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第054話:行商人リタ

遅くなりまして、申し訳ありません。

少し短くなってしまいましたが、52話が長かったので全体的には丁度よいかと思います。

【船橋ダンジョン 第六層】

「ダンジョンを渡り歩く行商人?」


 第六層の安全地帯で腰を下ろしていた黒髪の女性は「行商人リタ」と名乗った。顔は和洋折衷というか、日本人にも見えるし外国人にも見える。いずれにしても、こんなところに俺たち以外のダンジョン冒険者がいるとは思えない。説明を求めるため、俺は朱音に視線を向けた。


「ダンジョン・システムが完全起動したことで、いずれ遭遇するとは思っていましたわ。これまで和彦様が手に入れられた数多くの魔物カード、それらを交換するために行商人(ペドラー)が存在します。もっとも、和彦様たちはカードガチャというスキルをお持ちでしたので、必要ないかもしれませんが……」


「いやいやぁ~ カードガチャ? 私も驚いたよぉ! これまで魔物カードの交換は行商人の独占商売だったのに、カードガチャなんてスキルのせいで、商売上がったりですよぉ~」


 朱音の説明に、行商人リタが笑いながら自虐する。もっとも、困っている様子は微塵もない。


「それで、行商人のリタだったか? 確かに、俺たちは膨大な数のカードを保有している。だがカードガチャによってそれらを消費し、武器やアイテムを入手できる。カードを交換するというのなら、あまり商売にならないのではないか?」


「ニヒッ! そこは商売のやり方ですよぉ。たとえばー」


 リタがカードを取り出した。レジェンド・レアのカードである。思わず目が釘付けになった。リタはカードをヒラヒラと揺らして、ケラケラ笑った。


「ニシシッ! やっぱりねぇ。ガチャっていうスキルは、どうやらカードを選ぶことはできないみたいだね。それに、その様子だと未だにLRカードはガチャでは出てなさそうですね。これで決まりかな?」


「聞こうか。俺たちを相手に、どんな商売をするんだ?」


 黒髪の行商人は、胸こそまな板だが顔はそれなりに可愛らしい。渋谷や原宿を歩けば、それなりに男たちの目を惹くだろう。だが口に手を当ててヒヒヒと笑うその様子は、悪徳商人にしか見えない。ダンジョン・システムも、もう少しマトモなキャラを用意できなかったのか?


「私の商売は高級路線! Super Rare、Ultra Rare、Legend Rareしか扱いません。そして最大の特徴は、カードを選べるということです! Rカード100枚で、SRカード1枚、SRカード100枚でURカード1枚というように、1つ下のランク100枚で、お好きなカード1枚と交換できます!」


「……なるほど、商売上手だな。100枚のカードだと、ガチャは11回できる。だが必ずしも、自分が望むカードが手に入るとは限らん。自分が欲しいカードを指定して交換できるのなら、取引する価値はある。だが100枚というのは、ボリ過ぎのような気もするが……」


「ニヒヒッ 商売ってのはそういうモンですよぉ~ もちろん取引する価値があるように、厳選したカードを並べます。例えば、そこの格闘家の方には、こんなカードはどうでしょう?」



=================

【名 称】 神衣「カイオウ」

【レア度】 Super Rare

【説 明】

妖精たちが呪術を付与して編み込んだ

格闘着。高い防御力の他に、装着者は

瞬間的に、自分の力を10倍にまで

高めることができる特殊能力を持つ。

=================


「へぇ、あのマンガは僕の憧れでもあるんだよ。欲しいね」


「でしょう? このように、お客様と会話をしながらオススメのカードをご提示するのが行商人の仕事です。何が手に入るかわからないガチャとは違う価値があるでしょう?」


「そうだな。だがそれだけでは足りない。他にも取り扱ってほしいものがある」


 俺は目を細めて床に座ってカードを並べる女商人を見下ろした。するとリタはいきなり身体を捩り、身を守るような仕草をした。


「な、なんですか。ダメですよ。私はそんな安い女ではありません。い、いえ商売ですからどうしてもというなら、URカード100枚で1回くらいなら……」


「なにか勘違いしているようだが、お前のカラダなどCカード1枚の価値もない。俺が希望しているのは別の取引だ」


「酷いっ! 乙女に向かって吐いていい言葉じゃないですよソレは!」


 キャンキャンと喚くのを無視して、俺は女商人の前に屈んだ。この女は言った。「ダンジョンを渡り歩く」と。ならば他のダンジョンについても知っているはずだ。そして、他の冒険者たちについても……


「俺が欲しいのは情報だ。お前、俺たち以外に取引した相手はいなかったか? もっと言えば、ジョーカーという男と接触したことはないか?」


 女商人は表情を変えず、俺を見つめた。その瞳に俺は思わず背筋が寒くなった。気軽に話しているが、目の前の女は人間ではない。直感がそう囁いていた。





【ベニスエラ ニコライ・クライド暫定大統領】

 私が政治活動に身を投じたのは、学生時代の頃だ。カラカスの大学を卒業後、米国の大学院で修士号を取得した私は、祖国ベニスエラを極左全体主義から救うために政治的な師と仰ぐレオナルド・メンドゥーサと共に政党を立ち上げ、議会制民主主義の復活を目指して戦ってきた。戦いの中で、党首であったレオナルドは政治犯として投獄され、私も幾度も命を狙われた。

 先の大統領選挙は酷いものだった。マドゥーラは、自分に投票しない者には食料配給を止めるなど、民主国家の政治家としてあるまじき行為で、大統領に再選した。なにが貧富の差を無くすだ。なにが独占資本の打倒だ。とどのつまり自分が権力を握り富裕層であり続けるための方便ではないか。これが極左の実態だ。私は仲間たちとともに、大統領選挙の無効を国際社会に訴えた。そして米国や日本は、私をベニスエラ暫定大統領として承認してくれた。本当ならば、党首であるレオナルドがその地位に就くべきだが、政治犯として軟禁されている以上、私がリーダーシップを発揮するしかない。マドゥーラ政権打倒後は速やかに政治犯を釈放し、レオナルドを神輿にして大統領選挙を行おうと考えていた。37歳の私が大統領になったところで、この国を立て直すことはできない。

 だが、そうした希望は全て打ち砕かれた。突然、魔物が出現し街を跋扈し、マドゥーラを始めとする政府高官たちを皆殺しにしてしまったのである。それどころかカラカスの陸軍や刑務所を襲い、多数の犯罪者を解き放ってしまった。もはや、私の愛したベニスエラは「亡んだ」と言っても過言ではない。


「私をどうする気だ?」


 私と家族は、首都カラカスの北部にあるバルガス州の生家に逃れていたが、この街にも魔物の手が伸びてきた。支持者たちは私を逃がそうとしたが、クーデターの首謀者がテレビ放送で私に会いたいと呼びかけてきた。そしていま、私の目の前にはピエロ姿の男「ジョーカー」がいる。隣には妻と娘がいる。娘は怯えて、私の腕にしがみついている。


「どうもこうもしないよ。アンタは口先だけのマドゥーラとは違う。アンタには信念がある。この国をなんとかしたいって思いに嘘はないんだろう?」


「当然だ。だがお前が、この国を滅茶苦茶にしてしまった。政治は機能せず、街には犯罪者が跋扈し、人々は怯えて暮らしている。お前の望みはなんだ? ベニスエラを滅ぼして、なにをしたいんだ!」


「ウヒャァーヒャヒャヒャッ!」


 ジョーカーが金切り声をあげて笑い出した。娘がヒィッと叫んで私に抱きついてくる。するとジョーカーはいきなり真顔になり、申し訳無さそうに言ってくる。


「いや、お嬢ちゃんを怖がらせるつもりはなかったんだ。悪かった。手品みる?」


 懐からコーラの空き瓶を取り出して机に置く。そして赤いハンカチで瓶の前を隠し、サッと取り除くと、空き瓶にはコーラが満たされていた。栓もしっかりはまっている。指先でピンと弾くと栓が抜けた。


「コレあげるから、お母さんと隣の部屋にいってな。おじちゃんはお父さんと大事な話があるんだ」



 ウィンクして瓶を娘に差し出す。娘の代わりに母親が受け取り、そして娘を連れて隣の部屋に向かった。私は目の前の男が理解できなかった。マドゥーラは生きたまま犬に喰い殺されたという。たとえ独裁者であろうとも、法の裁きもなく私刑に処してよいはずがない。目の前の男は悪逆非道な魔王だ。だが同時に、どこかに人間臭さがある。この男はなにを考えているのだ?

 ジョーカーはもう一本、コーラ瓶を取り出すとグビグビと飲み始めた。一気に飲み干すと盛大にゲップし、足を組んでタバコに火を付けた。


「なんの話だったっけ? あぁ、俺の目的か。いや、大したことじゃない。ちょっと人類に絶滅してもらうだけだ」


「……なにを……言ってる?」


 私はその言葉が理解できなかった。この男が狂っていることはわかっている。だが狂気の度合いが桁外れで、私の理解がついていかない。ジョーカーは煙を吐きながら、私に言って聞かせるように喋り始めた。


「人間という生き物は、自分に直接降りかからないことに対しては、トコトン他人事なんだ。他人が失業しようが餓死しようが関係ない。そうした問題を取り上げてる活動家は、それでカネを得ているか、あるいは活動している自分に陶酔しているかのどちらかだ。アンタだってそうだろ。ベニスエラの政治家になった理由は、自分のためだ」


「違う! 私は、愛する祖国がこれ以上崩壊するのを見ていられなかった! 巧言令色を吐く独裁者が好き勝手に国を壊している光景に、我慢ならなかった! そこに私心はない!」


「あるじゃないか。見ていられなかった。我慢できなかった。だから行動した。それはつまり、自分の感情処理のための行動だろ? 私心以外の何者でもない。勘違いしてほしくないが、俺は別に非難しているわけじゃない。人間ってのは例外なく、私事で行動するんだ。マドゥーラは自己保身と贅沢な暮らしをしたいために行動し、アンタは我慢できないっていう怒りで行動した。マドゥーラは欲望で、アンタは感情で動いた。ヒトは、前者をビジネスマンと呼び、後者を信念の人と呼ぶ」


 なんなのだ、この男は? 狂人だと思っていたが、その言葉は流暢で高い知性を感じる。だが、それはもっと恐ろしいことのように感じた。


「ダンジョンというのは、人類共通の『自分事』だ。だが弱い。自分事なら、地球温暖化とか環境破壊とか、それまでもあっただろ? だが大衆の想像力は乏しいんだ。具体的な形にならないかぎり、自分事と認識しない。つまり俺は、ダンジョンという自分事を人類全体がリアルに感じるようにしたいのさ。つまり『逃れられない死』を認識させたいのさ」


「なんのために? なんのためにそんなことをする?」


 するとジョーカーは2本目を取り出した。天井に向けてプフーと吐き出す。


「アンタと同じだよ。俺はこれ以上、偽善がまかり通る世界に我慢できないんだ。ガメリカの大富豪たちは、二酸化炭素削減を訴える講演会に高級車で乗り付ける。講演が終わったら1本3千ドルのシャンパンで乾杯し、大亜共産国や東南アジアに工場を建設するとかの儲け話に夢中になる。連中は知っているのさ。富を得続ける方法は、貧乏人を貧乏のままにすることだ。地球という限られた資源(パイ)を奪い合う以上、自分が多く得るには誰かの取り分を少なくしなきゃならない。年収2万ドル(200万円)はガメリカでは貧困層だ。だが世界では、上位5%以内なんだぜ? 年収1500ドルでようやく中間なんだ。わかるかい? 5%の人間のために95%が貧困なんだよ。こんな世界になんの価値がある!」


 ジョーカーは怒りの表情から再び穏やかな笑顔になった。いや、化粧をしているので笑顔に見えただけかもしれない。


「50年前、そう考えた奴らが平等な世界を目指して革命を起こした。だが失敗した。なぜかわかるか? ソイツらも最初は信念で動いてたのかもしれない。だが権力と富を得た瞬間、それに執着するようになった。信念から欲望に変わったのさ。人間だから仕方がないだろう。だから欲望を持ちようがない世界を俺が実現する。真の平等、真に公平な分配の世界。つまり『人類全てがいなくなった世界』をな」


「自分も、死ぬつもりなのか?」


「当然。言ったろ? 俺は欲望じゃ動いていない。そして欲望に変わる前に死ぬ。人類が誰もいなくなった世界を実現する。その時は、地上には草木一本、残っていないかもしれないがな。なぁに、20億年もすれば新しい生命も生まれてるだろ」


 私は呆然としてソファーに寄りかかった。思考も感情も、この男は狂ってはいない。だが「結論」が狂っている。誰がどんな言葉を吐こうとも、この男を説得することは不可能だ。止めるには、殺すしかないだろう。


「……それで、私になにをさせたいんだ? 言っておくが協力はできないぞ。そんな破滅思想になど、私は絶対に与しない!」


「なぁに、アンタがどう思おうが関係ない。ちゃんと協力してくれるさ」


 ジョーカーはカードを一枚取り出した。犬の首輪のようなものが描かれていた。





【船橋ダンジョン】

「申し訳ありませんが、他のお客様の情報は一切、お話しできません。また、他のダンジョンについての情報も、開示することはできません。私はあくまでも行商人(ペドラー)です。情報屋(インフォーマー)ではありません」


 立ち上がったリタはニコニコしながら一礼して拒絶した。俺は2人を下がらせると、リタの眼前に立った。相手は人間ではない。ならばこちらも遠慮する必要はない。


「無理やり口を割らせる……というやり方もあるんだぞ?」


「和彦様ッ!」


 朱音が止めようとする。目の前の女商人は、イヤーとか言いながら頭を掻いていたが、いきなり凄まじい衝撃が左から襲ってきて壁に叩きつけられた。すごい衝撃でゴキッという音がいくつか聞こえた。視界に火花が飛び散る。頭を振って顔を上げると、朱音が飛びかかろうとしているのを彰が止めていた。リタは表情を変えずに、右足をゆっくり下ろしている。ただ蹴り飛ばされただけだろうか。壁に寄りかかると、意識が飛びそうになる。腕だけではなく、背骨や他の骨までやられているだろう。コツコツと足音が近づいてきた。


「ニヒヒッ! 舐めてもらっちゃ困りますよぉー。私って、これでもSランクなんですよ? 行商人ですから、それなりに鍛えてます。殺してもよかったんですけど、これからお得意様になりそうですし、思いっきり手加減してあげました。ではまた、どこかでお会いしましょー」


(クソッ…… ミスった……)


 そのまま意識が途切れた。





「ペドラーは私たちと同じく、ダンジョン・システムの機能の一部です。その強さは桁違いで、Aランク魔物を容易く屠ることができます。殺されなかっただけでも幸運ですわ」


 エクストラ・ポーションを飲まされた俺は、ようやく意識を取り戻した。そして朱音に説教を受けている。暴力を振るうつもりはなかったが、まさかあの程度でいきなり攻撃されるとは思わなかった。


「迂闊だぜ、兄貴。強さはともかく、普通の存在じゃないことくらいは判ったでしょ。いつも冷静な兄貴らしくない行動だよ」


「そうだな、俺らしくない。悪かった。で、あの行商人はどこに行った?」


「消えちゃったよ。用がある時は『リタ様カムバーク』と膝をついて祈れば出現してくれるらしいよ?」


「……いや、それ嘘だろ。普通に呼べば来ると思うぞ?」


「ペドラーはダンジョン・システムですので、どこにでも存在しています。今この時も、世界中のダンジョンに同時に存在していても不思議ではありません。どこにでもいるし、どこにもいないのがペドラーです」


 朱音に言われて、彰は「そうなの?」とか驚いている。まさか本気で試すつもりだったのか? それにしても、俺はこんなに暴力的な人間だったか? ダンジョンに出会う前は、アラフォーの中年コンサルタントとして、頭と口先で仕事をしていた。暴力を振るったことも、それを示唆したこともない。それが今では、暴力も交渉材料の一つにし、必要あれば躊躇わずに使う人間になっている。ダンジョンの強化因子で強くなったとはいえ、ここまで変化するだろうか。


(俺は……変わったのか?)


 誰かに相談したいと思った。石原でも良いが、できれば以前の俺を知る奴がいい。丁度良いことに、ここは船橋だ。久々に、幼馴染の友人と酒でも飲もうか。気分が楽になり、立ち上がった。


今後の更新予定ですが、やはり仕事が忙しくなっているため、ちょっと頻度を落とそうかと思います。来週は「水曜日」「日曜日」で更新したいと思います。大変申し訳ありません。


今後も応援、宜しくお願い申し上げます。

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― 新着の感想 ―
大統領ピンチ!!
[一言] 江副さん、かつあげとかしてたの? 普通に日本に住んでて無理やり口を割らせるとか出てこないでしょう・・・ 無理やり口を割らせる、の一言で江副さんの魅力がいきなり下がった気がします。 自分が上で…
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