第005話:ガチャ機能を検証しよう
「グモォォォォッ!」
オークの拳をかい潜り、膝に棍棒を叩きつける。ガクンッと崩れたところで、頭部を叩き潰す。一発や二発では煙にならない。俺は夢中になって棍棒を振るった。やがてオークが消え、千円札へと変わる。
「やはりこの戦い方だな。武器を持たないオークは、その膂力にまかせて殴りかかってくる。相手を殴るときに最も重要になるのが足、特に親指の踏ん張りだ。膝の力さえ抜いてしまえば、オークの拳は怖くない。もっとも、第一撃が蹴りである可能性もあるから、もう少し検証が必要だな」
オークを倒すごとに検証を重ねる。体験し、それを咀嚼して経験に変え、そこから法則や教訓を導き出す。ビジネスにおける学習方法は、ダンジョンでも有効だった。時間を掛けて、数十体のオークを倒していく。いまは数よりも「戦い方の質」に拘りたい。
「この分ならば、思った以上に早く第三層へと進めますわね」
朱音が用意してくれたカレーを食べながら、今日の戦いぶりを振り返る。これはゲームではない。「経験値を稼げばレベルアップで強くなれる」などという甘ったれた世界ではないのだ。明確な方針と実現可能な計画を立て、実行段階では効率と品質に拘り、そしてちゃんと検証する。一定以上に昇進するビジネスマンは、ほぼ全員が必ずやっていることだ。
「もうしばらくは、この第二層で戦い続けたい。少なくともDランクに上がるまではここで戦うぞ」
「いよいよ、人間の限界に手を掛けられるのですね? 私もお助け致します」
朱音が言うには、ランクのうちF、E、Dは人間の領域だそうだ。Fは一般人、Eはアスリート、そしてDは稀代の格闘家や伝説級の戦士らしい。呂布奉先や塚原卜伝などが、きっとDランクなのだろう。
三杯目のカレーを食べ終え、サプリメントのボトルを手にした。強化因子は身体強化を誘引するが、それだけでは強くはなれない。タンパク質、カルシウム、ビタミンなどの栄養素を摂り入れなければならない。ダンジョン内では十分な食事ができないため、サプリメントを使っている。
「朱音は既にDに達しているようだが?」
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【名 前】 朱音
【称 号】 妖艶なるくノ一
【ランク】 D
【レア度】 Legend Rare
【スキル】 苦無術Lv4
索敵Lv4
性技Lv3
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性技のレベルが上っているのは「大人の事情」によるものだ。美しくも妖艶な女性から毎回のように誘われているのに、それを全て拒むほどには俺は老いてはいない。
「私はダンジョン・システムに組み込まれたキャラクターカードです。強化因子を吸収するだけで自然と強くなっていきますわ。和彦様と共にあれば、いずれSSSにも達するやもしれません」
朱音は全カードの中でも最高価値である「Legend Rare」のカードだ。LRカードは全部で108枚存在し、全てがキャラクターカードらしい。ガチャで出現する可能性はあるが、もう少し検証が必要だ。
「ランクDのオークでは、カード出現率は1%程度だ。察するに、カード出現率は魔物のランクと自分のランクによって変動する。オークのほうが俺よりもランクが上だから、出現率が低いのだろう」
「ですが、和彦様は加速度的に強くなっていらっしゃいます。そう遠くないうちに、Dランクへと上がられるでしょう。肉体年齢も若返っていらっしゃいます。いまの和彦様は、どう見ても三十過ぎですわ」
ボディービルダーのようにムキムキになっているわけではない。だが筋肉が凝縮しているような感覚がある。肉体そのものが生まれ変わったようだ。
「さて、ではもう一回りするか。いつもどおり、ゴブリンを百匹倒してから第二層に行くぞ」
「はい」
棍棒を肩に載せ、俺はつかの間の休息を終えた。
地上の一時間が、ダンジョンでは144時間、6日分になる。途中でシャワーを浴びたりするので、俺のサイクルとしては、地上の3時間がダンジョンで6日分といったところだ。経営コンサルタントである以上、クライアント先への訪問などもあるため、仕事日は地上時間で3時間~4時間のダンジョン探索をして後は家で過ごす。デスクワークはダンジョン内で終わらせているため、自由になる時間が多い。
「ダンジョン時間6日間で得られるドロップ報酬が160万円~170万円。エネルギー代や食費などが10万円として、1日で150万円の利益。休日を入れた30日間なら5千万円はいくな。だが青色確定申告なら半分は税金として持っていかれる。どうしたものかな」
およそ11年後に世界は滅びる。そう考えると納税などバカバカしく思えてしまう。だが滅亡を回避するためには、仲間を集めるしか無い。俺一人で全世界666のダンジョンをすべて潰すなど不可能だからだ。
「Dランクになったら、スキル『誘導』を獲得するか。それで隣近所の家々を買う。この家を含めて建て直し、パーティーメンバーたちが居住できるようにする。そしてダンジョン攻略の専門会社を設立し、世界中のダンジョンを手に入れていく……」
異空間に存在し、時間が早く経過するダンジョンは、魔物さえ出なければ素晴らしい空間であった。たとえば食品発酵などはどうしても時間が掛かる。それをダンジョンで行えば、大幅なコスト削減が図れるだろう。
「取り敢えずはダンジョンからの収入の『合法化』と、ダンジョン攻略専門会社の設立を目指そう。ランクが上がれば、稼ぎも増えるだろう」
目の前にある3百万円の札束を金庫に入れ、寝室へと向かった。
「いや、さすがに月額1千万のコンサル契約なんて無理だよ。税務署に目を付けられちまう」
幼馴染のパチンコチェーンオーナー岩本は、最初は俺の申し出に興味を示したが、金額を聞いて手を横に振った。
「カズちゃんの話は興味深いけど、そのやり方ならせいぜい、月額3百万円が限界だね。売れっ子のコンサルタントは、それくらいの金額で契約する。その額で良いなら、引き受けるよ。俺の知り合いの中でも、特に信頼できる経営者が何人かいるから、彼らにも声をかければ1千万以上になるんじゃないかな?」
「ありがとう、岩ちゃん。この金は決して疚しいものじゃない。それだけは信じてくれ」
「信じるよ。というか、カズちゃんが非合法なんてするわけないからね。そんな奴なら、納税義務が発生するこんな話を持ってくる訳ない」
七歳からの友情は堅い。岩本はその場で、契約書を作成してくれた。その場で半年分の一八〇〇万円を机に置く。
「半年分だ。月3百万円ずつ、コンサルティング料として振り込んでほしい」
「ウチにとってはメリットしかないね。年間3千6百万円の経費が発生し、その分節税できる」
脱税のように見えるかもしれないが、国に1千8百万円の税金が、ダンジョンから入るのだ。俺の中に罪悪感はない。
「近日中に、俺の知り合いを紹介するよ。これだけの節税ができるのなら、みんな必ず乗ってくるはずさ」
友情の握手を交わした後は、久々に二人で飲みに行く話となった。
最初にダンジョンに入ってから、早いもので1ヶ月が経過しようとしていた。屠ったオークはもうすぐ2万に届く。オークカードも百枚を超えた。そろそろ、ガチャの検証を始めるべきだろう。
「では、ガチャを始めるぞ。ステータスオープン」
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【名 前】 江副 和彦
【称 号】 第一接触者
【ランク】 E
【保有数】 100/∞
【スキル】 カードガチャ(11)
回復魔法
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まずゴブリンカード100枚で、次にオークカード100枚でそれぞれ11回ずつ回す。カードのレアリティによりガチャの結果が変わるかを検証する。
「ではまず、ゴブカードで……」
「回すのは、アイテムですか?」
当然、アイテムである。現時点で武器や防具を変える必要はないし、キャラを増やす必要もない。この1ヶ月間でもっとも消費したカードはポーションなどのアイテム類なのだ。ステータス画面からカードガチャを選択し、11回を回す。
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【名 称】 ポーション
【レア度】 Common
【説 明】
無味無臭の一般的なポーション。
飲めば風邪薬、掛ければ傷薬として有用。
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【名 称】 ポーション
【レア度】 Common
【説 明】
無味無臭の一般的なポーション。
飲めば風邪薬、掛ければ傷薬として有用。
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【名 称】 マギ・ポーション
【レア度】 Common
【説 明】
無味無臭の一般的な魔力回復薬。
飲めば魔法力を少しだけ回復させる。
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【名 称】 ハイ・ポーション
【レア度】 Un Common
【説 明】
内臓に届く重度の切傷や脳の損傷などの
重傷にも効く、効果の高いポーション。
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【名 称】 ハイ・ポーション
【レア度】 Un Common
【説 明】
内臓に届く重度の切傷や脳の損傷などの
重傷にも効く、効果の高いポーション
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【名 称】 麻痺回復薬
【レア度】 Common
【説 明】
身体が痺れて動けなくなる「麻痺状態」
から回復するための薬。
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【名 称】 おしゃれなイヤリング
【レア度】 Common
【説 明】
宝石職人が片手間で作ったイヤリング。
見た目だけで効果はなにもない。
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【名 称】 解毒薬
【レア度】 Common
【説 明】
毒蛇に噛まれたり毒キノコを食べたりした
ときに有効。全ての毒に効くわけではない。
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【名 称】 時間停止結界
【レア度】 Un Common
【説 明】
部屋の八隅および出口に呪符を貼ることで、
セーフティーゾーンの時間を止めることが
できる。誰かが入ってきたら解除される。
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【名 称】 ただの水筒
【レア度】 Common
【説 明】
獣の皮で作られた丈夫な水筒。水を
二リットル入れることができる。
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【名 称】 おしゃれなペンダント
【レア度】 Common
【説 明】
宝石職人が片手間で作ったペンダント。
見た目だけで効果はなにもない。
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「11回やって、UCが三、Cが8……確率的には前回と同じか。では次に、オークカードで11回やってみよう。ランクFとランクD、差が出るはずだ」
俺の中に、密かな期待がある。オンラインゲームでガチャに夢中になる人がいるそうだが、彼らの中にもそうした「期待」があるのだろうか。まるで宝くじを買うような気分だった。
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【名 称】 ポーション
【レア度】 Common
【説 明】
無味無臭の一般的なポーション。
飲めば風邪薬、掛ければ傷薬として有用。
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【名 称】 毛布
【レア度】 Common
【説 明】
獣の毛から作られた毛布。とても暖かい。
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【名 称】 ハイ・ポーション
【レア度】 Un Common
【説 明】
内臓に届く重度の切傷や脳の損傷などの
重傷にも効く、効果の高いポーション。
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【名 称】 ハイ・ポーション
【レア度】 Un Common
【説 明】
内臓に届く重度の切傷や脳の損傷などの
重傷にも効く、効果の高いポーション
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【名 称】 ハイ・マギ・ポーション
【レア度】 Un Common
【説 明】
マギ・ポーションと比べて魔力回復量が
高いポーション。無味無臭。
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【名 称】 使い捨て結界
【レア度】 Un Common
【説 明】
ダンジョン内で結界を張ることができる。
結界内には魔物は入れない。使い捨て。
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【名 称】 誓約の連判状
【レア度】 Un Common
【説 明】
どんな約束事でも一つだけ絶対遵守させる
ことができる連判状。当然、自分もその
約束事を遵守しなければならない。
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【名 称】 魔法の革袋
【レア度】 Un Common
【説 明】
およそ10立方メートルの収容力がある
革袋。袋内は外部と同じ時間が経過する。
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【名 称】 ラッキー・リング
【レア度】 Un Common
【説 明】
ほんの少しだけ運気が向上するかもしれない。
ドロップ率に効果あり?
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【名 称】 ウフフなローション
【レア度】 Un Common
【説 明】
大人の男女が使うローション。癒やし効果
がとても高い。使い捨て。
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【名 称】 ドロップ・アップ・バンド
【レア度】 Rare
【説 明】
魔物がカード化する確率が10%向上する。
持っているだけで効果あり。
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「やはりな! 朱音、見てみろ。ゴブカードとオークカードでは、結果に明らかな違いがある!」
予想通りの結果と、期待以上の成果に、俺は興奮してしまった。
「Fランクカードでは、Cが8割、UCが2割だった。Dランクは、Cが2割、UCが7割、Rが1割ってところか? となるとEランクはCとUCが半々くらいなのだろう。Cランクカードなら、UCとRが半々になるかもしれん」
俺は喜々として、結果を表計算ソフトに入力していった。だが朱音は、ある一枚を手にし、スッとそこから離れた。俺は止めようとして止めた。久々に、エアベッドを用意したほうが良いだろう。
私が召喚されてから地上時間で1ヶ月が経過しました。主人である和彦様は、精力的にダンジョンに潜っておられます。そのお陰で、程なくしてランクもEランクへと上がられました。一つの区切りを迎えられた和彦様は、それ以降は私のことも、精力的に求めてくださいます。
和彦様は計画と計算を重視されます。まずはゴブリンを100匹倒し、それからオークを狩り始めるのですが、四時間という時間を区切って、倒した数を計算されます。ゴブリン100匹程度なら、一時間もあれば狩れるようになりました。オークについては、最初こそ慎重に戦っておられましたが、やがて慣れ始めると速度も重視されるようになりました。およそ13時間で狩りを終えられると、まずはシャワーを浴び、その後はダンジョン一階のセーフティーゾーンで私と一緒にお休みになられます。
ダンジョン時間でおよそ144時間後、和彦様は地上での仕事に戻られます。時間感覚を狂わせないためとのことで、地上でも必ずお休みになられています。表計算ソフトなるもので、常に時間と成果を管理し、私でさえ知らないダンジョン・システムを解き明かそうとされています。そう。スキル「ガチャ」についてです。
召喚前に記憶が浄化されているとはいえ、Legend Rareのキャラクターとしてダンジョンについては一定の知識を持っています。ですが「ガチャ」というスキルは存じませんでした。モンスターカードを交換するというスキルは一見すると有効ですが、苦労して集めたカードと引き換えに出てきたのは「ポーション」などの一般的なアイテムでした。ご主人様も密かに失望されていました。
「カードのレアリティによってガチャの出現率が変化する」
ご主人様が唱えられた仮説は、確かにありえます。私も詳しくは存じませんが、ダンジョン・システムは、自律的に学習していきます。ご主人様と私の会話も、ダンジョンに聞かれているのです。世界を理解し、必要な機能やスキルを創造するのがダンジョンです。そのダンジョンが生み出した新スキルが、そんな陳腐なはずがありません。
オークを倒されること1万以上……ご主人様は再び、ガチャを回されました。その結果は私も驚きました。「ハイ・ポーション」は回復薬としては一般的ですが、決して安くはありません。また、見たことがないアイテムも複数、ありました。特に、私の目を惹いた一枚は、和彦様を悦ばせるのに役立ちそうです。
私はそっと手を忍ばせ、その一枚を懐に入れました。和彦様もお気づきのようでしたが、何もおっしゃいません。あぁ、私は手癖の悪いくノ一でございます。お詫びに今宵は、骨抜きにして差し上げますわ~
東京都江戸川区鹿骨町に最初にダンジョンが出現してから1ヶ月と少し。正確には、Aランクダンジョン「深淵」が起動してから「315万5760秒」が経過したある日、ロンドン、パリ、ニューヨーク、シカゴ、大阪、シドニー、ソウル、北京など全世界の主要都市67箇所に、人が入れるほどの洞窟が一斉に出現した。
出現場所は様々で、ビルの地下駐車場の場合もあれば、交差点の中央という場合もあった。混乱を恐れた各国政府が情報統制を行ったが、インターネットが普及している現代社会で、街中にいきなりダンジョンが出現したら、隠し通せるものではない。数週間で、それが「いわゆるダンジョン」であることが判明した。科学文明の世界に幻想世界が入ってきた。一部には、熱狂した者もいたが、多くの人々が最初に感じたのは不安であった。
この先、世界はどうなるのか。この時点で見通していた者は、全世界に僅か一人だけであった。