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SS:篠原寿人の事情

時間があったので、サイドストーリーを書きました。

第34話は、明日の12時にアップします。

 俺の名は「篠原寿人(ひさと)」、去年の3月に高校を卒業して、フリーターになった。本当は大学か専門学校に行きたかったが、家の事情で諦めた。妹が難病に罹ったからだ。「動脈性肺高血圧症」という病気で、軽いものであれば、激しい運動さえしなければ日常生活に大きな支障は無いらしい。だが妹は重症だった。薬では治療できず、このままでは合併症まで引き起こしかねないそうだ。臓器移植をすれば治るらしいが、それには億という金がいる。両親は妹につきっきりなので、俺は自活のためにもアルバイトをするしか無かった。

 そのことについて不満はない。妹に対しては、むしろ申し訳なさを感じる。子供の頃から、妹は外で遊ぶことが苦手で、運動するとすぐに息切れしていた。無理やり妹に運動させようとした餓鬼のころを思い出すと、自分を殴りたくなる。きっとあの頃から、妹は病気だったに違いない。


 羊皮紙のような誓約書にサインし、一緒に横浜ダンジョンに潜る日時を決めた俺たちは、一旦解散した。誓約書の内容なんかどうでも良い。妹が助かるのなら、悪魔とも契約してやる。

俺は、すぐに病院へと向かった。


「理絵ッ! 薬だ! 薬が手に入ったぞ!」


 妹が入院しているのは、青葉区にある神奈川総合病院だ。鼻に管を通されて横たわる妹に駆け寄る。ちょうど看護師が点滴を交換しているところだったようで、俺が持ってきた薬を見て慌てて止めた。


「ちょっと貴方、そんな変なのを飲ませたらダメです!」


「邪魔するな! これはポーションだ。ダンジョン・バスターズから貰ったんだ。どんな難病でも治せるんだ! 理絵、飲むんだ!」


 エクストラ・ポーションは、小さなガラス瓶に入った桜色の液体で、二口くらいしか量はない。看護師は慌ててコールボタンを押して、俺を抑え込もうとした。コイツら……病院のクセに妹が治るのを邪魔するのか!


「離せぇ! 理絵ッ! 俺を信じろ!」


 瓶を持って手を差し出す。理絵は少し躊躇い、そしてそれを受け取った。


「ダメよ、理絵ちゃん! 毒かも知れないわ!」


 看護師が取り上げようとする。俺はキレた。


「巫山戯るなっ!」


 俺は看護師を突き飛ばした。他の看護師たちが駆けつけてきて、俺を羽交い締めにした。俺は必死に叫んだ。


「早く飲むんだぁっ!」


「止めてください。この人が、変な薬を……」


 看護師たちが慌ててポーションの瓶を取り上げる。俺は絶望し、そして絶叫した。





「それで、彼は?」


「ご両親と警察を呼びましたが、興奮状態で危険です」


 篠原理絵の主治医は頷き、机に置かれた小瓶を手に取った。


「検査はしていないのか?」


「それが……お兄さんが言うには、それはポーションというものらしく、例のダンジョンで手に入るそうです。どんな病気も治せるそうで、とても高価だとか……」


「そんなモノを彼はどうやって……」


「ダンジョン・バスターズに入り、そして貰ったのだとか……本当かどうかは……」


「バスターズというと、確か代表は江副という人だったな。いずれにしても、ご両親にお伝えし、確認してからだ。もし本当なら、大変なことになる。どんな病気も治る薬となれば、億なんてものじゃない。天文学的な価値になる」


 看護師たちは青ざめた表情で、主治医が手にしている瓶を見つめた。篠原寿人の両親が駆けつけてきたのは、それから2時間後のことであった。主治医と警察から事情を聴き、長男と対面する。


「父さん、母さん、信じてくれ!」


 絶叫に近い息子の叫びに、両親は戸惑った。だが警察に勧められ、寿人の携帯電話に登録された江副和彦の番号に電話する。電話はすぐに繋がった。





「この度は、ウチのメンバーがご迷惑をお掛けし、大変申し訳ありません」


 俺は篠原の両親や主治医、看護師、そして警察に深く頭を下げた。寿人は、両親が許可したらしく鎮静剤を打たれて眠っている。突き飛ばされた看護師も、怪我はしていないらしい。


(困った奴だ。いや、俺が馬鹿だったんだ。妹のために冒険者になろうって奴なんだ。エクストラ・ポーションなんてものをポンと渡せば、こうなることも予想できただろうに……)


 自分の愚かさに呆れて溜息をついてしまう。そんな俺の様子に、両親も恐縮して詫てくる。


「こちらこそ、息子がご迷惑をお掛けして申し訳ありません。冒険者になるとは言っていましたが、まさか有名なダンジョン・バスターズに入ったなんて……」


「妹想いな奴です。その想いがあれば冒険者になれる。そう期待して採用しました。エクストラ・ポーションを渡したのは私の落ち度です。難病とお聞きしたので、早いほうが良いと思って渡したのですが、ご両親にご挨拶したうえで、私も同席し、そこで渡すべきでした」


「では、これは本物なんですか!」


 主治医が途中で割り込んできた。小瓶を手にしている。


「本物です。お疑いなら横浜ダンジョンの葛城陸将補や、石原ダンジョン冒険者運営局長に確認していただいても構いません。その薬一本で、どんな病気も治ります」


「そんな薬が……これは、大量に手に入るのですか! もしそうなら……」


「その前に、その薬を返していただけませんか? それは私たちダンジョン・バスターズの大事な仲間である篠原寿人が、文字通り命を削って手に入れたモノです。たとえ主治医であろうとも、他人である貴方が手にして良いものではない」


 もし渡さない場合は腕尽くでも取り上げる。そのつもりでいたが、主治医は躊躇いながらもエクストラ・ポーションの小瓶を渡してくれた。それをカードに戻すと、俺は篠原の両親に向かいあった。


「このエクストラ・ポーションは、その効果は既に確認済みです。横浜ダンジョンで行われた冒険者登用試験で起きた事故で、鼻を欠損した女性を治しました。私自身、左腕を失いましたがこのポーションで治りました。不治の病や欠損部位を治せる最上位のポーション。現在、恐らく全世界でも数本しか無い薬です。御子息は、この薬を手に入れるためにダンジョン・バスターズに入り、ダンジョン討伐の仲間になると約束してくれました。この薬は、彼の命そのものです。ですが、ご両親の許諾なく投与するわけにはいかないでしょう。どうします? 御子息を信じて、この薬を使いますか?」


 父母は、互いに顔を見合わせ、そして頷いた。





 意識が朦朧としている。誰かが近づいてきた。


「お前に渡したのは軽率だった。済まなかったな。……ポーションで鎮静剤は消えるのか? いや、解毒剤のほうか。待ってろ。妹にエクストラ・ポーションを渡すのは、お前の役目だ」


 だが俺には、なんと言っているのか聞こえない。何かが口の中に流し込まれる。すると意識が急にハッキリしてきた。身体が軽くなる。俺は跳ね起きた。


「理絵ッ!」


 だが起きた瞬間、ガシッと掴まれる。退けようとしたが、ビクともしない。


「落ち着け。エクストラ・ポーションなら大丈夫だ。御両親も来ている」


「え……江副……さん?」


「和彦だ。和さんでいいぞ。ダンジョン・バスターズは下の名前で呼び合う。俺もお前を寿人(ひさと)と呼ぶ。落ち着いたな? では行くぞ。お前の手で、妹を治してやれ」


 そう言われ、急に涙が込み上げてきた。俺は袖で顔を拭うと、頷いた。





「信じられん。こんなことが……」


 私は目の前の光景に絶句していた。それまで呼吸することすら困難だった患者が、ベッドから起き上がり、深呼吸して笑っている。今すぐに走り出しそうだ。まだ検査前だが、医者としての直感が言っている。この患者は快癒している。ずっと寝たきりだったため、本来ならリハビリも必要なはずなのに、なぜ立てるのだ。この分なら、明日午前中の精密検査で問題なければ、午後には普通に歩いて退院できるだろう。


「なんと、お礼を申し上げたらいいか……」


 患者の両親が、一人の男に頭を下げている。それはそうだろう。臓器移植をするしか生きる術が無いはずの難病の娘が、たった一口の薬で回復したのだから。この薬が出回れば、私たち医者は不要になる。人類は「病の恐怖」から解放される。私個人にとっては生活に困るが、それは素晴らしいことなのだ。

 両親は私にも礼を言ってくるが、首を振るしか無い。私は何もできなかったのだから。


「エクストラ・ポーションによって医者のいらない世界が来る……なんて思わないでくださいね。このポーションは希少です。それに、ダンジョンは私たちダンジョン・バスターズが討伐する。その後は、ポーションは手に入らなくなるかも知れませんよ?」


 江副氏が私にそう言ってくる。そうかも知れない。だがそれでも、私は期待してしまう。この薬によって、多くの人々が救われた世界を……





 江副さん……いや、和さんが来てくれなかったら、どうなっていたか判らない。妹が回復した後、俺は和さんに謝罪した。和さんは怒っていなかった。ただ頷いて「どうすれば良かったかを考えておけ」と言われただけだった。

 冷静に考えれば、俺は急ぎすぎた。理絵は確かに難病だが、明日をも知れぬという状況ではなかった。だったら、父さんと母さんに報告し、主治医である先生にも相談してからポーションを渡しても良かったんだ。そうすれば、こんな騒ぎを起こさずに済んだ。


「お兄ちゃんはいつもそう。突っ走って、周りに迷惑かけるんだから…… これからは冒険者になるんでしょ? 江副さんたちに迷惑かけちゃダメよ?」


「コイツ」


 翌日の午後、理絵は元気に飛び跳ねながら、退院した。先生は「驚くほどの健康体になっている。入院させておく理由が全く見当たらない。これまで遊べなかった分、これからは精一杯、人生を楽しみなさい」と笑っていた。

 付添は俺だけだ。父さんは仕事、母さんはパートがある。昨日の今日で、調整はできなかったらしい。けれど、今夜は本当に久々に家族4人での夕食だ。父さんは「意地でも残業せずに帰宅する」と宣言して朝出ていった。


「お兄ちゃん、パフェ食べたい! ご馳走して!」


「今夜はすき焼きだって母さんが言ってたぞ。ま、パフェくらい良いか」


 理絵が元気になったので、家計の事情も消えた。昨日の夜、父さんから大学に行くかと聞かれたけど、俺は首を振った。俺は冒険者になる。そして強くなって、エクストラ・ポーションを大量に手に入れる。理絵のように、難病に苦しんでいる人たちをできるだけ救う。難病患者をこの世界から無くす。それが俺の新しい目標だ。ダンジョン・バスターズの一員なら、それくらいデッカイ夢を持っても良いだろう。


「お兄ちゃん、早くー」


 あざみ野駅近くにある和カフェ「コモン」に向けて、理絵が走り出す。俺は笑って、その背中を追いかけた。


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― 新着の感想 ―
なぜ兄が妹にポーションを与えるのを妨げられなければならぬ? 解せぬ!! そこが病院で与えようとしたのが得体のしれないお薬だから??
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