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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

地味男とギャルと屍と

 




 「相変わらず静かですねー」

 少年が言った。


 「だね」

 隣を歩く少女が頷く。



 少年の言葉通り、街には静けさが漂っている。


 片側二車線の国道には事故車両が何台も放置され、その傍らでは腐りかけた死体が横たわっていた。

 死体、と呼べるならまだましな方で、肉片と化したものもあれば、一部が白骨化したものもある。

 辺りには蠅がたかり、蛆がうようよと蠢く。

 夏の頃はもっと盛んだった。


 少年はその光景がさも当然であるかのように、眠たげな双眸で付近を見回した。

 この光景が日常であり、現実だ。


 一方、少女は死体の数々から目を逸らし、空を見上げた。

 太陽が二人を照らし、青い空には柔らかそうな雲が浮かぶ。


 「天気いいね」

 少女が何とはなしに言った。


 「まぁまぁですね」

 空を見た少年はそう呟き、すぐに視線を下げた。


 「それより飯にしませんか?」


 少年の提案に、少女が腕時計を見る。

 時刻は十二時十五分。


 昼食には丁度良い時間だった。



 「はい、これ」

 少女がリュックから乾パンと缶詰を取り出す。


 二人は公園のベンチに座っていた。

 日除けの屋根が二人を覆い、薄暗い空間を作り出している。


 木製の机に並べられた昼食。

 育ち盛りの高校生である二人にはあまりに質素すぎる。

 しかし、この世界で贅沢は言えない。

 食べられるだけありがたいのだ。


 「後はジュースね」

 少年に缶のオレンジジュースを手渡す。


 「ありがとうございます」

 プルダブを開く音が小気味よく響いた。


 少女が不満げに目を細める。

 「いい加減、タメで話してくれない?」


 少年はちらっと少女を見やり、何も言わずにジュースを飲んだ。


 「・・・・・・無視かよ」

 少女がそう言って缶詰を開ける。

 焼鳥の塩ダレの香りが二人の鼻腔をくすぐった。


 少年は乾パンをつまみながら少女を見た。

 制服を纏い、長い黒髪を簡単なハーフアップでまとめている。

 その黒髪も、以前は綺麗な茶色だった。

 初めて会った時から月日が経ち、色が抜けたのだ。

 スカートの短さは相変わらずだが。


 ――そういえば、何で制服着てるんだろう。

 少年は素朴な疑問を抱いた。


 「ねぇ、どうしたの? そんなに見つめて」

 少女がニタニタと笑う。


 「何で制服着てるのかなって」

 少年は眠たげな目を崩すことなく言った。


 「そりゃ、ウチだって現役JKだし」

 「答えになってませんよ」



 あの夏、世界は終わった。


『変異型狂犬病』

 そう呼ばれる感染症が世界的に流行。

 病に冒された歩く死体、いわゆる『保有者』が溢れ出した。

 人々は次々と喰われ、世界は滅んだ。


 こんな状態で学校が機能するはずもない。

 少年自身、しばらく登校していなかった。

 そして、これからもないだろう。


 制服なんて過去の遺物に過ぎない。

 少なくとも少年にはそう感じられた。



 「こんな状況でもちゃんと制服を着るのがギャルなんだよ」

 「ギャルも大変な稼業なんですね」

 「それに、いつでもかわいくいたいの」

 「そういうもんですか・・・・・・」


 相変わらず冷淡な少年を前に、少女はそっと息を吐いた。

 「そもそも、そんな格好のアンタに言われたくないんだけど」


 少年の格好は確かに異質だった。

 着ているものはありふれた私服だ。

 しかし、スリングで自動小銃を吊り、腰のベルトにはナイフや拳銃が下がっている。


 自動小銃はもちろん本物だ。

 県警銃器対策部隊に近・中距離狙撃用途として配備されていた、M4A1カービン。

 素早い照準を可能とする光学照準器具を載せ、銃口には銃声を抑える減音器が装着されている。

 遺棄された警察車両から見つけたものだった。


 「俺もこんな重いの吊りたくないんですよ」

 少年がM4を軽く叩く。

 「代わってくれませんか?」


 「嫌だ。ウチ、女の子だもん」

 少女がわざとらしく胸を強調するような姿勢をとって見せる。


 「そうでしたね。忘れてましたよ」

 「ほんと、アンタってバ――」


 少女が言い切る直前、少年が跳ねるように立ち上がった。



 M4のグリップを握り、銃口を振り上げる。

 そのまま照準器を覗く。

 セレクターは単射の位置にあり、薬室には既に初弾が装填されていた。


 少女の表情が余裕が消えた。

 豊かな胸の前でぎゅっと手を握る。


 銃口の先には一人の男がいた。


 顔の下半分を血で染め、首の肉は抉れて千切れかかっている。

 両目は虚ろで、肌は異様に青白い。


 「来ましたね」

 少年が引き金に指を添える。

 少女が小走りでその後ろに隠れた。


 男が呻いた。

 獲物を前にした獣の雄叫びだ。


 少年が引き金を引いた。

 バシュという虚しい音と共に銃が揺れ、空薬莢が空に弧を描く。

 弾き出された5.56ミリ弾は男の皮膚と頭蓋骨をいとも簡単に貫通した。

 それから脳をぐちゃぐちゃに掻き回し、勢いを止めることなく頭を抜けた。


 男ががくんと膝を付き、その場に倒れる。

 辺りには血と脳漿が飛び散り、不気味な模様を作っていた。


 少年は倒れた男に近付いた。

 銃口を向けたまま、つま先で背を踏む。


 男は動かない。

 ――死んでいた。


 少女が死体を見てそっと息を吐く。

 そして、少年から僅かに目を逸らした。


 「俺のこと、軽蔑してます?」

 少年が背を向けたまま言う。

 声の調子が少し低くなっていた。


 「ううん。むしろ、感謝してるよ」

 少女が視線を戻し、背中を見つめる。


 「だって、殺さなきゃ殺されるから」



 少年が射殺した男。

 それは最早人と呼べるものではなかった。


 ――『保有者』。

 つまり、変異型狂犬病の感染者だ。

 理性はとうに消え、あるのは食欲や同胞を増やすための本能と極僅かな記憶だけ。

 記憶といっても、生前によく行っていた場所を彷徨う程度のもの。


 治療法はなく、行動を確実に止めるには完全な無力化、つまり殺害しかない。

 それを躊躇えば、噛まれて同じような屍になるという運命が待っている。



 「・・・・・・殺すのは嫌いなんですけどね」

 少年がM4から手を離した。

 スリングで吊られたそれが、腹の前でブランコの様に揺れる。


 「ごめんね」

 少女がそう言うと、少年は肩越しに振り返って小さく笑った。


 今日初めての笑顔だった。

 そこにあるのは、少女への嫌悪でもなく、侮蔑でもない。

 友情と呼ぶには強く、愛情と呼ぶには複雑な感情。


 この笑顔こそが彼なりの感情表現。


 しかし、少女にはその笑みがひどく悲しいものに見えた。



 「空、綺麗ですねー」

 「私には負けるけどね」


 公園を出た二人は、再び国道沿いを歩いている。

 辺りは相変わらず静かで、二人が発する音と保有者の呻きだけが響く。


 不意に暖かい風が吹いた。

 少女の黒髪が揺れる。

 かつては茶色だったその長い髪。


 ――これはこれで綺麗だ。

 少年はそう思った。


「また来たよ」

 少女が道端で呻く保有者を指さす。


 少年は小銃を構え、照準した。

 赤い光点を屍の頭部に合わせる。


 殺しは好きじゃない。

 それでも、この行為に何か意味があるのなら。

 それが例えば、終末の相棒を守るためならば――。


 少年は軽く息を吐いてから人差し指に力を込めた。

 弾が屍の頭を砕いた。








読んで頂き、ありがとうございます。

他にもゾンビものをいくつか書いているので是非...




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