第033話:新しい仲間たち
投稿が少し遅れました。申し訳ありません。
防衛省内での民間人冒険者会議後に、首相官邸において「魔物大氾濫発生の可能性」を日本政府は正式に認めた。これを受け、他の先進国や国連も活発に動き始めるだろう。俺としては、ようやくスタートラインに立ったという気持ちだが、まだ10年以上の時間があることを考えれば、早いほうなのかも知れない。
「それで、貴方が気にしていたキャラクターカードの扱いだけれど……」
市ヶ谷から麹町方面に歩いたところにある正統派・バー「綺羅」で石原局長と酒を飲んでいる。たった4席しかない小さなバーだが、酒は中々に豊富だ。俺は国産ウィスキーをロックで注文し、局長はカクテル「バラライカ」を頼んだ。通常よりウォッカを増やし、辛口にするのが石原の好みらしい。
「運営局としては、キャラクターカードは保有者に任せることにするわ。人権団体とかが文句を言っているけど、それも下火になりつつあることだし……」
昨日のワイドショーで人権派弁護士が「キャラクターカード保護」を訴えたことに対し、コメンテーターだったラノベ作家が「今後、エルフやドワーフ、獣人、さらには悪魔や吸血鬼が出てきても、同じように保護するの?」と反論したところ、その弁護士は答えに窮してしまった。保護すれば安全保障の問題が生まれ、保護しなければ「人種差別」になってしまう。
「あの作家、たしか異世界で自衛隊が活躍する作品を書いている人だろ? 元自衛官らしいが?」
「安全保障にも自衛隊の実情にも詳しく、異世界のことも考えられる。防衛省側のコメンテーターとしてはうってつけだわ」
「なるほど。アンタの仕掛けか……だが助かった。Legend Rareカードは、ダンジョン討伐には絶対に必要だ。今の俺では、横浜ダンジョンすら通用しない」
そう言って酒を呷る。喉を焼くことで、自分の中にあるジリジリとした焦りを鎮めようと思った。局長はジンベースの「ホワイト・レディ」に変えたらしい。
「ラムベースは頼むつもりはないわ。少なくとも10年は……」
バラライカをラムベースで作ると「X-Y-Z=もう後がない」となる。別の言い方では「永遠の愛」だ。そういえば、バラライカのカクテル言葉は「恋は焦らずゆっくり」だったか? ホワイト・レディは「純心」、思うままに振る舞うという意味だ。ならば俺もカクテルで応えよう。ラムとライムジュース、砂糖をシェイクしてショートグラスに注いでもらう。「ダイキリ」を手にして、一気に飲み干した。
現状の俺たちでは、横浜ダンジョンすら討伐できない。俺と彰は劉師父から技術指導を受けながら、鹿骨ダンジョン「深淵」で戦い続ける。朱音とエミリも一緒だが、茉莉は同行させていない。茉莉は第三層までしか許可していないからだ。いずれダンジョン冒険者になるだろうが、まだアルバイトなのだ。俺の代わりにドロップを集めてくれるだけでも十分だ。朱音とエミリを交代で付ければ問題ないだろう。
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【名 前】 プリンちゃん
【称 号】 木乃内茉莉のペット
【ランク】 D
【レア度】 Un Common
【スキル】 火炎魔法Lv4
飛行Lv1
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いつの間にかDランクになっていたモモンガのプリンは、飛行というスキルを発現していた。通常のモモンガのように滑空するのではなく、文字通り空を飛べるらしい。天井近くから火炎魔法で絨毯爆撃を行い、それを潜って茉莉に近づいた魔物はミューがパンチで倒す。殆どチートに近い戦い方だ。
「フォッフォッ…… 茉莉ちゃんは焦らず、ゆっくりノンビリと戦うが良い。うら若き娘は、汗臭い戦いなどせぬものじゃ」
「ちょっとぉ! エミリだって茉莉と同い年なんですけど!」
「主は一〇八柱の一柱であろうが! 純粋な年齢で考えれば何千歳になるか判らんわい」
ヤバイ。女性に対して年齢の話は地雷だ。俺は咳払いして無理やり話題を変えた。
「取り敢えず、目標は俺と彰がBランクになることだ。それと、先日の会議で声を掛けたメンバーたちとの打ち合わせも必要だ。バスターズは急速に大きくなる。受け入れ方、鍛え方も考えないといけない」
「『深淵』で鍛えるとしても、安全地帯でさえ手狭だよぉ。横浜ダンジョンでやったほうが良くなくない?」
睦夫の意見に俺も頷いた。3月末にはバスターズメンバーや事務スタッフなどが暮らす「本社兼社宅」が完成する。それまではSNSなどで日時を決めて待ち合わせをして横浜ダンジョンに潜るしか無い。
「今週中に、候補者たちそれぞれと話をするつもりだ。最終的にはこの江戸川区に集まってもらうことになるが、それは最短でも3ヶ月後だろう。ダンジョン・バスターズはクランだ。その場合、各パーティーの〈待遇〉が重要になる」
「魔石納入額から登録料を貰うとか、そんなカンジ?」
彰はあまり興味無さそうだが、睦夫はゲーム感覚なのか、そうした話にも興味があるようだ。だが俺の考えは違う。金なんてどうとでもなるからだ。
「いや、登録料は一切貰わない。いま社宅を建設中だが、その家賃も貰うつもりはない。もっと言えば社食の料金すら貰わん。そうした維持費は、すべて別の方法で賄う」
「な、なにで賄うの? そんな夢の待遇、維持できるの?」
「可能だ。ダンジョンは、日本国内に恐らく11~12箇所出現する。その全てを俺たちダンジョン・バスターズが討伐する。先日、局長に提案しただろ? 〈討伐者には魔石納入量の10%を利用料として支払う〉……国内全てのダンジョンを手に入れたら、ダンジョン・バスターズには年間4500億円が何もしなくても入ってくる。全社員を150名としても一人30億円だぞ? とても使い切れん。使い切れない分は、全て冒険者育成に回す」
「兄貴、あの時点でそこまで考えてたの?」
「当然だ。俺以外にもそう考えた人間はいただろう。だが現時点では、俺たちが他の冒険者より遙かに先を行っている。ダンジョンは人口密集地帯に出現する。名古屋、広島、博多あたりはいずれ出現するだろう。その殆どがBかCランクのダンジョンのはずだ。俺たちの当面の目標は、横浜ダンジョンで他のバスターズを育成しつつ、横浜、船橋、仙台とランクを上げながら討伐し、Aランク冒険者を複数揃え、6月末までにこの『深淵』を討伐する!」
「和彦様、他のダンジョンはともかく、大阪という地にはSランクと思われるダンジョンがあります。それはいかがされますか?」
朱音の意見はもっともだ。調査は必要だろうが、討伐はずっと先になるだろう。Aランクに上がる速度も、これまでの経験値から計算した推定でしか無い。Sランクなど想像もできなかった。
「大阪のSランクは、調査はするが当面は放置だ。Sランクダンジョンは『Ultra Rare級』の魔物が出現する。これまでの僅かな経験からの予想だが、神話に出てくるようなヤバイ魔物たちだろう。こちらも相応の強さになるまで、無理はできん」
「きっと、真祖吸血鬼とか旧き巨竜とか神の巨狼とかが出るんだよ。胸アツゥ!」
「ドラゴンに正拳突きって効くのかな?」
「フェンリルってモフモフな犬ですよね? ペットになったら、ミューちゃんも仲良くね?」
「ミュッ!」
茉莉さんや、フェンリルは犬じゃなくて狼だと思いますよ? まぁ似たようなモノだからいいけど。Sランクの魔物にも怖気づかないのは心強い。
「……ダンジョンの完全起動までまだ5ヶ月もあるというのに、Dランクとはいえダンジョンを討伐し、世界中に公表しておる。これほど迅速に動く第一接触者は過去にいなかったであろうな。これは、ひょっとしたら、ひょっとするのぉ……」
劉師父が茶を飲みながら、宙を見つめて小さく呟いた。だが語尾に逆説の接続詞が付いているのに気づいたのは、同じLegend Rareの朱音だけであった。その朱音も、表情を微かに暗くして頷いた。
1月12日、横浜ダンジョン近くの貸し会議室において、ダンジョン・バスターズのメンバー3人と民間人冒険者5人が集まっていた。
「改めて自己紹介をさせていただきます。日下部流古武術師範代の日下部凛子です。宜しくお願いします」
「自分は、墨田正義ッス。元十両ッス。ダンジョン・バスターズに入れて光栄ッス」
「佐藤蒼汰、大学2年生だったが、冒険者になるために中退した。バスターズに入る理由は、大阪梅田のダンジョンを攻略するためだ」
「霧原天音、この中では最年長ね。27歳よ。元警視、神奈川警察署の副署長だったわ」
「篠原寿人、19歳。ダンジョン・バスターズに入るのは、ポーションを手に入れるためだ」
それぞれの自己紹介を聞いて、改めて個性的なメンバーだと思った。俺はまず、佐藤蒼汰に声を掛けた。
「大阪ダンジョンか……初対面の時もそう言っていたが、その理由は?」
「俺の親父は、佐藤恒治、大阪曽根崎警察署の警察官だった」
「ッ……」
防衛省の会議後に佐藤蒼汰に声を掛けたのは、目が気になったからだ。この若さで、局長の話をじっと聞いていた。その瞳には怒りのような炎を感じた。何かある。そう思って声を掛けた。
その時は、とにかく梅田のダンジョンを討伐したいとしか言わなかったが、いま得心した。忘れるはずがない。佐藤恒治は、日本人で、そして恐らく人類で「2番目」にダンジョンに接触し、命を落とした人間だ。ダンジョンを起動させるのが1日でも遅かったら、死ななかったかも知れない。だからその死を知った時、梅田ダンジョンを討伐した後に、墓参りに行こうと決めていた。
「……そうか。お父さんは、残念だった」
7月30日に梅田の地下駐車場に出現したダンジョンは、調べに入った警察官2名のうち1名が命を落としている。その1名が「佐藤恒治」だ。その息子が、いま目の前にいる。
「……兄貴」
横から彰が小声を掛けてきた。俺はただ頷いた。今日この場で、彼には打ち明けなければならない。父親の死のきっかけを作ったのは、他ならぬ俺自身なのだと。
「その若さで副署長ということは、警察のキャリア組だったはずだが?」
「そうよ。国立大学を卒業した後、警察庁に入庁したわ。副署長としての最初の仕事が、神奈川区に出現したダンジョンを迂回するための横浜新道迂回路の用意。それらが全て終わった後、辞めたわ。ダンジョン冒険者になるためにね。公務員は、副業が禁止されているから」
「その理由は?」
そう聞きながら、目の前の女性を観察する。霧原天音という女性は、どこか石原局長に似たところがある。上昇意欲が強く、それを達成する方法も考えられ、そのための行動力も兼ね備えている。自分にはできる、という自信に溢れている。副署長としても辣腕を振るっていたはずだ。実際、横浜ダンジョン出現から迂回路用意まで、官僚組織とは思えないほどの迅速さだった。辞める必要など無いだろうに……
「3年後……いえ、1年後を見据えてのことよ。1年以内に、恐らく今の警察では手に負えないような犯罪者が出るわ。元ダンジョン冒険者の犯罪者が出る。人智を超えた力を持つ犯罪者を捕まえるための、専門組織が必要になる。1年後か2年後には、警察庁内にそうした『超能力犯罪対策課』ができるわ。その時に、私の力が必要になるはずよ」
「なるほど。ウチは腰掛けか?」
「ダンジョン討伐そのものには大賛成よ。あんなもの、存在するだけでも人類にとって有害だわ。でもそれ以上に危険なのは、ダンジョンの力を得た人間の方よ。貴方なら、解ってくれると思ったんだけど?」
俺は苦笑して頷くしかなかった。全く、こうも堂々と「利用する」と言われたら笑うしか無い。だが悪い話ではない。今は数が少ないから表面化していないが、ガチャアイテムや魔法を使う犯罪者は、近いうちに必ず出る。「ダンジョンの立ち入りを禁止して、冒険者は厳重に監視すべきだ」などと、花畑脳の連中が言い出しかねない。彼女の目指している姿は、バスターズにとっても利益がある。ならば利用させてやろう。
「最後に、篠原さん。ポーションだな」
「あぁ。俺の妹は、肺高血圧症という難病だ。治療方法は臓器移植しか無い。億という金が掛かる。16歳なのに高校にも行けず、鼻に管を通された状態でずっと入院してるんだ。冒険者試験で見たよ。魔物に襲われた女性が、ポーションで回復したってな。俺は、妹を治すためのポーションを手に入れる」
俺は頷き、鞄からカードを取り出してその場で顕現した。討伐者報酬によって、地上でもカードを顕現できる。
「これはエクストラ・ポーションという。レア・ランクのポーションで、恐らく持っているのは全世界で俺たちバスターズだけだろう。この薬なら、欠損部位や不治の病すら治せる。お前に売ってやる」
篠原寿人は、机の上に置かれたポーションをジッと見つめていた。
「……いくらだ?」
ポーションを見つめたまま、苦い表情でそう聞いてくる。
「10年……お前のこれからの時間を10年貰う。その10年間で、世界中のダンジョンを俺たちと一緒に討伐するんだ。ちゃんと契約書も用意する」
「いらねぇよ、契約書なんて。妹が助かるんなら10年や20年くらい、くれてやる!」
「10年だ。契約成立だな」
「ちょっと待てよ。持ってるんなら救ってやれば良いだろ! 10年なんて条件、いらねぇだろ!」
佐藤蒼汰が怒りの表情を向ける。熱血な男だ。こういう奴は嫌いじゃない。だが甘い。
「ウチは営利組織だ。無償で他者を助けたりはしない。確かに俺たちなら、エクストラ・ポーションを比較的容易に手に入れられる。それらを無償で、世界中の何百万という難病者に配れというのか?」
「だけど実際、試験のときはアンタが救ったんだろ?」
「アレは陸上自衛隊への貸しだ。お蔭で随分とやりやすくなった。ダンジョン・バスターズの目的は、世界中のダンジョンを討伐することだ。そのためならば俺は、交渉も駆け引きも使う」
「汚ぇ……」
佐藤蒼汰はそう吐き捨てて立ち上がった。だがその前に、彰が立ちふさがった。
「君は兄貴のことを誤解しているよ。兄貴は、私利私欲でやってるんじゃない。それに、兄貴から『買った』ことで、寿人君も救われたんだよ? エクストラ・ポーションは、世界中の製薬会社が金を積んで欲しがっているポーションだ。そんなものをポンと貰ったら、彼はむしろ潰れてしまうよ。等価交換したことにより、彼はこの先の目標ができた。その目標は決して、人に恥じるような目標じゃないと思うよ?」
「だけど……」
「止めてくれっ!」
篠原寿人が叫んだ。佐藤蒼汰が振り返る。
「俺が、自分で納得してるんだ。佐藤さんが出てくるようなことじゃないよ。エクストラ・ポーション、有り難く買わせてもらいます」
そう言って、ポーションを手に取った。
佐藤蒼汰は俯いたまま立っている。俺はその背中に声を掛けた。
「どうする。出ていくか? 今ならまだ間に合う。ダンジョン・バスターズに入らなくても、冒険者の道はある。だが、これから先の話を聞いたら、バスターズを抜けられなくなるぞ。俺の遣り方が気に入らないのならば、今のうちに出ていけ」
「……アンタ、何様だ。自分が正しいと思ってるのかよ!」
「思ってるさ。正しさは人の数だけある。それを承知の上で、正しいと思うことを自らの意思で選択し、その道を進む。間違ったと思ったら躊躇うこと無く道を変え、起きた結果に責任を取る。それが『大人』だ」
「……」
佐藤蒼汰は俯いたまま出ていった。扉が閉まっても、俺は数瞬、そこから目を離すことができなかった。
「江副氏ぃ。少し厳しすぎない? 20歳なんて、まだ子供だよぉ」
「そうだな。だが人格成長を促すだけの時間はない。あと10年しか無いんだ」
自分の意志はあっていい。バスターズを腰掛けにするのも構わない。だが、ダンジョン討伐が全てにおいて優先されるというバスターズの正義に従えないのならば、組織にとっては害になる。
俺は扉から顔を背け、他のメンバーたちに向けて宣言した。
「皆にも言っておく。ダンジョン・バスターズにおいては、ダンジョンの討伐が何よりも優先される。現在まで出現した推定300以上のダンジョン、そしてこれから出現するだろうダンジョンを10年以内に全て討伐する。目的のためならば、駆け引きも交渉も妥協もする。嘘もつくだろう。騙しもするだろう。見て見ぬ振りもするし、見捨てることさえあるだろう。ダンジョンを一つ残らず討伐するためならばな。この方針に反対ならば、この部屋から出ていってくれ」
全員の顔が緊張している。日下部凛子が咳払いした。
「元々、ダンジョン討伐には賛成だから、私には異論はないわ。でも気になることが一つ。なぜそこまで、討伐に拘るの? スタンピードの危険性と言うだけではない。江副さんからは、可能性なんてものではなく、確信めいたものを感じる。そうでなければ、そこまで決意を固められないでしょう?」
「俺もそう思うッス。何か悲壮なほどの強い覚悟を感じるッス。まるで、優勝決定戦に臨む横綱の背中のようッス」
他のメンバーたちも頷いている。そうだな。事情を知らない者から見れば、そう見えてしまうのも当然だろう。俺は大きく息を吸い、ゆっくり吐き出した。
「すまなかった。そこまで悲壮感を出すつもりは無かったんだが、俺の中にも少し、動揺があったようだ。皆が言う通り、俺の中には『ダンジョン討伐』への決意がある。その決意がどこから来たものか。これから皆にも見せる。ただ、それを見てしまったら、もう後戻りはできない。その覚悟はあるか?」
「愚問ね。その覚悟が無い人は、この部屋の中にはいないわ」
霧原天音の言葉を受け、俺は全員に立ち上がり、輪になるように伝えた。そして、江戸川区鹿骨のAランクダンジョン「深淵」へと転移した。
「これが、ダンジョン・バスターズの正体だ」
呆然とする四人にそう声を掛けるが、心ここに有らずのようだ。やがて最年長の霧原が、呻くように呟いた。そして叫ぶ。
「なんて……ことなの。これを知っているのは?」
「石原運営局長。横浜ダンジョン施設団長および自衛官2名、女子高生1名とその母親。そして俺たちだけだ。だが恐らく、そろそろ気づき始める者も出てくるだろうな」
「貴方が、ダンジョンを目覚めさせたのね? だからそこまで必死に……」
「霧原さん、どういうことッスか? この部屋はいったい……」
他の3人は、どうやら転移の力の方に驚いていたらしい。霧原が説明を始める。
「江副さんがダンジョン討伐に必死になる理由。それは、他ならぬ彼自身が、今のダンジョン群発現象を引き起こした張本人だからよ! ここは、きっと彼が見つけた世界で最初のダンジョン……」
「その通り。江戸川区鹿骨町にあるAランクダンジョン『深淵』だ。昨年の7月30日、大阪梅田にダンジョンが出現する36日と12時間15分前、俺はこのダンジョンを見つけ、扉に触れてしまった。その結果、『ダンジョン・システム』が起動した」
篠原寿人が思い出したように、俺に顔を向けた。
「えっ……つまり、佐藤さんのお父さんが亡くなったのは……」
「俺の責任だ。俺が迂闊に、庭に出現した正体不明の階段を降りたために、彼の父親、佐藤恒治氏は亡くなった。俺は彼に責任がある」
「ならなぜ、追い出すような真似を?」
「言ったはずだ。ダンジョン討伐というバスターズの目的が何よりも優先される。俺個人の罪悪感で、組織に不安要素を入れるわけにはいかない。時間は、10年しか無いんだ!」
引き出しから3枚のLegend Rareカードを取り出した。朱音、エミリ、劉峰光を顕現させる。俺は、呆然とする四人を座らせ、これまでの経緯を語った。
「全世界に666箇所のダンジョン、10年後の魔物大氾濫……」
霧原天音が呟くと、額に手を当てて笑い始めた。目尻には涙が浮かんでいる。
「フフッ……フフフッ……無理よ。そんなの、どうやって666も討伐するの? たった10年しか無いのよ? 聞かなければ良かったわ。そうすれば、少なくともその時まで、出世を目指して頑張れたでしょうに」
「一刻も早く、ここを公表すべきだろう。そして、世界中に真実を伝えるんだ。そうすれば……」
篠原寿人の言葉に、霧原は横目を向けて嗤った。内心では「子供」と思っているのだろう。
「バカね。そうすれば世界中がパニックになって、次々と国家が崩壊するわ。ダンジョンがどこにあるかも判らなくなる。飛行機でその国に行くことも無理になるわ」
「なぜです? 国連が中心となって、組織的に冒険者を派遣し、次々と討伐していけば……」
「そんなのは、夢物語よ。だから江副さんも隠し続けた。そうでしょう?」
「その通りだ」
霧原の言葉に俺は頷き、なぜ隠してきたかを説明してやる。
「10年後に世界が滅びる。そう知った人類はどうすると思う? それを回避するために、一致団結して戦おうとすると思うか?」
「それは……だがそうしなければ、人類は滅亡するのでしょう? なら皆で力を合わせるしか……」
日下部凛子がそう反論しようとするが、俺は手を挙げて止めた。
「逆だ。もし10年後に世界が滅びると知ったのなら、それを歓迎する連中すら出てくるだろう。滅亡を回避しようとする奴は、10年後の未来が描けるからだ。だが忘れるな。70億の人類のうち半分以上が今日の糧にすら苦しむ貧民なんだ。世界200カ国の中で、毎日シャワーを浴びることができ、一人ひとりが携帯端末を持ち、街にコンビニやファストフード店が溢れているような国が、何カ国あると思う? ダンジョンは、中東、南米、アフリカ大陸にも出現している。ハイパー・インフレーションが起き、少女が7ドルで春を売るような国にも出現しているんだ。彼らの中にはこう思う奴もいるだろう。『ザマァ見ろ。俺たちは失うものはない。失うのは豊かな奴ら。ガメリカや日本やユーロの連中だけだ!』とな……」
全員が沈黙する。俺は言葉を続けた。
「ダンジョン・バスターズの最大の敵は、ダンジョンではない。ダンジョンを討伐させまいとする破滅思想を持った人間こそ、最大の敵になるだろう」
安全地帯内に、重苦しい空気が漂った。
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