第004話:ガチャってみよう!
ゴブリンカードを100枚集めるためには、推定5千匹のゴブリンを倒さなければならない。最初は過酷に思えた条件だが、今ではかなり楽になっている。当初は100匹狩るのに2時間を要したが、今では1時間半を切るほどだ。それに、ランクが上がったことで微妙な変化も感じていた。ドロップ率が若干、上がっているように思えるのだ。
「これまでは100匹で、ゴブカード2~3枚だったが、4枚出たぞ。偶然か? それともドロップ率が上がってるのか? 検証が必要だな」
それからゴブリン2千匹を狩る。100匹ごとにドロップカード数を数える。Fランクだった時のデータと比較し、俺は確信した。
「ランクアップ前は平均で2枚強だったが、ランクアップ後は3枚強になっている。サンプル数20での検証だ。まず間違いない。ランクアップによって、ドロップ率は変化する」
「ランクアップにおけるそのような効果など、聞いたことがありませんが?」
朱音は首を傾げた。だが俺には確信があった。ゲームとは違い現実では、ランクアップで強くなるのではなく、強くなったからランクアップする。だがそれならば、何故ランクという項目が存在するのか? 企業内における人事等級制度などは「年功」と「評価」で上がる。その結果、ベース給与も上がる。ならばダンジョン・システムにおけるランク制度とは、ドロップ率に反映されるのではないだろうか。
「Dランクに上がったら、同じように検証する。それでハッキリするはずだ」
ゴブリンカードは既に50枚を超えている。カードゲーム用のケースにそれを収め、ポストイットに枚数を書いて貼っておく。独立して10年、こうした細かい管理がクセになってしまった。
「和彦様は、几帳面ですわね? 殿方の戦士は、往々にして細かいことを気にしない方が多いのですが……」
「俺は戦士じゃないし、それを目指してもいない。そうだな……強いて言うなら、俺が目指すのは『ギルド長』ってところかな?」
ファンタジー物のライトノベルを思い出し、俺はニヤリと笑った。
地上時間では4時間少々しか経過していない。だがダンジョンでは5日間、120時間が経過した。そしてついに、ゴブリンカードの累計枚数が100枚を超えた。
「もうゴブリンはお腹いっぱいですわ。暫く、見たくもありません」
セーフティーゾーンに戻った朱音は、初めて愚痴をこぼした。単調な戦いに、精神的なストレスがあったのだろう。俺は素直に謝罪した。
「無理をさせて、済まなかったな。だがどうしても検証が必要だった。次からは第二層に行くぞ」
俺自身、ゴブリンとは暫く戦いたくない。途中からドロップ率が上がったにしても、4千以上のゴブリンを倒したのだ。それに、ランクがEのままである。肉体への負荷がワンパターンなので、強化因子を吸収してもあまり強くならないのだろう。
「ゴブカードが全部で102枚か。よし、ステータス・オープン!」
ゴブリンカード102枚が入ったカードケースを持ちながら、ステータス画面を開いた。
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【名 前】 江副 和彦
【称 号】 第一接触者
【ランク】 E
【保有数】 102/∞
【スキル】 カードガチャ(11)
回復魔法
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「マジで11連ガチャじゃねーかよっ! ダンジョン・システム設計した奴、絶対ネトゲやってるだろ!」
画面を見てツッコミを入れる。システム設計者は恐らく、知的生命体などという枠に囚われない、超越的な存在だろう。だが一方で、こうした俗人的な部分が見え隠れする。会えるものなら、会ってみたいと思った。
「お目出度うございます、和彦様。ですが、不思議ですわね。私はともかく、以前に入手された『ポーション』も、カウントされていないようですが……」
「あぁ。恐らくこのカードガチャってやつは、こうやって身につけておかないとカウントされないのだろう。前回、カードを置いてダンジョンに入ったらカウントされていなかったからな。このガチャを使って、魔物カードや不要なアイテムカードを変えていくぞ」
「なるほど。魔物カードは、召喚して戦わせる以外の活用方法がありません。和彦様のスキルは、これから益々、重要になるでしょう」
「そうだな。まぁ1年後の世界はどうなっているか判らんが、地上で顕現できないゴブカードが、高値で取引されるとは思えん。捨て値で買って、ガチャで使うというのはアリだな」
そう言って俺は、ガチャスキルを発動させた。「キャラクターガチャ」「武器ガチャ」「防具ガチャ」「アイテムガチャ」の画面で、俺は指を止めた。
「待てよ。11連ってことは、アイテムガチャで11回引くってことか? それなら要らないな。防具はともかく、武器は欲しいぞ」
「第二層に入るのならば、武器は必須と存じます。第一層は楽でしたが、ここはAランクダンジョンです。危険度は飛躍的に増すでしょう」
俺は顎を撫でた。キャラクターガチャにも興味あるが、いま欲しいのは武器だ。だが第二層を考えると、アイテムも欲しい。迷った末、優先順位を付けることにした。
「取り敢えず、武器ガチャを5回引こう。それで有用な武器が出たら、残りはアイテムガチャに使う」
俺はガチャ画面を押した。
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【名 称】 短剣
【レア度】 Common
【説 明】
ごく普通のナイフ。研ぎ忘れに注意
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【名 称】 棍棒
【レア度】 Common
【説 明】
樫の木で出来た棍棒。
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【名 称】 短剣
【レア度】 Common
【説 明】
ごく普通のナイフ。研ぎ忘れに注意
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【名 称】 苦無
【レア度】 Common
【説 明】
接近戦でも使えるし、投げても良し
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【名 称】 鋼鉄槍
【レア度】 Un Common
【説 明】
鋼鉄で出来た長さ三メートルの槍。
頑丈だが少々重い。
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「………」
5枚のカードを並べた俺は、溜息をつくしかなかった。5回、すなわちゴブリンカード50枚を消費して、出てきたのはCが4枚、UCが1枚だ。
「ゴブカード50枚ということは、ドロップ率3%としてもゴブリン1666体分だ。100体討伐するのに必要な時間を1時間半としたら、ゴブカード50枚はおよそ24時間分の成果だ。それで得たのがコレか?」
「和彦様、そのように細かい計算をされずとも……」
朱音が嗜めてくるが、無視する。俺は経営コンサルタントだ。費用対効果は常に考える。いずれにしても、ガチャのためにカードを集めることは非効率的に思えた。あまりにも割に合わない。画面を閉じようとしたときに、俺は手を止めた。
「いや、待てよ……」
ダンジョンの攻略を進めれば、より高ランクの魔物のカードも入るだろう。ゴブリンカードの価値をFとし、例えばドラゴンのカードをSとするならば、F10枚とS10枚が同じ価値であるはずがない。このシステムを設計した奴はネトゲーマーだ。プレイヤーが夢中になるような「やりこみ要素」があるに違いない。
「最低ランクのゴブカードだから、10枚も必要だしリターンも少ない……そう考えれば、理屈としては合うな。いや、俺ならそう設計する」
仮説検証のためには、もう少しサンプル数が必要だ。俺は次に、アイテムガチャを押した。どうやら11連はガチャを越えても問題ないようで、6回引くことができた。
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【名 称】 ポーション
【レア度】 Common
【説 明】
無味無臭の一般的なポーション。
飲めば風邪薬、掛ければ傷薬として有用。
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【名 称】 マギ・ポーション
【レア度】 Common
【説 明】
無味無臭の一般的な魔力回復薬。
飲めば魔法力を少しだけ回復させる。
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【名 称】 魔法の水筒
【レア度】 Un Common
【説 明】
水筒の見た目以上に、水を大量に入れる
ことができる。ただしその分、重くなる。
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【名 称】 おしゃれな指輪
【レア度】 Common
【説 明】
宝石職人が片手間で作った指輪。見た目は
良いが、付与効果は何もない
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【名 称】 解毒薬
【レア度】 Common
【説 明】
毒蛇に噛まれたり毒キノコを食べたりした
ときに有効。全ての毒に効くわけではない。
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【名 称】 時間停止結界
【レア度】 Un Common
【説 明】
部屋の八隅および出口に呪符を貼ることで、
セーフティーゾーンの時間を止めることが
できる。誰かが入ってきたら解除される。
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「6回やって、Cが4つ、UCが2つか。概算だが、Cが8割、UCが2割ってところだな。次のガチャでは、第二層の魔物カードで11回やろう。結果が同じならば、ガチャの費用対効果は低いということだ。違うのであれば、俺の仮説が立証される。それにしても、最後のコレはなんだ?」
アイテムガチャの最後に出現した『時間停止結界』を顕現させる。朱音に聞いたところ、どうやら見たことがあるようだ。
「これは、騎士団や軍などがダンジョン攻略のときに使用するアイテムですわね。セーフティーゾーンの八つの隅に、この小さな呪符を貼り、部屋から出たところにこの起動陣を貼ります。起動させると、セーフティーゾーン内の時間が停止します。水や食料を腐らせずに保存できるのです」
「凄いな! これは使える。だがこんな有益なアイテムが、なんでUCなんだ?」
「和彦様、これを使えるのは誰でしょうか?」
朱音の言葉で、俺は思い至った。セーフティーゾーンの時間停止とは、その部屋を独占することを意味する。一方、ファンタジー世界などのダンジョンは、不特定多数の人間が入ってくる。つまり、ダンジョンそのものを独り占めできなければ、このアイテムは使えないのだ。
「皇帝からダンジョン攻略の勅命を受け、対象ダンジョンを独占できる軍や騎士団以外、この結界陣は使い所がありません。だから希少度が低いのでしょう」
だがこのダンジョンは違う。このダンジョンは俺の家の庭に出現した。即ち、俺の所有物である。俺は早速、このアイテムを使うことにした。
「まず部屋の隅にこの小さな羊皮紙を貼り……そして地上に戻る階段の出口に、この陣を貼る。地上と比べて時の流れが早いから、強力な接着剤を使う必要があるな」
貼り終えて早速、テストする。出る直前、朱音は500円硬貨を指で弾いた。そして出た瞬間に起動させる。階段からセーフティーゾーンの様子を見ると、朱音はもちろん、弾いた500円硬貨も床から弾んだところで止まっていた。
「成功だな。戻るか」
そのままセーフティーゾーンに入る。すると何事もなかったかのように500円硬貨は床に落ち、いかがでしたかと朱音が聞いてきた。
「成功だ。これでセーフティーゾーンのDIYがさらに捗る。まずはベッドだな。スポーツ選手とかが利用している高級マットレスを用意しよう。どうせならこれを機に、大容量バッテリーの導入も検討するか。5千ワット級のポータブル式バッテリーがあったはずだ」
「いよいよ、寝具を入れられるのですね? 和彦様との初夜……あのような簡易なものではなく、ちゃんとした布団の上でなければ、私は嫌ですわ」
頬を染めた朱音がにじり寄ってくる。「まぁいずれな」と曖昧に返答し、俺は机上に並んでいるカードたちを眺めた。
「第二層で使う武器が必要だ。まぁ槍だろうな。朱音は使いたい武器はあるか?」
「苦無と短剣を頂きとうございます。第一層は手持ちのモノで対応できましたが、今後は予備武器も必要になると存じます」
「だよなぁ…… よし、俺は槍を使う。そして予備に短剣だ。余った棍棒は……まぁ残しておくか」
朱音に短剣と苦無のカードを渡すと、ポポンッと顕現した。それらを確かめ、満足そうに頷いている。俺は鋼鉄槍を実体化して手にしてみた。確かに少し重い。5キロ程度だろうか。
「柄の部分は鉄パイプのようになっているな。まぁ完全な鉄棒だったら、重すぎて使えないか」
「Dランクの実力になられれば、より重い槍でも楽に振れるでしょう。それよりも、槍術について学ばれる必要があるのではありませんか?」
「あー、そうだな。動画サイトで見ておくか。ただ、技を軽く見るつもりはないが、まずは身体能力強化だろうな。だいぶ痩せたが……」
「素敵になられましたわ。和彦様」
半月前まではタプタプだったアゴがシャープになり、頬や背中、腹回りの肉もだいぶ落ちた。二の腕には力瘤ができ、腹も微かに割れ始めている。
「鏡を見ると、まるで別人なんだよなぁ。シャツやスーツも買い替えないといけないし……」
「その……まだそちらの仕事を続けられるのですか? 金銭であればダンジョンから十分に得られるのでは?」
朱音の言葉はもっともだった。だが俺はそれほど楽観視していない。
「朱音。この世界は良くも悪くも情報化社会でな。多額の金銭を持っていたら『どこから手に入れたのか』と国からチェックが入るんだ。その日暮らしであれば問題ないが、今後のことを考えると仕事は続けたほうが良い。ちょっと考えていることもあるしな」
俺が考えているのは、マネー・ロンダリングだ。クライアントでもあるパチンコチェーンオーナーの協力が必要だが、それほど難しくはない。まず月額1千万円でコンサルティング契約を結ぶ。そして予め1千万円を渡し、それを振り込んでもらう。税金が発生するが、それは必要経費と割り切る。クライアントは1千万円の経費が発生するため、その分は無税の裏金になる。
「他のクライアントにも相談してみるか。4、5社くらいならいけそうな気がする……いや、そう考えるとスキル『誘導』を取っておいたほうが良かったか? 次はソレだな」
ノートを取り出し、自分のアイディアを書き付けていく。今後の活動方針が見えてきた。
「まずは槍に慣れるため、第一層で100匹ほど狩るぞ。第二層に行くのはそれからだ」
ガチャで手に入れたUC武器「鋼鉄槍」を手に、俺は第一層を歩いた。ゴブリンたちは出現した途端、眉間や胸を刺され、煙になっていく。両手、片手のどちらでも扱えるよう、練習を繰り返す。程なくして100匹を狩り終えた。
「では第二層に向かう。朱音、先頭に立ってくれ」
「畏まりましたわ。和彦様」
妖艶なくノ一を先頭に立たせ、第一層の最奥から下へと降りる。体感で20メートルほどは下がっただろうか。第二層らしき空間へと入った。
「セーフティーゾーンのような部屋は無いんだな」
「恐らく、第二層のどこかにあると思います。第一層に戻る『転移陣』もあるかもしれません」
「……本当にラノベだな」
話しながら第二層を歩く。一見すると第一層と同じように思えたが、碁盤目状ではないようだ。
「第二層から迷路構造とは、さすがはAランクダンジョンですわね。もっとも、私の前では無意味ですけど……」
艶やかな笑みを浮かべる朱音だが、やがて出現した魔物に眉間を険しくした。灰褐色の筋骨隆々とした肉体を持つ、体長2メートル近くの二足歩行の魔物、オークである。
「オーク? まさか、第二層でDランクの魔物が出るなんて……」
「グモオォォォォッ!」
朱音の姿を見つけるや否や、オークは両手を前に出して襲いかかってきた。どうやら武器は持っていないようだが、下半身の膨らみが、別の凶器を示していた。
「穢らわしいっ!」
朱音は床を蹴ると壁を駆け、瞬く間にオークの頭上に飛び出した。苦無を脳天に打ち込む。オークはグルンッと白目を剥いて、煙となって消えた。だが戦闘後も、朱音の表情が冴えない。
「和彦様、予想外でございます。Fランクのゴブリンの後は、Eランクの魔物が出ると予想していました。まさか、それを飛ばしてDランクのオークが出てくるとは……」
「丁度いい。Dランクカードなら、ゴブカードと比較した時にハッキリと結果が出るはずだ。次は俺がオークと戦うぞ」
「お待ちください、危険でございます。オークは膂力に優れ、人間など簡単に撲殺できます。それでいて、決して知恵無しではありません。奴らが武器を持たないのは、持つ必要が無いからです」
朱音が止めてくるが、俺はその忠告を聞くつもりはなかった。煙となったオークが落としたドロップアイテムが目に入っているからだ。石造りの床には、千円札がフワリと落ちていた。
「オークは千円を落とすようだ。100匹狩れば10万円だ。戦い続ければ、それだけ俺も強くなる。ガチャも期待できるしな。進むぞ。次は俺がやる」
朱音は数瞬迷い、仕方なさそうに頷いた。やがてオークが現れる。俺は3メートル近くある槍を構え、オークに立ち向かった。まずは腹を刺し、次に額を貫いてやる。そう思い、槍を繰り出す。だが……
「ゴォォォッ」
オークは掌で簡単に槍を弾いた。そして凄まじい勢いで拳を叩きつけてきた。左腕で辛うじてガードしたが、簡単に吹き飛ばされた。壁に打ち付けられた俺は、脳震盪を起こしてしまった。
「和彦様っ!」
意識を失う前に、朱音の声が聞こえた。
何かを飲まされた気がする。やがて俺を呼ぶ声が聞こえてきた。薄っすらと目を開けると、朱音が心配そうな表情で覗き込んでいる。どうやらまだダンジョン内のようだ。
「和彦様っ! 大丈夫ですか?」
「あ……あぁ、ポーションを飲ませてくれたのか?」
壁に打ち付けられた時の痛みが消えている。どうやら怪我は治っているようだ。
「お許しください。二瓶も使ってしまいました」
「いや、助かった。良い判断だ」
膝をついて謝罪する朱音の頭を撫で、頬に手を当てた。美女はポゥと頬を染めたが、そんなロマンスをいつまでも続けるわけにはいかない。いつオークが来るか理解らないからだ。立ち上がった俺は、鋼鉄槍をカードに戻した。
「武器の選択を間違えたな。こんなヒョロい長物など役に立たん。オークにはコッチだ」
Cカード「棍棒」を取り出した。