第022話:「深淵」第四層へ
「本日は12月24日、クリスマス・イブです。例年ならここ渋谷は大勢の人で溢れているはずなのですが、今年は少し様子が違います。前回のダンジョン出現から37日目を迎えています。日本政府も本日中にダンジョン出現の可能性があると警戒しています。街行く人々に不安の表情があるのは、そのせいでしょうか?」
今日はクリスマス・イブだ。彰は彼女と用事があるらしく、今日明日とオフにしている。茉莉は友達とパーティーをするそうだ。経済的に余裕ができたため、女子高生らしいイベントもできるようになったのだろう。睦夫は「利根川47」のイベントがあるらしく、秋葉原にいる。そして俺は、ダンジョン・バスターズの社長として仕事をしていた。
「それでは、この土地を2億円で買い取らせていただきます」
Aランクダンジョン「深淵」の周囲では、本社社屋の建設が進んでいる。完成予定は来年の3月だ。だが俺は、100名を超える冒険者を雇用するつもりでいる。また「深淵」の討伐が完了したら、その存在を世間に公表し「討伐者養成」を本格化させたい。そのためにも今のうちから、周囲の土地を買っておく必要がある。鹿骨町は古い町で、周囲には神社や公園などもある。街全てを買い取ることはできないだろうが、3千平米も買い取れば十分だろう。
土地買収の商談を終えた俺は、その足でクライアントであり幼馴染の岩本のところに向かっていた。彼の会社は西船橋と船橋の間にある。この半年間、岩本には世話になった。歳暮として10万円のギフトカタログを用意している。他のクライアントには1万円の歳暮の品を送っているが、岩本にだけは会って直接、礼を言いたい。
14時半頃、京葉道路を走っていると、スマートフォンがJアラートを鳴らした。緊急情報である。
〈13時27分、千葉県船橋市の弁天池公園にダンジョンが出現しました〉
「近いな。帰りに立ち寄ってみるか」
横浜ダンジョンの遭遇以来、俺はトランクに安全靴や防刃シャツを用意している。また武器カード「スコップ」を始めとした各種カード類も、カードケースに入れて助手席のグローブボックスに入っている。クライアント先に急ぐため、少しだけ速度を上げた。
船橋市の弁天池公園に到着したのは17時過ぎだった。陸上自衛隊がロープを張り、警察が交通整理を行なっている。装備一式が入ったダッフル・バッグを肩に掛け、俺は人だかりの中へと入った。
「皆さん、公園から出てください! 危ないですから!」
自衛隊員たちが両手で人だかりを抑えている。カップルと思われる若い男女やサラリーマン風の男などが面白そうに公園内を見ようと首を伸ばしていた。とてもこの人だかりを抜けるのは無理だ。仕方なく立ち去ろうとすると、俺に気づいた人がいたようだ。
「アレ、ひょっとしてダンジョン・バスターズの江副じゃない?」
「マジマジ? あ、本物だ!」
いつの間にか、俺の周囲に一定の空間ができ、皆が俺に注目している。既に日が落ち薄暗い中、ダークスーツにキャメル色のコートという姿なのに、なぜか目立つらしい。コートの色を黒にすれば良かったと後悔した。
「新しくできたダンジョンに入りに来たんですか?」
「俺もダンジョン・バスターズに入りたいんですけど!」
などといった声の中、俺の名前を呼ぶ女性の声が聞こえた。
「江副さん! ちょうど良いところに来てくれたわ!」
防衛省ダンジョン冒険者運営局長の石原由紀恵であった。
「子どもたちが遊んでいる時に、いきなり出現したらしいわ。入ろうとした子供がいたそうだけれど、幸いなことに親たちがすぐに気づいて、階段の途中で助け出したそうよ」
俺と石原は公園内に張られたテントに向かって歩いている。自衛隊は公園をぐるりと取り囲むようにロープを張っていた。テントの中に入った俺たちに、自衛隊員が注目する。俺は気にせず、折りたたみ式の椅子に座った。
「事故にならずに良かったですね。それで、内部への捜索の方は?」
「まだよ。階段の存在を確認した警察から防衛省に連絡が来たのが14時半。すぐにJアラートの発令と習志野の陸上自衛隊に出動命令を出して、公園を封鎖したのが16時前。それで私も、さっき到着したばかり。ダンジョンに入るのはこれからだわ」
「なるほど。これから入ろうって時でしたか。タイミングが良かったですね」
「その様子だと、仕事帰りのようね? で、その肩に掛けた大きなカバン。まさかテニスラケットが入っているわけじゃないでしょう?」
「どこでダンジョンに遭遇しても良いように、装備一式を車に積んでいます。ポーションなどのカードも多少は用意してありますし、偵察だけなら引き受けましょう」
石原は安堵した表情を浮かべた。ダンジョン冒険者事務局は新たに設置された局であり、局長も背広組の官僚たちも若い。それだけに防衛省内の立場は弱く、失敗は許されないらしい。俺としても、今後のためにも石原には事務次官になってもらいたい。そのための協力なら惜しまないつもりだ。
「助かるわ。ダンジョンの中には銃はおろかナイフ1本すら持ち込めない。今回は、習志野の第一空挺団が入ってくれるけど、貴方がいれば彼らも安心するでしょう。それで、報酬なんだけれど……」
「今日はクリスマスです。終わったら一杯奢ってください。それでいいですよ」
「Done!」
石原が手を差し出してきた。
「自分は、陸上自衛隊第一空挺団第一普通科大隊所属、漆原瑛太陸士長であります!」
「同じく、第一普通科大隊所属、鈴木克己一等陸士であります!」
ビシィッとした二人の敬礼に、俺も思わず敬礼したくなる。だが民間人である俺は、頭を下げるのが礼儀であろう。
「ダンジョン冒険者の江副和彦です。今回は、どうぞ宜しくお願いします」
二人ともまだ若い。二十歳くらいだろうか。すると石原局長が40代後半くらいに見える男を連れてきた。若い二人が一気に緊張する。どうやらお偉いさんらしいが、俺は自衛隊の知識がないのでご容赦願いたい。
「第一普通科大隊第一中隊長の宮部藤吾3等陸佐であります。民間人でありながら、危険な任務を引き受けてくださるとのこと、感謝申し上げます。漆原、鈴木はレンジャー資格を持つ一人前の自衛隊員です。彼らなら魔物に怯むことはありません」
中隊長というのは、それなりに偉いのだろう。俺は姿勢を正して一礼した。
「冒険者の江副です。第一層の魔物は不明ですが、自衛隊の武器は持ち込めないはずです。ですが、カードガチャで入手した武器なら問題ありません。二人にナイフをお貸ししても宜しいでしょうか?」
「助かります。もし危険と判断したら、即座に撤退してください。漆原、鈴木、頼むぞ!」
「「ハッ」」
防刃シャツや安全靴など、普段の装備を整えた俺は、二人を連れてダンジョンへと入っていった。
「普段なら人で賑わうクリスマス・イブですが、今年は違います。政府の発表どおり、本日午後13時頃、千葉県船橋市にダンジョンが出現しました。砂場で遊んでいた子供が入りかけたそうですが、幸い母親が気づいて連れ戻したそうです」
「習志野駐屯地より自衛隊が駆けつけ、公園一帯を封鎖しています。公園の内部を見ようと、人だかりができています」
「ダンジョン冒険者第一号である江副和彦氏が駆けつけ、自衛隊と合流したとの未確認情報があります。もし事実なら、自衛隊と民間人である江副氏との合同調査が行われるかも知れません。あ、いま動きがありました。江副氏ですね? 江副和彦氏が自衛隊員たちと共に、ダンジョンがあると思われるブルーシートに向かっています。どうやらこれから、ダンジョン内に入ると思われます!」
地上では、報道機関が詰めかけている。だが異空間に入った俺たちには関係ない。第一層の安全地帯に到着した俺たちは、ダンジョンに侵入する前に最後の確認を行なった。
「まず二人にはコレを渡しておきます。カードガチャで手に入れた短剣です。手に持って『戻れ』と考えれば、短剣になるはずです」
二人は恐縮した様子で「必ずお返しします」なんて言っている。いや、ただのCommonカードだし、あと何十枚もあるから別に気にしなくていいよ。口にはしないけど。
俺は自分の愛用しているRareカード「総鋼の円匙」を顕現させた。二人が目を丸くしている。お前ら、自衛隊員なら近接戦闘におけるスコップの有用性くらい知ってるだろ?
「では、行きますか!」
鈴木がビデオカメラを回し始める。漆原が後方を守り、俺が最前に立つ。安全地帯の奥にある扉の取手を手に掴んだ。スルスルと扉は左右に分かれ、俺たちは第一層へと歩を進めた。
船橋ダンジョンの第一層は、鹿骨や横浜と変わらない。だが入ってすぐに、奇妙な音が近づいていることに気づいた。若い二人が顔を歪める。この「カサカサ」という音から、魔物が想像できたらしい。
「なるほど。船橋ダンジョン第一層の魔物はゲジゲジか」
15対の足を持つゲジが出現した。だが通常のゲジではない。体長は30センチを超えるだろう。ゲジは肉食性で弱毒も持っている。それに動きが速い。下手したら鹿骨ダンジョン第一層のゴブリンより厄介な相手だ。ゲジはカサカサと高速で移動し、俺に飛び掛かってきた。
「セイッ!」
飛び掛かってきたゲジをスコップで叩き飛ばす。壁に打ち付けられ、ゲジは煙になった。
「Eに近いFか? いや、案外弱いのかもしれんな」
ゲジはカード化し、そして小豆ほどの大きさの魔石を落とした。
「後方に気をつけてください。コイツらはそれほど強くはないですが、横浜ダンジョンのウサギよりは上だと思います」
漆原は中腰でナイフを構えながら、後ろに注意している。鈴木は前方だ。数匹のゲジが、カサカサと音を立てて向かってくる。決して気持ちの良いものではないはずだ。
「大丈夫ですよ。確かに虫ですが、魔物です。倒せば消えるし、魔石も落とします」
スコップを片手で構えた俺は、飛び掛かってきたゲジを叩き落とし、殴り飛ばし、そして踏み潰した。どれも一撃で消えていく。動きが速く、毒を持っていることから横浜ダンジョンよりは上だろうが、鹿骨と比べると首を傾げる。子供並とはいえ、ゴブリンには知恵があった。こんな虫よりは強いはずだ。
(Bに近いC級ダンジョンか? 札幌や仙台も潜ってみないと比べられんな)
他のダンジョンも調査し、ダンジョンごとのランキングを付ける必要がある。地上に戻ったら石原に提案しようと思いながら、俺は第一層を進んだ。再び、ゲジが出現する。止まること無くゲジに向かった。
結局、三時間近くを調査して俺たちは地上に戻った。緊張からか、鈴木は戻った途端に嘔吐してしまった。すると漆原が苦笑いしている。
「アイツ、虫が苦手なんですよ」
「カメラのバッテリーが保つギリギリまで調査しました。結論から言えば、構造は横浜ダンジョンと同じく碁盤目状ですね。出現する魔物は大きめのゲジです。強さとしては、横浜ダンジョンのウサギとそれほど変わりませんが、魔石は少し大きめのようです」
地上に戻った俺たちは、報告のために仮設テントに入った。持ち帰った魔石を測ってみると4グラム弱であった。横浜ダンジョン第二層とほぼ同じである。モニターでビデオを再生すると、石原がなんともいえない表情を浮かべた。
「横浜のブートキャンプは順調だけれど、女性参加者から『ウサギを殺すのはどうも……』って声が多いのよ。でも船橋の方ではそれ以前に、悲鳴を上げてパニックになるかもしれないわね」
俺は肩を竦めた。そんな奴はどうせマトモな冒険者にはなれないだろう。討伐者の候補者になり得ない連中など、気にしてもしかたがない。
「駆虫剤などは効かないのでしょうか? 武器には見えませんし、ダンジョンに持ち込めるのでは?」
漆原の意見は石原の興味を惹いたようだ。明日にでも試してみようとのことで、言い出しっぺの漆原が再びダンジョンに入ることになってしまった。毒の持ち込みができないことは、鹿骨ダンジョンで検証済みだが、ここで言うわけにもいかない。まぁ、頑張れ。
「それで、江副さん。貴方の使っていたスコップなんだけど?」
「これはガチャで手に入れたものです。悪いが、渡せませんよ? 二人に渡したナイフなら予備があるから構いませんが?」
「でしょうね。貴方がなんでそんな強力な武器を持っているのか気になるところだけど。まぁ、ツッコまないでおいてあげるわ。さて、一杯奢る約束だったわね。でもマスコミが煩いの。悪いけど、今度にしてもらえるかしら? もっとも、貴方も簡単には帰れなそうだけれど……」
テントの外に顔を向ける。マスコミたちが今か今かと待機しているのを見て、俺は溜息をついた。
マスコミに取り囲まれたが「ダンジョンについてはコメントできない、防衛省の発表を待て」と伝えてなんとか逃げ切った。本当にマスコミというのは面倒だ。俺がなんの用で船橋にいたのかなど、話す必要をまるで感じない。私用でたまたま船橋にいた、と返すしかない。
「クリスマスだというのに、ドッと疲れたな。今夜は一人だし、飲みに行くか」
瑞江に戻ってきた俺は、黒縁のだて眼鏡を掛けて私服に着替えた。杢柄のタートルネックニットに黒のダッフルコート、ネイビーのスラックスという姿で外に出る。中年オヤジは、平日の殆どをスーツで過ごす。だからこそプライベートの私服に拘るべきだと俺は思う。
「あら、江副さん。今日はいろいろとあったみたいですね。どうですか、一杯!」
瑞江駅前を歩いていると、黒服の男に声を掛けられた。以前、彰や睦夫ら男だけで飲みに行ったラウンジ「ROCO」のボーイである。居心地が良かったのと、置いてある酒が好みだったことから、たまに一人で飲みに行っている。
「私も今度、ブートキャンプ参加しようと思ってますー」
横についてた「麗美」という女性がブートキャンプの話をする。船橋ダンジョンについては聞いてこない。15年モノのスコッチを水割りで飲みながら、ダンジョン内で何を食べるのかなど、主に料理の話で盛り上がった。ブートキャンプの様子は動画サイトなどでかなり出回っている。その中で気になったのが「料理」らしい。
「それにしても、クリスマスだというのに店は満席だな」
江戸川区は地元生まれ、地元育ちという人が多い。アルバイトの木乃内茉莉もそうだ。クリスマスも年末年始も地元で過ごすという人が結構いる。そんな地元客を見ながら今後の方針について思案を巡らせる。鹿骨からそれほど遠くない船橋にダンジョンが出現したのは幸運だった。
「やはり、江戸川区内での採用を優先するか……」
建設中の本社社屋はそれなりに大きい。ただ冒険者を集めるだけではなく、会社として納税し、給与も支払わなければならない。いずれ札幌や大阪のダンジョンに「出張」する場合は、経費処理も必要だ。そうした事務員は、冒険者とは別途で雇う必要がある。
「そういえば、君は昼も仕事をしているんだったな。何してるんだい?」
「事務処理の仕事ですよー。主に会計の」
麗美が明るく返してくる。うん、中途採用候補者を早速見つけたよ。
クリスマスから休みにしても良かったが、彰が「Dランクに上がったから鹿骨ダンジョンの第四層に入りたい」と言い出したので、今年最後のダンジョン探索をすることになった。
「第四層は恐らくCランクの魔物が出現するでしょう。DランクとCランクとでは隔絶した差があります。ご油断なきよう……」
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【名 前】 朱音
【称 号】 妖艶なるくノ一
【ランク】 C
【レア度】 Legend Rare
【スキル】 苦無術Lv6
索敵Lv6
性技Lv5
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俺がCランクになって以降、朱音の成長は止まっている。第三層ではここが成長の限界らしい。資金確保や他ダンジョンの探索、加わった仲間の育成などで時間が取られてしまっていた。組織化したらこの辺も他のメンバーに任せていきたい。
朱音の忠告に、エミリも頷いている。普段はキャピキャピとしたJKなのに、今は真剣な顔をしている。
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【名 前】 エミリ
【称 号】 小生意気な魔法使い
【ランク】 C
【レア度】 Legend Rare
【スキル】 秘印術Lv5
招聘術Lv3
錬金術Lv1
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「イフリートの召喚石」を時折使っているため、招聘術は上がっている。だが錬金術はそのままだ。「ミスリル鉱石」なるものはガチャで出現したが、エミリが言うにはミスリルを加工する設備が必要らしい。この辺は、今後の課題になるだろう。冒険者事務局とも相談する必要があるかも知れない。
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【名 前】 宍戸 彰
【称 号】 なし
【ランク】 D
【保有数】 0/25
【スキル】 カードガチャ
打撃 Lv3
身体強化Lv2
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彰は鹿骨ダンジョンや横浜ダンジョンの第二層で戦い続けているが、Cランクには至っていない。朱音が言うには、同じ魔物を20万以上倒し続けた俺が異常らしい。第四層では彰にもCランクに至ってもらうつもりだ。ちなみに睦夫は地上でホームページの準備を進めている。茉莉は友達と遊ぶ約束があるそうだ。
「彰、この第四層では俺がCランクに至ったやり方をお前にもやってもらう。想像を絶するほど過酷かもしれないが、耐えられるか?」
「愚問だね。僕は強くなるためにここにいるんだ。そのための修業なら、どんなことにも耐えられるさ」
「よし、行くぞ」
こうして俺たち4人は、鹿骨ダンジョン第四層へと向かった。
僕には欠けているモノがある。神明館館長からそう言われたことがある。あまりにも才能に秀ですぎているため、追い詰められたことがない。過酷を味わうことがない。そして、恐怖することが無いと。その時の僕には、理解できなかった。だが今なら理解る。僕がこれまでやっていた修業なんて、ほんのお遊びに過ぎなかったんだ。
「ゴブリンソルジャー! Cランクの中でも上位に位置する魔物ですわ。和彦様、ご油断なきよう!」
第四層にいたのは、体高160センチほどのゴブリンだ。だが剣と木製の盾を持ち、革製らしき鎧まで着ている。そして何より「術」を持っていた。
「グギャギャッ!」
ゴブリンの剣士は60センチほどの剣をシュババッと振り、そしてフェンシングのように構えて突っ込んできた。
「速いっ!」
気がついたら僕の制空圏の中に踏み込み、僕の喉元に向けて剣を突き立ててくる。左の軸足を捻って、辛うじて皮一枚で躱し、そのまま蹴りを放つ。だが木製の盾で防がれた。木の盾なんてブチ破れると思っていたけど、なんとゴブリンは体重を移動させて蹴りの衝撃を緩和させた。まるで一流の格闘家だ。
「俺がやる」
ゴブリンが離れると、兄貴が出てきた。兄貴はスコップを手にしている。少し離れたところに着地したゴブリンは、再びこちらに向かってくる。だが兄貴はゴブリン以上の速さで接近し、体重移動させる間もなくスコップで盾ごとブチ破った。鋭いスコップの刃先がゴブリンの顔面に食い込み、頭を半分切断する。さらに兄貴は、持ち手を捻って真上からスコップを叩き降ろし、ゴブリンの躰を真っ二つに叩き割った。煙になったゴブリンは、ハラリと1枚のお金を落とした。うん、5千円札だね。
「5千円だな。次からは怠け者の荷袋を使うぞ。このゴブリンは確かに、速度もパワーもある。だが物理耐性は並だ。まずは戦いの質に拘るぞ。時間を掛けて、ゴブリンソルジャーとの戦い方を見つけ出す。1千回も戦えば、そこから標準モデルが作れるだろう。数に拘るのはその後だ」
お金を拾いながら、兄貴は事もなげに言う。今の戦いはヤバかった。もし一瞬でも回避が遅れたら、僕の喉に剣が突き刺さっていただろう。ギリギリの戦いをあと千回もやる。ゴクリとツバを飲み込んだ僕の顔には、笑みが浮かんでいたよ。




