第017話:記者会見で発表しました
〈日本初、いえ世界初の『民間人ダンジョン冒険者』2名が、いま戻りました! あ、いえ、また戻ります。何やら袋を複数、運び出しています。アレが魔石でしょうか?〉
〈横浜ダンジョンに2名が潜ってから僅か5時間ですが、ダンジョン内では720時間、じつに1ヶ月近くが経過したはずです。あー、少しやつれているようにも見えますね。服装も汚れています。あ、いま手を振りました。どうやら元気そうです!〉
〈政府の発表では、2名はダンジョン内で720時間を過ごし、100キロ以上の魔石を確保しました。これは、つくば市で試験運転中の『水素発電所』が必要とする魔石量を上回り、エネルギーの純国産化に大きな弾みがつくとのことです〉
〈彼らが得た報酬は、魔石1グラムあたり100円、100キロで1千万円になります。僅か5時間で、1千万円の収入とは、驚きの高給ではないでしょうか〉
〈ダンジョン冒険者本部の公式発表では、グラム100円で買い取ったとしても、発生する水素量を考えればLNGガスを輸入するより遥かに安価とのことで、当面はこの価格を維持するとしています〉
〈二次試験で事故に遭った岡山亜由子さんも、ダンジョン産の回復薬『ポーション』で、傷ついた顔が戻ったそうです。国民の中には反対意見もありますが、ダンジョン冒険者制度は広がるのではないでしょうか〉
〈すでに欧米諸国からは、日本が導入したダンジョン冒険者制度を参考にしたいという声もあり、先のG7で話し合われた『ダンジョン冒険者本部(Administrative building of Dungeon Adventurers)』構想が現実となるのも近いと思われます〉
納入した魔石は、念入りに鑑定される。そのため、すぐにカネが支払われるわけではない。この辺は今後の課題だろう。簡単に鑑定する機械なども、いずれ発明されるはずだ。
歴史上初めての「ドロップアイテム納入」のシーンということもあり、凄まじいフラッシュの中で買い取りは行われた。自衛隊も見た目を気にしたのか、女性自衛官が受付嬢となっている。緊張しながらも笑顔を浮かべるのは、自衛官としてのプロ意識からだろうか。
「それでは、こちらの書類にサインをお願いします。3営業日後に、ご指定の口座に振り込ませていただきます。それと、カードのほうはどうされますか?」
「カードはこちらで貰っておきます。ダンジョンで初めて得たドロップアイテムですからね。大事にしたいと思います」
「僕は1枚だけ貰って、あとは買い取りでお願いします。持ってても、ダンジョンの中に持ち込める量は決まってますからね」
机の上にバサっとカードが置かれる。その量に受付嬢は目を剥いた。500枚近くはあるだろう。俺が持ち込んだ「怠け者の荷物入れ」によって、二人が得た魔石やカードは自動的に袋に入る。休憩ごとに魔石などは普通の袋に入れ、カードはホルダーに入れて安全地帯に置いておいた。この辺は、茉莉を育てるうえで経験していたので戸惑いはない。戸惑いは……
「兄貴、僕らの記者会見やるらしいよ?」
そう。ダンジョンで数日を過ごすうちに、宍戸は俺のことを「兄貴」と呼ぶようになった。まぁ俺も「彰」と呼び捨てているが、兄貴なんて呼ばれると、どこぞの非合法な事務所を構えている人たちみたいで、少し戸惑う。
「なら、服装を整えておいたほうがいいな。彰、シャワー浴びに行くぞ」
彰の身長は188センチ、俺よりも背が高く、肩幅も広い。そんな男が中年男の後ろを喜々としてついてくる。俺たちが通り過ぎた後、自衛隊員たちは顔を見合わせて呟いた。
「あの2人、ダンジョン内でいったい何があったんだ?」
彰は白地のTシャツにジャケット、ジーンズという姿だが、俺はスーツにネクタイ姿で記者会見に臨む。パシャパシャというフラッシュが眩しい。40年を生きているが、このような場は初めてだった。横浜ダンジョン施設団長の葛城陸将補が俺たちを紹介し、最初の依頼である魔石収集を無事に達成したことを称賛する。
「いずれモンスターカードの供給が増えれば、それだけ価格は下がるでしょう。ですが現時点では、彼らが確保したカードがなければガチャを回すことができず、ポーションなどの薬品が手に入りません。カード1枚あたりの価格は宍戸さんと交渉しますが、最低でも1万円以上にはなるでしょう」
報酬が1千万円となり、さらに数百枚のモンスターカードも別途で買い取るため、その額がさらに膨れ上がることを伝えると、記者からもどよめきが広がった。やがて記者からの質問に入る。最初に指名されたのは、保守系新聞で有名な「経産新聞」の記者だった。
「地上での僅か5時間が、ダンジョン内では1ヶ月になると聞いています。本当にお疲れ様でした。今回、5時間で1千万円以上という報酬を得たわけですが、今後も冒険者として働かれるおつもりですか? また、得た報酬の使い途などについても教えてください」
互いに顔を見合わせ、まず知名度のある宍戸から答える。
「冒険者を続けるかという質問ですが、もちろんイエスですよ。ダンジョンで過ごした時間は、僕にとっては夢のようでしたよ。野生の殺意を剥き出しにして襲ってくる魔物との熱い戦い。こんな経験、地上では絶対にできませんからね。お金は……まぁ取り敢えず、牛丼食べたいですね。生卵付きで」
宍戸のジョークで軽い笑いが広がる。続いて俺が答えた。
「まず訂正しておきたいのは、皆様からみれば5時間でしょうが、私と宍戸さんは720時間を過ごしました。地上で考えれば一人あたり時給100万に見えますが、我々の感覚では時給1万以下なのです。この点は、お伝えしておきたいですね」
本当は、瑞江のマンションにシャワーを浴びるために戻ったりしていたので、実際にダンジョンで過ごしたトータル時間は10日間程度だ。シャワーを浴びなければもっと早く終わったはずだが、それは宍戸が嫌がった。新卒の頃、上司が「俺が若い頃は2晩徹夜なんて普通だったぞ」なんて言っていたのを思い出し、ジェネレーションギャップを感じながらも、宍戸の要望を受け入れた。
「今後も冒険者を続けるかという言葉ですが、私も勿論、イエスです。そのうえで、皆さんに発表したいことがあります」
そう言って俺と宍戸は同時に立ち上がった。俺はマイクを手にしたまま、カメラに顔を向ける。
「私は今回、民間人冒険者となるにあたって企業を立ち上げています。社名は『株式会社ダンジョン・バスターズ』。魔石やカードの売却益が会社の売上となります。カードはガチャにも使用し、回復薬の確保や装備の充実を図ります。今回、宍戸さんは我が社の社員第一号となってくださいました。パーティーを組んで、共にダンジョンの深奥を目指します」
俺たちは向き合い、握手を交わした。フラッシュが激しく焚かれる。数秒握手を続け、そして着席した。次の質問を促すと、先程よりさらに激しい勢いで手が挙げられる。外国人記者が指名された。
「先程の『ダンジョン・バスターズ』について、もう少しお話を伺います。今は宍戸さんお一人が社員とのことですが、今後は増やしていかれるということでしょうか? それと、社員となるにあたっての条件なども教えてください」
「もちろん増やしていきます。当面は日本国内の出現したダンジョンに入るため、基本的には日本人の民間人冒険者を採用することになるでしょう。ただ、私たちの目的は単にダンジョンでお金を稼ぐことではありません。ダンジョンとは何か、なぜ出現したのか、魔物や魔石、カードはどのような技術で生まれるのか。ダンジョンに潜り続けることで、そういった謎を解き明かし、いずれダンジョンを消し去る方法を発見することを目標としています。だから『討伐者』なのです。入社にあたっては、この志に同意してくれることが条件ですね」
「素晴らしい志だと思います。一人のガメリカ人として、ダンジョン・バスターズの海外進出を願っています」
ダンジョン・バスターズについての質問が幾つか続き、やがて一時間が経過しようとしていた頃、一人の女性記者が唐突に聞いてきた。
「毎朝新聞の如月と申します。江副さんも宍戸さんも、二次試験では第三班だったと思います。第三班は、岡山さんという女性が魔物に襲われるという事故があった班です。そのことについて、
どうお感じになられていますか?」
俺は無表情でマイクを手にした。
「ご質問の意味がよく解らないのですが? 政府も自衛隊も繰り返し確認していましたが、ダンジョン内には魔物が無数にいます。怪我を負うこともあるでしょう。私も宍戸さんも、その覚悟を持って試験に臨みました。事故があったことは悲しむべきことですが、自己責任であり政府にも自衛隊にも、一切の責任は無いと私は思いますね」
すると、件の女性は頬を引き攣らせ、少し声を大きくして「反論」してきた。
「確かに自己責任だという声もあります。ですが、道義的責任というのがあるのではありませんか? 江副さんも宍戸さんも、魔物と戦える力を持っています。ならば彼女が襲われる前に、助けるべきだったのではありませんか?」
コイツは質問したいのか、それとも自分の意見を主張したいのか。新聞記者が「べき」なんて言葉を使うとは。俺は内心で呆れながらも、記者会見であり生放送中ということもあり、嘲りを表情に出すのを抑えた。宍戸はアホかコイツという様子で、薄笑いしている。できるだけ丁寧な口調で、如月記者に答える。
「たとえ話をしましょう。自動車が行き交う片側ニ車線の車道があったとします。時速50キロ以上で車が行き交っています。そこに1人の女性が現れ、有ろうことか横断歩道もない車道を渡ろうとしています。彼女は言いました。道交法では歩行者優先なんだから大丈夫。周囲が止めようとした時には、彼女は既に車道に出て、車に撥ねられていました。さて、責任は誰にあるでしょう?」
如月記者は、俺が何を言いたいのか理解できないようだった。だから説明してやる。
「もちろん、車の運転者にも責任はあるでしょう。ですが100%、運転者側の責任と言えるでしょうか? 高速で車が行き交う車道を渡ろうとした彼女自身にも、責任はあるのではありませんか? 如月記者はそうした責任は問わず、止めなかった周りが悪いと仰るのですか?」
「そうではありません! ですが止めようと思えば……」
「止めようとした時には手遅れでした。それに、止める権利も義務も私にはありません。なぜなら彼女は家族でもなんでもない他人であり、成人した1人の大人だからです。その大人が、自分の意志で試験を受けて、ダンジョンに入ったのです。魔物が出現した時、彼女は『私が行く』と言いました。それを止める権利など私にはありませんよ。まして止めなかったと責められる謂れは、もっとありませんね」
如月記者はそれでも何かを言いたいのか、立ったままである。だからコッチで促してやろう。
「さて、他に質問のある方はいますか?」
数瞬の間を置いて、再び複数の手が挙がった。
なんなのよ、あの男! 記者会見で私に恥を掻かせた男、「江副和彦」。魔物に襲われたか弱い女性に対して、国にも自衛隊にも自分たちにも責任はなく、自己責任だと言い切った。何よりも腹立つのは、それに対して明確な反論ができなかったことだ。明日の政府記者会見で、自衛隊の失態を追及しようと思っていたのに、これでは笑われて終わりではないか。
「ムカつくわぁ~ あの男…… こうなったら徹底的に周辺を取材してやるわっ」
新聞社はジャーナリズムの最前線だ。私は権力の監視者であり、国民の代表でもある。私の質問が国民の質問。私の声が国民の声なのだ。その私に対して江副は恥をかかせ、宍戸に至っては関わりたくないと鼻で嗤っていた。許せない!
社に戻った私は、早速パソコンで今日の記事を書き始めた。
〈驕る民間冒険者、これも浦部内閣の独裁が原因か?〉
こんな記事が良いだろう。国、政府、自衛隊、そして民間冒険者……力を持つ者は必ず傲慢になり腐敗する。そして彼らは既に傲慢になっている。私たちジャーナリストが徹底的に監視し、叩かなければ……
「如月、局長がお呼びだ!」
思わず舌打ちした。せっかく文章が頭に浮かんできたのに、それが飛んでしまった。だが編集局長に呼ばれた以上、行かないわけにはいかない。そして、局長室で私は意外な言葉を掛けられた。
「如月、今日の記者会見なんだが、なんだアレは?」
「何とおっしゃいますと?」
「社に抗議の電話が殺到している。君は官邸の記者会見と同じ感覚で、冒険者二人に質問したのか?私の質問は国民の質問、だから答えるのが義務……そう思ってたんじゃないだろうね?」
「私は新聞記者です。国民が知りたがっている情報を明らかにするのが、私の役割です。彼らは……」
「彼らはただの民間人だ! 政治家でもなく、国から給料をもらってる公務員でもない! そもそも、質問に答える義務なんか無いんだよ!」
そう言って局長は紙を机に放り投げた。何やら駐車禁止マークのような絵が入っており、通知状と書かれている。
「株式会社ダンジョン・バスターズからだ。今後、毎朝新聞グループの取材は一切、受けないそうだ。テレビも雑誌も含めてな。彼らはいま、世界で最も注目されている。そこから取材を断られるってことが何を意味するか、わかってるだろ!」
「そ、それは…… ですがそんなこと、許されませ……」
「許されるんだよ! 相手はただの民間人、民間企業だ。取材お断りと言われれば、こちらは何もできん。下手に周辺を嗅ぎ回ろうものなら、プライバシー侵害で訴えるとまで言っている。これから俺が詫びに行って、なんとか取材不可だけは取り消してもらう。君は明日から、学芸部に異動だ」
学芸部は、文化芸術についての記事を書く。これまでのように、首相官邸の記者会見に参加して政治や社会について質問するのではなく、映画監督や将棋の棋士などに取材する。ようするに「趣味の世界」に近い。軽く見るつもりはないが、これまで社会部で記者をしてきた自分には物足りない部署だ。
(あの男のせいだ。あの男が圧力を掛けたに違いない! これはきっと政府と自衛隊が手を回したジャーナリズムへの弾圧、報道統制だ!)
「学芸部は比較的時間の余裕がある。だから女性記者も多い。君も働きやすくなるだろう」
局長が何か言っている。だがその声は、私の耳には届かなかった。
ダンジョン・バスターズに新たに仲間が加わった以上、メンバー同士の紹介が必要になるだろう。だがその前に、やるべきことがある。週末に彰を紹介すると茉莉には伝え、俺はスーツに着替えた。コンサルタントとしての仕事をしなければならないからだ。
「私事ではありますが、このたびコンサルタント業の他に、冒険者業を始めることにしました。そのため、経営コンサルティング業務を続けることが難しくなりまして、こうしてお詫びに参上した次第です」
パチンコチェーンオーナーの岩本に頭を下げる。幼馴染の友人だが、クライアントに対してはちゃんと筋を通さなければならない。罵倒されることも覚悟していたが、岩本は笑って手を振った。
「和ちゃんがテレビに出てたのは驚いたけど、納得はしたよ。この数ヶ月間で、和ちゃんの外見はみるみる変わっていったし、奇妙なお願いもされたしね。あ、詳しくは言わなくていいよ。聞かないほうが良いと思うから」
「岩ちゃん……」
「それで、実際の業務はいいとしても、コンサル契約の方はどうする?」
今でも、Aランクダンジョン「深淵」は魔石ではなく現金がドロップする。その現金を収入として確立させるため、月額300万円のコンサルティング契約を締結し、ダンジョンで得た300万円を渡している。クライアント数は60社、月額1億8千万円だ。無論、事業として受け取るため法人税や消費税を支払わなければならない。俺はいつもの口調に戻り、今後を相談した。
「できれば継続してもらいたいが、何かと注目を受けているからなぁ」
「だったら、スポンサー契約にしたらどうかな?」
岩本の提案は、契約は一旦終了させ、ダンジョン・バスターズのスポンサーとして契約するというのである。条件はダンジョンで得られたドロップアイテムを融通するというものだ。
「実際に回してもらう必要はないよ。年間3600万円の経費分の節税だけで、こちらのメリットは十分だからね。そうだな。和ちゃんの気が向いた時に融通してくれるって条件で良いよ」
「だがそれでは……」
「実は今日のために、信頼できる弁護士や税理士に確認したんだ。ダンジョン冒険者という存在そのものが新しいから、契約金額の適正判断例は無い。そうした場合は、法的に問題ないかを確認したうえで、双方が納得しているのなら問題にならないらしいよ」
結局、岩本の提案通り、コンサルティング契約を打ち切ったうえで、株式会社ダンジョン・バスターズのスポンサー契約として、月額500万で締結し直すことにした。本当にいいのかと確認したら、岩本は笑って頷いた。
「例えば、ライトノベルに出てくる若返りの薬『エリクサー』なんてものが本当に存在したら、10億円積んでも欲しいって人はかなりいると思うよ。そう考えると、月額500万は決して高くはない。弁護士はそう言ってたね」
言われて俺も頷いた。エクストラ・ポーションでさえ、製薬会社なら100億でも積むだろう。
数日掛けて、クライアント回りを終える。スポンサー契約は会社の事業規模にもよるので、一律で500万というわけにはいかなかったが、60社で月額2億3千万円になった。現在も、第三層では毎日稼いでいるので、金額的には問題ない。だがスポンサー契約をする以上、こちらももう少しクライアントにメリットを与えておきたい。
「今度開設するホームページに『協賛企業紹介』ってページをつけるか。金額は明示せず、コンサルティングで知り合った友人や知人の応援ということで、俺の感謝の文章を載せればいい」
契約したクライアントの一社がホームページ制作なども手がけるIT企業であったため、そこに依頼してダンジョン・バスターズのページを作ってもらっている。ダンジョン内の様子を動画で配信したり、ダンジョンについての基本情報や装備類、ガチャで出現するカードなどを紹介したりする。また横浜ダンジョンで得た魔石量と売価は都度公開し、ダンジョン冒険者の裾野を広げていく。
「1チーム5人としても、20チームは必要だな。そのうち、Aランク、Sランクを討伐できるチームが3チームあればいい。あとはB以下だ。だが、これで本当に間に合うか?」
着実に進んではいる。だが10年という限られた時間で、果たして全世界のダンジョンを討伐できるのか。全ては無理としても、凶悪と思われるBランク上位からSランクまでの、およそ200箇所は討伐すべきだろう。そう考えると、今のペースでは間に合わないような気がする。
(急ぐのはいい。だが焦るな……仕事は、焦っている時ほど失敗する)
かつて世話になった上司の言葉を思い出す。パンパンと両手で顔を叩き、深く息を吐いた。




