第051話:二つの正義
大変お待たせを致しました。第三章スタートです。今回は少し、グロくて残酷な場面が出てきたりします。お気をつけください。
ベニスエラは国土面積90万平方km、人口3千万人の中南米の国家である。地下資源が豊富で、石油、天然ガス、ボーキサイト、鉄鉱、ニッケル鉱などを産出している。1970年代には、南米で最も豊かな国と呼ばれていた。だがその実態は、二大政党が密約を結んで政権運営を行う「プント・フィホ体制」と呼ばれるもので、民主主義の浄化機能を麻痺させるものであった。その結果、汚職が横行し政治が腐敗する。莫大な貿易黒字を出しながらも財政は悪化し、貧富の差は拡大した。
20世紀末、ベニスエラの軍人であり社会共産主義者でもあった「ウーゴ・チャパス」が大統領に就任する。南米の英雄「シモン・ボリバル」の名から「ボリバル革命」と呼ばれる急進的構造改革を行なった。貧困層への無料診療制度、大農場主から土地を収用し農民に分配する「農地改革」などを行うが、当然ながら富裕層や外国系企業がそのしわ寄せを受けることとなった。これを忌避したガメリカ合衆国がCIAによる工作でベニスエラのクーデターを企図したりもするが、チャパス体制は続き、徐々に反米・反資本主義色を強めていく。マスメディアの統制を強め、憲法を無視した三選を果たし、さらには憲法を改正して無限再選を可能にするなど、独裁色を強めていく。
だが、21世紀の革命家チャパスも病には勝てなかった。無限再選を可能とする憲法改正を行なったときには、彼は既にガンに侵されていたのである。貧困層の底上げ政策を行なったチャパスだが、それは市場主義否定、反自由主義の政策であり、格差拡大と貧困層増大、そして治安悪化という結果を招いた。
チャパス病死後に大統領の地位を就いだのが、副大統領であった「カルロス・マドゥーラ」である。彼はチャパスの「反米・反市場主義」を引き継いで社会共産主義路線を進むが、原油価格の下落や物価統制の失敗などから経済が混乱し、ついには総選挙によって野党が第一党を占めることになる。だが既存の法と秩序を重んじる保守派とは違い、新たな体制を目指す革新派は、手にした権力を簡単に手放そうとはしない。議会の3分の2の議席を失ったマドゥーラは、驚くべきことに最高裁判所を使って議会そのものを制限するようになった。ついには最高裁判所に立法権を代行させるなど、近代政治の大原則である三権分立の思想は完全に崩壊した。
ベニスエラ議会は大統領弾劾を叫び、首都カラカスでは大規模なデモが発生する。ベニスエラ議会は、国民議会委員長であった「ニコライ・クライド」を暫定大統領として承認し、G7各国もクライドを大統領として承認した。一方、ルーシー連邦や大東亜人民共産国、大姜王国はマドゥーラを大統領として承認しており、一国に2人の大統領という異常事態が政治をさらに混乱させ、ベニスエラは急速に衰退しつつある。
【ベニスエラ首都 カラカス】
そこら中に銃弾が飛び交い、人々の悲鳴がこだまする。ベニスエラ首都カラカスは、警察、軍、魔物が三つ巴になって戦う地獄と化していた。その地獄の中、鼻歌を唄いながら陽気に歩く「ピエロ」と、その後ろに付き従う「青髪の少女」がいた。
「ん~ 絶景、絶景……おや?」
大通りを歩くピエロは、物陰に隠れて震えている10歳くらいの女の子を見つけた。ピエロダンスを踊りながら近づく。
「お嬢ちゃん、迷子かなぁ? ここはちょっと危ない場所だよ?」
「ぁ……でも、お花……」
ピエロは首を傾げて覗き込む。小さなバスケットに花束が幾つか入っていた。どうやら街中で花を売っていたようだ。一瞬、ピエロの目が細くなり、そしてまた笑い始める。
「丁度良かった! 実はピエロさんは、これから人に会うんだけど、お土産が欲しいと思っていたんだよ。そのお花、ぜーんぶ買っちゃう。お幾らかな?」
「その……食べ物……」
ハイパーインフレーションのベニスエラでは、通貨など紙切れと同じである。ピエロは頷くと、懐をゴソゴソと探した。そして……
「ジャジャーン! 手品だよぉ」
懐から1メートル近くあるバゲットとアルミに包まれたバターの塊を取り出した。花束を貰うと、空になったカゴの中にバターを入れ、バゲットを渡して少女の頭を撫でた。
「さぁ、これからちょっと騒がしくなるから、早くお帰り」
「あ、ありがとう!」
少女は満面の笑みになり、急いで走り出した。その後ろ姿にピエロは手を振る。青髪の少女が無表情のまま、ボソっと呟いた。
「優しい?」
「笑いを届けるのがピエロの役目。この殺戮と混沌の街角での小さな笑顔。文学的だろ?」
「その殺戮と混沌をもたらした本人が言うこと?」
皮肉を無視して、ピエロは大通りの中央に戻り、少女が逃げた方向と反対側に顔を向けた。顔のペイントこそ笑っているように見せているが、その瞳には狂気の光が浮かんでいる。トランプのように札を広げて両手に持ち、それを宙に舞わせる。ボンッという音とともに、大通りに魔物たちが落ちてくる。
「さぁ、ショーの始まりだよぉっ! ミーファ、ミューズィィックッ!」
青髪の少女はどこからともなくラジカセを取り出し、CDをセットした。ラテン系の陽気な曲が流れ始め、ピエロが踊り始める。同時に魔物たちが一斉に大通りを駆け始めた。目指すは首都カラカスに駐留するベニスエラ陸軍第三歩兵師団の駐屯地である。マラカスを持ったピエロは踊り続ける。
〈みんな俺を魔王と呼ぶ そう俺は魔物の王さ 俺がマラカスを振れば 美女たちを泣かしちゃう そう俺こそ魔王さ 俺はダンジョンじゃ人気者 俺が踊り始めれば 誰もが泣いちゃう叫んじゃう〉
銃声が大きくなり、幾つかの爆発が始まる。やがて人の悲鳴が混じり始める。だがピエロは気にする様子もなく、陽気に踊り続けた。
【防衛省ダンジョン冒険者運営局 江副和彦】
ベニスエラの混乱とその首謀者と思われるピエロ姿の男「ジョーカー」の動画を見ている。大氾濫までの期限をアッサリとバラしたジョーカーは、ひとしきり笑った後も演説を続けていた。
〈……タイムリミットは10年、この情報を先進国の奴らは隠してるのさ。なぜかって? バレたら大混乱でモノが売れなくなり、企業が倒産しちまうからさ。自分たちが金儲けするためには、今のままの秩序のほうがいい。それが連中の考え方なのさ〉
「拙いわね。西田事務次官に大至急、連絡して。それと首相官邸にも!」
石原の指示で、局員たちが動き始める。俺は黙って目の前のピエロを見つめていた。
〈国連ではみんなでグループセラピーやって、ダンジョンを討伐するって決めたそうだな。そりゃ結構なことだ。10年後に人類が滅びちまう。なんとかしねーとってわけだ。だがよーく考えてみろ。もし10年後、ダンジョンを討伐し終えていたら、世界はどうなってる? お前はどうなってる?〉
〈ようやく国家を作ったのに、ガメリカにボコられて壊滅寸前の原理主義者諸君、もともとは白人たちのせいなのに、面と向かって非難もできず、端金の援助物資でなんとか食いつないでいるアフリカの人たち。そして東西冷戦のせいで右へ左へと動いた結果、明日をもしれぬ混乱に喘いでいるベニスエラの貧民諸君。お前らに10年後があるか? 10年後が見えるか?〉
〈このままいけば、10年後は先進国の連中が世界中のダンジョンを押さえ、俺たちは「魔石鉱山夫」として働かされる世界になる。連中がダンジョン討伐に懸命なのは、今の利権を守り、さらに利権を拡大できると思っているからだ。俺たちはどうだ? 今でも貧しく、苦しい。そして10年後も貧しいままだろう。ダンジョン討伐は結局、連中だけの都合、連中だけの利益なんだよ。ハンバーガーの大食い競争やグルテンフリー食なんて贅沢ができる奴らのために、今日の飯にすら困ってる俺たちが、なんで協力しなきゃならねぇんだ?〉
〈俺たち人類は、進む方向を間違えちまったんだよ。どうせ先も暗いんだ。俺たちを苦しめてきた奴らに、一泡吹かせねぇか? ダンジョンを国有化し、最下層で討伐した時に魔物大氾濫をオンのままにする。それだけでいい。それだけで10年後、奴らを道連れにできる。このままではジリ貧なんだ。何百年もの恨みを晴らしてやろうぜ〉
動画を見終えると、石原が吐き捨てた。
「破滅主義者ね。冗談じゃないわ!」
若い局員たちが一斉に同調する。ジョーカーの言っていることはとどのつまり、人類みんなで仲良く死にましょうということだ。究極の平等、究極の博愛主義だ。
「死にたいのなら一人で勝手に死ねばいい。俺たちを巻き込むな!」
「ガメリカに働きかけて、国連軍でベニスエラを討つべきです。この国は危険です」
「それと外務省も動かして、IDAO加盟国の結束を強化すべきだろう。あんな演説で動くとは思えないが、大氾濫のタイムリミットを隠したことで、不信感が広がりかねない」
局員たちが口々に叫ぶ。だがそれは内心の不安を払拭するためのように感じた。魔物大氾濫のリミットを暴露された以上、浦部内閣は危機に陥る。野党の突き上げは無論、国際社会からも「自分たちを騙したのか」と非難されるだろう。
「とにかく、総理への連絡が先よ。頭のイカレた『NO浦部』の連中が、ジョーカーの演説に賛同しかねないわ」
石原が矢継ぎ早に指示を出す。確かに、浦部内閣は野党に責められるだろう。だが説明すれば国民の大半は納得する。10年後に人類が滅びるなんて公表したら、世界中が大混乱に陥る。いずれ公表するにしても、ダンジョン位置が明確になるまでは隠すべきと判断したと正直に言えば、理解を得るのは難しくない。
「江副さん、貴方はどう感じたかしら? あの狂人を見て」
石原に顔を向けると、俺に何を期待しているのかは理解できた。ここで悲観的なことを言っても仕方がない。局員たちを後押しする言葉が欲しいのだろう。
「死んでひと花咲かす? まさかベニスエラ人にカミカゼ精神があるとは思わなかったよ」
わざと剽げたフリをして場を和ませ、そして顔を引き締める。
「人類を救おうとする俺たちと、人類を滅亡させようとするジョーカー……どちらが『正義』かは5才児でもわかる。石原局長、そして皆さん。これから色々と大変でしょうが、踏ん張ってください。必要なら、いくらでも国会で証言しますから」
石原は頷いて手を叩いた。局員たちは一斉に駆け出した。
「それで、実際のところ貴方はどう感じたの?」
局員たちが慌ただしく動き始めた後、局長室に入った俺に石原が問いかけてきた。先ほどは局員たちを鼓舞するためにジョーカーを完全否定する強気な発言をした。だが俺の内心には得も言えぬ不安が広がっていた。それを察したのか、石原は俺の答えを待たずに呟いた。
「力を手にした狂人による『ただの愉快犯』だったら良かったのだけれどね……」
「そうだな。狂っているように見せているが、奴は正気だ。ジョーカーという男の人生になにがあったのかは解らない。もし生まれた場所が違っていたら、きっと平穏な人生を過ごしていたんだろうな」
「なまじ正気だから厄介ね。ジョーカーは本気よ。きっと悩みに悩み、考えに考えた末に辿り着いた結論なんだわ。説得は不可能。ダンジョンを討伐して人類を救うことが正義と信じる私たち。大氾濫を起こして人類を滅亡させることが正義だと信じるジョーカー……我々とあの男とは、決して交わらない。殺すしかないわ」
ため息をついて頷いた。ダンジョン内の魔物であれば、いくらでも殺してやる。地上に溢れ出てきた魔物も例外ではない。だがジョーカーは俺と同じ人間だ。魔物を殺すことと人を殺すことはまるで違う。できることなら「殺人」だけは避けたい。
しかし、俺とあの男は解り合うことはできないだろう。言葉を交わすことはできる。互いの信念、主張を意見交換することもできる。だが相手を受け入れることはできない。妥協点は、一切ないのだ。
「この世には絶対正義はない。だから、戦争が無くならないのだろうな」
「5千年後も、人類は戦争しているわよ。男女で、隣近所で、企業間で、国家間で……それがヒトという生き物の業なのかもしれないわね」
「いずれジョーカーとは決着をつける時が来る。奴を殺せるのは同等ランク以上の冒険者だけだ。あの男は、俺が殺す」
石原も忙しくなる。しばらくは会えないだろう。俺は出現した他のダンジョンの調査と船橋ダンジョン討伐に乗り出すことを伝えた後、最後に自分の決意を告げて転移した。
ジョーカーの動画は数日間で瞬く間に世界に広がった。鹿骨の拠点にもマスコミが大勢押しかけてくる。
「江副さん、ジョーカーを名乗る男が10年後に大氾濫が起きると言っていますが、本当ですか!」
「ダンジョンを討伐したアンタらなら知ってるだろ! 国民を騙してたのか!」
俺は、新聞記者やマスメディアの人間というのは基本的に「度し難い」と考えている。コイツらに社会の公器という自覚は皆無だ。カネになりそうなネタを面白おかしく報道し、それで誰が傷つこうがまったく構わないと考えている。そして報道姿勢を批判されると「報道の自由」だの「メディアの社会的使命」だのと言い訳する。社会の公器という言葉は、このハイエナどもが被っている皮に過ぎない。
「知りたいのならダンジョンに潜って確認すれば良いでしょ。なぜ、ダンジョン内を『取材』しないんですか? ジャーナリストを自称するなら、命がけで最下層を目指すべきでしょう」
あまりの取材攻勢に、イラついてそう言ってしまった。その発言がワイドショーに流れ、コメンテーターたちが俺を批判する。
〈大氾濫の問題は、全人類の問題でしょう。この人はそのことを理解しているんですかね?〉
〈お金目的なんでしょ。ジョーカーが言っていたとおり、10年後なんて知られたら社会が混乱する。だから黙ってる。正直、少し卑しいと思いますよ〉
ここぞとばかりにコメンテーターたちが批判してくる。アホとしか思えん。俺が「10年後だ」と言っても、どうやってその証拠を得るつもりだ? 10年ではなく100年後だと言ってやろうか。どうせ奴らに証明なんてできないんだから……
「参ったな。これじゃぁ飲みにすら行けないぞ」
「いや、兄貴はこれまで目立ちすぎたから、少し大人しくしていたほうが良いよ」
ダンジョン・バスターズの本社にある食堂で酒を飲みながら、彰に愚痴をこぼす。これからバスターズの規模を拡大しようと思っていた矢先でこの騒ぎだ。ネット上ではバスターズへの批判と、大氾濫の時期を黙っていたのは当然という意見と二分されているらしい。
「江副氏の指示でネット工作はしていないけど、EU圏では徐々に落ち着いてきてるみたい。やっぱクルセイダーズの存在は大きいよね」
「バックが宗教だからな。ヨーロッパの、特に大陸側の人間の精神的象徴はバチカンだ。教皇や枢機卿が押さえに回っているんだろう」
「さすがに、陛下にお願いするってわけにもいかないよね」
日本国の皇室は、国政には口を出さない。口を出してはいけない。日本民族の精神的象徴として権威の存在であり続けてきた「歴史的な知恵」である。だが、およそ2700年の日本国史の中でも、ほんの僅かな回数だが、政治に関わったこともあった。不敬かもしれないが、それを期待できないだろうか。
「さぁ、焼き上がりました」
ダンジョン・バスターズで働き始めた木乃内詩織が、香ばしい匂いを運んできた。ピザ・マルガリータである。茉莉の母親は苦しい家計を自炊でやりくりしてきたためか、かなりの料理上手だ。バスターズでは食い物に掛けるカネには糸目をつけない。彼女にはふんだんに予算を出しているが、とても使い切れないらしい。このピザソースも彼女の手作りだ。
「江副さん、良いお知らせです。美味しそうですね」
総務部長の向井純平が紙を持ってきた。俺は差出人を見て、思わず眉を上げた。それは、宮内庁長官からの「招待状」であった。
【ベニスエラ エルロデオ刑務所】
チャパス前大統領をして「地獄の入口」と称したベニスエラの刑務所は、一度投獄されたら生きて出ることはほぼ不可能だ。刑務所の管理者は不在同然で、ギャングが実権を握っている。1年間で500人以上が「事故死」し、地下には大量の麻薬貯蔵庫まである。
「さて、誰が投獄されているのかすらもう解らないようだから、取り敢えず名前を呼ばれた人は中庭にでてきなさーい! 出てこないと、可愛い魔物たちが皆を食べちゃうよー!」
首都カラカス近郊にある刑務所の周囲を魔物が取り囲み、アサルトライフルを持ったゴブリンや大型の狼を従えたジョーカーが、拡声器で呼びかける。殺人すら厭わないギャングたちも、魔物の出現には縮み上がっていた。ジョーカーが名前を読み上げるが中々出てこない。ジョーカーは目を細めてタバコに火を付けた。一本を吸い終わりそうなころ、騒ぎが起き始める。屈強な体躯をした男たち数人が前に出てきた。その後ろには、ジョーカーが名前を読み上げた犯罪者らしき男たちが連行されている。
「俺はシモン・クラウディオ、ここのまとめ役をしている。コイツらは、アンタが呼んだ奴だ。一人はもう死んでいるがな。アンタ、ジョーカーって奴だろ? テレビに顔を出していたな」
「自己紹介の手間が省けて助かる。後ろの奴を引き渡してくれるか?」
「一応、確認したいが、コイツらをどうするんだ?」
ジョーカーは嗤って、吸い終えたタバコを捨てた。
「コイツらは幼女強姦魔だ。麻薬密売、強盗、誘拐、殺人……大いに結構! だが子供に手を出す奴だけは気に入らないんでね。麻酔無しで去勢してやる」
ジョーカーは右手を振った。唸り声を上げて待機していた狼が、拘束された男たちの股間に一斉に襲いかかった。甲高い悲鳴が刑務所内に響く。周りの男達は唖然としていた。股を血まみれにして倒れ込んだ男たちに、ゴブリンがライフルを向けた。
「さて、お前らはこれから自由だ。どうせあと10年しか生きられない。法律なんてものは廃止する。好きなだけ奪い、犯し、殺していいぞ。だが15歳未満の子供には手を出すな。これは俺が決めた唯一のルールだ」
処刑を終えたジョーカーは、拡声器で呼びかける。自分たちは安全だと思ったらしく、犯罪者たちは少しずつ、ジョーカーに近づいてきた。シモン・クラウディオが低い声で尋ねた。
「俺は子供には興味ないが、なぜ15歳未満に手を出してはいけないのか、教えてくれないか?」
「残り10年、みんな好きなように笑って生きればいい。だが子供は一人では、好きなように生きることができない。子供を守り、笑顔を与えるのは大人の義務だ」
「……アンタ、怖いのか優しいのか解らんな」
シモンは少し困惑した表情で呟いた。そこに周囲から声が響いた。
「ヘッ……なんでテメーの決めたルールに従わなきゃなんねぇんだよ!」
分厚いナイフを持った男が挑発するように笑っている。ジョーカーはステップを踏みながら男に近づいた。軽い口調で返答する。男の肩をポンと叩き、周りの男たちに顔を向ける。
「威勢がいいな! 見込みのある男だ」
だが次の瞬間、ジョーカーの右手が男の胸を貫いた。引き抜くと脈打つ心臓を握っている。男は呆然とした表情で、口から血を溢れさせた。
「だがバカだ。従いたくないんなら、挑発する前に俺を殺せ」
心臓をグシャリと握りつぶす。男は白眼を剥いてカクンと崩れ落ちた。ポケットチーフを取り出して右手を拭いながら、ジョーカーは首を傾げて震え上がる男たちを見渡した。
「なにをしているんだお前ら。警察なんてもういないぞ。外には美女たちが股を濡らして突っ込まれるのを待ってるんだ。好きなだけ喰らえばいい。それともお前ら、ゲイなのか?」
犯罪者たちは顔を見合わせ、そして一斉に駆け出した。タバコを咥えたジョーカーにシモンが火を差し出した。一瞥してそれを受け取る。フゥと煙を吐くと、側に立ったまま動かない男に問い掛けた。
「お前はいいのか? このままじゃ、いい女は喰い散らかされて、残飯しか残らんぞ?」
「俺は一度、死んだ男だ。できれば、アンタに付いていきたい。アンタの行く末をそばで見ていたい。連れていってくれ」
「好きにしろ。まぁ退屈だけはしないだろうよ」
略奪と暴行の坩堝と化したカラカスの街を魔王と従者はゆっくりと歩いた。
Q.ジョーカーはどうやって強くなったのか? その正体は?
A.設定はしていますが、今のところ「なろう」で書く予定はありません。彼はどのような人生を送ってきたのか。何を見て、何を感じて、どのような思考の末に今の「正義」に辿り着いたのか。書籍化打診を頂いておりますので、出版される場合は「書籍版サイドストーリー」にするかもしれません。




