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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

地味男とギャルと屍と

掲載日:2019/03/12

 




 「相変わらず静かですねー」

 少年が言った。


 「だね」

 隣を歩く少女が頷く。



 少年の言葉通り、街には静けさが漂っている。


 片側二車線の国道には事故車両が何台も放置され、その傍らでは腐りかけた死体が横たわっていた。

 死体、と呼べるならまだましな方で、肉片と化したものもあれば、一部が白骨化したものもある。

 辺りには蠅がたかり、蛆がうようよと蠢く。

 夏の頃はもっと盛んだった。


 少年はその光景がさも当然であるかのように、眠たげな双眸で付近を見回した。

 この光景が日常であり、現実だ。


 一方、少女は死体の数々から目を逸らし、空を見上げた。

 太陽が二人を照らし、青い空には柔らかそうな雲が浮かぶ。


 「天気いいね」

 少女が何とはなしに言った。


 「まぁまぁですね」

 空を見た少年はそう呟き、すぐに視線を下げた。


 「それより飯にしませんか?」


 少年の提案に、少女が腕時計を見る。

 時刻は十二時十五分。


 昼食には丁度良い時間だった。



 「はい、これ」

 少女がリュックから乾パンと缶詰を取り出す。


 二人は公園のベンチに座っていた。

 日除けの屋根が二人を覆い、薄暗い空間を作り出している。


 木製の机に並べられた昼食。

 育ち盛りの高校生である二人にはあまりに質素すぎる。

 しかし、この世界で贅沢は言えない。

 食べられるだけありがたいのだ。


 「後はジュースね」

 少年に缶のオレンジジュースを手渡す。


 「ありがとうございます」

 プルダブを開く音が小気味よく響いた。


 少女が不満げに目を細める。

 「いい加減、タメで話してくれない?」


 少年はちらっと少女を見やり、何も言わずにジュースを飲んだ。


 「・・・・・・無視かよ」

 少女がそう言って缶詰を開ける。

 焼鳥の塩ダレの香りが二人の鼻腔をくすぐった。


 少年は乾パンをつまみながら少女を見た。

 制服を纏い、長い黒髪を簡単なハーフアップでまとめている。

 その黒髪も、以前は綺麗な茶色だった。

 初めて会った時から月日が経ち、色が抜けたのだ。

 スカートの短さは相変わらずだが。


 ――そういえば、何で制服着てるんだろう。

 少年は素朴な疑問を抱いた。


 「ねぇ、どうしたの? そんなに見つめて」

 少女がニタニタと笑う。


 「何で制服着てるのかなって」

 少年は眠たげな目を崩すことなく言った。


 「そりゃ、ウチだって現役JKだし」

 「答えになってませんよ」



 あの夏、世界は終わった。


『変異型狂犬病』

 そう呼ばれる感染症が世界的に流行。

 病に冒された歩く死体、いわゆる『保有者』が溢れ出した。

 人々は次々と喰われ、世界は滅んだ。


 こんな状態で学校が機能するはずもない。

 少年自身、しばらく登校していなかった。

 そして、これからもないだろう。


 制服なんて過去の遺物に過ぎない。

 少なくとも少年にはそう感じられた。



 「こんな状況でもちゃんと制服を着るのがギャルなんだよ」

 「ギャルも大変な稼業なんですね」

 「それに、いつでもかわいくいたいの」

 「そういうもんですか・・・・・・」


 相変わらず冷淡な少年を前に、少女はそっと息を吐いた。

 「そもそも、そんな格好のアンタに言われたくないんだけど」


 少年の格好は確かに異質だった。

 着ているものはありふれた私服だ。

 しかし、スリングで自動小銃を吊り、腰のベルトにはナイフや拳銃が下がっている。


 自動小銃はもちろん本物だ。

 県警銃器対策部隊に近・中距離狙撃用途として配備されていた、M4A1カービン。

 素早い照準を可能とする光学照準器具を載せ、銃口には銃声を抑える減音器が装着されている。

 遺棄された警察車両から見つけたものだった。


 「俺もこんな重いの吊りたくないんですよ」

 少年がM4を軽く叩く。

 「代わってくれませんか?」


 「嫌だ。ウチ、女の子だもん」

 少女がわざとらしく胸を強調するような姿勢をとって見せる。


 「そうでしたね。忘れてましたよ」

 「ほんと、アンタってバ――」


 少女が言い切る直前、少年が跳ねるように立ち上がった。



 M4のグリップを握り、銃口を振り上げる。

 そのまま照準器を覗く。

 セレクターは単射の位置にあり、薬室には既に初弾が装填されていた。


 少女の表情が余裕が消えた。

 豊かな胸の前でぎゅっと手を握る。


 銃口の先には一人の男がいた。


 顔の下半分を血で染め、首の肉は抉れて千切れかかっている。

 両目は虚ろで、肌は異様に青白い。


 「来ましたね」

 少年が引き金に指を添える。

 少女が小走りでその後ろに隠れた。


 男が呻いた。

 獲物を前にした獣の雄叫びだ。


 少年が引き金を引いた。

 バシュという虚しい音と共に銃が揺れ、空薬莢が空に弧を描く。

 弾き出された5.56ミリ弾は男の皮膚と頭蓋骨をいとも簡単に貫通した。

 それから脳をぐちゃぐちゃに掻き回し、勢いを止めることなく頭を抜けた。


 男ががくんと膝を付き、その場に倒れる。

 辺りには血と脳漿が飛び散り、不気味な模様を作っていた。


 少年は倒れた男に近付いた。

 銃口を向けたまま、つま先で背を踏む。


 男は動かない。

 ――死んでいた。


 少女が死体を見てそっと息を吐く。

 そして、少年から僅かに目を逸らした。


 「俺のこと、軽蔑してます?」

 少年が背を向けたまま言う。

 声の調子が少し低くなっていた。


 「ううん。むしろ、感謝してるよ」

 少女が視線を戻し、背中を見つめる。


 「だって、殺さなきゃ殺されるから」



 少年が射殺した男。

 それは最早人と呼べるものではなかった。


 ――『保有者』。

 つまり、変異型狂犬病の感染者だ。

 理性はとうに消え、あるのは食欲や同胞を増やすための本能と極僅かな記憶だけ。

 記憶といっても、生前によく行っていた場所を彷徨う程度のもの。


 治療法はなく、行動を確実に止めるには完全な無力化、つまり殺害しかない。

 それを躊躇えば、噛まれて同じような屍になるという運命が待っている。



 「・・・・・・殺すのは嫌いなんですけどね」

 少年がM4から手を離した。

 スリングで吊られたそれが、腹の前でブランコの様に揺れる。


 「ごめんね」

 少女がそう言うと、少年は肩越しに振り返って小さく笑った。


 今日初めての笑顔だった。

 そこにあるのは、少女への嫌悪でもなく、侮蔑でもない。

 友情と呼ぶには強く、愛情と呼ぶには複雑な感情。


 この笑顔こそが彼なりの感情表現。


 しかし、少女にはその笑みがひどく悲しいものに見えた。



 「空、綺麗ですねー」

 「私には負けるけどね」


 公園を出た二人は、再び国道沿いを歩いている。

 辺りは相変わらず静かで、二人が発する音と保有者の呻きだけが響く。


 不意に暖かい風が吹いた。

 少女の黒髪が揺れる。

 かつては茶色だったその長い髪。


 ――これはこれで綺麗だ。

 少年はそう思った。


「また来たよ」

 少女が道端で呻く保有者を指さす。


 少年は小銃を構え、照準した。

 赤い光点を屍の頭部に合わせる。


 殺しは好きじゃない。

 それでも、この行為に何か意味があるのなら。

 それが例えば、終末の相棒を守るためならば――。


 少年は軽く息を吐いてから人差し指に力を込めた。

 弾が屍の頭を砕いた。








読んで頂き、ありがとうございます。

他にもゾンビものをいくつか書いているので是非...




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