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第058話:Aランクへの条件

大変遅くなり、申し訳ありません。

【ダンジョン・バスターズ 本社】

 俺の名は岡島隆史、25歳だ。大学を卒業して地元の長野県で働いていた。実家はあまり裕福ではない。そのため大学には奨学金を借りて入った。卒業後は20年かけて、毎月返済しなければならない。だが社会人3年目で問題が発生した。彼女が妊娠したのだ。月の手取りは15万円、そこから学費返済で毎月2万6千円も支払わなければならないのに、さらに子供ができるとなれば、経済的に厳しい。彼女は堕ろすとまで言ってくれたが、カネが無いから子供を諦めるなんて、冗談じゃなかった。そんなことをすれば、俺は男として終わりだ。一生涯、後ろ向きな人生になってしまう。これから生まれる子供のためにも、なんとしてもカネが必要だ。だから俺は「ダンジョン冒険者」の道を選んだ。


「ハイ、岡島さんの今日(・・)の報酬、50万円です」


 ピン札で分厚い封筒が渡される。思わず手が震えた。ダンジョン討伐を目的とする世界最大の冒険者クラン「ダンジョン・バスターズ」に加盟したのはつい先日だ。ダンジョン・ブートキャンプ後に冒険者資格を取得し、そのままバスターズの担当者と面接した。面接では隠し立てせず、すべてを打ち明けた。これから生まれてくる子供のために、どうしてもカネが必要なのだと本気で伝えた。

 一次面接が終わってから15分後には、代表である江副和彦氏との最終面接だった。江副氏が聞いてきた。カネだけならば普通に魔石採掘してもそれなりに得られる。なぜ、ダンジョン・バスターズなのかと。「子供を守りたいからだ」と答えると江副氏は数瞬、俺の顔を見つめて笑顔になった。

 そしていま俺は、バスターズ本社の「寮」にいる。


「理恵、戻ったぞ」


 寮に戻ると、妊娠6ヶ月の理恵が笑顔で出迎えてくれた。俺はすでにEランクになっているが、ゴールデン・ウィーク中にDランクに上がりたい。そしてCランク、Bランクと上がっていき、世界中のダンジョンを討伐する。いつか子供に、父さんが世界を救ったのだと自慢したい。


「体調はどうだ?」


「大丈夫よ。周りには気遣ってくれる人たちが多いし、先輩(・・)たちもいるわ。これから気をつけなきゃいけないことを色々と教えてくれるの」


 バスターズは、近隣在住の主婦を雇用して食堂を運営している。量、味、栄養にこだわった食事が無料で食べられる。ずっとここで暮らしたいところだが、そうもいかない。子供が生まれた後になるだろうが、結婚式と同時にここを離れなければならない。もっとも、江戸川区から出るつもりもないが。


「バスターズが、近隣の土地を買っているそうだ。そこに2LDKくらいのマンションを建てるらしい。完成したら、そこに引っ越そう」


「そうね。でも無理はしないで。危ないと思ったら、逃げてね」


「ああ……」


 ダンジョン冒険者の仕事は命がけだ。バスターズは安全管理を徹底しているが、それでも怪我することもしょっちゅうだ。もっとも、使い切れないほどにポーションのストックがあるから切り傷や打撲程度ならなんの問題もない。明日はゴールデン・ウィークの中日(なかび)で、一日の休みを取っている。妊婦にも適度な運動が必要らしいから、篠崎公園まで散歩に行ってみようか。





【Aランクダンジョン「深淵」 江副和彦】

 ダンジョン時間で、すでに300日を経過した。倒した「旧き魔術師」の数は25万を超えている。だが一向にランクアップしない。第五層の探索こそ終わっているが、貼り付いたようにそこから先に進めていない。第五層の安全地帯でキャンプを取っていると、焦燥感と苛立ちが募ってくる。


「なぜだ。なぜランクアップしない……」


「兄貴、地上に戻ろう。一旦立ち止まって、冷静になったほうがいい」


「私も同意見です。僭越ですが、少し心を落ち着かれるべきです。過剰負荷と連続戦闘というこれまでの方法では、ランクアップしない可能性もあります。どうかお戻りくださいませ」


 チタン製のコップをグシャリと握り潰すと二人が口を閉じた。フウとため息をついて、笑顔になる。


「スマン。思い通りにいかずに、少し苛立っていた。彰、朱音の言うとおりだ。一度、戻ろう。それに魔物カードも相当な枚数が溜まった。Bランクカードでガチャをやれば、SRも相当に出るだろう」


「劉師父にも聞いてみようよ。ひょっとしたら、Bランク魔物を相手にしていたらAにはならないのかもしれない。Bランカー5人くらいでAランク魔物と戦うほうが効率的なのかも」


「そうだな。可能性は幾つもある。少し視野を広げて、中長期の視点で考えてみるか」


 こうして俺たちは地上へと戻った。薄暗いダンジョンから地上に戻ると、夕暮れ時であった。食堂から美味そうな匂いが漂ってきている。久々に深酒して、朱音を抱いて寝るか。そう思った。


 バスターズ本社屋の三階は俺の自宅になっている。深夜、寝室を出て仕事部屋に入った俺は、これまでの記録を見ていた。FランクからEランクへの負荷と比べて、CランクからBランクへの負荷は幾何級数的に大きくなっている。Aランクはさらに増えるだろうと予測していたが、まさかここまで伸びないとは思っていなかった。Cランクのときは、僅かずつではあっても強化している実感があったが、Bランクではそれすらない。同じ魔物と同じように、ただひたすらに戦い続けたことで、俺自身でも精神がすり減っていたようだ。朱音には申し訳ないが、今夜はそれをぶつけてしまった。彼女はいま、寝室でグッタリしている。


「立ち止まって考えてみよう。これまでのランクアップは、自分と同ランクの魔物と戦い続ける中で、少しずつウェイトを増やしていった。このやり方が通用しないのならば、別の方法を考えてみるべきだ」


 ダンジョンについては不明な点が多い。健康診断では人間の常識を遥かに超えた筋密度、骨密度になっていると言われた。細胞分裂速度、皮膚の再生力、心肺機能も人外に到達している。医学界では「ハイ・ヒューマン」という単語まで登場したそうだ。


「高負荷環境という方法が間違いだと決めつけるのは早計だ。むしろ『肉体の変化が追いついてない』という原因は考えられないだろうか。高負荷、強化因子、大量の栄養素によって肉体が作り変えられていく。だがゲームとは違い、それは一瞬で訪れるものではない。だが時間掛ければ精神的にも負担が大きすぎる。最短の方法は……」


 肉体変化速度が鈍化しているとするならば、条件を変えれば良い。これ以上の高負荷は科学技術的に難しい。となれば吸収する強化因子を増やすしかない。


「リスクはあるが、Aランク魔物と戦ってみるか……」


 その前に彰たちとも相談する必要があるだろう。また劉峰光の意見も聞いておきたい。少し考えて、凛子たちがBランクに上がるまで待つことにした。





【ベニスエラ ジョーカー】

 青白く輝く光が収まると、新しい魔物が誕生した。Cランク魔物「ゴブリン・ソルジャー」だ。ギギギと呻きながら挨拶してくる。俺は紫煙を吐きながら鷹揚に頷いた。コイツも鍛えて、Bランクまで上げよう。まもなく、魔王軍(レギオン)が完成する。また理想に一歩近づくだろう。


〈魔物合成〉


 レジェンド・レアカードのミーファが持つ能力だ。ダンジョン・バスターズやクルセイダーズなどは自分たちでダンジョンを討伐しようと頑張っているが、頭の悪い奴らだ。別に人間が頑張る必要はない。魔物にやらせればいいのだ。もっとも、魔物合成のスキルが必須になるが。


「チャイナでもCランカーが誕生したそうだ。ミーファ、本当に成長限界があるんだな?」


「間違いない。現状ではAランク以上には絶対になれない。ダンジョン・システムで制限されてる。Bランクまでは誰でも成長できる。でもAランクになれるのは、Bランクのダンジョンの討伐者だけ。Sランクも同じ……」


「お前が知っているということは、他のレジェンド・レアも知っているということじゃないか?」


「それはわからない。でも、108柱のレジェンド・レアたちは、それぞれ記憶が違うし、得手不得手がある。戦闘スキルだけでも多種多様。私は戦えないけど、その分だけ知識がある」


 その話を聞いて、俺は頷いた。ダンジョン・バスターズとクルセイダーズは、ご丁寧に討伐したダンジョン情報をオープンにしてくれている。連中が討伐したのはDランクとCランクダンジョンだ。チャイナはわからないが、バスターズより進んでいるということはないだろう。連中はしばらく足踏み状態だ。その間に抜き去ればいい。連中はすべてのダンジョンを討伐する必要があるが、俺たちは違う。状況はこちらが圧倒的に有利だ。


「ボス。アーノルドとジョセフがCランクになりました」


「よし、じゃあ続きをゆっくり始めようか。このSランクダンジョン『暴食(グラ)』で、Bランクを目指すぞー」


「「イエス、ボス!」」


 さて、Bランク魔物を20体も作れば、一国の軍隊など簡単に壊滅できるだろ。自分たちの都合で勝手に正義を決めている奴らに思い知らせてやる。「俺様が正義だ」とな!





【深淵 第七層 江副和彦】

 ゴールデン・ウィークの最終日、俺たちは深淵の第6層へと進んだ。凛子、正義、天音、寿人の4人は既にBランクになっている。だが朱音たちレジェンド・レアを含め、そこで頭打ちになった。育成担当である劉峰光でさえ首を傾げている。


「スマンの。儂にも原因がわからぬ。通常ならば儂ら108柱はとうにAランクに上がっていてもおかしくはないのじゃが……」


 Bランク魔物と戦い続ける限りAランクにはなれない。そう考えた俺は、危険を承知でAランク魔物と戦うべく先へ進んだ。深淵第六層は、Bランク魔物「トロールケイブ」が出た。一つ目の巨人で頭は良さそうに見えなかったが、実際は巨人ならではの破壊力と想定外の素早さを持ち、しかも戦い方を工夫する頭脳まで持っていた。複数で出てこなかったのが幸いだった。


「兄貴、ダンジョンの造りが変わってるよ」


 第六層を移動中に彰が指摘する。言われるまでもなく気づいている。道幅が広く、天井も高い。見晴らしが良いため不意打ちの危険は減るが、巨人にとって有利な環境であった。


「Bランク以下とは明らかに違うな。Aランクは伊達じゃないか……」


 呟きながら、微かな引っ掛かりを覚える。Aランク以上には二つ名がつけられている。それだけ、SランクとAランクは特別ということだ。ダンジョン内の構造が変わっていてもおかしくはない。だが何か違和感を覚えた。重大な何かを見落としている気がする。


「来ますわ!」


 再び、トロールケイブが襲ってきた。俺は思考を止めて、目の前の戦いに集中した。確かに危険な魔物だが、こちらにはBランカーが9名もいるのだ。負ける要素は無い。


「そろそろ、下へ続く階段が見つかっても良い頃じゃのぉ」


「……ありましたわ。和彦様、進みますか? 恐らく、Aランク魔物が出ると思われますが」


「オデ、腹減った」


 第七層に続く階段を見つけた。急ぐ必要はない。第六層で休憩を取り、装備などをすべて見直す。食事は牛モツ鍋だ。料理好きの主婦たちが、わざわざ鶏ガラ出汁を取って作った逸品に思わず唸る。これだけの料理を食いきれないほどに用意し、しかも一日5食も取っているのだ。栄養素が足りないためにランクアップしないというのは考えられない。


「ところでカズさん。さっきなにか考え事をしていたようだけれど?」


「ん? そうだったか?」


 寿人に言われて思い出そうとするが、何かに違和感を覚えたくらいしか思い出せない。あれはいったい、何を考えようとしていたのだろうか。


「思い出せないな。何かを見落としているような気がしたんだが…」


「和彦様、やはりAランク魔物と戦われるのは、お止めになられたほうが宜しいかと思います。Bランク9名でも勝てるかどうか……」


「危険じゃの。BランクとAランクでは強さの次元が違う。もし少しでも不安があるのなら、撤退すべきじゃぞ? 下手したら一撃で死にかねん」


「そうなんだろうがな。だがBランク魔物と戦い続けても、Aランクには上がらん。Aランクになるには、Aランクの魔物を倒すしかないのではないか、というのが俺の考えだ」


 朱音も劉師父も止めてくる。確かに安全を考えるならそうだろう。だが現状ではAランクになる見通しが立たない。状況打開のためには危険を冒す必要もあるのではないか? 俺自身の中にも迷いはある。だがバスターズのリーダーとして、迷っている姿を見せるわけにはいかない。


「それにしても、さすがはAランクダンジョン『深淵』だよね。二つ名を持つだけあるよ。一戦ごとにヒリヒリした戦いで、僕としては次の魔物にワクワクするね」


 彰は気を利かせたのだろう。自分は次が楽しみだとバトルジャンキーぶりを見せた。だが、凛子や天音が苦笑する中で俺は思わず箸を落とした。


「彰、いまなんて言った?」


「え? いやワクワクするって……」


「その前だ! Aランクダンジョン『深淵』、二つ名を持つだけある。そう言ったよな?」


「え? そうだったかな? うん。そう言ったと思う」


「和彦様?」


 朱音が心配して声を掛けてきたが、俺は手を振って黙らせた。立ち上がり、頭を掻きながら歩く。


「なぜ、気づかなかったんだ。よく考えてみれば判ることじゃないか! 朱音! 劉師父! 二人に聞きたい。なぜ、Aランクダンジョン以上には二つ名がある?」


 二人が顔を見合わせる。他のメンバーも同じだ。そんなことは考えたこともないのだろう。俺自身もそうだった。殆ど叫びながら、自分の考えを整理するように言葉を続けた。


「彰の言うとおりだ。Aランクダンジョン以上には二つ名がある。大阪のSランクは『強欲(アワリティア)』だったな。あの時に気づくべきだったんだ。種族限界突破者がSランクに入った瞬間、ダンジョン・システムが完全起動した。つまり、俺たち一人ひとりのランクとダンジョンには関係がある。ダンジョン・システムは、個々人のランクや討伐実績、そして現在入っているダンジョンの難度を監視している。俺たちがAランクに上がらないのは、上がるための条件が欠けているからだ」


「兄貴、条件ってなんだい?」


「それはわからない。だが単純に『強化因子が足りないから』と決めつけるべきじゃない。もっと視点を広くすべきだ。戻るぞ。これまでの実績をもう一度見直す」


 全員が頷いた。


「ウフッ…… 和彦様らしくなりましたわ」


 朱音が小さく呟いて口元に笑みを浮かべた。





【ダンジョン・バスターズ本社 江副和彦】

 ダンジョンから戻った俺は睦夫たちを交えて会議を開いた。朱音たちは取り敢えずカードに戻しているが、必要なら呼び出しても良い。議論したいのはAランクに上がらない理由だ。


「当初は、Bランク魔物の強化因子ではAランクにならないのではないかと考えた。だが冷静に考えてみると、それ以外の可能性も多数ある。Aランク以上のダンジョンには二つ名がある。つまりAランク以上は『特別な存在』ということだ。だからランクアップに特殊な条件が存在している可能性も十分にある。それを踏まえて、皆の意見を聞きたい。どんな条件が考えられるだろうか?」


 俺の前置きに最初に口を開いたのが睦夫だった。システムエンジニアとして優秀だが、一方でライトノベルやアニメなどのサブカルチャーにも詳しく、最近では現代ファンタジーモノなダンジョンモノなどを読み漁っているらしい。


「江副氏の予想通りだと思うよ。たぶん、隠し設定があるんだと思う。江副氏はBランクの状態で、大阪のSランクダンジョンに入って、隠し設定を起動させちゃったんだよね? その話を聞いた時に思ったんだよ。では、どうしたら起動しないで済んだのかって……」


 睦夫は立ち上がって、ホワイトボードに日付を書き始めた。


「去年の7月末に、大阪ダンジョンが出現したよね? そして江副氏が入ったのが4月8日。でもその間に、発見者であった佐藤恒治氏をはじめ、自衛隊員も何人も入っている。でも完全起動が早まることはなかった。人間の限界を突破したという『称号』を持った冒険者が入らなかったからだよね?」


 全員が頷いた。「罠起動の条件 種族限界突破者の称号を持つ冒険者が入ること」とホワイトボードに書くと、睦夫が全員に問いかけた。


「この罠は、朱音氏もエミリ氏も知らなかった。つまりダンジョンには、レジェンド・レアですら知らない隠し設定がある。でも考えてみてほしいんだけど、なにか変じゃない? 回避できずに問答無用で起動しちゃう罠なんて、理不尽すぎるよ」


「いやムッチー、それが現実だから。ダンジョン・システムがそれだけ凶悪ってことじゃないの?」


「確かにそうかもね。でも……」


 彰の意見を認めつつも、睦夫は反論した。


「江副氏も実感があると思うんだけど、分析すればするほど、ダンジョン・システムってフェアなんだよ。きちんとした法則があって、ちゃんと攻略できるようにシステムが組まれていると思うんだ。江副氏の話を聞いた時に、僕なんて最初は『システム・エラー』かと思ったくらいだよ。ダンジョン・システムは非情で過酷で容赦ない存在だけれど、決して理不尽ではないと思うんだ」


「睦夫、なにが言いたいんだ?」


「大阪ダンジョンだけれど、完全起動を回避する方法があったんじゃないかな。具体的には……」


【Aランクダンジョン討伐者】


 ホワイトボードの文字に、全員が釘付けになった。俺は最初こそ呆然とし、そして徐々に納得し始めた。


「ダンジョンは自律的な判断をしているんだよね? その判断基準が『称号』なんじゃないかな。恐らくだけど、江副氏が『Aランクダンジョン討伐者』だったら、完全起動の罠を回避できたんじゃないかな」


「あり得るわね。いえ、聞くほどに納得できるわ。私も不思議だったのよ。称号なんて、なんのためにあるの? 和彦さんや彰を見れば、人外の化け物だってすぐにわかるじゃない」


「天音ちゃん、化け物って…… で、それと今回のランクアップとなんの関係があるの?」


「……順番か」


「うん、僕もそう思うよ」


 俺のつぶやきに睦夫が頷く。目を合わせ、睦夫が説明するように促した。


「恐らくだけれど、Aランク以上のランクアップには、Bランクダンジョンの討伐が必要なんだと思う。Bランクを討伐した際に、なにか称号が得られるんじゃないかな」


「Aランク以上は特別な存在。だからランクアップが資格制度になっている。条件はBランクを討伐したという称号を得ていること。そうなるとSランクもそうだな」


「Aランクダンジョンを討伐して、また称号を得られるんだと思う。つまりSランクに上がれるのはAランク討伐者だけ。全世界にAランクダンジョンは70弱しかないらしいから、急がないと」


「すぐに冒険者運営局に連絡する。世界中のAランクダンジョン情報を集めるべきだ。俺たちはBランクダンジョン討伐が最優先だ。国内および近隣諸国のBランクを討伐しよう」


 全員は笑顔ではなく、深刻な表情で頷いた。見通しがたったとしても、とても笑える状況ではなかったからだ。俺はなんとか笑顔を浮かべようとして、口端を引き攣らせた。





【ウリィ共和国 ソウル特別市 青瓦台】

「いったいどういうことだ!」


 ウリィ共和国(内国)大統領パク・ジェアンは険しい表情で外交部長官を怒鳴った。対日政策で協調関係にあったはずの大東亜人民共産国が、内国に断りもなく日本と「歴史的和解」を果たし、ダンジョン対策で協力関係を形成したのである。日本の防衛省からダンジョン攻略の詳細データが渡され、それに基づいて「Cランク冒険者」まで誕生している。その一方で、南北関係改善を進めているはずなのに、北の「大姜王国」は、昨年下旬から内国を無視し始め、交流も途絶え気味だ。せっかくガメリカ軍が撤退し、南北融和の環境が整いつつあるというのに、交渉は進んでいない。それどころか「ベニスエラの主張にも一理ある。王国はベニスエラを支持する」と発表したのだ。ウリィ共和国の経済は低迷しているが、それでもG20に入る先進国だ。「金持ちは財布を開け!」というジョーカーの言葉に、パク大統領個人としては共感できる部分もあるが、それに協力するなど世論が許さないだろう。


「日本とはホワイト国問題で関係が冷え込み、ガメリカともGSOMIA解消以降、急速に離れつつある。さらに大亜共産国が日本と歩調を合わせ、北はテロ支援国家を表明した。ルーシー連邦はダンジョンが出現していないことから極東から手を引きつつある。我が国はいったい、どうしたら良いのだ!」


「大統領。どうしたら良いのかではなく、どうしたいかです。大統領のご決断が必要です」


 ウリィ共和国は、ある意味でチャンスを迎えていた。民族自決国家を目指した「大姜帝国」から100年、ガメリカ軍が撤退したいま、ようやくその機会が訪れたとも言えた。だがそれは、一歩間違えれば「どの国からも相手にされない」という100年前の繰り返しになりかねなかった。


「やはりここは、日本との関係を改善すべきでは?」


「いや、国民感情が許さないだろう。まずはガメリカだ。大統領選挙もあることから、ハワード大統領は実績を作りたがっている。関税や工場移転で譲歩すれば、あちらも乗ってくるだろう」


「大東亜共産国もそうだ。日本と和解したとはいえ、反日政策転換に国民が納得するか?」


 侃々諤々の議論が続く中、パク政権内で唯一の知日派と呼ばれるイ国務総理が首を傾げて全員に確認した。


「皆さんに一つ聞きたいのですが、なんのためにガメリカに譲歩したり、大東亜共産国に近づこうとしたりするのですか? お友だちにでもなりたいのですか? 我が国は独立国家です。正々堂々と『ウリィ共和国はこうする』と宣言すればよいではありませんか。自分たちの意志を持ってはじめて、対等な外交になるのではありませんか?」


「それでは世界から孤立してしまうではないか!」


「孤立ではないでしょう。誰かに守ってもらうわけでも、誰かに決めてもらうわけでもない。自分たちで決めるのが自決国家です。まずは決め、その上で他国の理解を得るべきでしょう」


 イ総理の正論に、全員が沈黙してしまった。ダンジョンが出現してから10ヶ月、ジョーカーがベニスエラで革命を起こしてから1ヶ月が経過しようとしていた。各国はそれぞれに立場を決め、対策に乗り出している。これ以上、内国が遅れるわけにはいかなかった。


「私は『積弊清算』を掲げて大統領に就いた。そしてベニスエラ大統領の言葉には、それに通じるものがある。大姜王国との協調にも繋がる……」


「大統領、それはいけません。それをすれば、我が国の国際的信用は完全に失墜します」


 イ総理が顔を青くして止めた。内心では、この男は正気かと思っている。いま考えるべきことは、ウリィ共和国の未来のために、ダンジョンを討伐しつつ経済を安定させる道を探すことのはずだ。「経済民主化」「皆で共に豊かに暮らす社会」など理想論を言っている場合ではない。


「もう一度、北とコンタクトを取ってみてくれ。必要なら私が平壌を訪問してもいい」


 イ総理は天を仰いだ。



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― 新着の感想 ―
Aランク昇格への壁!!
[一言] 僭越ですが、少し心を落ち着かれるべきです。  →僭越ですが、少し心を落ち着かせるべきです。
[良い点] ランクアップの謎が解明しつつありますね。 それに大阪ダンジョンに入った時の謎も解けそう。 ダンジョン時間で、300日を経過!!倒した「旧き魔術師」の数は25万を超えているとは凄いな。 …
感想一覧
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