第052話:園遊会
過去最長、9500文字以上になってしまいました。
国内政治やウリィ共和国の話が出てきますが、本作は「フィクション」です。実在の国名、団体名、個人名は一切、関係ありません。著者は政治的に中立であり、実在するいかなる政治的主張にも与していないことをここで申し上げておきます。
【4月某日 赤坂御苑】
日本国において国家元首は誰かという規定は、日本国憲法には存在していない。国家の形態というのは複数存在するが、近代国家と限定するならば形態は三つに絞られる。すなわち、独裁政治国家、立憲君主国家、共和制国家の三つである。これらはさらに細分化されるが、日本は一般的に、この「立憲君主国家」であると考えられている。
この点については日本国内においても様々な議論があるが、つまるところ「国家元首」という言葉の解釈の問題に帰結する。たとえば、あまり知られていないが英国国民は主権を持っていない。英国憲法では「議会における国王に主権がある」とされ、国民は「臣民」と憲法に明記されている。実態はどうであれ、憲法上はそうなっているのだ。
では日本国の場合はどうか。日本国憲法には国家元首が明記されていない。日本国では「国民主権」であり、この一点で英国とはまったく異なっている。日本国憲法では、天皇は「象徴としての天皇」と位置づけられているが、日本社会では「実質的な国家元首」とみなされている。
「うぅっ……緊張してきたよぉ」
モーニングコート姿の睦夫がガチガチになっている。俺と彰は顔を見合わせて苦笑した。つい半年前までは東京の片隅にあるアパートでフリーのプログラマーをやっていた男が、いつの間にか「著名人」となってしまい、この場に立っている。誰よりも自分自身が「場違い」と思っているのだろう。
「兄貴に言われて燕尾服とモーニング作っておいて良かったよ。まさか僕たちが園遊会に呼ばれるなんてね。テレビでしか見たことなかったから、どうしたらいいのかわからないよ」
「それは俺も同じだ。一応、振る舞い方は教えてもらったが、結婚式の挨拶より緊張するな」
園遊会は春と秋に行われるが、屋外立食パーティーのようなものだ。午後1時頃に受付が始まり、2時過ぎに天皇陛下や皇室の方々が姿を見せる。来賓者は横一列に並び、その前を通る陛下が、数名に二言三言の挨拶を交わしていく。その後はテント内で焼き鳥やサンドイッチ、御用牧場で育てられた羊を使ったジンギスカンなどが振る舞われる。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
並んだ俺たちの前で、今上陛下が立ち止まられた。今年で還暦を迎えられたはずだが、見た目は若々しい。睦夫はあうあうと言いながら汗まみれで頭を下げている。いくらなんでも緊張しすぎだろ。
「ご活躍のようですね。ダンジョンの問題は、解決できそうですか?」
「お任せください。必ず、解決してご覧に入れます」
「将来、危険な生き物が溢れ出てくるかもしれないと聞きました。日本を、そして世界を心配して、黙っていてくださったのでしょう。誰にも相談できず、さぞ辛かったでしょうね」
「いえ……」
一瞬、瞼が熱くなりそうだった。強く瞬きし、笑顔を見せた。両陛下は頷いて、彰と睦夫に顔を向けた。
「皆さんの働きに、世界の命運が掛かっています。ですが、無理はなさらないでくださいね」
「はい」
「ふぁ、ふぁいぃっ」
彰と睦夫も直立不動で返事した。陛下が通り過ぎると、睦夫はその場にへたり込みそうになり、彰が腕を掴んだ。腰を抜かしてしまったのだろう。ほんの十数秒の会話だが、この会話をするために俺たちは招かれたのだ。今上陛下お言葉だけで、批判の風は一気に和らぐだろう。
「ここだけの話ですが、皆さんが呼ばれたのは陛下の御希望なのです」
園遊会の食事中に、官房長官がそっと歩み寄ってきて耳打ちしてくれた。それ以上は言わないし聞きもしない。現行憲法の範囲の中で、陛下は御自身の意思を示された。先ほどの言葉はメディアを通じて日本中に流れるだろう。俺は一度だけ頷き、話題を変えた。
「園遊会に参加するのは初めてなのですが、失礼なことをしていないでしょうか?」
「中々、良いモーニングですね。銀座英国堂ですか?」
「実はこれも、初めて着たんです。つぎ着るのはいつになるか……」
「案外、すぐかもしれませんよ?」
互いに笑って、官房長官は離れていった。
【国会議事堂 予算委員会】
「ジョーカーなる男の動画では、ダンジョンから魔物が溢れ出してくるのは10年後ということですが、総理はこのことをご存知だったのですか? もしそうなら、国民に対する重大な背信行為です!」
野党議員の質問に、浦部総理大臣は余裕の表情を浮かべていた。
「ベニスエラで発生した大規模な暴動に魔物と呼ばれる未知の生物が加わっていたこと、そしてそれを引き起こしたと自称するジョーカーなるピエロ姿の人物の動画は、私も見ました。そのうえでお聞きしますが、皆さんは暴動を起こした犯罪者の言葉を鵜呑みにするんですか? 確かに動画の男は10年後と言っていましたが、その証拠はどこにあるんですか? インターネット上で拡散したたった一人の人間の言葉を信じて、なんの証拠も確証もなくこの予算委員会で追及するというのは、いかがなものかと思いますよ?」
「私は、政府が大氾濫の発生時期を知りながら隠しているのではないかと申し上げているのです。本当は知っているんじゃないですか? ダンジョン・バスターズが持ち帰った情報の中に、魔物大氾濫の発生時期があったんじゃありませんか?」
ジョーカーの動画が流れたことで、浦部内閣の支持率は一時的に下がったが、いまでは盛り返しを見せている。「知ったところで、貴方になにができるの?」と問い返されて終わりだからだ。総選挙が近いため、野党としては少しでも浦部内閣の攻撃材料が欲しいところだが、旗色が悪い。
「仮にです。仮に知っていたとしましょう。日本政府は魔物大氾濫の時期を知っているとします。それを公開すると思いますか? 公開したらどうなります? ジョーカーという犯罪者の動画一つで、ヨーロッパやガメリカ、大東亜共産国では暴動や略奪が発生しています。社会的な混乱を齎す情報である一方で、解決策の見通しも立たない。民間人冒険者に頑張ってもらうというのがせいぜいです。そんな状況でいたずらに社会を混乱させるような情報を出すことのほうが、私は無責任だと思いますよ?」
与党議員が拍手を送る。野党の一部にも変化があった。護憲、脱原発、消費税反対を唱えていた元タレント議員は、与党議員すら驚かせる質問を行なった。
「総理、我々は政治家です。政治家とは、理想を実現するために、現実の問題を一つずつ解決していかねばならないと思います。今、日本国における最大の問題はなにか。言わずもがな、ダンジョンです。総理、私は先の選挙で、日本国憲法を守るべきだ。憲法改正には反対すると、有権者の皆様に申し上げました。あの時点では、それが正しかったと信じています。ですが、状況は変わりました。目の前の問題を解決するために憲法改正が必要ならば、私はためらう必要はないと思います」
裏切り者、議員辞職しろといった野次が飛ぶ。
「護憲、立憲主義、平和憲法を叫ぶのは結構です。ですがそれで、魔物を倒せますか? ダンジョンを潰せますか? 無理なんですよ。なぜなら奴らに言葉は通じないからです。国民を守るためには、理想的な言葉ではなく『物理的な力』が必要なんです。全世界のダンジョンが全て討伐されるまでと限定して、私は局地的核兵器の武装すら検討すべきだと思いますが、総理のお考えはいかがでしょうか」
「まずは、冒頭にあったお言葉『現実の問題を一つずつ解決して理想に近づく』というのには、私もまったく同感です。どのような理想を目指すのか、現実をどのように認識するかについて議論するのが、民主主義のあるべき姿なのだろうと思います。そのうえでご質問にお答えしますが、我が党は党是として明確に『憲法改正』をうたっています。自衛隊を憲法に位置づけ、彼らが胸を張って国防という任務に就けるようにする。これが政治家の責任だろうと考えています。そして核武装についてですが、これは議論の余地があると思います。ただ議論は感情論ではない、理性的に現実的に行うべきでしょう。世界唯一の被爆国だから、という言葉で思考停止するのではなく、子や孫を守るために本当に核兵器は必要ないのか、もし魔物が地上に溢れ出したときに、核が無くても日本を守れるのか、冷静に真剣に考えるべきだと思います」
ダンジョンの出現は、日本国内のみならず世界各国の政治パワーを変え始めていた。超常的な未知の脅威が出現したことにより、机上の空論や感情論は排除され、現実に向き合い始めたのである。
【ウリィ共和国 ソウル特別市】
ガメリカの孤立主義回帰、大東亜人民共産国と日本との歴史的な和解など、この半年間で極東アジアの情勢は激変した。一般的に、極東アジアのステークホルダーは5カ国に絞られる。日本国、ルーシー連邦、大東亜人民共産国、大姜王国、ウリィ共和国である。この中で、ルーシー連邦はダンジョン政策においては殆ど極東に力を入れていない。その理由はダンジョンが出現していないからである。極東地区は連邦全体の三分の一、620万平方キロメートルもの広さを持つが、人口は600万人ほどしかいない。ルーシー連邦の国民の大多数は、ウラル山脈以西に住んでいるため、ルーシー連邦はEUとの繋がりを強めるべく動いていた。
5カ国の中でも「絶対君主制国家」である大姜王国は、国際社会から経済制裁を受けており、また大東亜共産国とも疎遠となっていた。日本も国交がないため、ダンジョンの出現数やその難度については、人工衛星からの情報以上にはわかっていない。陸続きである日本を除く他の三カ国は、大姜王国のダンジョンをどうするかで頭を痛めていた。
そして、その大姜王国への接近を試みているのが「ウリィ共和国(内国)」である。ダンジョン出現以前に、、米姜首脳会談をセッティングして大姜半島の平和と南北統一を模索したが、その試みは完全に失敗し、ガメリカ、大姜王国両国の信頼を失うこととなった。さらには、日本と締結していた「軍事情報包括保護協定」が昨年末に終了してしまったことから、ダンジョン政策の情報がまったく入らなくなってしまった。駐日内国大使は、ダンジョンと軍事情報は別物という論理で情報を得ようとしたが、実態として陸上自衛隊がダンジョン封鎖や民間人冒険者育成に当たっているため、ダンジョン情報は軍事情報であると反論されてしまった。
経済においても、所得主導型経済政策の失敗から国内産業が疲弊し、サムシク電子など電子部品輸出企業の業績も悪化した。米国およびフランツの自動車メーカーが資本を引き上げたことから、国内の自動車産業も壊滅的な被害を受けている。若年層の体感失業率は30%を超え、パク・ジェアン大統領の支持率は、ついに30%を切ってしまった。
「南北統一による平和経済の実現で、ウリィ共和国は日本を超える経済強国となるでしょう。経済政策も、けっして失敗はしていない。今は構造転換期なのです。日本もかつて、痛みを伴う構造改革を断行したではありませんか。何かを得るためには、何かを捨てなければならないのです」
青瓦台で行われた大統領記者会見で、パク・ジェアン大統領は胸を張ってそう宣言した。だが一歩外に出ると、ソウル市内では大統領退陣要求のデモで溢れかえっている。100万人を超える人々がソウル市内をデモ行進し、警察との衝突も発生している。ロウソク革命と呼ばれる大統領弾劾デモから始まったパク政権は、皮肉なことに同じ弾劾デモで、終焉を迎えようとしていた。
「大統領、やはり日本に対して譲歩すべきです。このままでは我が国は北と共倒れになってしまいます」
「なにを言うか! 共倒れではない。南北統一による新たな国がスタートするのだ」
「我々の主敵は大姜王国ではなく日本だ。日本に譲歩するなどありえん!」
「日本憎しで国を滅ぼす気か! 大亜共産国さえ対日政策を方向転換し、ダンジョン対策に本腰を入れているのだぞ。過去にばかりこだわって、未来を捨てるのか!」
「過去とはなんだ! 植民地支配の被害者は、現在進行で苦しんでいるんだ! 日本が法的に国家の責任を認め、日王が膝を屈して謝罪し、国家予算から賠償金を支払わない限り、国民は納得しない!」
青瓦台では国家方針を巡って激論が繰り広げられていた。100万人が弾劾デモを行なっても、それでも支持率が3割弱あるのは、国内の左派が支持してくれているからだ。彼らは対日強硬政策を支持している。ここで譲歩すれば、左派からの支持さえ失ってしまうのではないか。その不安が、パク大統領の決断を鈍らせていた。
「とりあえず、例の動画で言及されていた『10年後のスタンピード』が本当かどうか、日本に確認してはどうですか。事実であれば日本を非難できますし、たとえ解答が得られなくても、知ろうとしたというアクションを起こすことで、青瓦台も無策ではないという姿勢を示せるでしょう」
「対日外交はそれでいいとして、問題は国内経済だ。大姜モーターズやルナンサムシクが解体し、未来自動車も本社移転予定地にダンジョンが出現したことで、特別損失を出している。このままでは国内の自動車産業は完全に消滅し、百万人を超える失業者が出るぞ」
「国債の追加発行と減税をセットで行うべきでしょう。またダンジョン冒険者を育成するための予算を追加することで、失業者の冒険者転換を促してはどうでしょう。現在の失業率であれば、買取価格をグラム100ウォンにしても冒険者になろうとする者も出るはずです。得られた魔石はストックしておき、いずれ水素発電が普及した時に輸出すれば大幅な利益も見込めます。とにかく、雇用を生み出さなければなりません。そのために、あらゆる政策を打つべきです」
「それと対北政策も発表しよう。口では威勢のよいことを言っているが、ダンジョン対策で悩んでいるはずだ。まずは『合同調査隊』を結成し、ダンジョンという共通する問題に取り組むことで、融和を図るべきだろう」
補佐官や閣僚たちの話し合いを、パク大統領は目をつぶって聞いている。大まかな方針が固まり、意見を求められたときにようやく目を開き、並ぶ閣僚たちを見渡して咳払いすると、大仰に頷いて方針に合意した。
【東京都江戸川区 松江高校】
船橋ダンジョンに潜るのは、もう少し周囲が落ち着いてからにする。それまで、ダンジョン・バスターズは横浜ダンジョンで、新人育成に取り組んでいた。正義、凛子、天音、寿人の4人が、それぞれ3人ずつの新メンバーを率いてダンジョンに入っている。念のため、彰と劉師父も同行させている。そして俺は、ダン対関連法案の通過を見越して「高校生」の採用に乗り出していた。
「今日の『探究』の時間は、最近話題の人に来ていただきました。ダンジョン・バスターズの江副和彦さんです」
茉莉からの依頼で、松江高校2年B組の授業で登壇する。「探究」というのは昨年から高等学校に導入された科目で、生徒それぞれが研究テーマを決めて、その進捗状況などを発表する時間らしい。昨年は7月からダンジョンが出現したため間に合わなかったが、今年は4月の授業から「ダンジョン」「冒険者」を取り上げる生徒が多数いるらしい。政府が「高校生の冒険者見習い登録制度」を導入しようとしているのも、その影響だろう。
「江副和彦です。あまりこういう場には出ないようにしてきましたが、可愛い親戚に説得されて、今日は皆さんの授業で講演します。彼女には、あとで学食を奢ってもらうとしましょう」
クラスメイトたちが茉莉に視線を向ける。俺はノートPCを操作してプロジェクターで投影されているスライドを動かした。俺が高校生だった頃とは隔世の違いがある。昔は黒板とチョークが当たり前だったのに、今ではホワイトボードが主流だそうだ。
「さて。ダンジョンと聞くと、どんなイメージを持つかな? 桐山君」
「はい、『クイドラ』ですね」
スマートフォンのゲーム名を挙げてきた。ボケだったのだろうか他のクラスメイトが笑う。俺も笑って頷き、解答を受け止める。
「なるほど。あいにく、私はオヤジなのでゲームはしないんだが、魔物を倒すという意味ではそうかもしれないね。他の人はどうかな? 安住さん」
最初は、全員の認識を確認するところから始める。ダンジョンについての情報はネット上に溢れているため、ほとんどの生徒が正確な情報を得ていた。
「全員がほぼ、正しい情報を得ているようだね。ダンジョンはレベル制ではない。試合に出るために練習するように、ダンジョンで活躍するには自分を鍛えなければならない。レベルが上がって強くなるのではなく、鍛錬に鍛錬を重ねて、ある水準を突破した時に『ランク』と呼ばれるものが上がる。当然、ステータスなんてものはない。ヒットポイントもマジックポイントも攻撃力もクリティカルもない。テレビゲームや異世界ファンタジーアニメと決定的に違う点がそれだ」
スライドを切り替える。ゴブリンと戦っている彰の写真が投影された。
「このように、ダンジョン内では魔物と呼ばれる存在が出現する。私は基本的に、魔物はロボットだと考えているが、見た目は生物に見えるね。このため、魔物を殺すことをためらう人も出てくる」
横浜ダンジョンの「エビル・ラビット」に切り替わる。女子生徒たちが可愛いと騒ぐが、次の瞬間、小さな悲鳴が上がる。アニメーションが動いて、愛くるしいうさぎの顔が夜叉になったからだ。
「冒険者を続けるうえで必要なことは、魔物に対する感情を捨てることだ。可愛いとか可哀想とか考えていたら、痛い思いをする。指先を怪我する程度ではない。生きたまま食い殺されてしまう。まぁ簡単には割り切れないだろう。どうしても感情を捨てられないときは、別の魔物と戦うことをオススメするね。たとえば、船橋ダンジョンの魔物はコレだ」
ゲジが画面に映ると、うぇっという声が複数漏れた。
「害虫駆除と考えれば、殺せないことはないかな? 少なくとも愛くるしいウサギよりも、戦いやすいんじゃないかな。このように、ダンジョンには多様な魔物が出現する。魔物はそれぞれ強さがあり、特徴がある。全ての魔物と一人で戦うことは不可能だ。だから冒険者たちはパーティーを組む」
講話はやがて、見習い冒険者登録制度の内容となった。法案作成においては俺も意見を出したので、詳しい内容まで覚えている。簡単に言えば、Dランクで安定して魔石を確保している冒険者パーティーに、パーティー人数の半分までの「16歳以上の子女」の同行を認めるというものだ。ただし、親の許諾を得なければならないし、細かく規定された誓約書へのサインも必要になる。また、学業を疎かにしないため、土日祝日のみ、ダンジョンに入ることが認められる。
「ブートキャンプが行われているため、横浜ダンジョンでは実質的には日曜日と祝日だけだね。他の冒険者もいるから、地上時間で最大1時間までになる。それでも、ダンジョンでは6日間を過ごすことになる。かなりキツイと思うよ?」
「質問してもいいですか?」
その時、男子生徒の一人が手を挙げた。俺はうなずき、座席表で名前を確認する。
「山岡君だね。どうぞ」
その生徒は立ち上がって、俺をまっすぐ見つめて質問してきた。
「木之内さんのように、ダンジョン・バスターズの見習いになるには、どうすれば良いのでしょう?」
「へぇ……」
俺は思わず、感嘆符を口にしてしまった。
【松江高校 山岡慎吾】
一年の時から、俺は木之内さんに憧れていた。彼女の姿をずっと見ていた。だから俺は確信している。彼女は既に、冒険者見習いとしてダンジョンに入っている。それも随分以前からだ。彼女は去年の夏休みが終わってから、急に明るくなった。以前から美人だったけれど、そこに華やかさと存在感が加わった。クラスメイトの話では、芸能プロダクションからスカウトされたこともあるらしい。当然だろう。正直、同じ高校生とは思えないほどに、木之内茉莉は美しすぎる。
「ダンジョン・バスターズでは、ダンジョンに入る『動機』を重視している。それは見習いでも同じだ。単純に面白そうだからとか、お金が欲しいからという理由では、ダンジョン・バスターズに加えることはできない。自分以外の誰かのため、あるいは何かのためという『利他』の志がなければ、ダンジョンで戦い続けることは難しいからだ」
江副さんは、俺の質問に答える形で、他の生徒たちに向けて説明した。そして俺に視線を向ける。
「どうしてもバスターズに入りたいのなら、あとで時間を取ろう。君の動機を聞こうじゃないか」
それで話は終わりだという感じで、江副さんは別の生徒の質問を受け付けた。着席すると、ふと視線が気になった。木之内さんが俺を見ていた。トクンッと心臓が高鳴った。
【江副和彦】
「俺は、木之内さんを守れるくらいに強くなりたい。それが理由です」
昼休みの時間、学校の一室を借りた俺は、先ほど質問してきた山岡慎吾君の話を聞いていた。予想通りの理由だった。彼は茉莉に惚れている。茉莉は見た目こそ高校生だが、たしかに同世代の中では突出して美人だ。授業中、壇上からクラスを見渡しても茉莉の存在感は際立っていた。彼のみならず、茉莉に憧れている男子生徒は多いだろう。
「茉莉に惚れているのか。で、告白したのか?」
「そ、それは……」
「ただ離れたところから見ていただけ……それでは落とせないぞ。真正面からぶつからないとな」
「でも、俺なんかが……」
若いな。そう思って肩を竦めた。フラレたらどうしよう、などと行動を起こす前から不安になり、結果何もできずに時が経過し、やがて離れてしまう。女にモテないヤツの典型だ。モテるための第一条件は、行動を起こすことだ。「お前が好きだ、付き合ってくれ」という言葉を吐けない奴は、一生涯モテない。
「勘違いしているようだから、それなりに女と付き合ってきた『先輩』として助言しておく。お前は、相手が自分のことを好きになってくれてから告白して付き合う……そう思ってないか? それは男の思考だ。男はイイ女を見たら一発で惚れる。だから女もそうだと思い込む。違うぞ。女は、好きになって付き合うんじゃない。付き合っているうちに好きになるんだ」
「でも、木之内さんは何度も告白されているのに、全部断っているって聞きました。俺が告白しても、どうせ……」
「だろうな。茉莉は外見だけの男は評価しない。考えてもみろ。茉莉の周りには誰がいる? 俺もそうだが、世界最強格闘家の宍戸彰や、他にも様々な男たちがいる。そのいずれも、親のスネを齧っている高校生じゃない。死にものぐるいでダンジョンに立ち向かい、命がけで魔物と戦う勇者たちだぞ。ノホホンと生きている男に魅力を感じないのも当然だろう」
「じゃぁ、どうしたらいいんですか。江副さんが俺の立場なら、どうするんですか?」
俺は苦笑した。40過ぎの男に「恋話」を持ってこられても困る。遊びで女を抱くことはあっても、本気の恋愛なんてもう10年以上もご無沙汰だ。だからバスターズのリーダーという立場で、条件を伝える。
「まず茉莉に告白しろ。軽い調子じゃないぞ。本気で、正面から『君が好きだ』とぶつかって、そして玉砕してこい。別に死ぬわけじゃないんだ。それすらできない弱虫が、ダンジョンで魔物と戦えるとは思えん」
俺は立ち上がって、未熟なチェリーボーイを見下ろした。困ったような、泣きそうな表情を浮かべている。そんなに難しいことか?
「きちんと告白したらバスターズの見習いにしてやる。ダンジョンで徹底的に自分を鍛えろ。茉莉を守れる男になるんだろ? その努力する姿を見れば、茉莉の心境も変わるだろう」
若い少年は迷い、そして頷いた。ほんの少しだけ、男の顔に近づいたような気がした。
ジョーカーについて、様々な感想、ご意見をいただきました。80年前のアメコミのキャラなので著作権は大丈夫かなと思っていたのですが、皆様から懸念をいただきましたので、名前を変えたいと思います。
ただ、キャラ自体を変えるつもりはありません。威厳溢れ、人々が畏怖する「いかにもな魔王」には魅力を感じないのです。むしろ「狂気の行動で人々を恐怖させる魔王」を描きたいのです。
名前はちょっと考えたいと思います。「ルシファー」なんてどうでしょうかね?
今後も応援、宜しくお願い申し上げます。




