第092話 Aランク討伐競争
しばらく歴史系のほうに集中していましたが、少しずつ書き始めます。
【二〇二一年六月 江戸川区鹿骨町 ダンジョン・バスターズ本社 江副和彦】
ダンジョン・バスターズの各チームが、海外のBランクダンジョン討伐に動き出してから、四ヶ月が経過した。大亜共産国内にある幾つかのBランクダンジョンを討伐し、複数人がAランクまで上がってきている。Aランカーの戦闘力は、一国の軍事力に匹敵する。
各国の冒険者管理組織では、この超常的な力を持つ存在をどのように管理するかで、頭を悩ませていた。魔王ジョーカーの言葉通り、強さの基準が原始に戻ったのである。Cランク以上を証明する「種族限界突破者」の称号を持つ人間は、全世界でも一〇〇名程度しかいない。だが今後、この数は確実に増えていく。力を手にしたことにより、悪意に染まる人間が出ないとは限らない。
『Cランク以上の大半が、バスターズかクルセイダースのメンバーよ。でもそれ以外にもいる。特に、日本にいるもう一つのダンジョン討伐チームであるライジング・サンには、ヘッドハントの声が掛かっているわ』
「自国内のダンジョンを討伐して欲しいのなら、俺たちに依頼した方が安いと思うが?」
バスターズ本社の執務室で、オンライン会議を開いている。相手はダンジョン省の幹部たちだ。事務次官の石原由紀恵は、省庁内だというのに細長いタバコを咥えて火を付けた。どうやらダンジョン省内は喫煙可のようである。
『ガメリカは、自国の冒険者を育成する目的も兼ねて、共同討伐を持ちかけているようね。笑えるのは内国よ。内国の冒険者として、他国でのダンジョン討伐を最大限援助するって条件らしいわ。つまり冒険者の輸出ね』
「なんだそれ? 自国内のダンジョン討伐ではなく、他国のダンジョン討伐のために、内国に来いってことか? 本末転倒すぎるだろ」
『貴方たちの活躍が、気に入らないんでしょう。ただ、この話は流れたみたい。ライジング・サンっていう名前が、旭日旗を連想させるとかで…… これはもう、ギャグね』
画面越しに互いに失笑してから、真面目な表情になる。
「昨日、日下部から連絡があった。メンバー全員が、Bランクダンジョン討伐者の称号を得たらしい。全世界のBランクダンジョンは、推定で二二七。そのうち三一が大亜共産国にある。ダンジョン省が支援して、ライジング・サンも送り込んでくれ。Bランクダンジョン討伐の競争が始まっているぞ」
『日本としても安全保障の観点から、可能な限りA以上のランカーを増やしたいわ。けれど、あまり大っぴらには支援できない。官公庁は、すべての国民に対して平等であるべし。それが大多数の日本国民の考え方だから』
「クラウド・ファンディングなどで資金集めをさせるのはどうだ? ダンジョン・バスターズから、匿名で一〇億くらい出してもいい。俺たちは既に手一杯だ。討伐チームの育成には、ダンジョン省も力を貸して欲しい」
ダンジョン内で魔石を集めることを目的とする「採掘チーム」は、順調に増えつつある。ダンジョン省でも時間枠予約制度を見直し、月・水・金の三日間を時間無制限の開放日とした。ただし、ダンジョン内は完全な自己責任である。採掘者同士のトラブルには、一切関与しない。
『魔石によるエネルギー自給化は、ようやく軌道に乗りそうよ。経済が活性化すれば、税収も増える。自衛隊も、対魔物専門の装備を揃えられるわ。見通しは立っているけれど、問題が一つあるの。浦部総理の健康問題よ』
【永田町 首相官邸】
ダンジョンが出現して二年、日本は景気回復の軌道に乗っていた。世界のどの国よりも早く、ダンジョンに適応した日本には、世界中から投資が集まり、株価は三万円を大きく超えている。ロスト・ジェネレーションと呼ばれる四〇代世代を中心に、低所得層だった者たちはダンジョンという新しい職場で活躍し始めていた。このままいけば、一年後にはデフレを脱し、安定成長期に入るだろう。
「総理、本当に御辞めになられるのですか?」
今年で七三歳になる官房長官の菅沼義明は、その顔を皺くちゃにしていた。日本国内閣総理大臣の浦部誠一郎は、満足げな笑みを浮かべて首を縦に振った。
「憲法が改正され、デフレ不況も脱しつつあります。ダンジョンも、民間が頑張ってくれているお陰で、冒険者の海外進出までできるようになりました。ですが、国際情勢はまだ不穏です。この先は、健康に不安のある私ではなく、立法府と行政府を繋げ、海外要人からの信頼も厚い貴方が、この椅子に座るべきでしょう」
「私は貴方にお仕えしてから、総理になりたいと思ったことなど、一度もありません。私には、貴方のような人を惹きつける華がありません。この国難の時にこそ、国民を束ねる強い指導者が、必要なのではありませんか?」
「それを選ぶのは国民です。私は三期、自保党の総裁となりました。もう、十分です。菅沼さんであれば、行政府を上手く回していけるでしょう。今後は貴方に任せます。私は山口に帰り、女房孝行をしたいと思います」
浦部誠一郎の決意は動かなかった。菅沼は溜息をついて頷くしかなかった。
【ウリィ共和国 ソウル特別市】
二〇二一年七月、ウリィ共和国(※通称、内国)では、与党である「共に民政党」と、野党である「国民の誇り」による、激しい舌戦が始まろうとしていた。二〇二二年の大統領選挙の候補者として注目されている二人の男が、同日に立候補を声明したのである。
共に民政党の予備選に出馬するのは、過激な発言で知られている京畿道知事「李在寅」、国民の誇りの予備選に出馬するのは、前々大統領を調査した元検察総長である「尹軫永」である。両名とも、出馬声明と同時に、予備選の最有力候補と見做されている。
「我々は歴史的な被害者であり、日本は歴史的加害者である。この関係を清算するためには、日本による誠意ある謝罪と積極的賠償が必要である。日本は重要な隣国ではあるが、歴史的にも軍事的にも敵性国家であり、対日関係は極めて慎重に見極める必要がある」
「過去に固執し、対日強硬姿勢を貫いたとして、それで何が得られるのか? 日本のダンジョン対策は世界最先端であり、我が国も見習うところがある。歴史の問題はひとまず横に置き、まずは内日関係を好転させ、ダンジョン問題や経済問題で、日本から協力を引き出すべきである」
ウリィ共和国の大統領選挙は、結局のところ対日姿勢に帰結することが多い。反日か、親日かという白黒で考え、候補者を色付けする。そして原則的に、大統領選挙で親日的発言をすれば、当選は絶望的となる。親日というレッテルが貼られたため、社会的に抹殺された内国政治家も複数名いるのだ。今回の大統領選挙も、同じ構図が始まりつつあった。
「我が国は独自のダンジョン対策を取っている。通称、K-D対策だ。世界最先端のダンジョン対策を取っている我が国が、なぜ日本に協力を求める必要があるのか。確かにダンジョン討伐という点では日本が先行しているが、追いつくのは時間の問題だ。日本の協力など必要ない。我が民族は、世界最優秀なのだ」
実際のところ、日本と内国とでは経済面でもダンジョン対策面でも大きな差が付いている。内国は未だに、国連のIDAO(国際ダンジョン冒険者機構)に加盟していない。そのため、ダンジョン討伐の国際協調という点で、大きく出遅れている。
だが内国では「正義」が何よりも重視させる。その正義とは「その時々の感情的利益」であり、この感情的利益が、日本を認めることを拒否していた。そのためK-D対策と名付けて世界に向けて広報するなど、自分たちの優位性をアピールすることで面子を保とうとする。その優位性が虚像であろうが関係ない。その時の感情的利益が満たされれば、それが正しいこととされる。良し悪しではなく、これが内国の文化なのである。
「現実を見るべきだ。日本は既に、国内の大半のダンジョンを討伐し、海外にまで積極的に乗り出している。大亜共産国はダンジョン対策で日本と連携し、今度はそこに米国まで加わろうとしている。我が国は完全に取り残されているのだ。K-D対策などと言わず、今からでもIDAOに加盟し、国際協調路線を取るべきだ」
ユン・ジニョン候補の意見は、日本人から見れば当たり前に聞こえるだろう。だが内国人としては面白いものではなかった。それよりも、言葉によって感情的利益を満たしてくれるイ・ジェイン候補に人気が集まるのは、内国においては必然であった。当初の世論調査では、両候補の支持率は拮抗しているが、徐々にイ・ジェイン候補が押し始めると予想されている。投票日は二〇二二年三月である。どのような結果になるか、この時点では誰も予想できないでいた。
【江戸川区松江高等学校 木之内茉莉】
三年生になった私は、慎吾君と一緒に米国の大学受験を考えています。願書を出すのは来年の一月ですが、それまでに受験する大学を絞っておく必要があります。この夏は、米国に行って大学見学をする予定です。慎吾君と一緒に……
「木之内の成績は学年でもトップだし、SAT、ACT、TOEFLテストの成績も満点に近い。これならどの大学でも入学できるだろうが、希望している大学はあるのか?」
高校の進路相談で、先生も米国留学に賛成してくれました。留学先ですが、やはりダンジョンに近い大学が良いと思います。和さんの話では、ガメリカで一番人口が多いのはカリフォルニア州ですが、そこには四つのダンジョンがあるそうです。そのうち一つは、Sランクダンジョン「色欲」であることも判明しています。
「カリフォルニア州にしようと思います。スタンフィールド、バークリー、カリフォルニア工科大学の三つを狙いますが、滑り止めでUCLAも考えています」
「木之内の成績なら、ハーバードやMITだって狙えるぞ?」
「一応、見学には行きますが、希望は西海岸です。寒いのは苦手ですし、ダンジョンがありますから」
私と慎吾君がダンジョン・バスターズの一員であることは、学校内でも知られています。ただ和さんは、これ以上は増やすつもりはないようです。三人も面倒は見られないと言っていました。
「冒険者のことは解らないが、ガメリカの大学は卒業までが大変だぞ。冒険者業ばかりではなく、勉強を忘れるなよ」
進路相談が終わると、慎吾君が待っていてくれました。私たちの成績は、学年でもトップツーなので、慎吾君も受験の心配はないと思います。私もそうですが、慎吾君もダンジョンに入ってから伸長が一〇センチ近く伸びました。今では一八〇センチを越えて、和さんより背が高いです。
「来週で一八になるから、ダンジョン冒険者登録をするつもりだ。冒険者が長期間、他国に行くという例はないから、ダンジョン省も対応を検討しているらしいよ」
「私は今年の一〇月ね。ガメリカの冒険者制度も、日本とほとんど同じだって聞いてるから、留学しても問題ないんじゃないかな」
「問題はLRカードの輸入が認められるか、だね。和さんたちの例があるから、多分大丈夫だと思うけど。ダンジョン・バスターズではなく、一介の冒険者チームとして入国するのを認めてもらえるかなぁ。ダンジョン省もその辺、警戒するような気がする」
慎吾君と私は「Zoo」というチームを結成しました。今のところ、他のメンバーはエミリちゃんやセニャスちゃん、それにペットのミューちゃん、プリンちゃんだけ。慎吾君とも相談したんですが、今後はダンジョンを討伐してカードでメンバーを増やそうと思います。
「和さんは、いざとなったらダンジョン・バスターズ米国支社を設立するって言ってたけれど、慎吾君としては自立してやっていきたいんだよね?」
「いずれ、ダンジョン・バスターズには戻るよ。けど、ずっと和さんの下にいるのでは、駄目だと思うんだ。一度離れて、自分の力で冒険者として認められたい。そう思ってる」
ダンジョン・バスターズは最初からあったわけではありません。和さんが徒手空拳の中、未知を切り拓きながら今を作り上げたんです。敢えてそこから離れようという慎吾君を、私はとても頼もしく思います。
【ブレージル連邦共和国 Aランクダンジョン「苦悶」】
ブレージル共和国の人口は二億一千万人、ダンジョンは二〇箇所に存在し、そのうち六箇所がBランクダンジョンである。つまり六箇所すべてを独占すれば、Bランク討伐者の称号を持つ者が六人誕生するということになる。
そして、ブレージル連邦共和国は、ベニスエラから来た謎の男ジョーカーが率いるテロリスト組織「レギオン」に降伏した。ジョーカーが出した条件は、国内すべてのダンジョンをレギオンに無償譲渡するというものであった。そのためレギオンの構成員たちは、誰に邪魔されることもなく自由に、ダンジョン討伐に乗り出すことができた。
ブレージル陥落から九ヶ月、ジョーカーはレギオンメンバーの育成に時間を費やした。その結果、自分を含めAランカー七名、Bランカー九名を揃えることができた。
「フヒッ…… ヒヒヒッ…… この戦力ならば、Aランクダンジョンも討伐できるだろう。いよいよ、Sランクへの扉が開かれる。テメェら、俺についてこい」
封鎖されたベルメーリャ海岸を一六名の人間と、一名の蒼髪の少女が歩く。やがてダンジョンの入り口に到着する。Aランクダンジョンは、見た目こそ他のダンジョンと同じだが、その難易度はBランクダンジョンまでとは別格である。ダンジョンの構造も、迷宮構造だけではなく異空間が存在し、森林や山岳が存在している。Bランクまでとは攻略の仕方がまるで変わるのだ。
「前回は第八層で引き返したからな。今度こそここを討伐し、Aランク討伐者の称号を得てやる。ダンジョン・バスターズも動き始めているだろう。新しいLRカードも手に入れた。いよいよだ。ここからが本当の戦争の始まりだ!」
そして一瞬で、一六名の姿は穴の中に消えた。
【江戸川区鹿骨町 Aランクダンジョン「深淵」】
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チーム名:天照
リーダー兼アタッカー:日下部凛子(Aランク)
タンク:早乙女剛毅(Bランク)
アタッカー:陣内輝彦(Aランク)
スカウト:服部純一(Aランク)
バックアタッカー:高橋麗(Bランク)
ヒーラー:後藤早苗(Aランク)
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チーム名:国士無双
リーダー兼タンク:田中正義(Aランク)
アタッカー:高尾盛精志(Aランク)
アタッカー:立花隆史(Bランク)
スカウト:小野寺夏美(Bランク)
バックアタッカー:竹内理恵(Aランク)
ヒーラー:向井悟(Bランク)
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チーム名:希望の翼
リーダー兼アタッカー:篠原寿人(Aランク)
タンク:矢島俊介(Aランク)
アタッカー:山村尚美(Bランク)
スカウト:鈴木真里菜(Aランク)
バックアタッカー:長田陽一郎(Bランク)
ヒーラー:横田雅史(Bランク)
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討伐チームリーダー:江副和彦(Aランク)
討伐チーム副リーダー:宍戸彰(Aランク)
ついにAランクダンジョン「深淵」の討伐に乗り出す。Aランカーが一二名、Bランカーが八名の計二〇名の討伐チームだ。全員が、Bランク討伐者の称号を持っている。これだけのBランクダンジョンを短期間で討伐できたのは、一〇〇以上のダンジョンがある大亜共産国のおかげであろう。日亜関係は好転しつつも、未だに様々な部分で燻ぶりがあるそうだが、ダンジョン討伐への協力という点では、感謝しかない。
「壮観だな。間違いなく、此処にいるのは世界最高の冒険者たちだ。皆、本当によく、今日まで戦ってくれた。このメンバーなら間違いなく、深淵を討伐できる。そして全員がAランクになり、Sランクになる。日本国内に残るダンジョンはあと二つ。このAランクダンジョン「深淵」と、大阪のSランクダンジョン「強欲」だけだ。だがその前に、深淵討伐後は大亜共産国やフィリピノなどにあるAランクダンジョンをすべて討伐する。そして俺たちの手で、人類を救う!」
「「「おぉっ!!」」」
鹿骨町中に聞こえそうな大声で、皆が吠える。ダンジョン・バスターズの最精鋭たちが、深淵の中へと消えた。




