第063話:キャラクターガチャの存在理由
2020年5月29日、浦部内閣は予定通り衆議院を解散した。6月15日公示、28日投票日となる。解散を宣言する際、内閣総理大臣の浦部誠一郎は日本国民に向けてメッセージを送った。
「国民の皆さん。今回の選挙の最大の争点は『憲法改正の是非』です。日米安保が形骸化しつつある現在、万一にもダンジョンから魔物が溢れ出したら、現行の憲法では自衛隊は単独で戦わなければなりません。各国と連携し、全人類が一丸となってダンジョンに立ち向かおうとしているのに『自分の国だけ守ります』などという言い分が通用するでしょうか? たとえ世界から孤立しても、国が滅亡しても、憲法は改正するべきではないという意見もあるでしょう。一方で、日本国の存続と繁栄のために、必要ならば憲法を変えていくべきだという意見もあります。今回の選挙が、建国以来2700年間続いた日本国の未来を決定します。有権者の皆様一人ひとりが真剣に考え、悔いのない一票を投じてください」
世論調査では、調査した新聞社によってまったく違うデータが出てきた。毎朝新聞社の調査では、憲法改正の是非は半々であったが、経産新聞社調査では8割が賛成となっていた。最左派である紅旗新聞では、反対が6割となっている。戦後日本において、憲法改正が選挙の争点になったのは初めてのことである。マスコミ各社は連日、憲法改正の是非について討論番組などを組み、街頭インタビューの映像を流している。魔物大氾濫への不安も重なり、過去最高の投票率になると見込まれている。
【新宿ダンジョン 江副 和彦】
およそ10日間の静養が終わり、俺たちは改めて新宿ダンジョン討伐に乗り出していた。第一層のドッキー、第二層のポイズンスライムは問題なく倒し、第三層へと進んでいる。
「Dランク魔物、レッドスライムです。物理防御力が高く、火炎系の魔法で攻撃してきますが、私たちであれば問題ありません」
「そうか。彰、確認だがアレもゲームに出てくるのか?」
「そうなんだけど、ゲームが違うね。アレはDQではなくEFの魔物だよ。なんか世界観がチグハグだね」
エミリが凍結魔法を放つと、レッドスライムは完全に凍りつき、そして煙となった。魔法防御力は弱いらしい。この階層では朱音、エミリ、寿人の三人に任せる。数百体を屠った後、第三層安全地帯で休憩を入れることにした。床にガスコンロを置いてフライパンに油をなじませ、タッパーに入った蟹チャーハンを炒める。予め調理されているが、軽いひと手間を加えることで、さらに美味くなる。
「テレビゲームの、それも一つではなく複数のゲームのキャラが出てくるということは、ダンジョン・システムがなんらかの方法でこの世界の情報を収集し、それに基づいて魔物を生み出しているんだろう。朱音がそれを知っているということは、レジェンド・レアをこの世界に顕現させるにあたり、収集した情報をインプットしているに違いない。だが疑問もあるな……」
「和彦様、それは?」
蟹チャーハンと海老餃子、野菜スープというメニューで食事を取りながら、自分の疑問を語った。
「ガチャ機能だ。朱音もエミリも、ガチャスキルを知らなかっただろう? 当初は、ガチャなんて言葉がこの世界独自のものだからだと思っていた。だがゲームの情報から魔物を生み出し、その情報をレジェンド・レアたちにインプットしているのなら、なぜガチャについても、予めインプットしておかないんだ? その判断基準はなんだ?」
「偶然じゃないかしら。あまり細かいことまで考えるとハゲるわよ?」
天音のチャチャ入れは無視する。タラバガニの出汁が利いたチャーハンを口に放り込みながら、ダンジョン・システムについて沈思した。
(ダンジョン・システムに偶然などない。なんらかの理由があって、ガチャについて情報をインプットしなかった…… ガチャというスキルについて、少し軽く考えすぎていたか? 考えてみれば全人類共通というのも妙だ。朱音の話では、他の世界ではガチャではなく行商人が魔物カードの交換を受け持っていた。なぜ、この世界ではガチャスキルがある? そしてなぜ、108柱はそれを知らされていない? ガチャについてもう少し調べてみるか……)
「……兄貴?」
彰に声を掛けられ、思考の海から戻った。調査は後でもできる。今は、このダンジョンの討伐に集中するべきだろう。
「あぁ、スマン。少し考え込んでいた」
「いや、そうじゃなくて……」
彰が俺の背後を見ながら指をさす。振り向くとそこには……
「ムハッ! いやぁ、これ美味しいですねぇ」
黒髪の若い女が床に座り、蟹チャーハンを食べていた。いつの間にか、フライパンに残っていたチャーハンは綺麗に消えていた。
「確か、行商人のリタだったな」
「いやぁ、その節はどうもー。ついでにご馳走様ですー」
リタは手を振りながら、食べ終えて皿を床においた。俺も彰も、朱音たちさえも気づかなかった。これがSランカーの実力なのだろう。戦って勝てる相手ではない。だが交渉事なら話は別だ。勝ち目のない戦いはしないが、理はこちらにある。
「馳走した覚えはないぞ? 商人ならば買わないとな」
「ム?」
リタは一瞬、顔を顰めた。俺は笑みを浮かべて、リタの前に座った。
「大方、匂いに釣られて食べてしまったのだろう? ウチの食事は美味いからな。だがダンジョン内で戦う冒険者にとって、食事は唯一の楽しみだ。お前はそれを不当に奪った。どう償ってくれる?」
「フーン…… 私を強請ろうってつもりなんですかねぇ」
女商人の目がスッと細くなった。俺は笑って両手で抑えるようなポーズをとった。
「いやいや、とんでもない。Sランカーを相手にそんな大それた真似はできないさ。ただ…… 仮にも『商人』を名乗る以上は、ちゃんと対価を支払うべきだろ? 強さに任せて相手から無理やり奪うのは、商人ではなく『強盗』だ。違うか?」
リタは顎に手を当てて、少し悩んでいる。
(クックック…… ビジネスマン歴20年の中年男を舐めるなよ。これまでどれだけのネゴシエーションを経験してきたと思ってる)
「実は、知りたい情報が一つある。他の客のことではない。ダンジョン・システムについてだ。それを教えてくれたら、今回の件はチャラにする。どうだ?」
「内容によりますねぇ。アタシの知らないことは答えられませんよー」
「構わない。その時は知らないと答えてくれればいい。知りたいのはガチャスキルについてだ。これまでガチャは、魔物を倒したときに得られるカードをトレードするための機能だと思っていた。だが疑問が生まれた。なぜ、108柱がこのスキルを知らないのか。なぜ、人類全体に共通するスキルなのか……このことからガチャスキルは、カードトレード以上の価値があるのではないかという考えに至った。教えてくれ。ガチャスキルとは、なんだ?」
「あれ? なんで私が知ってると思うんですか?」
「行商人にとってガチャは、いわば商売敵だ。俺がお前の立場だったら、真っ先にガチャスキルを研究する。何ができて、何ができないか。これまで無かったガチャスキルが、どうしてこの世界に誕生したのか。相手を知らなければ、差別化のしようもないからな。そうだろ?」
すると若き女商人は目を左に逸し、口端を上げた。記憶を探り思考し、何かに思い至った人間の仕草である。俺は黙って反応を待った。
「その情報ですと、一食ではちょっと不足ですねぇ。私も商人ですので、できるだけ高く売りたいんですよねぇ……」
「当然だな。そして買い手はできるだけ安く買おうとする。売れないのならば返してほしいんだが?」
すでに食べてしまったものを返すわけにもいかない。困った表情を浮かべる商人に助け舟を出す。
「まぁ、俺がいる時ならば、飯くらいは出すぞ。今後も色々と取引をしたいしな。どうだ?」
「フー…… 仕方ありませんね。それで契約しましょう」
口とは裏腹に、満更でもない表情を浮かべ、リタは契約書を取り出した。ダンジョンアイテムである。こういうところは本当に商人だと思った。両者がサインすると、契約書が2枚に分裂する。
「ニッシッシ! それでは、契約成立ということで…… さて、ガチャスキルについてですね?」
揉み手をしている。契約締結を喜んでいるらしい。
「ガチャスキルというのは、私もこの世界に来るまで見たことがありませんでした。とても面白いスキルだと思いますが、私にとっては商売敵ですからね。色々と調べましたよー」
魔法の革袋から羊皮紙の束のようなものを取り出し、指に唾をつけて捲る。内容が凄く気になる。相当に貴重な情報が詰まっているのだろう。自分がSランクになれば、奪うことも可能なのだろうか?
「変なこと考えないでくださいねー 次は本当に殺しちゃいますよー」
そう言われて、慌てて顔を背ける。取り敢えず欲しい情報は「ガチャ」についてだ。リタもそれ以上は言わず、紙に目を落としながらガチャについての情報を話し始めた。
「えー、まずガチャというスキルですが、これは全人類に共通して発現するようです。もっとも、スロットという名前のほうが多いですね。他にも『抽卡』『뽑기』などと表記されている例もありますね」
「ステータス画面が、各国の言語に合わせて変化していることは知っている。それで?」
「まずガチャの出現率は、カードのレアリティによって変わります。Fランクカードを使うと大半はCommonカードになりますが、Eランク、Dランクとレアリティが上がると、それだけレアなカードが出現しやすくなります」
それは既知の情報だ。かなり詳細な統計データもある。Fランクでも幅があるため、何種類も試して、魔物ごとの出現率も確認している。俺が知りたいのはそんなことではない。だがここは黙って続きを聞くべきだろう。
「ガチャスキルは、武器、防具、アイテム、キャラクターと4つありますが、この中で浮いているガチャがあります」
「キャラクターガチャだな。俺も殆ど使ったことがない」
これまでも108柱が出るのではないかと幾度か試したが、すべて魔物カードであった。使えないと判断し、この数ヶ月、キャラクターガチャはまったく利用していない。
「ダンジョン・システムに無駄はありません。キャラクターガチャが存在するのは、ちゃんと理由があるのですよ。どうやら殆どの人が、その理由を知らないようですね」
「聞かせてくれ。その理由とは?」
「殆ど」という言葉も気になったが、キャラガチャの存在理由が先だ。リタはニヒヒと笑いながら質問してきた。
「ダンジョンで手に入れた魔物カードを顕現して鍛えたことはありますか?」
「あぁ…… FランクとEランクの魔物をBランクまで鍛えている。それが?」
「そうですか。なら話は早いですね。その魔物は、それ以上はランクアップしません」
「……なに?」
リタの言葉に、俺は顔色を変えた。同時に、キャラクターガチャの存在理由が解った気がした。
「ダンジョンの魔物はBランクまで成長しますが、それ以上にはならないのです。ちなみにAランク、Sランク魔物のカードは、キャラクターガチャで手に入れない限り、顕現できません」
「待て。つまりキャラクターガチャで手に入れた魔物ならば、Fランク魔物もSランクまで成長できるということか?」
「そうです。育て方は同じですよ。ダンジョンで戦い続ければ、強化因子を吸って強くなっていきます。それともう一つ、キャラクターガチャで手に入れた魔物は『再顕現制限時間』がありません。好きな時に好きなだけ、無限に顕現させることができます」
俺は口元に手を当てた。なぜ気づかなかった。ジョーカーは魔物を地上に顕現させてクーデターを成功させたが、Fランク魔物数百体程度に、近代兵器を持つ軍が負けるだろうか。横浜ダンジョンのFランク魔物なら、拳銃一発で倒せるはずだ。だが現実にはクーデターは成功した。
「その情報、ジョーカーは知っているんだな? 奴はなんらかの方法で俺たちの掴んでいなかったダンジョン・システムの情報を手に入れた。それを利用して、クーデターを成功させた」
「それは契約外の質問ですね。お答えしかねます。いずれにしても、ガチャ機能に無駄はありません。SR魔物一体でも相当に強力ですよ? Aランクですから」
そう。Cランクカードを百枚使えば、ガチャを11回引くことができる。確率的に、1枚はSRが出る。つまりAランク魔物一体を使役することができる。最初の頃にキャラクターガチャを利用して「使えない」と決めつけていた。自分の愚かさに腹が立つ。
「よく教えてくれた。期待以上の情報だ」
「いえいえー お客様が喜んでくださって、商人として嬉しく思います~ では、商品の納入も終わりましたし、私は失礼いたしますねー 良い商売でしたー」
リタは煙のように消え、沈黙だけが残った。
「兄貴、どうする?」
リタの話が重大事であることは、この場の全員が理解していた。必要ならば一度戻り、今後の計画を練り直しても良い。無論、それはこの新宿ダンジョン攻略後でも遅くはない。地上時間的には大差ないからだ。
「戻る必要はない。まずはココを討伐してしまおう。ペドラーの話は捨て置けないが、このダンジョンの討伐に影響することではないからな」
食事を終え、再びダンジョン討伐に乗り出した。
【ベニスエラ カラカス Cランクダンジョン】
カラカスの貧民窟に出現したCランクダンジョンは「食料」を生み出している。だが、貧民が好き勝手に潜ろうとすれば、食料の奪い合いが発生してしまう。だれかが、このダンジョンを管理しなければならない。その管理者に選ばれたのが「シモン・クラウディオ」であった。
「Cランクになったゴブリンやオークは、軍団に加える。俺たちはDランク以下の魔物を管理しつつ、少しでも多くの食料を調達するのが仕事だ。もう食い物のために人を殺す必要はない。ここでなら飢えずに生きられる。だからもう他人から奪ったりするなよ?」
貧民の子供たちを諭しながら、ダンジョン内でゴブリンたちと一緒に戦わせる。相手は大して強くはない。油断しなければ、子供でも倒せる魔物だ。数年もすれば彼らは、魔王軍の幹部となり各地のダンジョンを管理するようになる。焼いた肉を嬉しそうに頬張っている子供たちを見ながら、クラウディオはジョーカーの言葉を思い出していた。
(俺たちの敵は世界そのものだ。ただ奪い、犯し、殺すだけではいずれ行き詰まる。この硬直した世界を破壊するには、強大な力だけでなく、大義が必要だ。まず飢餓を無くす。誰でも食事ができる体制を整える。だがそれだけではダメだ。しっかり「教育」しないとな)
「グラウディオさん、ボスはなにを考えているんですかね? 人類を滅ぼすって言ってるのに、子供たちを育て、教育までしようとしてます。10年後も人類が残っていることを想定しているんじゃないですか?」
横にいる部下が疑問を口にすると、クラウディオはゴツンと頭を殴った。
「いいか、ボスのやり方に疑問を持つんじゃねぇ。食い物には困らず、女を買える金も貰っている。俺たちは生きる不安から解放されたんだ。いい服を着て、立派な家に住んで、豪華なフランス料理を食って、金銀宝石で身を飾った写真をネットに上げて『俺スゲーだろ』って見せつけてGood評価が欲しいか? 俺たちは、そういった『足ることを知らない強欲者』たちに支配されたこの世界を変えるために戦っている。それを忘れるな」
収穫物が入った袋をゴブリンが持ってきた。このダンジョンでは階層ごとに違った食料が出る。小麦粉、果物、牛肉、バターなどが出る。それらはすべて、貧民街に無償で配られている。ゴブリンやオークは強化因子があれば飢えることはない。このダンジョンを基礎訓練場としてDランク以下の魔物を戦わせ、Cランクに成長させてカードに戻し、ジョーカーに渡す。
「もうすぐボスが、マラカイボから戻ってくる。カードの用意をしておけ。それと、さっきのような言葉は口にするなよ。ボスは優しいが、甘くはない」
顔を青ざめさせてコクコクと頷く。クラウディオは頷いて地上に戻った。
【ベニスエラ カラカス ジョーカー】
「いやぁ、さすがはSランクダンジョンだ。ありゃ攻略に手間取るな」
マラカイボに出現したダンジョンはSランクダンジョンであった。安全地帯が存在せず、出現する魔物も強い。ジョーカーや部下たちが攻略しようとしたが、途中で引き返さざるを得なかった。
だがジョーカーは特に気落ちした様子もなく、ソファーにドカッと座ると目の前のローテーブルに足を置いてタバコを咥えた。
「攻略はできなかったが、CランクやBランクのカードはそれなりに得た。ガチャやってAランクを増やすぞ。それと、そろそろ武器ガチャもやるか」
「一休みした後は、また戻りますか?」
タバコを咥えたジョーカーに、クラウディオが火を差し出す。フーと白煙を吹き出して、ジョーカーは首を左右に振った。
「いや、食料調達のためにも、別のダンジョンを攻略すべきだろう。ブレージルかコロビアンか……」
「ダンジョンが近いのはコロビアンですね。リオデジャネイロやサンパウロは遠すぎます」
「だなぁ。アマゾン越えるのも面倒だしな。よし、コロビアンに協力要請するか。国民を食い殺されたくなかったら、ダンジョンを俺たちに渡せってな。ワイバーン10体で脅せば引き受けてくれるだろ」
「空軍が出てくる可能性もありますが?」
「五〇年前の戦闘機とかだろ? まぁワイバーンに戦闘機がどこまで戦えるのか、魔王軍の力を測るには手頃な相手だ。早速、大統領府に行くぞ」
「ボス、食事は……」
立ち上がったジョーカーをクラウディオが止める。目の前の男は見るからに不健康そうに痩せている。部下たちは肉やパンを食っているのに、この男はあまり食事を口にしない。
「俺はコレでいい」
籠に入っていたリンゴを一つ掴み、それを齧りながらジョーカーは部屋を出た。




