第093話 Ultra Rare
【ブレージル共和国 Aランクダンジョン 苦悶】
「ジャングルの次は砂漠か。ダンジョンってのは、どうなってるんだ?」
苦悶の第九層は、一面の砂漠であった。空を見上げると、そこには赤い太陽と黄色い太陽が出ている。地球とはまったく別の異世界であった。
「ダンジョン・システムの目的は新たな神を生み出すこと。ダンジョンの討伐も魔物大氾濫も、すべてはそのための試練」
「試練ってのは、挑むもんであって、押し付けられるもんじゃねぇと思うがな? まぁいい。サイゾー、周囲の様子はどうだ?」
「……地中に何かいる。かなり大きい」
気温四〇度を超える炎天下の中、覆面をつけた黒装束の男がボソリと呟いた。LRカードのサイゾーである。見た目は忍者そのものであった。
「そうか、地中か。ジョバンニ、砂だがいけそうか?」
「任せてくれ」
次層へ続く階段を探して歩き始めた一行が立ち止まる。すると四方から巨大なムカデが出現した。頭の大きさだけでも、軽自動車くらいあるだろう。だが二メートルほど砂から出てきたところで、ピタリと動きが止まった。
「フヒッ…… 阿呆が。地中いるなら、砂ごと固めちまえばいいんだよ。ジョバンニ、良くやった。テメェら、プチプチ潰していけ」
「OK、ボス!」
Aランクの男たちが次々と巨大ムカデに斬りかかる。並の武器では硬い表皮に弾かれてしまうが、男たちの持つ槍や剣は、まるでチーズを切るように、簡単にムカデの表皮を切り裂いた。
「悪いが、魔物相手に命懸けになるつもりはねぇよ。人間相手で十分だ」
簡単に倒されていくAランク魔物を見ながら、ジョーカーは紫煙を吐いた。
【東京都江戸川区 Aランクダンジョン 深淵】
前回、第七層に来たときはホワイトオークの集団と戦った。ダンジョン内の村落を形成し、スノージャッカルを使役し、言語すら操る存在であった。異世界から来たと言われても信じたくなるような相手であった。
そして俺たちは再び、ダンジョンの不可思議に遭遇した。
「……スノージャッカルはいるが、ホワイトオークがいないぞ。なぜだ? ホワイトオークは復活しないのか? そして…… なぜこの村跡で、お前が商店を開いている?」
「ニッシッシッ! こりゃまた大所帯ですねぇ。皆さん、随分とカードを貯めておられるご様子。いかがです? ここでURカードの武器なんてのは?」
ダンジョンを渡り歩く行商人であるリタが、堂々と店を開いていた。 俺は呆れながらも、久々の再会を喜んだ。URランクの武器や防具、あるいはポーション類はガチャでも出現するが、驚くほどに確率が低い。SRカード五〇枚を消費して、ようやく一枚が出現するような確率だ。それでいて出現するカードは選べない。これなら一〇〇枚使ってでも、自分に合う武器を選んだ方が良いだろう。
「良いタイミングで会えた。これから深淵の最下層まで降りる。強力な武器や防具が欲しかったんだ」
「ハーイ! お買い上げ有難うございます! 選りすぐりのカードをご用意していますよ? さぁ、商売商売!」
各自がランクごとに分けられた、一〇〇枚束を取り出す。磨かれた木のテーブルには、URランクのカードが分類ごとに置かれていた。リタが一人ひとりと会話しながら、カードを選んで売り口上する。
「なるほど、槍をお使いになるのですね? それであれば、このURカード『神槍ゲイ・ボルガ』は如何でしょう? 一突きで三〇もの槍先が生じ、その貫通力はアダマンタイトを紙のように貫きます。槍の最上級ですよ~」
「ちょうど手数について悩んでいたところです。これは欲しいですね」
「今ならオマケで、着け続けるとワンランク上がる『マジカル・ブラジャー』もお付けしましょう」
「……なんでしょうか。この槍を買うことに、物凄い抵抗を覚えるのですが」
日下部凛子は微妙な表情を浮かべながらも、SRカード一〇〇枚を渡した。早速、カードを顕現させると、凄まじい気配を放つ槍が出現した。手にした凛子自身が、額に汗を浮かべた。
「これは…… 相当に使い手を選びますね。下手な者が手にしたら、武器に呑まれてしまいそうです」
「ニシシッ、そりゃ神槍ですからねぇ。武器自身が魂を持っていますから。早くSランクにならないと、見限られちゃうかもしれませんよ~」
それぞれが武器を買い求める。もっとカードを用意すべきだったかと、少し後悔した。そしてリタは、俺に対してもカードを差し出してきた。
「おじさんの場合は…… こちらですかねぇ」
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【名 称】 クロノスのスコップ
【レア度】 Ultra Rare
【説 明】
タイタンの長であるクロノスが使っていた
アダマスのスコップ。伸縮自在であり刃先は
如何なるものも穿つ。不壊特性。
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「なぜスコップなんだ? クロノスの武器と言えばハルパー(鎌)だと思うんだが?」
そう言いながら、腰に帯びていた斬鉄剣をカードに戻し、スコップを顕現させる。巨大なスコップが空中に出現し、すぐに普通の大きさへと変化した。柄を掴み、フォンと一振りする。手に馴染む。ダンジョンに入り始めた当初は、メリケンサックを使っていた。やがてスコップを手にした。ただのスコップだったが、その近接戦闘力は絶大だった。
「斬鉄剣ではスライムは斬れませんが、このスコップは違いますよ~ なにしろ神が使っていた武器であり道具です。ドラゴンの皮膚ですら余裕で貫けます」
「いいな。完全にチート武器だ。これならSランク魔物とでも戦える」
すべての準備が整った。あとは最下層に向かうだけだ。俺たちは第八層へと向かった。
【東京都新宿区 防衛装備庁】
魔物大氾濫の可能性については示されても、それに対する各国の対応にはバラツキがある。その理由は、魔物がどの程度の強さを持つのか、近代兵器がどの程度通用するのかが不明だったからである。
「江副氏の協力により、Sランク魔物であるドラゴンの分析は完了しました。それに基づいたシミュレーションの結果、現在の航空自衛隊の装備では、傷一つ付けられないことが予想されます」
「三〇ミリ機関銃をもってしても、ドラゴンの表皮に弾き返されてしまいます。細胞膜の剛性、靭性が桁外れており、九十九式空対空誘導弾も通じません。可能性があるとすれば、ミサイル攻撃によって地面に叩き落とし、高射特科部隊による榴弾の雨を浴びせるという作戦です」
「それは駄目だ。国土防衛のためにも、何としても海上での空中戦で仕留めねばならない。大口径の機関砲を搭載した戦闘機は、第二次大戦にはすでに登場していたはずだ」
「それらは皆、双発機だろう。ドッグファイトには向かない。それに火器管制システムも無かった頃のものだ。やはりここは、FⅣファントムをベースとして開発したほうが良いだろう。超音速にもステルスにも拘る必要はない。四〇〇〇馬力のエンジンと五〇ミリ機関砲を搭載させた、エンテ型戦闘機ならば、日本でも開発できるし、運用コストも安くなる」
「いや、それはもうFⅣではなく、大戦末期の震d……」
「姿勢制御の問題も、現代のコンピューターなら問題ない! なにより、あの深緑の機体に深紅の日の丸が描かれた未完の名機を再び取り戻したいとは思わないか!」
現代の戦闘機ではステルス性能が必須であるが、相手がレーダーなどを使わない低速の飛行型魔物となると、求められるのは一撃離脱式ではなく継戦能力が求められる。ステルス性能も超音速もミサイル搭載能力も不要。大口径の機関砲、旋回能力や加速力などの格闘性能、ルックダウンなどの視認性など、必須項目がホワイトボードに書かれていく。
「見れば見るほど、現代の戦闘機ドクトリンから外れているな。雷撃も爆撃も不要。重機関砲による航空格闘に全振りした局地迎撃戦闘機となると……」
全員の頭に、同じ機体が浮かんだ。
「プロペラ戦闘機?」
表題に「十九試局地戦闘機開発計画」と書かれた企画書を読んだ装備政策部長は、呆れた表情を浮かべていた。企画書の中には御丁寧にイラストまで入っていた。どうみても、大怪獣の口内に特攻した「例の映画」で使われていた戦闘機そのものである。
「残念ながら、十八試局地戦闘機震電のデータは、殆ど残っていません。ですが、十七試局地戦闘機閃電のデータや、米国のFⅣのデータなどを活用し、大幅に性能向上させた対航空異生物迎撃戦闘機の開発は可能と思われます」
企画書の中には、これでもかというくらいにプロペラ戦闘機のメリットが書かれていた。時速四〇〇キロ程度で飛行する魔物に対して、超音速戦闘機でドッグファイトをすれば、旋回によるジーロックが発生しかねない。むしろ時速六~七〇〇キロの低速で、耐Gスーツを着たほうが良いなど、シミュレーションの数値を乗せて説明されている。
「なにより、プロペラ戦闘機であれば低コストで開発ができ、国内での量産も可能です。軍拡ではなく魔物大氾濫に備えてのものという説明にも、説得力が出ます」
「なるほど…… 幸いなことに、対魔物用の兵器開発には予算が大幅に付けられている。世界中の富裕層から寄付金も集まっている。ゴーサインを出すのは構わない。だが問題が一つ。この企画書のタイトルの理由は?」
「ロマンです」
胸を張る部下を見ながら、部長は溜息をついて判を押した。
【東京都江戸川区 Aランクダンジョン 深淵】
第八層はAランク魔物アイスエルフとの戦いであった。雪深い針葉樹の森の中を進むと、あらぬ方向から矢が射かけられた。先頭を進んでいた宍戸彰が、パシンと矢を掴んだ。それを機に、四方から一斉に矢が降り注ぐ。タンク役たちが盾を構えて防ぎ、火炎魔法で遠距離攻撃を仕掛ける。
「構わん。どうせ再生する。焼き尽くせ!」
「応ッ!」
奇襲攻撃を仕掛けてきたということは、組織的なまとまりのある「軍」なのだろう。だが、相手はこのダンジョンに縛られているが、俺たちは違う。第八層すべてを燃やし尽くしても問題ないのだ。
「むしろ一対一で戦う方が、こちらにとっては厄介かもしれないね」
彰の言葉に俺も頷く。アイスエルフもそれに気づいたのか、弓を捨てて短剣での接近戦を仕掛けてきた。スコップで受け止めると、ブツブツと何かを呟いている。
「コロス、コロス、ニンゲンコロス……」
「言葉が通じる様子はないな」
ガーディアンが捌き、アタッカーが一対一で仕掛ける。思った通り、Aランクといっても、メタルスライムのような特殊固体ではなく、単に身体能力に優れた戦士である。これならば戦いようがある。
「朱音たちは後方を護れ! こいつらは俺たちで倒す!」
「畏まりましたわ」
LRキャラクターに戦わせる必要はない。彼らは未だAランクのままだが、それはAランクダンジョンを討伐していないからだ。この深淵を討伐すれば、軒並みSランクになるだろう。だが俺たち人間は違う。戦い続け、少しずつSランクになるしかない。
「ダンジョンの問題は、俺たち人間の手で、解決しなければならない。そうでなければ、意味がない」
短剣を躱したつもりだったが、頬が軽く切れた。それを無視して、スコップでエルフの頭を潰す。他のメンバーたちも、連携しながら上手く戦っている。このまま最下層に行けそうだ。
【ブレージル共和国 Aランクダンジョン 苦悶】
Aランクダンジョンの最下層に辿り着いたジョーカーたちは、一本道を進んでいた。
「ふーん、最下層は他と変わらねぇのか。で、ボス部屋の前に都合よく商人がいると……」
「ニヒヒッ! お久しぶりです~ URの魔物カードを用意してますよ~」
「少し休憩するか。お前ら、飯の支度をしろ」
部下にそう命じて、ジョーカーはタバコを咥えて火を付けた。
「ドラゴンはSランクの中でもかなり弱いですからねぇ~ アタシが用意したのは、最強クラスです。URカードの魔物、悠久なる深紅龍です! 最凶最悪のSランクダンジョンのボスでさえ、この一枚で倒せるでしょう。SRカード五〇〇枚のところ、特別に三〇〇枚で交換しますよ~」
「ふーん、魅力的だが…… いらねぇな。ここから先は、魔物は使わねぇからな。魔物カードよりも、装備類が欲しい」
「へ? この先はボス部屋ですよ? しかもAランクダンジョンの。間違いなくSランクの魔物が待ってますよ? カード使わないんですか?」
「あぁ…… これまでもボス戦だけは、俺ら自身でやってきたからな」
「魔物を使ってボスを倒しても、討伐という意味では同じですが?」
リタはそう言って首を傾げつつも、装備類のカードを用意し始めた。ジョーカーは紫煙を吐きながら、小さく呟いた。
「人間の手でやらなきゃ、意味ねぇんだよ……」
一瞬だけ、普段とは違う表情を浮かべ、そしてケラケラと嗤った。




