第057話:「深淵」第五層
小説家になろうのサイトメンテナンスなどで、予定より投稿が遅れてしまいました。次話は11月2日(日)を予定しています。
【ベニスエラ 大統領官邸】
ベニスエラの新大統領ニコライ・クライドは、大統領就任挨拶で世界を驚愕させる発表をしたが、国内においては迅速な活動を始めていた。ジョーカーによって議会が完全停止してしまっていたため、大統領権限で半年間という期限付きで戒厳令を発令し、各主要都市に自警団を設置、警察および官僚の汚職一掃を始めた。同時に外貨獲得活動として、ジョーカーから委託された「カード」の販売を開始した。
「このエクストラ・ポーションは、若返ることこそできませんが、現在の肉体を健康な状態にすることができます。70歳を過ぎれば、身体の各所に色々と問題を抱えているものです。これがあれば、長生きできますよ?」
青い液体が入った瓶が机の上に置かれる。メヒカノスの大富豪リカルド・オルティスは、思わずネクタイを緩めた。総資産700億ドル、今年で80歳になるリカルドは南米最大の通信会社を一代で築き上げた。まだまだビジネスを拡大していきたいが、ダンジョンの出現と10年後に世界滅亡という噂が、リカルドを惑わせていた。そこに、ベニスエラがポーションの横流しを始めていると聞いて、密かに接触を持ったのである。
「IDAOでは、寿命を延ばしたり欠損部位を修復させたりする薬品については、各国による厳正な管理を求めています。民間人冒険者が徐々に増え始めている以上、いずれはエクストラ・ポーションも手に入るかもしれません。ですがその数は非常に少ないでしょう。ましてその上の……」
金色に輝く瓶が置かれた。これはIDAOやダンジョン・バスターズのカード情報サイトにも掲載されていないものである。
「エリクサーです。肉体を自在に変化させられるそうです。この薬であれば、20歳だったころの肉体に戻ることも可能ですよ?」
リカルドにとっては悪魔の囁きである。一代で巨万の富を築き上げた老人。他人から見れば、もう十分に生きただろうと思うかもしれない。だがそれは違う。本人にとっては富を掴んだからこそ、もっともっと生きたいのだ。大富豪の「寿命」に対する欲求は、常人より遥かに強い。
「だが、貴国はジョーカーなる狂人を支持し、世界を滅ぼそうとしているではないか。たとえ若返っても、世界が滅んでしまっては意味がない」
リカルドの抵抗に、魔王の下僕は蠱惑の囁きで返した。
「ドン・オルティス…… まさか我々が本気で世界を滅ぼそうとしていると思っていたのですか? 我が国の経済危機を乗り切るには、諸外国からより多くの支援を頂くしかない。ああ言えば、自国民を説得しやすいでしょう? あれは『方便』ですよ。その証拠に……」
写真が示される。ダンジョン・コアのステータス画像だ。スタンピードの項目がオフになっており、カウントダウンの数字も表示されている。無論、これだけでは判断できない。この写真を撮った後に、再びオンにしているかもしれない。信じるか、信じないかの問題であった。
「現在80歳の貴方は、あと10年も生きられないかもしれません。ですが若々しい肉体を取り戻せば、10年を面白おかしく…… ひょっとしたらそれ以降、何十年も生きられるかもしれません。恐らく、このエリクサーはダンジョン・バスターズでさえ手に入れていないでしょう。世界にこの一本しかないのです。どうです? お買いになりませんか?」
「い、幾らだ?」
「総資産の約30%……210億ドルでお譲りしましょう」
老人は、諦めたようにため息をついた。
【大東亜人民共産国 周浩然】
大東亜人民共産国は、960万平方キロメートルの国土面積と14億の人口を抱える世界一の人口大国だ。その90%を占めるのが「漢族」と呼ばれる民族だが、実はこの漢族には明確な定義が存在しない。紀元前にこの地を統一した「漢王朝」の支配を受けていた民族の総称が「漢族」であるため、漢族内でも言語が異なっている。5千年の歴史を持つ「中華文明」は、様々な思想や習慣を生み出してきた。漢族とは「中華文明圏に属することを受け入れた人たち」の総称というのが、もっともわかりやすい説明だろう。
北京市西城区にある「中南海」では、人民共産党の指導部たちが集まり、今後の国家方針について話し合いが続いていた。大亜共国は127のダンジョンを抱えており、その大多数が都心部であった。裏路地に出現したのならまだ良いが、基幹道路や重要施設の中庭などにも出現しており、127ヶ所すべてを残すというわけにはいかない。特に最悪なのは、人民大会堂がある「安天門広場」に出現したダンジョンである。ここだけはなんとしても潰さなければならないが、調査では第一層に「安全地帯」が存在していない。日本の大阪にもそうしたダンジョンが存在しており、最高難度「Sランク」のダンジョンとされている。
「周大人。ここはやはり、一歩一歩で攻略を進めるしかないでしょう。幸いなことに、確認されたダンジョンの20%がDランクです。まずはここの攻略から進めてはどうでしょうか」
「ダンジョン・バスターズが公開した『Cランク冒険者の育て方』を参考にしたところ、20名がCランク冒険者になりました。ただ、うち半数が精神的に不安定な状態……端的に言えば発狂しています」
全員の表情が暗い。ダンジョン・バスターズはBランク冒険者2名、Cランク冒険者4名を抱える世界最強の冒険者組織だが、それを支えるのが「冒険者育成技術」だ。公開された育成マニュアルの冒頭には「自発的かつ公的な動機の重要性」が指摘されている。誰かに命令された、あるいは私利私欲だけでダンジョン冒険者になれば、いずれ成長が行き詰まるというのだ。
「Cランク冒険者になるには、30キロのウェイトを身につけた状態で、15万体以上のDランク魔物を、1分間に1体のペースで、食事と睡眠時間を除いて間断なく戦い続けること…… ダンジョン時間でおよそ180日間に及びます。最初に読んだときは冗談かと思いました」
「結果としては半数が事実上の脱落。だが成果はあった。少なくとも10名がマトモなCランク冒険者になった。一方で危険でもある。Cランカーの力はファンタジーそのものだ。軍事的な脅威とも言える」
大東亜人民共産国では、ダンジョン冒険者制度の導入を意図的に遅らせている。その理由は治安維持にあった。年間数十万件もの暴動が発生しているため、共産党員以外の一般人民が下手に「物理的戦闘力」を持てば、易姓革命の危機を招きかねない。その一方で、日本やEUが先行していることを不安視する声が日増しに高まっている。どこかのタイミングで、民間開放をせざるを得なかった。
「どうでしょう。まずは北京、上海など10ヶ所程度のダンジョンを開放し、民間人冒険者制度を試験的に運用してみては? 人民解放軍内にCランク冒険者が十分に揃うまで、民間人は『採掘者』として、Dランクまでに留めるのです。それで1年間を運用し、改めて制度を見直してみては?」
「確かに。誰でも彼でもダンジョンに入れるのではなく、たとえば高中(高等学校)卒業生のみに許可するなど、制限を設けるべきだ。それなら犯罪発生のリスクを抑えられるだろう」
「だが現実問題として、省外出身者など被差別民からの声が強い。また香港をどうするかという問題もある。水素発電が稼働し始めたとしても、格差を縮めるのは容易ではないぞ」
大東亜人民共産国は、1989年の安天門事件以降、経済発展に邁進しており、30年間でGDPを30倍以上に伸ばした。この驚異的な成長は、当然ながら様々な歪みを生み出している。環境問題、地域間格差、各種経済犯罪などのモラルハザード、公務員の汚職など抱えている課題は大きい。宋朝や明朝など中華の歴史に存在した王朝も、爛熟期を迎えた後に崩壊している。周浩然は、自分たちもまさに今、爛熟期を迎えていると認識していた。ここで舵取りを誤れば、数十年で大東亜人民共産国は崩壊する。こうした危機感が強権政治へと繋がっていた。
指導部内の議論が一定の方向を向き始めたところで、国家主席は結論を下した。
「魔石確保と水素発電所建設は同時並行する必要がある。試験的な制度導入を進める一方で、冒険者による犯罪や新たな利権を求めての汚職には、厳正な態度で臨む必要があるだろう。まずは比較的統制が取りやすい北京近郊のダンジョン3ヶ所から始めよう。また香港については、北京での試験運用の成果を踏まえて、香港政府に検討させよう。香港では、若年層の失業問題からデモが発生している。民間人冒険者が雇用の受け皿になる。対策を立てている姿勢を示せば、デモも少しは落ち着くだろう」
民間人冒険者制度はEU圏内でようやく導入されたが、ガメリカ合衆国を含めて他の国々では、未導入もしくは未だに試験段階であった。国民に物理的実力を持たせたくないと考えるのは、為政者に共通することである。ガメリカや大東亜共産国が普通であり、制度が普及しながらも目立った混乱がない日本のほうが可怪しいのだ。
【Aランクダンジョン「深淵」 江副和彦】
鹿骨にあるAランクダンジョンの第五層は、Bランク魔物「旧き魔術師」が出る。以前は俺と朱音、ンギーエで戦い、撤退した。だが今回はBランクの彰に、凛子や天音などCランク4名が加わっている。ンギーエもBランクに上がっていた。十分に戦えると思っていた。だが……
「ヨッシー! 左側の防御お願い!」
「ウスッ!」
三体出現した旧き魔術師を相手に、4人のCランカーが戦いを挑む。正義が盾を構えて火炎魔法を防ぐ。その間に凛子と寿人が同時に攻撃を加える。旧き魔術師は物理防御結界を使うが、二方向同時展開はできないらしく、凛子の攻撃を防がれたときには、寿人の剣が深々と斬り裂いた。旧き魔術師が呻きながら退くと、身体が光る。
「させないわ!」
天音の双鞭が飛ぶ。片方を結界で防いでも、もう片方の鞭が打つはずであった。だが両方とも結界によって防がれる。その間に、寿人が与えたダメージは完全に回復してしまった。そして入れ替えるように、後方で回復役をしていた魔術師が前に出てくる。正義の盾に魔法攻撃を加えていた魔術師も退いた。4対3の態勢に戻る。その様子を観ていた俺は、思わず下唇を噛んだ。
「これがBランク魔物か。ゴブリンソルジャー以上の連携に加え二手、三手先を読む戦術まで駆使する。こりゃもう『狩り』じゃないな。オンライン・ゲームでいうところのPvPってやつか」
「魔物はランクが上がるごとに知性を増していきます。Aランク以上になれば、人語すら操る魔物も出るでしょう。思考しますし、研究しますし、発明もします」
「でもここで足踏みするわけにはいかないよね。まだ第五層なんだから……」
凛子たちを下がらせ、俺たちが前に出る。ンギーエが巨大な盾を構えて突進する。それを飛び越えるように、ンギーエの頭上から朱音が「焔薙」で範囲攻撃を加えた。ダメージは低いだろうが、これは注意を惹くためのものだ。ンギーエがそのまま突っ込むと物理防御結界にぶち当たる。その瞬間に、俺と彰が横から飛び出す。
「ホァチャァァッ!」
双節棍の一撃で旧き魔術師の頭部が吹き飛んだ。俺の斬鉄剣もほぼ同時に首を刎ねる。最後の一体は朱音が倒した。旧き魔術師は防御力そのものは低いらしく、首を刎ねれば簡単に倒せる。どうやって魔法を防ぎつつ、どうやって攻撃を加えるかが問題だ。
「詰将棋と同じ要領だな。ただランクを上げて身体能力で『俺tsuee』する次元は終わりだ。Bランク以上は頭脳プレーだ。いい勉強になる」
「条件は、逃がすことなく確実に倒すってことだね。逃せば僕らの情報が共有され、対策してくるだろうからね。こんなのが地上に出てきたらと思うと、ゾッとするね」
彰が肩を竦める。だが笑いごとではない。恐らくこの旧き魔術師3体だけで、一都市を滅ぼせるだろう。遠距離からの魔法攻撃と、単発とはいえ近距離の物理攻撃を防ぐ結界を持ち、しかも回復魔法まで駆使するのだ。だがそれ以上に恐ろしいのは知性だ。これまで俺は、一戦ごとに戦い方を検証し、工夫し、そして勝利してきた。PDCAを回すことで、リスクを抑えつつランクアップを目指してきた。だがこれからは、魔物もPDCAを回してくる。ゲームとは違い、魔物もまた成長するのだ。
「この情報は脅威だ。旧き魔術師の情報をできるだけ集めて、それを全世界に発表しよう。ランクアップするのは俺たちだけじゃないと知らせるべきだ」
凛子たちが深刻な表情で頷いた。朱音が忍刀を構える。遠くから魔術師が4体現れた。どうやら早速、手を打ってきたらしい。だがここで戦い続ければ、いずれAランクに至るだろう。自分でも気づかぬうちに、俺は笑みを浮かべていた。
【Aランクダンジョン「深淵」 山岡慎吾】
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【名 前】 山岡 慎吾
【称 号】 なし
【ランク】 E
【保有数】 13/30
【スキル】 カードガチャ
斥候Lv1
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「へぇ、スキル枠が4つもあるなんて珍しいわね。普通は3つなのに」
「あ……うん」
ランクアップした自分のステータス画面を見ていると、横からエミリが覗き込んできた。少し気の強い女の子だけれど、木之内さん……ではなく茉莉と同じくらいに美人で可愛い。クラスにいたら、茉莉と人気を二分しそうだ。それにしても、この二週間で僕は変わった気がする。これまでは、女の子とはなかなか会話ができなかった。学校のアイドルである木之内茉莉とファーストネームで呼び合うなんて、夢のことだった。なのに……
「慎吾くん、鼻の下伸びてる」
茉莉がジトと横目で睨んでくる。思わず鼻の下をこすった。2人の美少女が同時に笑う。僕もつられて笑った。こんな様子を友人たちが見たら、きっと首を絞められるだろう。
「ん……来たよ」
スキル「斥候」は、気配察知に近い。なんとなく魔物が近づいているというカンが働く。レベルが上がると、フロア全体が俯瞰できるようになるらしく、クルセイダーズの斥候はそのレベルに達しているそうだ。和さんからも、非常に希少なスキルだからぜひ伸ばしてくれと言われている。
やがて2メートルを超える魔物「オーク」が現れた。僕は支給されているミドルソードを手にした。ダンジョン・バスターズの環境は最高だ。他の民間人冒険者は自分で武器を調達するのに、ここでは様々な武器が揃っていて、最初から使うことができる。何種類も試して、自分に合った武器を見つけることも可能だ。実際、Bランク冒険者の宍戸彰さんは、籠手、槍、ヌンチャクの3種類を使い分けている。
「はやくDランクになりなさい。いつまでも茉莉は待ってくれないわよ?」
「エミリちゃん、待ってるって……」
「ミュミュッ!」
茉莉が少し慌てているけど、ウサギのミューちゃんが頷いている。そう。僕の目標は、一日でも早くDランクになることだ。高校を卒業次第、僕はダンジョン冒険者になる。そして世界中のダンジョンを討伐して回る。Cランク、Bランクと上がっていき、茉莉を守れる男になるんだ!
【ガメリカ合衆国 国防総省】
『求む! 世界を救う勇者たち! 終わりの見えない戦いに身を置く覚悟はあるか? 1日十数時間、毎日毎日戦い続ける気力はあるか? 世界のため、愛する者のために命を捧げる勇気はあるか? この呼びかけにYESと応えられる者、ダンジョン・コマンドーに集まれ!』
秘書官のレベッカは、パンフレットを読んでため息をついた。Cランク冒険者を育てるためには、残業も有給も労働者の権利も無視しなければならない。ダンジョン・バスターズが公表したCランク冒険者育成マニュアルの内容は、ワーク・ライフ・バランスなど微塵も考えていないものであった。180日間にもおよぶ過酷な戦闘のその先に、ひょっとしたらCランクへの扉が開かれるかもしれない、というものである。最初に読んだときは、荒唐無稽過ぎて日本の陰謀かと思ったくらいだ。
「ベトナムやイラクでの戦争が、幼児の遊びに見えるほどですね。こんな案内で参加する人なんているのでしょうか?」
立派な革張り椅子の上であぐらをかいてクルクルと回っている男に視線を向ける。参謀長として合衆国のダンジョン政策を任されているアイザック・ローライトは、手に持ったパンフレットをヒラヒラさせながら自嘲ぎみに嗤った。
「クレイジーな要求なのは理解しているよ。でも、そもそも人間の限界を超えようとすること自体がクレイジーなんだ。こんな内容を命令するわけにはいかない。だから志願者を募るしかない。ミスター・エゾエが指摘しているとおり、心の拠り所を持たない者がこんなことすれば、PTSDになるだろうね。だから参加者は面接して『動機』を確認してるんだよ」
日本、EU、そして大東亜人民共産国にまでCランク冒険者が誕生している以上、ガメリカもダンジョン討伐のために本気で乗り出す必要がある。政府からは「1つでもいいから、なんとしてもダンジョンを討伐しろ」と厳命が下っていた。
「カネも名誉もいらない。家族を守るためにダンジョンに立ち向かう。そういう人が欲しいね。国のためってのはダメ。そんな抽象的なものじゃなくて、目に見える誰か、あるいは何かのために戦うんだ。そうでないと、たぶん耐えられない」
「NCLUをはじめとした人権擁護団体から文句を言われそうですね」
「言わせとけばいいんだよ。人類滅亡の危機だってのに、人権もへったくれもないよ。やらなきゃみんな死ぬんだよ。もっとも、ああいう連中はゴブリンに食い千切られて死ぬ瞬間まで、自分が間違っていたとは認めないだろうけどね」
「……それと連動しているかもしれませんが、例のジョーカーの件です。国内の過激な宗教団体や極左アンティファ集団、悪魔崇拝団体などの一部が、ジョーカーの支持を表明しています」
「……バカは死ななきゃ直らないね」
ため息をつくアイザックに、レベッカも表情を暗くした。ガメリカは自由の国だ。ダンジョンを討伐せず、人類みな死ぬべきだと主張することも自由だ。だがインターネットが普及した結果、一人ひとりが自分の意見を主張しやすくなった。これは為政者からすると望ましいことではない。メディアを利用して世論を操作するのは、20世紀から今日まで続いている統治手段だ。21世紀に入り、それが通じなくなりつつある。一点主義の極端な意見や、聞こえのいい言葉だけが支持される傾向が強まった。その結果、先進各国でポピュリズムが横行している。
「大多数は支持していません。ですが大氾濫を食い止めるために、ベニスエラを支援すべきだという声は、少しずつ強まってきています。ジョーカー基金というものまで登場しています。GDPの20%とは言いませんが、全世界の、年収2万ドル以上の人口3億人が、平均して一人100ドルずつ出したとしても300億ドル。ベニスエラ経済を十分に救えます。その程度で死なずに済むのならカネを出そうという声が出てくるのも、やむを得ないでしょう」
「アレは国家に対するテロではなく、人類に対するテロだからね。敏感な人間は、カネを出そうとするかもしれない。でも、一度それを行えば際限なく続くよ。ジョーカーの言っていることは正しい。ガメリカ国民が分厚いステーキやハンバーガーを食うためには、今日一日を麦粥で生きなければならない人たちが必要なんだ。自分が幸福になるために他人を不幸にする。極論すれば、それが資本主義なんだよ。人類滅亡という『平等』は、不幸を押し付けられた者たちにとって最高のチャンスに見えるのかもね」
「……世界は、どうなるのでしょうか?」
顔を青褪めさせる秘書官の問いかけに、アイザックは無言のままだった。




