第013話:民間開放するそうです
ダンジョンは、世界中で同時に出現する。そのタイミングは「36日半ごと」ということは、仮説として考えられていた。だが今回、第3回目の出現でそれは確定的となった。
「36日半ということは、1年間の10分の1ということですね。今回が3回目ということは、つまりあと7回、ダンジョン発生現象が起きる、ということでしょうか?」
日曜日の朝から、特番が組まれている。コメンテーターとしてラノベ作家や野党議員が出演していた。朝食を取りながら番組を見る。ラノベ作家がコメントした。
「確かに1年の10分の1ですが、11回目、12回目が無いと決めつけるのは早計です。今回の現象は、人類が未だかつて経験したことのない超常現象です。我々の理解を超えているのです」
「ですが一方で、ダンジョンから取れる『黒い石』、ネット上では『魔石』と呼ばれていますが、水を水素と酸素に分解する力があると判明しています。これを使えば、エネルギー革命が起きるとまで言われていますが?」
「物理学者たちは首を傾げているそうですがね。それは『ダンジョン産だから』でいいんじゃないですか。私としては、先のG7共同声明である『ダンジョンの民間開放』に期待したいですね。魔石確保には膨大な人員が必要です。陸上自衛隊員や警察官では、とても足りないでしょう。ダンジョンで魔石を確保する専門職が必要だと思いますね」
「いや、その意見には私は反対ですね」
立憲民政党副代表の藤本議員が、ラノベ作家の意見に反対する。
「魔石……『黒い石』については、未だに不明な点が多くあります。またダンジョン内に未知のウィルスがいないとも限りません。政府は責任を持って、ダンジョンを完全封鎖すべきでしょう」
「それこそ非現実的ですよ。今でこそ日本には三つしかありませんが、もしダンジョンが百個出現したら、それを全て封鎖するんですか? 365日、24時間昼夜交代制で? ダンジョンの中には魔物がいるんですよ? このまま大人しくダンジョンの中に居てくれるっていう保証はどこにもありません。なんとかしなければならないんですよ。そしてその決断をするのが政治家の仕事じゃないんですか?」
「なんとかと言われましても、ダンジョンについては殆ど何も解っていないじゃないですか」
「何も解っていないから放っておくのではなく、何も解っていないから、解るまで調べるんですよ。自衛隊が先行して調べて、解った部分から民間人を入れて魔石を確保していく。これが現状のベストだと思いますよ」
「民間人に被害が出たらどうするんですか?」
野党議員とラノベ作家の討論となってしまっているが、聞いていて考えさせる部分も多い。結局は政治が決めるのである。「なんだか解らないけど、臭いものだから蓋をする」という意見は、平和主義、事なかれ主義の日本では受け入れられやすい主張だろう。
「えー、議論が白熱していますが、画面を切り替えます。三つ目のダンジョンは、北海道札幌の大通公園に出現しました。現場には丸山アナがいます。丸山さーん?」
「こちら、札幌の丸山です。今年の雪まつりは中止になるかもしれません。なぜならダンジョンが……」
そこで音量を落とし、俺は画面を見つめた。警察官が交通整理を行い、陸上自衛隊がブルーシートで囲いを作っている。入り口の形状は不明だが、これまでの情報を総合するとほぼ同じと考えて良いだろう。
「これで、札幌市、江戸川区、横浜市、大阪市の四ヶ所か。恐らく最終的には、日本国内に10もしくは11のダンジョンが出現するだろう。まずは日本国内から潰すべきだが、厄介だな。これは政治が大きく絡む……」
現実世界はラノベとは違う。「ダンジョンが出現しました。民間人に開放して魔石集めてください。高額で買い取りしますよ。わっ、こんなにたくさんの魔石を集めるなんて…… Sランクですねー」なんて、トントン拍子で進むはずがない。民間人に被害が出たら、間違いなく政治問題になる。以前、日本人ボランティアが中東の紛争地帯に入って拉致されたという事件があったが、あの時も政治問題になった。
(ダンジョン内は時の流れが違う異世界だ。だから日本国政府は一切の責任を負わない。ダンジョン内は日本国憲法も法律も適用しない。殺すも殺されるも自己責任……言うのは簡単だが、責任放棄だと政府はバッシングを受けるだろう。やはり、国際機関で決定してからだろうな。日本は「外からの圧力」に弱い。民間開放には1年は掛かるだろう……)
理性と論理に基づいて、俺はそう予想していた。だがそれは覆された。日本人は俺の予想を遥かに上回る愚か……いや、ファンタジー好きだったのだ。
「では、ダンジョン民間開放のテストとして、まずは横浜ダンジョンの調査の実施、およびメディアの取材を認めることで、よろしいでしょうか?」
日曜日にもかかわらず、首相官邸には安全保障会議のメンバーたちが集まっていた。ダンジョン出現という事態に機敏に動かなければ、リーダーシップに欠けるとマスコミから叩かれるし、実際に会議を開く必要もあったからだ。
「横浜ダンジョンでは、自衛隊員の中でも『ランクE』の隊員が、第二層に入っています。カードガチャという能力によって、武器や道具を呼び出せることも確認しています。その中でも『ポーション』と呼ばれる薬物は、製薬企業も大変に注目しています」
「内服薬として風邪に効くそうだな。しかも特効だ。解析して製造できたらノーベル賞モノだな」
相馬財務大臣の言葉に文部科学大臣が頷く。
「ですが、サンプル数が足りません。現在、世界中で魔石や未知の技術の争奪戦が始まろうとしています。すでに大東亜人民共産国では、人民解放軍数十万人がダンジョンに入り始めているそうです。おそらく大姜王国も同じでしょう。時間はありません。安全保障の観点からも、日本も動くべきと考えます」
「有識者会議からは、ダンジョン冒険者本部の運用についても意見が出ています。原則的に、魔石は全て買い取りとし、カード化した魔物については、自分でガチャを行いたいという人もいるでしょうから、本人の自由意志に任せるとします。またカード取引所の設置も提言されています。カードガチャでは装備類を手に入れられますが、余った装備などを売り買いできる場所が必要だというのです。カードという性質上、贋作が出回りかねませんので、これは冒険者本部が一括して行うべきでしょう」
日本のラノベ作家たちは、こうした「現代にダンジョンが出現した設定」を日常的に考えている。そのため極めて建設的な意見が複数出てくる。無論、中にはいささか首を傾げる制度もあるが。
「パーティー登録制度は良いとしても、この『ランキング制度』については、個人情報保護の観点からも見送るべきではないか? それに法整備も必要だ。ダンジョンの魔物は地上では実体化できないが、装備や道具類は違う。今後、犯罪に使われかねないような危険な道具も出るかもしれない。やはりここは、カードガチャそのものを禁止とし、必要なカードは本部から買い取るという制度にしてはどうだろうか。危険なカードは出回らずに済むし、誰がどのカードを買ったかを把握することで、犯罪も予防できるだろう」
「いや、それは民主主義の精神に反する。それに、個々人がカードガチャという能力を持てば、必ずその能力を使おうとする者が出る。『弁舌が上手い』という人間は、時に詐欺師になるが、時に弁護士にもなるのだ。能力を法によって規制するのではなく、そうした犯罪行為をしそうな民間人を冒険者にしないことに、力を入れるべきだ」
このような議論を通じて「ダンジョン冒険者本部」が徐々に具体的となっていった。
「日本人はバカなのか? それとも、俺が見誤っていたのだろうか? まさかここまで早く民間開放の動きがでるとはな……」
仮住まいのマンションのダイニングでテレビを見ながら、俺は呆れていた。斜め向かいには茉莉が座り、同じようにテレビに釘付けになっている。画面ではデモ行進の様子をリポーターが伝えている。
〈このように、ダンジョンの民間開放を訴えるデモが毎日のように発生しています。日本政府はこれを受け、札幌、横浜、大阪の三つのダンジョンのうち、比較的危険度の低い横浜ダンジョンを開放する方針を閣議決定しました。防衛省内に設置された「ダンジョン特別対策課」を格上げし「ダンジョン冒険者運営局」が設けられる予定です〉
「魔石という未知のエネルギーや、ポーションなどの異世界技術を求めるのは理解できる。だからいずれ、ダンジョンの民間開放はされると思っていた。だが早すぎる。横浜ダンジョンだって、第二層の情報は公開されていない。その段階で開放するか?」
「第一層は、たしかミューちゃんと同じ『ウサギ型魔物』ですよね? うぅっ……私は横浜には行きたくありません」
ミューと同じウサギを殺すことに、茉莉は強い抵抗があるようだ。
「そうだな。あるいはコレが狙いか? ウサギ型魔物なら、特に女性は抵抗を覚えるかもしれない。ダンジョン内では、最初は素手で戦わなければならない。民間開放といっても、誰でも入れるようにするのではなく、厳選するはずだ。まずは女性参加者を排除することが目的か?」
画面には、陸上自衛隊が公開した横浜ダンジョン第一層の魔物「ウサギ」の写真が出ている。
〈これを素手で殴り殺す。デモしている人は、その覚悟があるんでしょうかね?〉
コメンテーターを務める保守系新聞の論説委員が首を傾げている。全く同感だ。あのデモに参加している暇人の大半は、ダンジョンについての知識など殆ど無いだろう。
(いっそのこと、大阪ダンジョンを開放して、死者を大量に出せばいい。バカは死ななきゃ治らないんだ)
俺がコメンテーターだったら、そう吐き捨てるだろう。
「冒険者運営局が正式に発足したら、恐らく民間冒険者免許試験が行われるはずだ。実技と座学だろうな。俺はそれに参加するが、茉莉は横浜ダンジョンに行く必要はない。いずれ札幌や大阪のダンジョンも開放されるだろうし、ダンジョンはこれからも増える。今はこの『鹿骨ダンジョン』で、ランクアップを目指せ。他のダンジョンに行くのはDランクになってからだ」
「はい」
今日もこれから、第一層を回る。茉莉はかなりEランクに近いところまで来ているはずだ。恐らく今日でランクアップするだろう。
「えいっ!」
「ミューッ!」
私とミューちゃんが先頭に立って、ゴブリンを倒していきます。ドロップする五〇〇円硬貨とカードは、和さんが持っている「怠け者の荷物入れ」に自動的に入っていきます。そうすると保有数にはカウントされないそうで、幾らでもカードを集められるそうです。ただ、自動回収以外は普通の袋なので、五〇〇円が溜まっていけば重くなりますし、袋の容量にも限界があるのが欠点だそうです。
私たちは四時間掛けて何百ものゴブリンを倒しました。そして、待ちわびたランクアップがやっと来たのです。
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【名 前】 木乃内 茉莉
【称 号】 なし
【ランク】 E
【保有数】 0/30
【スキル】 カードガチャ
神聖魔法Lv1
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「やりましたぁっ! Eランクになってます。それにスキルも新しく『神聖魔法レベル1』が追加されました!」
「やったね、茉莉! 神聖属性の魔法はアンデッドに有効だから、第三層で力を発揮するわ。それに支援魔法が充実しているから、エミリたちも大きく助かるわ」
「お目出度うございます、茉莉さん」
「ミューッ! ミューッ!」
エミリ、朱音、ミューが祝福してくれます。和さんはこれまでの時間と討伐数を記録し、そして握手してくれました。
「おめでとう。茉莉の時給をアップしなきゃな」
「えっ? 今でも十分に……」
「いや。前々から、ランクごとに時給を決めるべきだと思っていた。AランクとFランクが同じ時給だったら可怪しいだろ? そうだな。ランクアップごとに100円ずつ、時給を上げていくか」
「時給2100円……凄い。私、まだ高校生なのに」
私は呆然としてしまいました。でも嬉しくもあります。こんなお金を貰えるのなら、将来の仕事は冒険者でもいいかな…… そんなことを考えながら、私たちはひとまず、安全地帯へと戻りました。
「さて、茉莉もランクアップしたし、ゴブリンカードも溜まっている。ここらでガチャをやるか!」
ランクアップまでの討伐数や時間を記録し終えた俺は、種類ごとに収納されている「魔物カード」を取り出した。最も多いのはスケルトンナイトで、すでに一万枚を超えている。オークカードもゴブリンカードも、1千枚以上はある。俺はその中から、茉莉とミューが得たゴブリンカード200枚と、スケルトンナイトカード100枚を出し、それぞれをケースに入れた。
「このゴブリンカードは茉莉のモノだ。使うなり貯めるなり好きにしろ。ただ、ここから外に持ち出すのは止めたほうがいいな。誰かに見つかったら大変だ。それと、このスケルトンナイトカードはボーナスだ。Dランクの魔物だが、11連ならレアカードが1枚出るぞ。好きな時にガチャすればいい。そして、第三層へ向かう準備に……」
俺はスケルトンナイトカードを1千枚用意した。
「……110連ガチャをやるぞ!」
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【名 称】 処女の聖衣
【レア度】 Rare
【説 明】
清らかな処女を護る衣。物理耐性と
魔力向上が付与されている。ただし
処女以外が着ても効果はない
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【名 称】 聖なる魔杖
【レア度】 Rare
【説 明】
神聖属性魔法の威力を高める効果付与
がされている。耐久性もあるので、
棍棒としても使える。
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【名 称】 魔導士の外套
【レア度】 Rare
【説 明】
消費魔力を軽減させる付与効果がついた
魔法使い用の外套。
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【名 称】 大魔術師の杖
【レア度】 Rare
【説 明】
神核片を埋め込んだ強力な魔術杖。
秘印術の威力をかなり高める。
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【名 称】 獣のグローブ
【レア度】 Rare
【説 明】
打撃攻撃を行う魔獣の手を護るための
グローブ。填めると自動的に適正な
大きさへと変わる。
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【名 称】 素早さの靴
【レア度】 Rare
【説 明】
移動速度向上の効果付与がされた靴。
早く動ける分、止まる時には力が必要。
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【名 称】 イフリートの召喚石
【レア度】 Rare
【説 明】
炎の精霊であるイフリートを召喚する
ことができる。招聘魔法使い専用。
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【名 称】 真純銀鉱石(五kg)
【レア度】 Rare
【説 明】
魔力伝導率の高い真純銀の鉱石。
加工するには錬金術のスキルが必要。
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【名 称】 マジック・リング
【レア度】 Rare
【説 明】
魔法を発動した際の消費魔力を少しだけ
抑制する効果がある。
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【名 称】 パワー・リング
【レア度】 Rare
【説 明】
身につけると力が湧き上がる。物理的
攻撃力が少しだけ高まる。
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【名 称】 エクストラ・ポーション
【レア度】 Rare
【説 明】
不治の病や欠損部位なども完全回復させる
最上級のポーション。無味無臭。。
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【名 称】 異空間の革袋(小)
【レア度】 Rare
【説 明】
魔法の革袋の上位版。袋の中は時間が停止
している。ただし入れられる容量は、
九立方メートルまで。
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【名 称】 モフモフブラシ
【レア度】 Rare
【説 明】
毛並みを整えるブラシ。通常のブラシと
比べてモフモフ度が大幅に向上する。
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【名 称】 オークの精力剤
【レア度】 Rare
【説 明】
精力が漲り、持続し続けます。また
効力が切れた後も、少しだけ太く、
大きくなります。
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「まぁそれなりに便利そうなのが出たな。真純銀鉱石の扱いはエミリに任せるとして……なんで『オークの精力剤』だけ『ですます調』なんだ? それにモフモフブラシなんて、何に使うんだ? いや、解るけれど……」
机にカードが並んだ瞬間、モフモフブラシは実体化して茉莉の手の中にあった。ミューを膝に乗せてブラッシングしている。おい、せめて断ってから持っていけ。
「ねぇ、主人。ちょっとガチャについて気になることがあるんだけれど?」
俺が内心で文句を言っていると、エミリがガチャについて疑問を提示してきた。
「このガチャ、ランダムじゃないと思うわ。だって、必要なモノをその時々で出しているもの。一定の回数を一気にやれば、ガチャをした人にとって必要なモノが出てくる。そんな機能なんじゃないかしら?」
「言われてみれば、そうだな」
被っているカードも相当に多い。だが、少なくともレアカードは俺たちに必要なモノが揃っている。たとえば「モフモフブラシ」などは、ミューが加入する前に出ていたら、使い途は無かったはずだ。このタイミングというところで出てきた。
「俺だけなのか。それともガチャスキルそのものがそうなっているのか……」
「いずれ茉莉もガチャするはずよ。そのタイミングで検証すればいいわ。ガチャなんて、これまでのダンジョン・システムには無かった。エミリも朱音も初めて見たスキルなの。だから凄く気になる。ひょっとしたら、このガチャスキルが手掛かりかもしれないわね」
「手掛かり? なんの?」
「決まっているでしょう。ダンジョン・システムを作った存在のよ」
エミリはそう言って、じっとカードを見下ろしていた。
 




