえ”という貴方のやり方には賛同しかねる」


 およそ40分にわたる米内首脳会談は、互いの首脳の主張が平行線をたどったまま、何一つ決まらずに終了となった。会談後、ウォズニアック次期大統領は首を傾げて次期補佐官に吐き捨てたという。


「あの大統領、少し…… いや、かなり頭がおかしいぞ」


 一方、その後の浦部日本国総理大臣との会談は、予定を大幅に超えて1時間半に及んだ。ダンジョン対策のみならず、経済や外交安全保障に至るまで、幅広い議論が交わされた。日本が内国より後にウォズニアック次期大統領と会談することとなったのは、ベイツ副大統領との会談をその前にしていたからである。およそ4年に亘る友好関係を築いたハワード大統領が入院していることに、見舞いの言葉を贈る必要があるという浦部総理の判断であった。


「浦部総理。現在の合衆国は、建国以来最大の危機に陥っているというのが私の認識です。911テロ、クーバ危機、第二次世界大戦以上の災厄です。私は党派を超えて、挙国一致の体制で臨みます。合衆国最大の同盟国である日本には、ぜひダンジョン対策の協力をお願いしたい」


「合衆国のみならず、人類全体……いえ、地球という惑星全体の危機だと思います。無論、日本は協力を惜しみません。しかしそのためには、貴国にはIDAO(国際ダンジョン冒険者機構)をお願いしたいのですが?」


「大統領に就任した初日に、大統領命令を出すつもりです。合衆国国内のすべてのダンジョンについて、国外の有力なダンジョン冒険者の討伐を許可します。また合衆国も、本格的に冒険者育成に乗り出しつもりです。日本はダンジョン冒険者育成に一日の長がある。ぜひ助言をいただきたい」


 ウォズニアック次期大統領は、情熱ある理想家という印象が先行しているが、世界的なコンサルティング・ファームに所属していた「元経営コンサルタント」でもあり、実際は論理的で現実的な判断力を持っている。保守政治家である浦部誠一郎とは、根っこの部分で近しいものを感じたようで、日米首脳会談後にウォズニアックは次期補佐官にこう言ったという。


「さすがは、あの気難しいハワード大統領を掌で転がした政治家だ。この危機に浦部誠一郎を総理に持った日本は幸運だな」





【ブレージル共和国首都ブレジリア】

「マナウスを制圧した魔王軍は、アマゾナス州からロンドニア州、マットグロッソ州へと南下し、州都クイアバからブレジリアを目指して東進すると思われます。クルセイダーズの皆さんには、このロンドニア州で、魔王軍を食い止めていただきたい」


 首都ブレジリアにある大統領府には、ジョアキン・ボルジェス大統領以下、陸軍と空軍の大将、参謀本部長官などが集まっていた。ダンジョン・クルセイダーズのリーダー、ロルフ・シュナーベルは航空写真に険しい眼差しを向けている。


「見たところ、Cランク以下の魔物が多いように見える。だがおそらく、これらはスロットで手に入れた魔物たちだ。となると成長上限が解放されている。Bランク、下手したらAランクの可能性もあるな」


「だが魔物すべてがAランクということはないだろう。ゴブリンなどには通常兵器が通じたと聞いている。おそらくワイバーンや一部魔物がランクアップしているのだろうな」


「それに、俺たちは魔物すべてを駆逐する必要はないよね? 要するに魔物顕現者であるジョーカーさえやっちまえば、それで終わりだろ? 少数で近づいて一気に片づけちまおうぜ」


 ダンジョン十字軍(クルセイダーズ)の中でも最精鋭である6人は、全員がBランクとなっている。特に、ロルフはAランクに限りなく近づいていた。Aランク魔物を倒した経験もある。ジョーカー一人を倒すのであれば、十分な戦力と言えた。


「現在、ロンドニア州の州都ポルトベーリョに防衛線を敷いています。ブレジリアからヘリで移動していただき、ポルトベーリョ防衛に協力していただきたい。可能な限り、魔物は陸軍が引き受けます。皆さんはその間に、ジョーカーをお願いします」


 1822年の独立からおよそ200年、G20会議を欠席したブレージルは、国家の存亡を掛けた戦争に臨もうとしていた。





【ブレージル アマゾナス州都マナウス ジョーカー】

 州都マナウスを陥落させた魔王軍が、一時的にそこで侵攻を止めたのには幾つかの理由がある。米国大統領選挙の結果を待ったこと。大都市マナウスで膨大な物資を手にしたため、それをベニスエラに輸送するのに時間を要したことなどが理由だが、最大の理由はマナウスにある「Bランクダンジョン」である。


「ふぅ…… ようやく潰したか。Bランクってのも楽じゃないな」


 Bランクダンジョンの討伐を終えたジョーカーは、目を細めて紫煙を吐き出した。部下たちの中にも、Bランク、Cランクに届いた者が出始めている。このままいけば、近日中にブレージルを陥落させることもできるだろう。


「ボス。本国からの連絡です。バチカンが動いたそうです」


「秘密にしておけばいいものを。ジャーナリズム様様だな」


 ジョーカーは近くにあった椅子を引き寄せ、背もたれに向かって跨るように座ると、手渡された新聞に目を通し始めた。皮を剥いたジャブチカバを頬張る。ライチに近い、程よい酸味と甘みが口内に広がる。

 新聞には、ブレージル政府が国威発揚のためバチカン教国に支援を求め、十字軍が派遣されたと書かれていた。国際空港ではなく空軍の基地に降り立ったクルセイダーズの写真が載っている。


「神を胸に抱いてダンジョンに立ち向かう……か。神のために戦う限り、絶対に俺たちには勝てない。そうだろ?」


 顔を向けた先には、青髪の少女がジュースを飲んでいた。ブレージルの果物「クプアス」をはじめとして幾つかの果実をミックスしたものだ。ズズッとストローが音を立てるまで一気に飲み終え、少女は頷いた。


「ん…… 多分、知らないんだと思う」


「ぶっ殺す前に、教えてやるか。ヒヒヒッ」


 ジョーカーは笑って、新聞を放り捨てた。青髪の少女は、ほとんど戦闘能力を持たないLRキャラクターだが、他のキャラクターにはないものを持っていた。それが「記憶」である。


「最下層の天井画を集めていけば、いずれ他の人たちも思い出す。なんのために、ダンジョンが存在しているのか……」


 少し暗い表情になる。ジョーカーは少女の頭を撫でて、そして立ち上がった。





【ロンドニア州 州都ポルトベーリョ クルセイダーズ】

 ポルトベーリョにあるオリビエラ国際空港で降りたクルセイダーズを待っていたのは、熱狂的な市民の歓迎であった。教皇の勅命を受けて結成された十字軍は、カソリック教徒にとって希望の象徴である。まして魔王軍が近づいてきている状況とあっては、市民の目には彼らが「勇者」に見えたのも無理からぬことであった。


「まるでファンタジー物語の勇者パーティーみたいな扱いだね」


「女の子たちの声が聞こえたよ。ちょっと声かけてこようかな」


「マルコ。我々は十字軍だぞ。こんなところまできてナンパなど、バチカンの名に泥を塗るつもりか。いっそのこと、私の手で去勢してやろうか?」


 浮ついた空気に少し当てられていると感じたロルフ・シュナーベルは、空港を出たその足でカソリック教会へと向かうことに決めた。神父と共に神に祈ることで、決戦前の引き締めを図るのが目的だ。


「主よ。試練を前にして慄く我らに、その慈悲深き光翼をお向けください。邪悪へと立ち向かうため、歩を踏み出す勇気を我らにお与えください」


 十字架を前に跪礼(きれい)し、手を組んで祈りを唱える。すると不思議と気持ちが落ち着く。そして勇気が湧いてくる。決して敬虔なカソリック教徒ではなかった彼らだが、幾度かダンジョンを討伐し、そのたびに教会で祈り続けているうちに信仰が芽生えはじめ、その信仰を胸にダンジョンに立ち向かう。

 彼らは既に、千年前の戦士たちに匹敵する「十字軍」であった。


「主は、私たち一人ひとりを見てくださいます。魔王との戦いにおいて、必ずや皆様を支えてくださるでしょう。私はここで祈ることしかできませんが、どうか皆様、ご無事で……」


 司祭の言葉に頷き、ダンジョン・クルセイダーズは動き始めた。奇しくもそれは、ジョーカーがマナウスを出発したのと同じ日であった。


前書きでもご紹介しましたが、書籍版ダンジョン・バスターズ第二巻が12月25日(金)に全国書店で発売されます。千里GAN先生が素晴らしい挿絵を描いてくださいました。ダンジョン・バスターズに加わる新しい仲間たちの姿を楽しみにしていてください。


応援のほど、何卒、宜しくお願い申し上げます。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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