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第075話:ガメリカ軍、動く

小説版「ダンジョン・バスターズ」第一巻、オーバーラップノベルス様より好評発売中です。

皆様、ぜひぜひ宜しくお願いいたします!

【ブレージル ボア・ヴィスタ近郊】

 カラカスの貧民街にある廃墟となったビルの地下一階で、その少女に出会った。見たことがない青い髪をした不思議な少女だった。少女は「好きに生きればいい」と言った。()は呻きながら立ち上がり、少女に問い掛けた。


「君は……いったい、どんな薬を飲ませたんだ?」


「ん」


 少女は真っ赤な液体が入った小瓶を見せてくれた。私は後頭部を強かに殴られ、急な階段を突き落とされた。私を襲ったのは、つい先日退院した貧民街の子供だった。僅かな金品のために複数人で襲いかかり、そして地下へ続く階段に、私を放り捨てた。

 転げ落ちながら湧き上がったのは、怒りよりも哀しみだった。病に苦しむ子供を助けるのは、医師として当然のことだ。だがその結果、私は襲われそして死のうとしている。複数箇所、ひょっとしたら頭蓋骨も骨折していたかもしれない。

 にもかかわらず、見知らぬ少女に奇妙な液体を飲まされた私は、全治していた。


「それは一体……」


「これはハイ・ポーション。あそこで手に入る」


 そう言って、少女は部屋の奥を指差した。奇妙な部屋だった。まるで壁そのものが発光しているかのようだった。薄暗くはあるが、部屋の端まで見渡すことができた。そして少女が指差した壁には、取っ手が付いていた。おそらく扉なのだろう。


「この部屋はなんなんだ?」


「ここはダンジョンの第一層にある安全地帯(セーフティーゾーン)。私も顕現したばかりだから詳しくはわからない」


「ダンジョン……」


 私は扉に近づき、取っ手に手を伸ばした。少女が背後から声を掛けてきた。


「取手を掴んだら、ダンジョン・システムによってステータス表示の能力を得る。そうなるともう引き返せない。逃げるならいま……」


 少女の言葉に、私は首を振った。地上には、まだ彼らがいるかもしれない。それにハイ・ポーションという薬品が気になった。頭の中は混乱しているが、私の本能が言っている。この取手を掴めば、新たな世界が拓けると。


「変えたいんだ。国を……世界を……」


 そして私は、取手を掴んだ。なにかが、流れ込んでくるような気がした。





「………」


 ピエロメイクの男は瞼を開いた。古いトラック特有のエンジン音と単調な景色のためか、少しだけ意識を手放していたらしい。居住まいを正して、ペットボトルから水を口にする。


「ボス、ウラリエコラ川を超えました。ボア・ヴィスタまであと八〇キロくらいです」


 運転している男が、助手席に座る男「ジョーカー」に報告する。ベニスエラとブレージルを繋ぐ国道一七四号線は片側一車線の道だが、反対車線から来る車は皆無だ。目指す街「ボア・ヴィスタ」まで、国境から二二〇キロあるが、その途中にはほとんど建物がない。一七四号線の景色は、地平の彼方まで草原地帯だ。数十キロに一つ程度、飲食店のようなものもあったりするが、基本的には木々と平原、そして剥き出しになった赤土が見えるだけだ。


「そうか…… なぁ、俺は……なにか言っていたか?」


「は?」


「いや、なんでもない」


 首を傾げた部下を無視して、ジョーカーは窓の外に目を向けた。改めてブレージルの広さを実感する。国境から二二〇キロ、日本で言えば東京から静岡くらいまでの距離だが、前後左右に建物が殆どない。見渡す限りの平原だ。関東平野以上の面積がある「無人地帯」をノンビリと進んでいた。


「ゆっくりでいい。ガメリカが人工衛星で俺たちを偵察しているだろうからな。大いに見せつけてやれ」


 咥えたタバコに火をつける。紫煙に目を細めて、外に視線を向ける。国境での戦いは、一方的な勝利に終わった。だがこれから向かうボア・ヴィスタには警察や州軍が待ち構えているはずだ。市街戦になる可能性もあるため、魔物だけに任せるのは難しい。軍人と市民の判断がつけられないからだ。


「ボア・ヴィスタを魔物で包囲して、抵抗する奴らはCランカーで処分するか……」


 まもなくボア・ヴィスタの市街地が見えてくるというところで、トラックが止まった。国道一七四号線を南下すると、ブランコ川支流の橋を渡る必要があるが、その橋が落とされていたのだ。


「ボス、どうします?」


「トラックはここで乗り捨てだな。ボア・ヴィスタで調達するとして……」


 ジョーカーはトラックから下りて伸びをする。道の左右が木々に覆われているため、狙撃の心配はない。車から全員が降りたのを確認して、ジョーカーは目を細めた。橋の向こう側にはバリケードが張られ、銃を構えた軍人たちがいる。橋を落とし、渡河の途中を攻撃する。戦術としては初歩の初歩だが、相手が悪すぎる。人間もしくは普通の軍隊を相手ならいいだろうが、魔王軍を相手に通常の戦術は通用しない。


「魔物を顕現させてもいいが、観客もいることだしな。そろそろ魔王の力を見せてやるべきだろ」


 部下と一緒に空を見上げる。タバコを吐き捨て、革袋からバズーカ砲を二門、取り出した。


「俺が一人で突っ込む。お前らは後からついてこい。フヒヒッ…… ガメリカ人ども、驚くがいい。これが限界突破者(リミットブレイカー)の力だ!」


 両肩にバズーカ砲を担いだまま、ジョーカーは駆け出した。その速度はまたたく間に人間の限界を超える。時速八〇キロ以上の速度で走り、そして崩れ落ちた橋の手前でジャンプする。対岸まで一〇〇メートル近くあるが、それを一気に飛び越えるつもりなのだ。

原色のスーツを着てピエロメイクをした男がバズーカ砲を両肩に載せて宙を舞う光景は、どこかアニメチックで非現実的であった。対岸にいるロライマ州軍兵士たちも、口をアングリとさせて上空を見上げる。


「オラッ! ムィートプラゼェ~ルッ!(こんにちは。お会いできて嬉しいです)」


 空中で引き金を引く。両肩に担いだバズーカ砲から、ロケット弾が発射され、バリケードを爆破する。そしてジョーカーは……ドボンッと川に落ちた。


「ヒヒャハハッ! バズーカって、結構反動あるんだなぁ」


 メイクが半分落ちた状態でスーツもびしょ濡れだが、ジョーカーは上機嫌であった。部下は次々と渡河を終え、州軍に襲いかかっている。少数ではあっても一人ひとりが一騎当千の戦士だ。Bランクにランクアップしたゴブリン一〇〇体もそれに加わる。


「ボス、着替えてください」


「あぁ、後は任せる」


 ガメリカをはじめとする先進各国へのデモンストレーションは終わった。ダンジョンでランクを挙げた人間単体が、どれほどの軍事的戦力になるのか、嫌でも理解できただろう。スーツを着替え、メイクを簡単に直す。程なくして掃討を終えた一行は、市街地方面に歩き始めた。





【ガメリカ合衆国 国防総省】

 国防総省(ペンタゴン)に集められた専門家たちは、衛星画像の分析結果をもとに、ジョーカー率いる魔王軍の戦力分析を続けていた。だが、観測データから得られた予測数字は荒唐無稽なものであった。


「……これは何かの冗談か? コミックの主人公やSF映画の分析結果なんていらないぞ?」


「時速六〇マイル、跳躍力数十メートル、銃弾を躱して戦車を素手で食い止める…… 馬鹿げてる。ジャパニーズアニメの巨大ロボットを相手にするほうがまだマシだ」


軍事専門家たちは議論の末に、一つの結論を出した。この先、ジョーカーがさらに強くなるようであれば、世界の軍事バランスが崩壊しかねない。今のうちに排除すべしという結論だ。そしてすでに、ガメリカとブレージルの間では「ある密約」が進行していた。


「ブレージル政府から了承も得ている。仕掛けるとしたら、連中がボア・ヴィスタを出発して南下しているところを狙うしかない」


「マナウスまでの道は、ブランコ川西側を通る一七四号線か、東側を通る四三二号線のどちらかだ。だがいずれにしても、ヴィラ・ノヴァ・パライゾで合流し、一七四号線を南下し続けるしかない。舗装道路から土道へと変わるから、速度も落ちるはずだ」


「アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦から艦対地巡航(トマホーク)ミサイルによるピンポイント攻撃。最新のブロック・フォーなら可能か…… だが、ジョーカーがワイバーンを顕現させていた場合、迎撃される可能性もあるが?」


「湾岸のときとは違う。一七四号線には民家は殆どない。ありったけのミサイルを打ち込むことが可能だ。量を惜しむ必要はない。いくら空飛ぶドラゴンがいようとも、数十発のトマホークを迎撃できるとは思えん」


 ガメリカが誇るTWS(トマホーク武器システム)は、コンピュータの計算速度の向上と共にその精度も飛躍的に上がっている。ブロック・フォーと呼ばれる最新システムは、宇宙監視・通信システムと連動させ、はるか一千キロ彼方から移動物体へのピンポイント攻撃が可能であった。ブレージルからの応援要請を受け、ガメリカ合衆国大統領ロナルド・ハワードは、ジョーカーへの攻撃を決断した。

現在、ガメリカ国内は大統領選挙一色であり、ハワード大統領は不利な状況であった。ここでジョーカーを打ち倒せば、支持率は一気に回復し、再選は間違いない。そうした打算もあった。


「ボア・ヴィスタから南下するトラックを追跡しろ。現地の協力者とも連携して、ジョーカーが乗るトラックを見つけろ!」


 世界秩序に対して公然と宣戦布告した「魔王軍」に対し、世界最強の軍事大国が牙を剥こうとしていた。





【ロライマ州ボア・ヴィスタ ジョーカー】

 アマゾナス州都マナウスから北におよそ八〇〇キロ、プルトーガル語で「良き訪問」という意味のこの街は、かつては鉱山業で栄えたが、現在は大豆や米などの農産業が主要である。この数年、ベニスエラの危機により数万人が流入し、治安悪化が懸念されていた。

 だがいまは、懸念どころではなかった。魔王軍の侵攻により、多くの住民が避難し、あるいは家に閉じこもった。普段は賑わっている街の中心部「州庁広場」は閑散としている。州庁を中心に放射状に道が伸びているが、いずれも人通りがない。


〈あー、あー、テステステス…… ウヒヒッ 市民のみなさ~ん! こちらはジョーカーだよー! この街は魔王軍によって占拠された。これから市長の大事なお話があるから、耳をかっぽじってよーく聞くように!〉


市内放送が流れ始めた。エスパーニャ語であるため、市民の殆どは理解できないでいる。だが次いで市長の放送が始まり、市民たちはようやく状況が理解できた。


〈市民の皆さん。魔王ジョーカーは市民の皆さんを抑圧するつもりはないと言っています。不安な人は、マナウス方面に逃げてください。また各店は通常通りに営業を行ってください。魔王軍は決して略奪はしないと約束しています。もしそうした暴動があった場合は、鎮圧にあたるとまで言っています。私は長時間に渡ってジョーカーと話し合い、一定の信頼が置けると確信しました。どうか混乱すること無く、普段どおりに生活してください……〉


 無論、市長はジョーカーの手によって「隷属の首輪」を嵌められている。だが実際、ジョーカーたちは米ドルをブレージル通貨に交換し、現金で購買していた。魔王軍侵攻に乗じて店舗を襲おうとしたお調子者数名が、罪状が書かれたボードを首から下げて吊るされた。


 恐怖は与える。だが大人しい限り、物理的な被害は与えない。


 これがジョーカーの支配方法であった。ブレージルの法律を適用し、経済活動も市民生活も普段どおりに行わせる。ただ、生産された食料の売り先が変わった。先進国の商社や穀物メジャーではなく、ベニスエラ政府を優先させなければならない。もっとも、単価はこれまでと大差ないため、農場主たちには大きな不満はない。


「ヒヒヒッ…… 先物取引市場が混乱してやがる。投資する余裕がある富裕層から、ガッツリ搾り取ってやれ!」


デスクトップパソコンを見ながら、ジョーカーは嬉しそうに笑い、コーヒーを飲んだ。州庁舎の一室を借りているが、寝泊まりは近くのホテルを一日一万ドルで貸し切りにした。


「ボス、トラックの調達が終わりました。衣類、食料も揃ってます。そろそろ出発しますか?」


「もう少し待て。俺たちから逃げようと、大勢の市民が国道を南下しているはずだ。いま進めば、巻き込む可能性がある。マナウスまで八〇〇キロとして、三日もあれば移動は完了するだろ。出発はそれからだ」


 コロビアンならともかく、ブレージルの陥落を米国が許すはずがない。ブレージルは世界最大の農畜産業大国だ。牛肉の輸出が止まれば、米国を代表するファストフード店が一瞬で潰れる。コーヒー豆、大豆、トウモロコシなども価格が高騰し、各国の経済は大きな打撃を受ける。それを止めるには、自分を殺すしかない。だが大統領選挙の最中で、大々的な軍事行動は起こせない。ならば遠隔地からのミサイル攻撃が効果的だ。自分なら、そう判断する。


「恐らく、俺たちが南下しているときに大西洋からミサイルが飛んでくる。ガメリカ様お得意の暗殺方法だ。それが失敗したとき、ガメリカのメンツは丸つぶれになるだろう。ハワードの脳血管をブチ切れさせてやる。フヒャハハハッ!」


 ピエロは嬉しそうに嗤い、濃いめに淹れたコーヒーを啜った。





【大西洋 アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦】

 第四艦隊に所属するミサイル駆逐艦「マーフィー」の艦長ジェームズ・ターナーは、緊張と興奮の中でこの数日を過ごしていた。トマホーク武器システムの最新バージョン「ブロック・フォー」は、本格的な実戦配備こそまだされていないが、システムのアップデートは終わっている。三〇年近く前の湾岸戦争の頃からは隔世の進化を遂げている。相手が魔物だろうが、この攻撃から逃れるすべはない。


「艦長、作戦本部からの最終司令です。ゴーです」


「よし……副長、マイクを」


 ターナーは立ち上がり、手渡されたマイクを握りしめた。


「艦長より、全乗員に次ぐ。大統領から最終許可が下った。これより『ピエロ狩り』を開始する。各部署の最終チェックを行う。衛星通信システム!」


「クリアッ!」


「誘導システム!」


「クリアッ!」


 トマホーク武器システムは、ミサイルを確実に誘導するために幾つものシステムが組み合わさってできている。そのため各システムに一人ずつ担当者を配置する必要がある。


「全システム、オールグリーン」


 すべての確認を終え、あとは命令を下すだけとなった。ターナーは左手でマイクを握りしめ、最後の鼓舞を行った。


「諸君。諸君らの中には、たった一人を倒すためにこれほど大掛かりな作戦が必要なのかと思う者もいるだろう。だが相手はただの人間ではない。一国の軍事力を上回る怪物だ。この作戦には、合衆国の威信だけではなく、全人類の命運が掛かってる。今日という日は、歴史に刻まれるだろう。人類の叡智が、自由と正義を愛する魂が、邪悪な魔王を打ち砕いた記念日として!」


 そして右拳を振り上げて叫ぶ。


「ありったけのタマをピエロ野郎のケツにブチ込んでやれ! 発射(ファイア)ッ!」


 拳を振り下ろし、机を叩いた。その瞬間、駆逐艦が揺れた。一千キロ以上離れた場所にいる、たった一人を殺すために、搭載するすべてのトマホークミサイルが発射された。



オーバーラップノベルス様より、ダンジョン・バスターズ第一巻、発売中です。

コミカライズの計画も進んでいます。皆様、宜しくお願いいたします。


挿絵(By みてみん)

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ボア・ヴィスタの街が魔王軍に陥落!!
[良い点] ジョーカーは医師として貧民のための医療活動を行うためにブレージル(ブラジル)にいた。そしてその近郊で最初にダンジョンからのレアキャラとの遭遇があり、その後にベネゼエラのダンジョンを単独踏破…
[一言] ジョーカーとゆう名前が駄目なら、 ジョー・力一(リキイチ)とゆう名前に すれば良いじゃないか!(おいやめろ)
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