第077話:初の海外進出
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【東京都六本木三丁目 日本台湾交流協会】
あまり知られていないが「台湾」は島の名前であって国の名前ではない。国の名前は「大東亜民主共和国(東亜民国)」という。第二次世界大戦後、大陸における内戦によって、東亜民国は台湾島に政府を移さざるを得なくなった。大東亜人民共産国(大亜共国)はその後、国際社会での地位を確立するため国連に働きかけ、東亜民国の国連からの追放を企図し、アルバニアなどの友好国を通じて「国際連合総会二七五八号決議(通称、アルバニア決議)」を通過させることに成功、東亜民国(以下、台湾)は国連から脱退せざるを得なくなった。
「台湾には親日が多い」とされているが、その理由の一つとしてアルバニア決議がある。日本は台湾を国連から追放することに断固として反対し、あらゆる外交チャネルを使って阻止を図った。だが結果的には決議案は通過し、台湾は国連から追放され、日本は近代外交史に残る「敗北」をしたのであった。
だが日本の「台湾重視」の姿勢は、その後の日亜国交正常化にまで影響を与える。国交正常化に伴い、台湾との国交を断絶することを求められたが、共同宣言内にそれを盛り込ませないかわりに、当時の日本外相が「台湾との条約は存続の意義を失い、終了した」と発言。日台の「公式的関係」は終了した。
しかし、この日本特有の「玉虫色」により、両国には非政府組織が設立され、政治的な国交はないが民間レベルでは交流するという奇妙な関係を形成することに成功する。この日本の外交的成功はガメリカなどにも継承され、非公式ながら事実上、国交を持っているに等しい待遇をしている国は多い。
「俺自身、台湾には二度行ったことがある。温暖で人々は明るく、食い物も美味い。なにより、台湾人の多くが親日的で、こちらが信義と礼節を弁えている限り、非常に友好的に接してくれる」
「台湾料理は僕も好きだよ。名古屋の台湾ラーメンは美味しいよね」
「……言っておくが、アレは台湾料理ではないぞ? 不思議なことに台湾では、アレは名古屋拉麺と呼ばれているそうだ」
驚いた顔を浮かべる彰を連れて、俺たちは六本木にある「日台交流協会」に入った。台湾旅行は、観光目的であればビザは不要だが、今回は仕事であり、帰りがいつになるかも不透明なのでビザが必要となる。ちなみに運転免許証は、日本自動車連盟(JAF)に申請して翻訳文を入手すれば、日本の運転免許で自動車に乗ることが可能だ。
「江副氏ぃ、観光目的ならビザ必要ないんでしょ? なんで僕らはビザ取るの?」
睦夫たちIT部門のメンバーが首を傾げている。あのなぁ、お前らは仕事で行くんだよ!
「俺たちはダンジョン討伐という仕事で行くんだ。当然、ビザが必要だ。初の海外ダンジョンだから、睦夫たちも一緒だぞ。ダンジョンの大きさ、リポップまでの時間、ドロップ率、ステータス画面の変化など検証すべきことは山ほどあるからな」
「ならネット環境を確認しておかないと。台湾ってWi-Fi通じるのかな?」
睦夫たちは早速、交流協会の事務員に確認し始める。事務員の女性は苦笑しながら、台湾についてアレコレと睦夫に説明し始めた。俺の記憶では、台湾のネット環境は日本以上だ。だがどうやら、睦夫たちが気にしているのはセキュリティの面らしい。「東亜電信」などの海外企業を使うことに抵抗があるようだ。結局、日本のキャリアを持っていくらしい。
「江副氏ぃ、ついでに確認できたんだけど、電子タバコは持ち込み禁止だから気をつけてね」
台湾はもともと喫煙者が少なく、喫煙規制は日本以上に厳しい。そして電子タバコや加熱式タバコは持ち込み自体が禁止されている。もっとも、俺は普通の紙巻タバコを吸うため関係ない。携帯灰皿だけ余分に持っていくことにしよう。
【ダンジョン省 石原由紀恵】
霞ヶ関の各省庁では「定例事務次官記者会見」というものがある。余程のことがない限り、ニュースメディアなどではあまり報道されない。だがダンジョン省の記者会見は、日本のみならず海外メディアも大勢が参加する。いまのところダンジョン討伐と研究は、日本が世界最先端を走っている。EU圏内を中心に活動しているダンジョン・クルセイダーズも同等なくらいにダンジョン討伐を進めているが、ダンジョン自体は各国所有であるため、日本のほうがダンジョンの総合的情報としては、質が高くなる。
この日も、広報部門の担当者による司会進行で定例の記者会見が始まった。
「本日は、皆様にお知らせがあります。宮崎県都城市の都城圏域地場産業振興センターおよび福岡市博多区昭和通り交差点に出現したダンジョンが討伐されました。討伐したのはダンジョン・バスターズ。確認されたランクは、都城ダンジョンがB、博多ダンジョンがDとなっています。これにより、残る未討伐ダンジョンは宮城県仙台市、東京都江戸川区、愛知県名古屋市、大阪府大阪市の四箇所となります。現在、陸上自衛隊がブートキャンプ開催の準備を進めています」
パシャパシャとシャッター音が鳴る。ダンジョン・バスターズにも広報部門はあるが、ダンジョン政策に関わることはすべてダンジョン省より発信している。バスターズの広報部門はもっぱら、魔物との戦い方やダンジョン内のキャンプの仕方、新しく出現した武器やアイテムなどの情報公開を行っている。
「現在、ダンジョン省にはアジア各国からダンジョン冒険者の派遣依頼が来ていますが、今回の討伐成功を受けて、東亜民国台北市のダンジョン討伐をダンジョン・バスターズに依頼、快諾を得ました。日本国内にダンジョンが残されている中で他国のダンジョン討伐に派遣するというのは、異論を持つ人もいるでしょう。しかし地球の裏では、テロ活動が活性化しており、もはや国内のダンジョンを討伐すればそれで良いという問題ではありません。国連を中心に全世界が一丸となって、人類史上最悪であるこの災厄に立ち向かっています。そうした判断から、まずは近場である東亜民国のダンジョン討伐を支援することとなりました」
一通りの発表が終わると、質問を受け付ける。東京都知事選挙では現職が勝利したが「ウィズ・ダンジョン時代に向けて都市セキュリティを高め、世界一のセーフシティーとして云々」という都知事方針についてコメントを求められたので、「ダンジョン冒険者の育成に力を入れ、国民が安心して暮らせるよう、ダンジョン討伐に力を尽くしたい」とコメントを返した。正直、都知事の方針は横文字の概念用語ばかりで、具体性がなにもない。もし魔物が東京都内に出現したら、都庁も警察庁もなにもできないだろう。邪魔さえしてくれなければそれでいいというのが本音だ。
「大姜日報の鄭と申します。冒険者の海外派遣について質問します。先程、近場だから東亜民国という話がありましたが、日本の隣国はウリィ共和国(内国)です。おそらくダンジョン省にも、内国から協力要請があったかと思いますが、どうして内国ではなく、東亜民国なのでしょう? 両国ともに、IDAO(国際ダンジョン冒険者機構)には未加盟であるため、それは理由にならないと思いますが?」
現在、日内関係は絶望的な状況である。だが日本国内には一定数の在日内国人が存在し、左派を中心に内国との関係改善を訴える人たちもいる。もっとも「姜流ブーム」があった一〇年前とは異なり、日本国民の大多数が嫌姜派。もしくは内国に良い印象を抱いていない状況だ。
「おっしゃるとおり、内国および東亜民国の両国はIDAOには未加盟ですが、その理由が違います。東亜民国はそもそも国連未加盟国ですので、IDAOに加盟することができない状況です。一方の内国は、国連事務局長まで輩出した国です。内国は国の意思としてIDAOに明確に反対した結果、加盟していないのです。東亜民国へのバスターズ派遣は、すでに大亜共国も了承しており、ダンジョン討伐後は日本および大亜共国両国が推薦して、東亜民国はIDAOに特別枠として加盟することになるでしょう」
「つまり、内国は信用できないということですか?」
「そうではありません。ですが東亜民国は以前からIDAOの基本ルールを遵守する。可能ならば加盟したいと発信していました。IDAOに反対だという内国と比較して、どちらが優先されるかは明らかではありませんか?」
国内外の記者たちが頷くが、大姜日報やウリナラ日報の記者は不満そうな表情を浮かべていた。現在、内国は混乱している。発端は最低賃金引き上げにともなう経済低迷だが、半島北部を支配する大姜王国との宥和政策の失敗、いわゆる従軍慰安婦問題や徴用工問題について、日内合意を破棄したことによる日本との対立、そしてダンジョンの出現と在内米軍の撤退…… ウリィ共和国パク大統領の支持率は二割台となり、毎週末はソウル市内でデモが行われている。
にもかかわらず、パク大統領の従北姿勢は続いており、ジョーカー支持を表明したことで世界中が内国を見放しつつあった。「亡国」という文字が頭を過ぎった国民は多い。日本の協力が必要なのだが、それも期待できない。まさに八方塞がりであった。
【ウリィ共和国(漢字名:内国) 青瓦台】
ガメリカではハワード大統領が倒れ、日本ではダンジョン・バスターズがいよいよ海外進出し、EUではダンジョン・クルセイダーズがCランクダンジョン討伐に成功し、そして南米ではジョーカー率いる「魔王軍」が、いよいよブレージル軍と激突しようかという頃、日本の隣国であるウリィ共和国の政府内は暗鬱な雰囲気が漂っていた。
「ガメリカ大統領選挙は、民主党候補であるピーター・ウォズニアックが優勢です。余程のことがない限り、次期大統領はウォズニアックとなるでしょう。内米安保は、法的には破棄はされていませんので、米軍を再び、駐留させようとするはずです。ですがそうなれば、大姜王国との融和は絶望的になるでしょう」
「王妹である金汝静は、昨年の米姜首脳会談の決裂は、内国に責任があると口を極めて我が国を非難していました。ガメリカ軍が半島から撤収したことで、南北融和と緩やかな連邦制度の打診を続けてきましたが、ジョーカーを支持する表明をしたことで、ようやく融和のムードになりつつありました。その矢先で内米安保復活、米軍の半島進駐となれば、南北断絶は決定的となります。未来永劫、融和は不可能になるかもしれません」
内国大統領であるパク・ジェアンは表情を歪めた。最大の目標である「南北統一」までもう少しというところで、チャブ台がひっくり返るかもしれないからだ。
「……米軍の進駐を止める方法はないものだろうか?」
パク大統領は焦っていた。あと少しで自分の夢が叶う。最大の積弊である在内米軍が撤収し、親日派の清算も進んでいる。ジョーカーを支持する表明の中では、貧富の格差という世界的な問題を内国が率先して解決するという姿勢を鮮明にした。アジアのみならず、世界を動かす偉大なる国家になることが、内国および内国国民の願いであった。
無論、これはパク大統領および内国政府が勝手に思っていることにすぎない。日本もEUも米国も、ジョーカーを支持する内国は潜在的な敵対国家であると認識している。特に日本は、オリンピック終了後に、対内ビザ免除を停止している。「内国からいつ、テロリストが入ってくるかわからない」という理由からだ。日内関係は事実上、破綻しているといってよかった。
「もし米軍進駐を拒否すれば、内国はジョーカーに与する者と、全世界が認めるでしょう。そうなれば日本のみならず、ガメリカやEU各国からもビザ免除停止を受けかねません。そうなれば、我が国は世界から完全に孤立してしまいます」
「すでに財閥企業をはじめ、国内の主要企業は海外への移転を本格的に検討しており、このままでは我が国は崩壊してしまいます。ここはやはり、ガメリカや日本と歩調を合わせるべきかと……」
パク・ジェアン大統領は大きく溜息をついた。積弊清算と南北統一の推進は、絶対的普遍的な正義であり、憲法を含めてあらゆる法律の上位に存在する理念だ。これに反する者は組織や団体、個人を問わず悪である。ガメリカはウィリ共和国の南北統一に協力せねばならないし、日本は歴史認識を改めて、被害者である内国国民に謝罪と賠償を行わなければならない。なぜ世界は、内国の正義を認めようとしないのか。
「十一月末のG20サミットに向けて、カン外相をベニスエラに派遣した。次期米国大統領と見込まれるウォズニアック候補も『交渉はしないが話は聞く』と言っている。クライド大統領、そしてジョーカーと交渉して米国と繋ぐことができれば、国民の支持率も一気に回復するだろう。そしてそれは、南北統一への大きな一歩となるはずだ」
本来であれば、現実感覚を持つ補佐官や側近たちが「それは不可能だ」と諫言すべき場面である。だがパク大統領は就任してから三年間で、自分に反対する者たちを青瓦台から追放した。そのため政権中枢は観念的な従北進歩派で固められている。現実を無視した理想主義が政治権力を得たとき、国家は急速に破滅へと向かうという歴史の必然が、ウリィ共和国に適用されようとしていた。
【東亜民国台北市 江副和彦】
台湾に行く場合は、二つの空港を利用することができる。一つは「台湾桃園国際空港」で、日本からの発着便も多い。もう一つは台北市内にある「台北松山空港」だ。ダンジョンが出現した「敦化北路」は、この松山空港を出た大通りになる。当然、今回は松山空港で降りることにする。
「お待ちしておりました。ダンジョン・バスターズの皆さん」
荷物検査を終えた俺たちを日本台湾交流協会台北事務所の職員が出迎えてくれた。今回は各メンバーが通常使用しているカードを収納袋に入れ、さらにそれをカード化して荷物に入れて運んだが、これは今後の課題になるだろう。現在のところ、地上でカードを顕現できる人間は限られており、日本人ではダンジョン・バスターズのメンバー以外にはいない。だが今後、ダンジョン討伐者が増えてきた場合に備えて、魔物カードや武器カードの検査、あるいはIDAOを通じてダンジョン討伐者の氏名を各国、各輸送機関に通達してチェック体制を整えるなど、国際ルール化が必要だろう。
(このへんは、ダンジョン省に報告だな。もっとも、彼らも考えているだろうが……)
「実はマスコミが集まっています。ご希望なら車を回して裏から出ることもできますが?」
「いや、今回はバスターズの海外進出ですので、メディアの前に出ましょう。それに台北市民の皆さんにも安心してもらえるでしょうから」
東亜民国と正式な国交を結んでいる国は世界で一五カ国しかない。日本やガメリカなどは形式的には「民間交流」なのだ。ダンジョン出現という非常事態において多くの台湾人が「孤独」を感じると述べている。さっさと討伐して安心してもらうのと同時に、決して台湾は孤独ではないことを知ってもらおう。
「江副氏ぃ、翻訳ゼリー使うの?」
「いや、地上でのカード顕現は政府の許可が必要だ。台湾政府からの許可を得ていない状況で使用すれば、不信感を持たれてしまうかもしれない。ここは台北事務所の人に通訳してもらおう」
こうして、空港でのマスコミ対応が始まった。彰たちを先にホテルに向かわせて俺一人で対応する。ダンジョン・バスターズは芸能人ではないので、知名度も人気も必要ない。ただ冒険者に不審・不安を持たれるようなことだけは避けなければならない。俺が対応するのも、それが理由だ。
「ダンジョン討伐に向けての意気込みを語ってください」
「今回、私たちダンジョン・バスターズは初めて海外に進出することになりました。その最初の討伐先が東亜民国であることに、私は深い意義を感じています。九年前、東日本大震災があったときに、台湾の皆さんは多大な支援をしてくださいました。私を含め、日本国民は台湾の皆さんに感謝しています。今回、ほんの少しでもその恩返しができたらと思っています」
「実際に、ダンジョンの討伐はできそうですか?」
「そればかりは調べてみなければなんとも…… ただ情報では、ダンジョン第一層には安全地帯があるようなので、恐らくは高難度ダンジョンではないでしょう。ご承知の通り、ダンジョンはそれぞれに難度が設定されていますが、私たちはB難度まで討伐することが可能です。なんとか、台北市民の皆さんに安心してもらえるよう、努力するつもりです」
こうした友好的な質問もあれば、そうではない質問もあった。日本政府は台湾政府に対して「尖閣諸島領有権主張の取り下げ」を求めている。これについての質問を受けたが、これは言葉を濁した。
「私は一民間人にすぎませんので、政府間の話し合いについてはコメントを避けたいと思います。ただ一言申し上げるなら、国家間の領土問題や歴史認識の違い、あるいはイデオロギーの違いなどは、いますぐに解決しなければならない問題なのでしょうか? まずは世界が一丸となってダンジョン問題に立ち向かい、解決後に再び話し合うというわけにはいかないものなんでしょうか。そういう『棚上げ』というのも、大人の対応ではないかと思います」
聞こえようによっては、台湾の現政府に反対している野党政治家たちへの批判にも聞こえるし、領土問題をダシにしようとする日本政府への批判にも聞こえるだろう。こちらとしては、お願いだから数年間は、国家間の争いなんて止めてくれというのが本音だ。
「南米では、ジョーカーという自称『魔王』がブレージル軍と激突していますが、仮にダンジョン・バスターズが魔王軍と戦ったら、勝てるでしょうか?」
「判断材料が不足しているため、安易な回答は避けたいと思います。ただジョーカーに言いたい。馬鹿なことはやめろ、と……」
立った状態でのマスコミ対応だったので、適当なところで質問は切り上げとなった。この後は、ホテルに入った後に、東亜民国陸軍司令部に訪問し、ダンジョン情報の確認を行う。日本政府を代表しているわけではないので、打ち合わせも交渉もない。そのあたりはダンジョン省と防衛省の管轄だ。俺たちはただ、ダンジョンを討伐すればよい。
(そんなに簡単にはいかないんだよな、コレが……)
ホテルを出た俺たちを待っていたのは、ダンジョン討伐に「反対」するデモであった。




