第010話:最初の仲間は女子高生
アルバイト募集の広告が出てから3日が過ぎた。その間に20通以上の履歴書が届いたが、俺の琴線に触れるものはない。志望動機の大半が「ダンジョンで稼ぎたい」だの「レベルアップで強くなりたい」だの、ダンジョンをまるで理解していない内容だからだ。
「レベルアップで楽に強くなれると本気で信じているらしい。まぁもっとも、いま目の前のことに懸命になれる人間ならニートになどならないか。現代社会ですら真剣になれない奴が、ファンタジーで真剣になれるはずないだろうに……」
ラノベでは「ニート勇者、異世界で無双す」なんてあるが、ありえない。そんな意志力がある人間が、ニートになるはずがないからだ。今日を真剣に生きない人間が、明日真剣になると言っても、俺は信じない。送られてきた履歴書をパラパラと見る。その中で1名だけ、興味を惹いた履歴書があった。
「志望動機は『お金を稼ぎたい』だが、興味深いのはシングルマザーの娘ということだな。現在16歳で松江高校に通っているのか。地理的にはピッタリだ。だが高校生か……」
黒のセミロングの髪をした「普通の女子高生」に見える。化粧もしていないようだ。どうやら小学校は別の所だったようだが、小学高学年で江戸川区に引越してきたようだ。「なんらかの事情」の匂いがする。
「……会ってみるか。強い動機があるのなら、ランクアップの過酷さにも耐えられるだろう」
面接場所と候補日時を返信した。
「あ、あの……木乃内茉莉です。よ、よろしくお願いします」
瑞江駅前の貸し会議室で俺は面接していた。木乃内茉莉は、身長は155センチくらいだろうか。まだ16歳なので、もう少し背は高くなるだろう。化粧気がまったくない。口紅もマニキュアもしていない完全なスッピンだ。だが顔立ちは良い。まるで10代の清純派女優だ。学校内でもかなりモテるだろう。
「はじめまして。株式会社ダンジョン・バスターズの代表を務めます江副和彦と申します。本日はお忙しい中、面接会場までご足労を頂き、誠にありがとうございます。早速ではありますがお伝えした通り、守秘義務契約書にサインを頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
俺の名前はもちろん、面接会場や面接内容など、その全てを誰にも明かしてはならないという契約書だ。契約書の他に、誓約の連判状にもサインしてもらう。UCアイテムだが惜しくはない。
「ありがとうございます。内容の性質上、どうしても守秘義務契約が必要なのです。当社も、木乃内さんのことは決して漏らしませんので、ご安心くださいませ。では早速ですが……」
こうして採用面接が始まった。
私は「木乃内茉莉」と申します。松江高校1年生で先月、16歳になりました。ウチの高校は、アルバイトが禁止されています。その理由は、江戸川区はあまり治安が良くないからです。以前は認められていたそうなのですが、痴漢に遭った学生がいたそうで、それ以来禁止となりました。
でも、私はアルバイトがしたいのです。母は私が小学生の時に離婚しました。高校生同士の結婚だった両親は、卒業とともに働き始めたのですが、工事現場で働いていた父は、やがて浮気をするようになりました。耐えかねた母が離婚し、江戸川区の実家に戻ったのです。それ以来、母はシングルマザーとして私を育ててくれています。ですが、このところ祖母の具合が悪いのです。祖母を介護しながら働き、私を育てようとしている母をなんとか助けたいのです。
そんな時でした。コンビニで立ち読みをしていた時に、アルバイト募集の広告を見つけたのです。江戸川区限定で週1日、1時間でもOKという条件でした。内容は物凄く胡散臭いです。とてもではありませんが、信用できません。でも、ウチの高校はアルバイトが禁止ですから、レストランやコンビニで働けば誰かの目に触れるかも知れません。たとえ怪しげでも、話だけでも聞いてみよう。そう思って募集しました。
指定された瑞江駅前の会議室には、自転車で来ました。駐輪場代は100円です。本当はそれさえも惜しいのですが、仕方ありません。これで冷やかしの広告だったら大損です。私は唾を飲み込んで、会議室の扉を叩きました。
木乃内茉莉の応募理由を聞いた俺は、その場で採用を決めた。母を助けたいという理由もそうだが、そのためにこんな怪しい募集告知に応募し、ここまで来たという行動力が気に入ったからだ。それに年齢も良い。エミリとほぼ同年代だ。良い友人関係になるかもしれない。
「貴女を採用します。ぜひ、当社で働いてください。まずこれは、少々ではありますが御車代です」
1万円のピン札が入った茶袋を差し出す。中を見た木乃内はビックリしていた。
「早速ですが、雇用契約を結びたいと思います。その前に一つ確認を…… お母様は、アルバイトの件を了承してくださっているのですか?」
「その……一応は……でも危険な仕事や変な仕事ならダメだって」
「なるほど。まぁ全くのノーリスクというのは無いでしょう。コンビニでバイトしていても、火傷をすることだってあるのですから。その点においては、当社は大丈夫です。キチンとフォローしますから」
(いざとなったらハイ・ポーションでもなんでも使う。女子が傷つくのは見たくない)
そう言って俺は立ち上がった。天井から下がっているプロジェクターを起動する。
「ここから先は、守秘義務契約の中でも特に厳守していただきたい内容です。さて、木乃内さん。現在、日本には幾つダンジョンがあるか、ご存知ですか?」
俺は核心へと入った。
面接した人は、ダンジョン・バスターズというちょっと怪しい会社の社長さんでした。30歳くらいでしょうか。キリッと引き締まった顔をしたちょっとハンサムな人です。髪の毛は軽くクリームをつけて整っていて、「小野田裕一」の若い頃みたいな人でした。再放送されてた「俺の後ろにはアイツがいる」は面白かったなぁ~
「貴女を採用します」
志望動機を話したら、その場で採用を決めてくれました。こんなアッサリで良いのでしょうか? 車代ってなんでしょう? まさかここまで来たので、その費用なんでしょうか? 1万円は貰いすぎです。自転車で来たので駐輪代100円だけなのに……
「日本には幾つダンジョンがあるか、ご存知ですか?」
ダンジョンは学校でも話題です。男子たちは「俺は冒険者になってレベ上げして強くなる!」なんて燥いでいます。私は、あまり興味がありません。なんだか怖そうなので、近づきたくないのですが……
「現在、日本国政府は2箇所のダンジョンを認識しています。一つは大阪市梅田、もう一つは横浜市神奈川区反町です。ですが、実はダンジョンはもう一箇所あります。その場所はここ。東京都江戸川区鹿骨町です」
「え……?」
この人は、何を言っているのでしょう? 私は理解できませんでした。
ダンジョン「深淵」の写真スライドを投影する。顕現した朱音やエミリも映っている。だがどうも、木乃内さんは信じていないようだ。一番手っ取り早いのは、直接見せることだろう。
「お疑いのようでしたら、これからダンジョンに行ってみますか? 写真の部屋、深淵ダンジョン第一層のセーフティゾーンにご案内しますよ?」
そう言って手を差し伸べる。木乃内さんは椅子に座ったまま、どうすべきか迷っているようだ。俺はニコリと笑った。
「もし嫌でしたら、面接はここで終わりにしましょう。大変残念ですが、貴女に無理強いはしたくありません。ダンジョンでの仕事は、生半可な気持ちでは無理です。貴女の『母を助けたい』という強い思いに期待しましたが、怖さがそれを上回るのであれば、この話は無かったことに……」
「あ、あのっ! 行きます! ダンジョン、見せてください!」
スキル「誘導」の効果だろう。木乃内さんは顔を上げて、俺の手を握った。そして一瞬で、ダンジョン第一層に転移する。停止していた時間が動き始める。
「あ、あれ? え? こ、ここは……」
天井からボゥと青白い光が指している空間に突然移動し、木乃内さんは混乱しているようだ。俺は机上のリモコンでスタンドランプを点灯させた。明かるくなれば、少しは安心できるだろう。机の引き出しから、カードケースに収めたLegend Rareのカードを2枚、取り出した。
「これから、召喚を行います。このカードが人間へと変化します。驚かないでくださいね」
両手に一枚ずつ持ち、二人を呼び出す。カードが輝き、やがて人が出現した。
「えぇぇっ!」
木乃内は驚いて腰を抜かしてしまったようだ。
突然のことで、パニックになりました。何がなんだか、解りません。暗い部屋にいきなり連れてこられました。ベッドが並んでいるので、思わず身を固くしてしまいます。江副さんは、部屋の明かりを付けた後、机から何かを取り出しました。女性の姿が描かれたカードです。男子たちがあんなカードでゲームをしているのを見たことがあります。するといきなりカードが輝き、そして人が出てきました。
「あら。貴女が、和彦様が選んだ二人目の人間かしら?」
「エミリと同い年くらいね? でも普通ね。魔力を全然感じないわ」
物凄く美人の年上の女性と、私と同い年くらいのツインテールの女の子が出てきました。私はポケーとしてしまいました。頭が全然、ついていきません。
「少し休憩しよう。ケーキを出すぞ。朱音、紅茶を淹れてくれないか?」
「畏まりました」
フローリングの床に座ったままの私を置いて、三人が動き始めました。
「……本当の話、なんですね? ここは、ダンジョン?」
「そう。ここはAランクダンジョン『深淵』の第一層入り口にある安全地帯です。落ち着かれたら、椅子に座ってください」
俺は執務椅子に座って紅茶を飲んでいる。朱音とエミリは本革ソファーに座ってケーキに舌鼓を打っている。そして、アルバイト志望者の木乃内茉莉は、忘我の状態からようやく戻ってきたようで、俺と机を挟んで向かい合う形で座った。丸いサイドテーブルにはケーキと紅茶が出されている。
「このダンジョンは、地上の144倍の速度で時間が進んでいます。ここで144時間過ごすと、地上では1時間が経過します。募集要項の中に『ダンジョン時間』とあったでしょう? あれはここでの時間を指します。つまり貴女は、地上時間で週に1度、1時間のアルバイトをしても、実際にはこのダンジョンで144時間働くことになる。当然、時給も144時間分、お支払します」
「えっと、それってつまり……」
「時給2千円なら、一回の出勤で28万8千円になりますね」
「時給28万8千円ですか!」
「いや、違います。地上では1時間ですが、貴女が体感するのは144時間ですよ。時給は2千円です。それは変わりません。ただ、地上時間で換算すると、時給28万に見えるかもしれませんね。当然ながら、こんな時給は認められないでしょう。ですから給与は現金でお渡しします」
「す、凄い……そんな大金……」
木乃内さんが目を輝かせる。俺は少し不安になった。カネ目的だけで続けられるほど、甘くはないからだ。時給は人集めの目玉だが、続けるにはそれだけでは足りない。伝えるべきかどうか迷っていると、朱音が立ち上がった。
「和彦様、私が伝えましょう。ダンジョン・システムに組み込まれている私のほうが、現実味が増すと思います」
俺の不安を察してくれたのか、朱音が引受けてくれた。
「時給28万円」という高額に私は驚き、そして瞳を輝かせました。これでお母さんに楽をさせてあげられる。諦めていた大学受験もできるかもしれない。そう思っていたら、朱音さんというものすごい美人が、自分が説明すると言って江副さんと交代しました。笑みを浮かべているけど、少し怖いです。
朱音さんは、ホワイトボードに何か書き始めた。10年8ヶ月?
「私は朱音と申します。和彦様に代わり、私から説明させていただきます。えぇと……」
「あっ……き、木乃内茉莉です。よろしくお願いします」
「そう、よろしくね。茉莉さんはお幾つかしら?」
「今年で16歳になりました。高校1年生です」
「16歳、若いわね。でも残念ながら、このままでは貴女は30になることなく死ぬでしょう。この数字、10年と8ヶ月……これは、この世界の寿命ですわ」
「えっ……」
なにそれ? 寿命があと10年?
「いま、この世界の住人はダンジョンについて何も知りません。知っているのは私の主人である和彦様だけです。貴女が二人目。この『深淵』は、いまからおよそ4ヶ月前に和彦様が発見した、世界最初のダンジョンです。それから1公転、つまり1年間で665のダンジョンが出現します。つまり、いまから8ヶ月後には、この『深淵』を含めて666個のダンジョンが世界中に散らばっている。このような世界になります。ここまでは、宜しいかしら?」
「は、ハイ……そんなにたくさんのダンジョンができるんですね?」
私はなんだか不安になりました。ダンジョンには魔物がいるって聞いています。そんなダンジョンが666個もあるのに何も起こらないなんてことが、あるんでしょうか?
「全てのダンジョンが出現した状態、これをダンジョンの『完全起動』と呼んでいます。そして、完全起動と同時にカウントダウンが始まります」
「カウントダウン……」
朱音さんが目を細めて頷く。私は思わず、江副さんの顔を見ました。無表情のまま。諦めているようにも、受け入れているようにも見えます。その表情が、この話が事実なんだということを嫌でも私に告げてきました。
「カウントダウン開始から10公転。つまり10年後、討伐されていない残されたダンジョン全てから、魔物が一斉に地上に溢れ出てきます。ダンジョン・システムでは『魔物大氾濫』と呼ばれています。地上に、天空に、海に……全てが魔物で埋め尽くされ、木も草も、虫も、人間も……あらゆる生命が、完全に途絶えるまで食い尽くされます。世界の終焉です」
「そんな……冗談で……」
「冗談ではないわ」
黙ってソファーに座っていたエミリさんが、私に顔を向けている。この人も、とっても綺麗な人です。
「エミリと朱音はダンジョン・システムの一部。記憶が消されているため詳しいことは言えないけれど、このダンジョン・システムが起動した世界はその殆どが滅びているのは知っている。生き残れる可能性は、一万分の一以下よ? 主人のような第一接触者は大抵、その状況に絶望して諦めてしまう。残された時間を己の享楽のために使い、そして死ぬ。でも主人は違うわ。たとえ万分の一でも可能性があるのなら、それに賭けようとしている。けれど、主人一人では無理。666もの数を一人で討伐するのは不可能だわ。だから同志を、自分と同じ「ダンジョン討伐者」を探しているの」
エミリさんが何を言いたいのか、理解できました。お母さんが楽になる。おばあちゃんが介護を受けられる。だから私はお金が稼げればいいなって思っていました。でも、そんな動機ではダメだということです。たとえ一時的に贅沢ができても、10年後にはみんな死んでしまう。それを止めるために、自分と一緒に戦ってほしい。江副さんは、そう言っているのです。
思い出しました。アルバイトの募集には「一緒にダンジョンを討伐しないか?」とありました。あれは本気だったんですね。
「和彦様の一日を紹介しますわ。和彦様は一日の大半を、このダンジョンで過ごされています。3時間かけてスケルトンナイトを300体倒し、30分ほど休憩を取る。それを5回繰り返して、やっと8時間の睡眠を取られます。これが、ダンジョン時間での一日…… これを25回繰り返して、ようやく地上でお休みになられるのです。和彦様にとって、地上での一日はダンジョンでのおよそ30日間になります。そんな生活を、地上時間でもう100日近く続けているのです」
「3000日、普通の人間の8年以上ね。その殆どを魔物討伐に充てている。主人は、見た目こそ30歳くらいだけれど、それは強化因子のお陰なのよ。本当なら50歳になっているわ」
「最初に出会った和彦様は、40過ぎの小太りな方でした。ダンジョンでは、魔物を倒したら強化因子と呼ばれる、身体強化を促す因子が肉体に取り込まれます。その状態で身体を鍛えると、通常よりも格段に速く身体が鍛えられ、細胞が若返ります。和彦様は血反吐を吐きながらも、膨大な数の魔物と戦い続けることで、ようやく人間の限界を突破されました。茉莉さん……貴女はどこまで、覚悟ができていますか?」
「………」
私は言葉を返すことができませんでした。よく考えたら当たり前です。時給2千円、実質28万円、そんな仕事に裏がないわけありません。水商売といったエッチなことならば、まだ想像していました。ですがこの話は、私の想像を遥かに超えていました。覚悟なんてありません。実感もしていないのに、そんなのあるわけがない。でも、そんな私が働いても良いのでしょうか?
「お前ら、脅かしすぎだ。木乃内さんが困ってるじゃないか!」
江副さんが笑いながら、パンパンと手を叩きました。
全く、コイツらは何を考えてるんだ? せっかく応募してくれた有望な人材を逃すつもりか? だいたい俺はまだ40歳だ。ダンジョンで8年分を過ごしたとしても48歳、50になってないだろ。
「あのなぁ、なにか勘違いしているようだが、木乃内さんには俺と同じことをしてもらうつもりはない。そんな必要もない。なんのためにカードが存在してるんだ?」
俺は木乃内さんに詫びて、説明を続けた。
「666のダンジョンのうち、その9割がBランク以下のダンジョンなんだ。つまり、Aランクダンジョンであるここでモンスターカードを集め、自分のパーティーを構成すれば、大半のダンジョンは攻略可能ということだ。ダンジョンを討伐するという志は共にしてほしいが、悲愴感まで共有する必要はない。気楽にやってくれていいんだ」
「で、でも江副さんは物凄く一所懸命に……」
「それは俺が第一接触者だからだ。俺には、ダンジョン・システムを起動させた責任がある。だから俺は率先して強くなり、AランクやSランクのダンジョンを討伐する。その代わり、数が多すぎて手が回らないB以下のダンジョンは、そこそこ強くなったバスターズたちに任せたいんだ。そうだな。3年から4年くらいかけてBランクになれば、それで十分だろ」
「そう……ですわね。確かに、和彦様の仰るとおりですわ。申し訳ありません、茉莉さん」
「主人が、事前にちゃんと言えば良いのよ。脅かしてゴメンね、茉莉~」
「あ、ありがとうございます。気にしないでください、エミリさん」
「エミリッ! エミリって呼んで! エミリも茉莉って呼ぶわ」
「エミリ……ちゃん?」
「むうー……まぁいいわ。丁寧な言葉づかいも禁止ね。せっかく同い年なんだから!」
「え? エミリって16歳だったのか? いや、なんでもない」
エミリが頬を膨らませる。それを見た木乃内さんは、ようやく笑顔を見せた。




