第074話:Aランク到達
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【都城ダンジョン 江副和彦】
Cランク魔物とBランク以上の魔物の決定的な違いは、知性の有無だと俺は考えている。Cランク魔物までは、はっきり言えば「出来の悪いロボット」のようなものだ。個体としての学習能力、同階層内での情報共有、試験、検証、課題形成などは行わない。つまり「パターン」が通用する。
だがBランク魔物は違う。コイツらはまず、侵入者の情報収集から始める。一体を先行させて戦わせ、敵の力量を見極めようとする。その情報が階層内の魔物に伝達し、どのような「コンビネーション」で戦えば勝てるかを検討し、作戦を立案して戦いに来る。ここまでくれば、もはや完全に「戦争」だ。
ラノベのように、ただ力や魔力が強いだけの「単純な魔物」が相手なら、どれだけ楽だろうか。真に厄介な相手とは「一戦ごとに進歩する敵」なのだ。
「クソッ! 隙きを突かれた!」
エクストラ・ポーションを手にした寿人が仲間に駆け寄る。敵はそれほど強くはない。ただのゴブリンだ。個体レベルで見ればCランク程度でしかない。だが数体がチームを組んで、組織的に戦いを仕掛けてくる。寿人のチームは、バランスは良いが全員が若い。若さ故に耐えきれなくなるところがある。その隙きを突かれて、一人がゴブリンに斬られた。
「慌てるな! その程度で死にはしない! 助けようとして陣形を見出せば、さらに攻め込まれて総崩れになるぞ!」
個体でBランクの魔物ならともかく、相手もチームを組んで攻めてくるのだ。実際に、アシストとかスクリーンとか、バスケットの用語を使っている。司令塔役こそポイントガードではなく、盾役であったりアタッカーであったりするのだが、それは各チームで決めることだ。
「すみません。俺の指示が悪かったようです」
「いや、相手の進歩が想像以上だっただけだ。寿人が考えた二・一・三の迎撃陣は悪くないと思う。前衛三体を囮にして中衛を潰しにかかるような攻め方は、魔物ならではだな」
寿人は反省しているが、全員がCランク以上にランクアップしている。Cランクダンジョンならば寿人のチームで攻略可能だろう。もっとも、ここから先が長い。俺や彰でさえ、未だにAランクになっていないのだ。
「次は俺と彰が出る。このダンジョンでAランクになるぞ。彰、覚悟はいいな?」
「もちろん。師父、お願いします」
「フォッ! ではいきなり二割からいくぞい」
前に出た俺と彰にデバフが掛けられる。酸素濃度は二〇%下がり、重力が二〇%上昇する。この状態のまま魔物と戦い続ける。翌日には三〇%、その次の日には四〇%とし、三日間掛けて酸素は半分になり、重力は五割増しとなる。いきなりそうしないのは、高山病にかかる危険性があるからだ。
「現在で標高二千メートルくらいか。よし、いくぞ」
BランクとCランクのパーティー六名で戦っていた魔物を相手に、二人で戦う。それが可能なのは、サポート役となるレジェンド・レアたちの存在だ。
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【名 前】 朱音
【称 号】 妖艶なるくノ一
【ランク】 A
【レア度】 Legend Rare
【スキル】 忍術Lv8
探知Lv5
娼婦Lv5
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【名 前】 劉峰光
【称 号】 拳皇
【ランク】 A
【レア度】 Legend Rare
【スキル】 総合格闘術Lv8
子弟育成MAX
全体弱体化Lv7
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【名 前】 ンギーエ
【称 号】 戦鎚の巨人
【ランク】 A
【レア度】 Legend Rare
【スキル】 盾術MAX
鎚術MAX
守護結界Lv9
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朱音の「性技」が「娼婦」に変わっているのは、大人の事情である。なぜ職業名になっているのかは俺にも解らん。問題は、朱音と劉峰光が同時にAランクになり、広島ダンジョン攻略と同時にンギーエがAランクになったという点だ。これはおそらく、カードの持ち主に関係しているのだろう。朱音と劉峰光は俺が出現させたが、ンギーエは横浜ダンジョン攻略で彰がダンジョン討伐者担ったときに出現した。つまり朱音、エミリ、劉峰光、セニャスは俺に、ンギーエは彰の「称号」に関係しているのだろう。
「でも、エミリちゃんとセニャスはランク上がってなかったよ?」
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【名 前】 エミリ
【称 号】 小生意気な魔法使い
【ランク】 B
【レア度】 Legend Rare
【スキル】 秘印術Lv9
招聘術Lv8
錬金術Lv1
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【名 前】 セニャス
【称 号】 慇懃なる猫精霊
【ランク】 C
【レア度】 Legend Rare
【スキル】 執事Lv6
逃走Lv3
毒舌Lv5
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彰の疑問ももっともだ。セニャスこそランクは上がっているが、エミリはずっとBランクのままだ。これは一緒にいる茉莉と慎吾の影響だろう。二人はDランクで止めている。二人が高校を卒業次第、Cランクに挑戦するかを意思確認するつもりだ。
「茉莉と慎吾はまだ子供だ。ダンジョン討伐は俺たち大人の責任だ。できることなら二人には、人越者なんかになってほしくない」
元々、茉莉は金稼ぎのアルバイトから始まったのだ。資金が必要だったあの頃とは状況が激変した。ダンジョンに入ってただ魔物を倒せば良いという状況ではない。ジョーカーの出現によって、最大の敵が「人間」となった。最悪の場合、人殺しまでさせてしまうかもしれない。
「大丈夫だよ。茉莉ちゃんも慎吾も、兄貴が思っているよりずっとしっかりしている。特に慎吾は、セニャスが入ったことで急に大人びてきてるからね。十代って成長早いね」
嫌味か? 俺はどうせ不惑を迎えた四〇過ぎのオッサンだ。人間的な成長なんてもうしないだろうよ。彰の言葉を無視してゴブリンたちと戦う。戦い馴れをしてきたのか、最小の動きで剣先を躱すことができる。そして正確にゴブリンの額に刀を刺していく。大げさな動きも力みも必要ない。
「やはり二人は戦い馴れておるのぉ。良いか寿人よ。主は身体能力だけならば、江副と大きな差はない。じゃが精神力が違う。ヒトは感情の生き物じゃからの。複数の的に囲まれればどうしても身体は緊張するし、無意識に恐怖も湧き上がる。こうした硬さや力みを乗り越えるには、馴れるしかない。要するに、年の功じゃ」
若い連中が頷く。いやそこは否定しろよ。なんだよ「年の功」って。俺はまだアラフォーだ。
「セイッ! ゴブリン手裏剣!」
彰がゴブリンの頭を掴んで、クルクルと回転させるように投げ飛ばした。Cランク相手に遊び感覚で戦えるようになってきている。Aランクが近づいているということだろう。
【都城ダンジョン 第八層】
第八層に進んだ。おそらくあと一、二層で最下層だろう。ズドズドと音を立てて、トカゲとニワトリの間の子のような魔物が出てきた。
「リドルバジリスク! 石化の息を吐きます」
「バジリスク? イグアナには見えんが……」
二メートル近くまで攻めてきて、そして口を開いた。その瞬間、悪寒が走った。俺と彰が左右に同時に飛ぶ。バジリスクは口を閉じてこちらに顔を向けたが、そのときには朱音の苦無がバジリスクの脳天を貫いていた。俺は背中に冷たい汗が流れ、肩で息をしていた。
「なんだ今のは……」
「息による攻撃の恐ろしいところは、見えないことです。そのため、どの程度の距離を取れば良いのか。吐き出した息の効果時間はどれくらいかが不明なのです」
「なるほど。ゲームとは大違いだ」
ロールプレイングゲームでは、毒の息だの麻痺の息だのがあるが、実際に見ると恐ろしい攻撃だった。なにしろ目に見えないため、避けようがない。また避けたとしても、吐き出した息の効果範囲、時間が不明確だ。試しに先ほどまで自分が立っていたところに手を差し伸べてみる。
「和彦様!」
「大丈夫だ。万一のときはポーションを使う」
幸いなことに手はなんともなかったが、それだけに効果範囲を知りたかった。今後、さらに強力な魔物が出てきたときに、こうした「息攻撃」の対処法を知っておかないと、致命的なことになりかねない。
「彰、そして皆も、しばらくここで修行だ。息攻撃を見極めるぞ。劉師父、お願いします」
「フォッ! 見えない攻撃を躱すための修行か。よかろう、徹底的にやってやるわい」
こうしてリドルバジリスクを相手に「息攻撃」の検証作業が始まった。Bランク魔物が相手であるため、決して油断はできない。また石化を受けた場合は素早く治療しないと、バジリスクが尾で攻撃して石化した部分を砕こうとしてくる。嫌らしい攻撃であった。
「クソッ! 次は複数体で来るぞ。遠距離攻撃だ。囲まれて一斉に息を吐かれたら全滅する!」
朱音や寿人、他にも遠距離攻撃ができる者たちが火力を総動員させる。ある程度、魔石とカードが溜まった段階で、安全地帯へと引き上げた。
「よし。リドルバジリスクを顕現して、息攻撃を徹底的に検証する。効果範囲や時間、石化した場合は持続するのかしないのか。完全に石化した場合は死ぬのか死なないのか。魔物カードを使って実験するぞ」
未知の攻撃であるため、とにかく情報が欲しかった。リドルバジリスクを顕現し、石化の息を吐かせる。それをゴブリンなどの他の魔物に受けさせて、実際にどのように変化するかを観察する。
「全身に受けたら一瞬で石化するが、腕を伸ばして受けてすぐに退くと、手先から二の腕あたりで止まるようだな。効果範囲はだいたい二メートル半といったところか」
ストップウォッチを片手にメジャーで距離を測りながら幾度も検証し、それをノートに書き込む。初めて見たメンバーは呆れていたが、彰は馴れたもので次々と魔物を顕現してくる。
「石化の息というのは初めて見る攻撃方法だ。だが同じ攻撃でも、リドルバジリスク以外の魔物が石化の息を使えば、また違う可能性もある。よし、次は息を吐く勢いを変えられるかどうかを実験しよう。効果範囲は吐き出した場所を中心に半径六〇センチ程度の円形のようだが、その範囲を狭めるかわりに射程距離を伸ばせるかもしれん……」
「兄貴、今日はもう切り上げってことでいいかな?」
さすがに他のメンバーをこれ以上待たせるのは酷と感じたらしく、彰が声を掛けてきた。俺から言わせれば、こうした実験は各チームで行い、それを持ち寄ってダンジョン・バスターズの共有ナレッジにして欲しいところだが、そうした組織的ナレッジ形成を行うには、組織自体が若すぎるということだろう。
「わかった。だがこうした検証は今後も頻繁に行っていく。俺たちはダンジョンについて何も知らないと言っていい。だから未知の魔物や現象が発生したら、しつこいくらいに仮説、実験、検証を繰り返すべきだ。それで判明した知識はバスターズのみならず全世界に共有される。各チームも覚えておいてくれ。ダンジョンを知らずに、ダンジョン討伐はできない」
厳しい表情で言ったためか、全員が真面目な表情で頷いた。
【博多ダンジョン 霧原天音】
Dランクダンジョンは初めての経験だけれど、たしかに「弱い」わね。これならDランカーが十人もいれば攻略できるかもしれない。でも危険でもあるわ。攻略しやすいということは、それだけ「ダンジョン討伐者」になりやすいということでもある。つまり「地上で魔物を顕現する能力」を持つ者が増えやすくなる。この点はダンジョン省に警告する必要があるわね。
「ガルルルッ」
現在、私たちは博多ダンジョンの最下層に到達している。目の前では、双頭の犬が唸り声を挙げている。躾のなっていない犬ね。鞭で厳しく調教してあげるわ。
「伏せッ!」
パシーンッと鞭を鳴らす。すると片方の頭が項垂れた。どうやら誰が主人なのか、理解できたようね。でももう片方はまだ唸っている。折檻が必要ね。
「犬の分際で生意気よ! ひれ伏しなさいッ!」
鼻先に鞭が命中する。すると犬はクーンと哀しげな鳴き声を漏らして、床に伏したわ。フンッ、犬らしく御主人様の命令に従えばいいのよ!
「……姐さん、ダンジョン・コアが出ました」
あら、チームメンバーたちの顔色が悪いわ。そんなに怖かったかしら? あとで少し、優しい顔を見せてあげましょう。
「そう。じゃぁ予定通り、私が討伐者になるわ。能力を使うつもりはないけれど、頭の固い上層部を説得するには、目の前で見せてあげるのが一番だから……」
ダンジョン・コアに近づこうとすると、脚に何かがすり寄っている。視線を下ろすと、先程の犬が仲間になりたそうな表情で見上げているわ。あら、飼ってほしいの?
「フフフッ…… 飼われたいのなら、態度で示しなさい。御主人様に服従するのなら、どんな姿勢を取ればいいの?」
双頭の犬はゴロンと転がり、腹をこちらに見せた。私がうなずくと嬉しそうにヴァウと一吠えして、そしてカードになった。
「ちょうど良かったわ。犯冒室のマスコットにしましょう」
カードをケースに入れ、ダンジョン・コアに触れた。
【都城ダンジョン 第八層】
リドルバジリスクを相手に戦い続けている。石化の息はほぼ完璧に見切れるようになった。複数体で囲まれた場合は遠距離攻撃をしつつ、左右から接近戦を仕掛ける。息は一方向にしか吐けないし、その速度も決して速くはない。こちに迷いがなければ、簡単には食らわないだろう。
「噴ッ!」
彰がリドルバジリスクを蹴り上げる。さらに、宙を飛ぶ胴体に踵落としを入れて地面に叩きつける。瞬きほどの速度の中、稲妻のような速度で動く。もはや完全に人外の存在だ。
「フォッフォッ! やはり彰が先であったか!」
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【名 前】 宍戸 彰
【称 号】 種族限界突破者
ダンジョン討伐者
Bランク討伐者
【ランク】 A
【保有数】 19/25
【スキル】 カードガチャ
格闘技MAX
闘気MAX
棍術Lv9
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彰が最初にAランクへと上がった。これは純粋に「才能の差」らしい。幼少から格闘技に打ち込んできた人間と、四〇過ぎになるまで喧嘩すらしたことのない人間とでは比較にならないだろう。これは仕方がない。悔しくなんかない。
「棍術がしっくりきてるんだよね。やっぱりスキル枠増やしたの正解だったよ」
半世紀前に大人気だった「カンフー映画の名作」のように、ヒュンヒュンとヌンチャクを振り回す。それよりも「MAX」というのが気になる。朱音たちもそうだったが、なぜ「MAX」なんてものがある? MAXとはつまり、成長の限界という意味だ。ゲームなら理解できるが、現実世界に「成長限界」などあるのか?
「さて、次はおそらく江副であろう。もう一段、過酷な状況に追い込んでやろうかのう?」
重力がさらに加わり、ドコドコと足音が聞こえてくる。汗を流しながら、俺は彰たちの前に立った。
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【名 前】 江副 和彦
【称 号】 第一接触者
種族限界突破者
第一討伐者
Bランク討伐者
【ランク】 A
【保有数】 0/∞
【スキル】 カードガチャ
回復魔法
誘導
転移
鑑定
(空き)
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「ようやくか……」
ロールプレイングゲームのように、物理攻撃力だの魔法防御力だの「強さの数値化」がされていたら、どれだけ楽だろうか。BランクからAランクに上がったが、かなりの時間が掛かった。その中で少しずつ強くなってきたため、自分自身としてはランクアップしたという実感が沸かない。
「最後の空きは、状態異常耐性だろうな。息攻撃があるということは、視線攻撃があったとしても不思議ではない。耐性を持っておく必要がある」
だがその前に、疲労感が襲ってきた。腰が抜けるほどに疲れている。安全地帯に戻った俺は、泥のように眠った。そして、目を覚ましたときには……ダンジョンが討伐されていた。
「一応、兄貴には声を掛けたんだけど、まったく目を覚まさなくてね。ゴメン」
信じられないが、三〇時間くらい眠り続けていたらしい。普通なら小便で目を覚ますはずだが、それすらなかった。朱音がここに残り、彰が先導して次の層に進み、ダンジョンを討伐したそうだ。話し合いの結果、寿人が「Bランク討伐者」となったそうだ。
「いや、俺の方こそすまない。どうやら知らぬうちに疲れていたようだ。まだ頭がついてこない」
「Aランクになろうとも、精神は変わらんからのう。魂を削るほどに戦い続けた果てに、ようやくAランクとなったのじゃ。疲れも出ようて…… じゃがこれで、いよいよじゃの?」
劉師父の言葉にうなずく。そう。Aランカーが二名になった。条件は整ったと言っていい。Aランクダジョン「深淵」への挑戦が近づいている。
「兄貴、その前に気分転換兼ねて、台北に旅行に行かない? 今ならタダで行けるでしょ?」
東亜民国政府からの依頼が来ている。ダンジョン・バスターズ初の海外遠征だ。モデルケースとなるため、ここは俺自らが行く必要があるだろう。ダンジョン省や外務省からも人が出る予定だ。
「地上で改めて考えよう。天音も博多ダンジョンの討伐を終えている頃だろうからな。ホワイトボードを使って、状況を整理したい」
全員が頷く。朱音たちをカードに戻し、地上へと戻った。ダンジョン討伐成功を伝えると、都城市の職人たちが気色を浮かべた。ダンジョン省にWeb会議システムを繋ぐ。石原事務次官は安堵したようにうなずき、そして凶報を伝えてきた。
《ジョーカーが動いたわ。ブレージル軍と国境で激突したそうよ》
動いているのは、俺たちだけではない。そう思った。




