第037話:ダンジョン・コアの機能
【栗田秀樹】
私の名は栗田秀樹、防衛省下の組織「防衛装備庁」内に設置された「ダンジョン技術研究センター」の研究員だ。魔石やカード、ポーションや他の未知のアイテムなどを検査したり、ダンジョン内を測定したりしている。いわゆる「ダンジョン研究者」だ。
科学の世界に身を置く者にとって、ダンジョンはまるでおもちゃ箱だ。物理法則が地球とはまるで違う。例えば時間である。地上と比べて144倍の速度で流れるのに、重力は同じなのだ。一般相対性理論と明らかに矛盾する。ステータス画面というのもそうだ。黒枠に白文字で表示されるが、ディスプレイのような「物体」が出現するわけではない。本人にしか見えないというのなら、まだ納得できるが、ステータス画面は他者も見ることができる。つまり光を反射し、眼球から入った信号を脳が変換しているとしか思えない。だが計測しても物体は存在していないのだ。
このように、これまでの科学では説明がつかない事象が見受けられることから、ノーベル賞受賞学者から市井のアマチュア研究者まで、世界中の科学者がダンジョンの調査に乗り出している。既にガメリカの大学では「ダンジョン工学」なる分野まで誕生している。当然、我が国でも幾つかの大学が研究センターを設置し、活発な情報交換が行われている。
そして今、私は感動に震えている。世界で最初に討伐されたダンジョンの最深部で目にしたのは、まるで巨大なダイヤモンドの結晶体にも見える、黒色の正八面体だ。これが「ダンジョン・コア」と呼ばれるもので、その正体は一切が不明だ。私は見た瞬間に直感した。
(これは、地球のものではない。いや、これほど正確な正八面体など人類には造れない!)
札幌ダンジョン第七層の、通称「ボス部屋」に出現した物体は、このダンジョンについての情報を表示した。これは触れた人間は誰でも見ることができるようで、私も感動に震えながら、冷たく光るコアに触れた。
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ダンジョンNo.103
ランク:D
所有者:江副和彦
階層数:007
供給DE:717
出現物:魔晶石
大氾濫:Off(45,442,944,000)
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「この『供給DE』とはなんだ? それに、わざわざ出現物が表示されているということは、他の出現物が出る場合もあるのか? 大氾濫に表示されている数字が動き始めるのはいつだ?」
他の科学者たちが議論しあっている。私は表示されたステータス画面の各項目に触れた。だがまるで反応がない。江副氏は、大氾濫の項目に触れたところ、On-Offを切り替えることができたと言っていた。つまり、この画面を操作できるのは「所有者のみ」ということなのだろう。
「申し訳ありませんが、江副さんの手で、ダンジョンのステータスを表示していただけませんか?」
表示されたステータス画面に触れてみる。だがやはり反応しない。しかし江副さんが「供給DE」に触れた瞬間、変化があった。ステータス画面から上向きに青白い光が溢れ、なにかがホログラム投影された。
「これは、ダンジョンの構造か?」
江副さんが興味深そうに、ホログラムに顔を近づける。第六層に触れると、それが抜き取られ、その層の詳細構造が拡大表示される。数え切れないほどの白い点が動いている。これは魔物であろうか。白い点に触れてみると、情報が表示された。
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【名 前】 キラー・バット
【称 号】 なし
【ランク】 D
【レア度】 Un Common
【スキル】 飛行Lv1
噛みつきLv1
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【出現量】 F
【設 定】 Repopulate
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「カードにはない情報が出ているな。出現量というのは、魔石のことだと思うが、これがFとはどういうことだ? それに設定の『Repopulate』、これは『リポップ式』のことだと思うが、ではリポップしなかったガーディアンは、違う設定になっているのか?」
名前や称号に触れても変化がないが、出現量と設定は変化した。出現量はF、E、Dで選択することができるようで、設定は「Repopulate」と「Fixed」と2種類あるようだ。
「直感操作か。面白いな」
江副さんは面白いで済ますだろうが、研究者である私にとってはそれどころではない。そもそもこのホログラムは、人類が持っている空間投影技術より遥かに進んでいる。この技術が解明すれば、いまのディスプレイは一変するだろう。だが私の興奮をよそに、江副さんは第六層をアレコレと弄っている。マズイ。下手に触れると問題が発生し……
ゴゴゴゴ……
軽い震動と共に、第6層のホログラムが消えた。基となったダンジョン全体のホログラムも変化している。それまで7層だったのが、6層になっているのだ。
「ダンジョン所有者は、ダンジョンを自在に作り変えられる。なるほどねぇ」
いやいや、アンタなんてことしてくれてんの!
「供給DEには変化なしか。試しに、第一層と第七層だけ残して、全部消してみるか?」
「ダメダメダメダメッ! 江副さん、勝手なことしないでください! 下手したらダンジョンそのものが消えてしまいますよ! いま調べますから、これ以上変なことしないでください!」
江副さんは肩を竦めて、ホログラムを消してしまった。どうやら本人の意志と動作によって、色々と変えられるようだ。それから私たちは第七層でキャンプを張り、天井のレリーフやダンジョン・コアについて徹底的に調べ始めた。
【江副和彦】
俺から言わせれば、研究者や学者というやつは「オタクの延長線」に存在する生き物だ。オタクの定義は「自分の好きな事柄や興味のある分野に熱狂的に傾倒した結果、ある物事について一般人より遥かに詳しくなった人」である。目の前の研究者たちは、寝食を忘れてダンジョン・コアやレリーフの分析に没頭している。つまりコイツらは「ダンジョン・オタク」ということだ。
「素晴らしい! ダンジョン内の構造だけでなく、出現する魔物を設定できるし、ドロップの量も変えられる。ダンジョン全体で出現するものを魔石から別のものにも変えられる! これがダンジョン討伐者の権利なんですね! この分なら、ひょっとしたら重力や時間速度も変えられるのでは? さらにはダンジョンを広くして太陽光を発生させて、広大な牧草地帯を作ったりもできるのでは?」
いや、幾らなんでもそれは無理だろ。だがこの数日間(ダンジョン時間)で判明したことが幾つかある。まず「供給DE」だが、これは異空間からこのダンジョンに流れ込んでいるエネルギーのことのようだ。札幌ダンジョンは第七層まであるが、第八層を形成することはできなかった。ダンジョンを維持するためのエネルギー量が足りないため、というのが研究者たちの仮説だ。
次に「出現量」だが、これはドロップする魔石の大きさのようだ。札幌ダンジョンの第五層「ブルー・スライム」の魔石量は4グラムだった。これは横浜ダンジョン第二層の「エビル・ラビット」よりも少ない。出現量の設定が違うからと考え、ブルー・スライムの設定を変えようとしたが、Fのまま固定されていた。これも供給DEに関係しているのだろう。
「各ダンジョンは供給DEを消費するよう、絶妙に設定されているようだな。札幌ダンジョンを四層構造にして、第一層をF、第二層をE、第三層をD、そして第四層をダンジョン・コアの部屋としてはどうかな。魔石……正式名称は『魔晶石』らしいが、それが出現する量を最大値にする。これなら十分にブートキャンプで使えるダンジョンになるな」
だが研究者たちは第一層、第二層のカード化しない「F未満魔物」にも興味を持っているようで、この改造案は先送りになってしまった。カード化しないのなら地上にも持ち帰れるのではないかと考えたらしく、ケージに入れて第一層の安全地帯に入ったところ、煙になったらしい。そうした「ダンジョンの原理」を調査するためにも、札幌ダンジョンは現状維持という方針が取られた。
「結果としては残したのは正解だったんだが、局長の希望とは少し違う形で残ったな」
ダンジョンを出た俺は、石原局長にビデオ電話で報告した。本来であればダンジョンの調査後は速やかにブートキャンプ用に作り変えるつもりでいたが、研究者たちが強硬に反対したのである。少なくとも他のダンジョンが討伐されるまで、現状を維持してほしいとの声に、石原も頷かざるを得なかった。
〈こうなったら貴方たちには、一刻も早くダンジョンを討伐してもらうしかないわね。防衛装備庁からも他のダンジョンとの比較がしたいと要望が来ているわ〉
「簡単に言ってくれる。次の討伐対象は横浜だが、仙台ダンジョンのランクも調べたほうが良いんだろ? 明日の午前中に新千歳から仙台に飛ぶ。午後には仙台ダンジョンに入れるだろう」
〈あら、貴方のことだから今日にも仙台に入るかと思ったんだけど?〉
「あのなぁ、俺だって人間だぞ? ダンジョン討伐マシーンじゃないんだ」
〈ふーん。で、今夜はなにを食べるの?〉
「ウニ丼と毛蟹……ってそんな顔するな! 取り敢えず仙台は明日の午後だ。切るぞ!」
慌てて俺は画面を落とした。まったく、親の仇を見つけたような表情を浮かべやがって。まぁいい。今日は前回お持ち帰りした女の子と同伴だ。テレビ塔前で待ち合わせて、大通公園から徒歩で行ける海鮮居酒屋「杉野屋」に行く。ウニ、イクラ、カニをキロ単位で食べるつもりだ。他にもホタテや牡蠣も、この時期は美味い。その後はすすきのまでタクシーで移動し、遊んだ後はすすきので深夜までやっているラーメン屋「蝦夷熊」で味噌ラーメンを食べ、ホテルで朝まで楽しむ。翌朝はホテルの朝食でスープカレーを食べて、そのまま新千歳に向かう。
「仕事をした後は思いっきり遊んでリフレッシュする。ダンジョン・バスターズの文化にしたいな」
約束の時間通りにテレビ塔に到着した。俺好みの、平均以上に胸が膨らんでいる女性が既に待っていた。
【石原由紀恵】
まったく、あの男はダンジョンを討伐しに行ったのか、それとも遊びに行ったのか。まぁ両方なのだろう。冒険者は命懸けだ。札幌ダンジョンは最弱のダンジョンとはいえ、第七層まで研究チームを率いて潜るとなれば、彼一人では心許ない。陸上自衛隊のEランク自衛官5名を援護に付けたが、案の定、彼らの中に怪我人が出た。今の自衛隊では、最弱のダンジョンさえ攻略できない。これが現実だ。
デスクの引き出しからノートを取り出した。考えを纏めるために使っている雑記帳だが、内容が内容だけに、いずれは機密文章指定されるだろう。思い浮かんだことを書きながら、独り言を呟く。
「彼は解っているのかしら。ダンジョンの所有者しか設定を変更できないということの意味が……」
ダンジョン・バスターズが所有者になるのならいい。彼らの目的は魔物大氾濫の回避だ。こちらが言わなくても、大氾濫の設定をオフにしてくれる。だが全世界的に見たらどうだろうか。今でこそダンジョン・バスターズのみが討伐実績を持っているが、ガメリカも大東亜共産国もずっと手を拱いているはずがない。1年もせず、世界各地に討伐者が出てくるだろう。その時、大氾濫の設定をオフにしてくれるだろうか?
「国連に設置される『国際ダンジョン冒険者機関(IDAO-International Dungeon Adventures Organization)』には、193カ国中190カ国が加盟するはずだわ。けれども、実際に討伐者がオフにしたかどうかは、第三者が確認しない限り判らない。『討伐判定者制度』も必要ね」
国連で議論されているのは、対ダンジョン政策における加盟国同士の扶助協定である。ダンジョン冒険者は、魔物を倒すことで得られる強化因子によって、人智を超える力を持つことになる。万一にもそうした人間が犯罪者になれば、通常の警察組織が捕まえることは困難だ。そこで各国のダンジョン冒険者の氏名、ランク、スキル、実績といった情報をIDAOで一元管理する。無論、こうした情報は一般には非公開であるが、江副和彦が持っている「転移」などのスキルを悪用したら取り締まりようがない。犯罪行為抑止のためにも、冒険者情報の一元管理は必須であった。
「とは言っても、情報公開については各国任せになっているから、どこまで集まるか……」
ダンジョンは討伐すると、ドロップアイテムを変えることができる。例えば中南米のマフィア組織がダンジョンを専有し討伐に成功したとしたら、彼らは魔石ではなく麻薬がドロップするように変えるかもしれない。全てのダンジョン情報が集まるという幻想は、私も持っていない。
「666という数字は確定しているし、群発現象は6月末で終わるわ。その時点で、判明しているダンジョンの位置情報を正確に割り出すしかないわね。スタンピード発生時期の公表も、その時点がベストかしら……」
先日のアイザック・ローライト参謀長との会談を思い出し、思わず歯ぎしりする。その後、ガメリカの姿勢が変わった様子はない。この2月から、在日米軍は順次撤退を開始している。北の「大姜王国」と西の「大東亜共産国」、そして北の「ルーシー連邦」。いずれも油断ならない国だ。だが大東亜共産国に関しては、外交姿勢に変化が見え始めている。その証拠に、昨年まで続いていた尖閣諸島への接触がピタリと止まった。外務省の情報では、水面下での接触が激増しているという。そのいずれもが、これまでとは打って変わって友好的な姿勢らしい。
「領土問題、歴史認識問題が解決したら、海自も空自も一気に楽になるわ。そうなれば残った米国海軍も不要になる。タイミングを見てお引取り願いましょう。ガメリカ軍は二度と、日本の国土を踏めなくなるわね」
浦部内閣の悲願は「憲法の改正」と「自主防衛体制の構築」だ。ダンジョン群発現象により、世論も賛同が広がっている。恐らく今年前半に衆議院が解散し、東京オリンピック後に憲法改正の是非を巡る国民投票が行われるだろう。
「やはり、いずれは『ダンジョン省』にしなければダメね。安全保障のみならず、政治、経済、外交など考えることが多すぎるわ。防衛省の一部局を超えてるわよ」
浦部総理もその点は感じているだろう。今年中には、各省庁の若手を集めて新しい省庁「ダンジョン省」ができるかもしれない。そしてその時、事務次官を担えるのは自分しかいない。
「去年の今頃だったら、両手を上げて大喜びしたでしょうけど……」
日本にダンジョン省が誕生したら、その役割は日本国のみならず、全世界の命運まで担うことになる。その事務次官となれば責任は桁外れて大きい。押し潰されそうな重責を想像し、私は深く溜息をついた。
【江副和彦】
仙台ダンジョンは、仙台市青葉区国分町にある。定禅寺通り沿いのビルの1階駐車場に出現したため、ビル全体が封鎖されてしまっている。勾当台公園にも近いため、市民たちの不安の声は大きい。
「和彦様と2人だけでダンジョンに入るのは久々ですわ」
仙台ダンジョン第一層の安全地帯で朱音を顕現させる。陸上自衛隊員は連れていない。事前情報で、第一層の魔物を知っているからだ。
「第一層は『双頭の犬』だそうだ。自衛隊員が噛まれて指を失ったそうだ。それから考えても、横浜ダンジョンより上、下手したら深淵以上かもしれん」
「『双頭の犬』ということはEランク魔物のレブルドルの可能性が高いですわね。決して強くはありませんが、Fランクの人間にとっては脅威です。和彦様も、ご油断なきよう……」
そして俺たちは、仙台ダンジョン第一層へと入った。唸り声が聞こえてくる。俺はスコップを構えた。朱音が俺を護るように前に立つ。通路の先から、2つの頭を持つ犬が出現した。大きさは柴犬くらいだろうか。
「早速、お客さんだ」
「私が……」
気持ち悪い犬が飛び掛かってくる。朱音は背に差した「新しい武器」に手を掛けると、一瞬、身体がブレた。犬は空中に止まり、そして細切れになった。
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【名 称】 黒霞
【レア度】 Super Rare
【説 明】
ドワーフの名工が鍛えた忍刀。神鋼鉄
でできているため、折れることは無い。
加速と斬撃の付与効果がついている。
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「良く手に馴染みますわ。これなら私たちだけでも、十分に進めると思います」
「だが、Eランク魔物が出てきたというのが気になる。俺たちなら問題ないが、ブートキャンプをやるには危険すぎる。これならまだ、深淵の第一層のほうが安全だ。大阪のSランクダンジョン級か?」
俺の問いに、朱音は首を振った。そして意外な予想を口にした。
「恐らく、このダンジョンはBランクと思われます」
「Bランク? 深淵より下だというのか。その理由は?」
「和彦様がお見つけになられた『深淵』のように、Aランクのダンジョンには、必ず『二つ名』があります。初めてそのダンジョンに入った者は、ダンジョン・システムを通じてその二つ名を知ることができます。ですが、このダンジョンでは、システムからの告知がありませんでした」
「待て、なら大阪ダンジョンはどうだ? 第一層には警官や自衛隊員も入ったはずだ。冒険者事務局が止めているから、今は入っていないだろうが……」
「Sランクダンジョンは、また別です。恐らく大阪ダンジョンには、そもそも安全地帯が無いと思われます。ご確認されたほうが宜しいかと……」
そう言われて、俺は舌打ちした。大阪ダンジョンはSランクと思い込み、後回しにしていた。そのためダンジョンごとの違いについて、そこまで深く情報を集めていなかったのだ。
「……しまったな。そういえば大阪のVTR検証をしていなかった。いや、そもそもVTRが無いのか? 自衛隊員が入って写真を取って以降、死者が出たからということで封鎖されているのか」
10年後の大氾濫を止めるためには、7つのSランクダンジョンは絶対に討伐しなければならない。いま、世界では何個のSランクが出現しているのか。安全地帯が無いのが特徴なら、それも判るはずだ。
「戻ったら、日本国内の全ダンジョン情報を整理だ。特に、大阪ダンジョンだな。必要なら大阪まで行って確認する。Sランクダンジョンが見ただけで判るのなら、世界に向けて警告を発しておくべきだろう」
いずれにしても、今はこの「仙台ダンジョン」が優先だ。第三層あたりまで調査すれば、ランクも判明するだろう。その後は、国分町で牛タン尽くしを堪能し、ホテルでは朱音を顕現させよう。仙台の夜景を見下ろしながらシテやる。
先の愉しみを考えつつ、俺たちは第二層に向けて進み始めた。
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