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SS:石垣島での一休み

【石垣島 江副和彦】

 ダンジョン・バスターズは社員およびパートで六八名という中小企業だが、売上だけをみると大企業に匹敵する。地上時間で一日の売上はおよそ二億円、年間四〇〇億円以上を売り上げる。無論、その中から各冒険者への報酬や食費、設備維持費などが消えるので、売上高経常利益率は八%程度だが、もともと個人事業の延長で始まった会社なので、十分な利益と言える。


「カネに糸目はつけません。三泊四日で億を使っても構いません」


 社長の俺がそう言うと、向井総務部長が苦言する。


「江副さん。社員旅行は結構ですが、一人あたり一〇〇万を超える予算を組む企業など日本にはありません。税務署に説明する私の立場も考えて下さい」


 ダンジョン冒険者の中にはストレスで鬱になったり、PTSDになったりした者もいる。バスターズの冒険者たちが精神的に健康状態を保っているのは、レクリエーションに相当なカネを掛けているからだ。この点は向井部長も理解しているが、役人というのは前例主義であるため、ダンジョン冒険者について丁寧な説明が必要になる。元銀行員で税理士並みの知見を持つ向井部長がいなければ、俺は冒険者を引退していただろう。


「向井さんたちバックスタッフがしっかりしてくれているから、俺たちは安心してダンジョンに入れます。ご家族で楽しんで下さい」


 冒険者の中には独身の者も多いが、その場合は交際相手を一名連れてきて構わないとしている。もっとも、交際している異性がいないという者や、交際相手が多すぎて絞れないという者もいるので、そのへんは本人任せにしていた。俺? もちろん一人だよ。石原次官をサプライズで呼ぶつもりだが、彼女は立場上、表立って石垣島に入るわけにはいかない。ホテルに到着したら転移して呼び、ビーチでのんびりしてもらうつもりだ。バレたら問題になりかねないが、記録が残らなければ大丈夫だろう。





「江副様、この度も当ホテルをご利用いただき、誠にありがとうございます」


 ホテルに到着早々、石垣島グランドコンチネンタルリゾートホテルの支配人から挨拶を受ける。家族や連れなどを入れると一〇〇名近くの団体旅行客だ。しかも今年の三月にも利用している。部屋代は無論、飲食やホテル斡旋のマッサージサービスなど多額を落とすため、ホテル側にとっては上客だろう。


「……で、睦夫たちは何でそんなに荷物があるんだ?」


 あらかじめホテルに荷物を送っていたらしく、何かの機材のような荷物を受け取っている。


「動画撮影のためのカメラとパソコンだよ。4K動画編集に耐えられるよう、最上位のグラボと六四ギガのメモリを搭載したゲーミングノートを用意したよ」


「……なんのために?」


「石垣島オフの様子を撮影して動画にアップするために決まってるじゃない。特に最近は茉莉氏がかなり人気で、水着姿の動画出せば三〇〇万アクセスは間違いな……」


 背後に殺気を感じたのだろう。睦夫が恐る恐る振り返る。茉莉が腕を組んで睨んでいる。Cに近いDランカーだ。ハッキリ言って、睦夫より遥かに強い。


「どうしても撮影したいのなら、茉莉と慎吾に土下座してお願いするんだな」


 苦笑して睦夫の肩を叩く。バスターズのIT部門は、類が友を呼んだのかオタクばかり集まっている。仕事はしっかりしているし、ユルイ空気をつくるのにも役に立っているのであまり煩くは言わないようにしているが、向井部長はちょっとした問題児集団と見ているらしい。


「今夜はビーチでバーベキューだ。その後は最終日まで自由にしてくれて構わない。繁華街の美崎町まではタクシーですぐだ」


 一旦、部屋に入った俺は朱音を顕現させた。エミリたち他のURは夜のバーベキュー前に顕現させる。恐らくエミリは、その後は茉莉と合流して石垣島を楽しむだろう。セニャスはさすがに出歩かせるわけにはいかない。

 朱音はさっそく、南国らしい服に着替えている。というかほとんど水着だ。俺だけならいいが、他の男には目に毒だろう。肩にガウンを羽織らせると、しなだれかかってくる。


「午後二時か…… あと四時間はあるな」


 ベッドまで抱きかかえ、押し倒した。





 プライベートビーチの一角を貸し切りにして、大型コンロ数台を並べる。野外バーベキューだ。二、三等級の石垣牛をメインに、魚や野菜も二〇〇人前を用意している。飲み物が入ったグラスを全員が手にした。


「東京オリンピックが無事に終わったこと、そしてこれからのバスターズの活躍を祈願して、乾杯!」


 ゲストとして呼んだダンジョン省事務次官の石原由紀恵が、乾杯の音頭を取った。一〇分前に九段下の待ち合わせ場所に転移し、連れてきたのだ。貸し切りであるため誰にも見られていない。バスターズの名前で一部屋取ってあるので今夜はそこに泊まり、明日の夕方に帰る予定だ。


「慎吾殿。野外料理は殿方の仕事でございます。肉の一切れすら満足に焼けぬようでは、立派な下僕にはなれませぬぞ?」


「下僕じゃねぇ!」


 猫用?のラフなジャケット姿をしたセニャスが、バーベキューコンロで肉を焼く慎吾を指導している。実際、バーベキューは男の仕事だろう。他のコンロでも男たちが肉を焼いて配っている。そしてその様子を睦夫たちが撮影している。この休み期間だけは、ダンジョンを忘れたい。そう思っていたが、石原が声を掛けてきた。


「江副さん、少しいいかしら? お酒に酔う前に、伝えておきたいの」


「……その口調だと、仕事の話だな」


「まぁね。貴方が見かけたというジョーカーらしき人物のことよ」


 東京オリンピック閉会式の後、信濃町の大通りでジョーカーらしき人物を見かけたことは、既に報告済みだ。一〇〇メートル近く離れていたため、顔を詳細に視ることはできなかった。


「ダークブラウンの髪、見た目は三〇前後、青髪の少女を連れている。けれど犯罪行為があったわけでもなく、ただピエロのマスクを着けただけ…… 残念だけれど、それでは国交省も警察も動かないわ。テロ警戒は続いているけれど、それ以上の対策は無理よ」


「そうだろうな。俺のカンのようなものだからな。国交省と警察に話してくれただけでも、有り難いと思うよ」


「でも、貴方は確信しているのよね? どうして?」


「……存在感って奴かな。なんというか、羊の群れの中に一匹だけライオンがいるような、そんな違和感を覚えた。それにあの青髪の女の子は、おそらくURのキャラクターだろう」


 目を閉じると、あの瞬間が蘇る。周囲がボヤケている中、二人だけがくっきりと浮かび上がる。俺を見ながら、わざわざピエロの仮面をつけたのだ。ジョーカー本人、あるいは関係者と考えるのが普通だろう。


「戦って、勝てそう?」


 石原にそう問われ、一瞬考えて首を横に振る。


「判らん。彰や劉師父は相手の強さを肌感覚で捉えられるらしいが、俺にはそうしたセンスは無い。いま言えるのは、奴が考えなしの狂ったテロリストではないということだけだ。そんな奴ならとっくにコトを起こしている。恐らく、俺の顔を見に来たんだろうな。それか、俺もベニスエラに来いと誘っているのか……」


「ダンジョン冒険者が国外に出るときは、ダンジョン省の許可が必要。これは法律で決められているわ。ベニスエラになんて、絶対に行かせないわよ」


 ジョーカーとは、いずれ決着をつける日が来るだろう。CIAやMI6などが暗殺を目的に動いているかもしれないが、俺自身の手でケリをつけることになる。なんとなく、そんな予感がした。





【石垣島 木乃内茉莉】

 慎吾くんは両親と妹を連れてきているけど、私はお母さんしかいない。それを気にしてくれたのか、慎吾くんは真っ先に、私とお母さんを家族に紹介してくれた。同じ学校に通っていること、ダンジョン・バスターズで一緒に働いていることからお母さん同士話が合うようで笑い合っている。お母さんが寂しく無くてよかった。


「息子は、この数ヶ月で別人のように変わった。江副さんたちの影響もあるんだろうが、君が一番の要因だと思う。本当に感謝している。どうかこれからも、息子の良いパートナーであって欲しい」


 慎吾くんのお父さんは、真面目な顔でそう言って頭を下げてきた。私は慌てて「こちらこそ」と言って、それから顔を赤くした。


(両親公認になっちゃった……)


 慎吾くんは、バスターズの他の人から祝福されてる。といっても、セニャスちゃんのように「もっと強く」という意味でだけれど。彰さんまで技とか教えちゃってるよ。


「フォッフォッ! まぁ素質はそこそこじゃな。しっかり修行すれば、Sランクダンジョンでも活躍できようて。少なくとも江副よりはマシじゃ」


「Dランクだから身体はできているけど、対人技の練功が足りないね。神明館の国際大会で、ベスト・フォーに入れるかどうかってところかな。東京に戻ったら、時間を作って型を教えてあげるよ」


「強さを求めるのは良いけれど、それに溺れてはダメよ? 日下部流の滝行で心を鍛えるといいわ」


「誠に有り難い話ですぞ、慎吾殿。時間と環境が整っている以上、残りは貴殿の意志のみ。東京に戻り次第、死線を一〇キロ彼方まで超えるほどの修行を受けることを強く勧めます」


「そうそう。天国に行って神様からチート能力貰えば?」


「それって死んでるよ!」


 ツッコミが楽しいのか、エミリちゃんやセニャスちゃんは、慎吾くんを(いじ)ることが多い。けれどそれがいい刺激になっているみたいで、私の中で慎吾くんはどんどん大きくなっていく。


「楽しそうね。明日はカレとデートするつもり?」


 お母さんが嬉しそうに話しかけてきた。一年前まで食費すら苦労していたのに、今ではこうして石垣島に旅行に来て、みんなで楽しんでる。ダンジョンは困った存在だけれど、和さんとの出会いをくれたことだけは、感謝してる。


「お母さんのことは気にしなくていいわよ。山岡さんとホテルのエステに行くから。楽しんでいらっしゃい」


 エミリちゃんも一緒だと思うけれど、三人でダイビングでもしようかな。





【Barトロピックス 江副和彦】

 バーベキュー後は、彰をはじめとして独身の成人男性の多くが美崎町に繰り出したようだ。彰は軽薄に見えてしっかりしているから、任せて大丈夫だろう。俺はホテルのバーでウィスキーを傾けていた。横には石原事務次官が座っている。バーテンダーは気を利かせてくれたのか、俺たちから離れている。周りに客もおらず、二人だけの空間になっていた。


「なぁに? この雰囲気は?」


「四〇代の中年男女が酒を飲んでいるだけだ。俺は意気地なしだからな。貴女を口説くような勇気は持っていない」


「ヘタレね。まぁいいわ。久々に、仕事を忘れて楽しめたわ。明日はスパで寛ぐつもり。夕食後に東京に送って頂戴」


 俺は決して奥手ではない。この歳になるまで、何人かの女性と交際もしてきた。だが石原をそうした対象に見るつもりはない。男女関係というよりは、ダンジョンに立ち向かう同志という意識が強いからだ。


「国内に残るBランクダンジョンは、仙台と都城だけだ。あとは名古屋のCランクダンジョン、博多のDランクダンジョン…… この四つは年内中に片付ける。だがAランクの『深淵(アビス)』と、Sランクの『強欲(アワリティ)』はもう少し先になりそうだ」


 すると石原は、少し声を落として事務次官としての話をしはじめた。俺もそれに合わせて、声を抑える。


「国内も重要だけれど、そろそろ海外も見据えたほうがいいわ。パラリンピックが終わり次第、東亜民国のダンジョンを見てほしいの。台北と新北市の二つがあるけれど、台北の基幹道『敦化北路』のど真ん中に出現しているわ。これまでは交通整理でお茶を濁してきたそうだけれど、迂回路の用意が難しいそうで、『完全消去』が向こうの希望よ」


「完全消去か…… それは構わないが、日本やバスターズにとってのメリットは?」


「これはまだ交渉途中だけれど、日本政府は東亜民国に対して尖閣諸島の領有権主張の放棄を求めているわ。ただし、バスターズへの依頼料は渡航費と滞在費のみ」


「それが実現したら、俺たちは政府に貸しを作れるってわけか?」


「功績づくりよ。このままでは日本国内のダンジョンはすべて、ダンジョン・バスターズが独占することになるわ。年間数千億円が何もしなくても入ってくる。普通に考えて、そんなことを世論が許すと思う? いずれ国有化するとしても、当面の所有権を認めるためには、国民が納得する功績が必要なの。ただダンジョンを討伐したというだけでなく、国のために無償で働いたとなれば、世論形成もしやすいわ」


「ハハッ…… 報国ってわけか。まぁそれは構わない。冒険者は自衛隊と同じように『皆から愛される存在』でなければならない。少なくとも今はな」


 ラノベでは皆が気軽にダンジョンに入り、魔石を採取し、ガチャを回し、ポーションを持ち帰る。だが現実は違う。

Aランク魔物カードは、いずれ大量破壊兵器として扱われるようになるだろう。そして力をつけたダンジョン冒険者は国家が管理し、戦場に駆り出されるようになるだろう。そして多くの人々が、冒険者という存在を恐れ、忌避するようになるだろう。

だがダンジョンがもたらすメリットを考えれば、消し去ることはできない。将来の危険より眼の前の豊かさを優先する。それが人間というものだ。


「仕事の話はもうおしまい。八重山泡盛カクテル・コンテストで賞を獲ったカクテルがあるそうよ?」


 石原の注文を受け、バーテンダーが見事なシェイクを始めた。俺もグラスを空にし、カクテルを頼む。普段はあまり甘い酒は飲まないが、今夜くらいはトロピカルな酒を飲もうと思った。



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― 新着の感想 ―
南国リゾート!
[一言] LRでは?
[一言] すげぇ!全然進んでねぇ 1話あたりが長くても書籍化すると全然進まんね。
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