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死を恋う神に花束を 白百合を携える 純黒なる死の天使  作者: 高坂 八尋
第ニ章 猟犬の掟

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12.人というものを

14



 カイムは総毛立ち、間髪入れずに飛び出した。頭が真っ白になり、衝動で体が反応していた。

 しかし、焦って走り寄るカイムを、手で制したのは王だった。カイムの胸元をやんわり抑えて、子供から距離を取らせているのが分った。

 女児は一般的に言えばかなり美しい容姿だった。一般的には、だ。一瞬、ヨルムンガンドと比べた事にカイムは自分を恥じたが、それだけ幼いながらも、美貌を持ち合わせているという事だ。

 王とはまた違う血の通った白い肌。柔らかく巻いた純金の長い髪。しかし、硝子玉のような翠の瞳は、何も写していない。

 昼日中の明るい陽光の中で、どこか(かげ)りを背負う女児。(まと)う気配はあまりに小さく弱いが、人の心がささくれ立つ。

 カイムはその人形を模した子供の、異物に気づき息を飲む。

 首輪をしている。着飾る為のチョーカー類ではなく、犬が付けるような革製の、拘束が目的に使用される本物の首輪だ。

 子供が笑う。

「この子がどうなってもいいの」

「どういう意味だ」

「人間が好き? 病気の王様、狂った王様、やっと見つけた。ようやく見つけた」

「王、いけません」

「分ってる、普通の子供だ」

「ねえ、侮辱されたのに殺せないの? ヨルムンガンドでしょう。酷い、ノイマンのせいね。あの男、今もヘルレイアに鎖を括り付けてる」

「だったらどうした」

「私を助けたいわよね。王には見棄てられない」

「なぜ、そう思う」

 女児は小鳥のように笑う。

「王はこんなにも無垢な生き物を見殺しには出来ない。ノイマンが教えてくれたでしょう――いいえ、それともアイシャかしら」

 女児は身を翻して走って行く。

 子供の足だ。その姿を追うに難しくは無かった。王なら、尚更に。

「王、追うのは危険です。お止めください」

「分りやすい罠だが、誘われたんだ。追ってやろう」

「子供の為ですか? 見棄てる事が出来ませんか、王」

「それは、願いか。カイムは見殺しにして欲しいのか。それとも、私への疑問か」

「疑問です」

「何を答えても意味は成さない。でも、何かはしてやろう。ただ、それだけだ」

「何を答えられても、聞き入れられない愚か者とお思いですか」

 ヘルレアは一瞬だけ目を見張った。

「……手を引いたのが私ならば、離してやれるのも私だ」

 ヘルレアが走ると一足飛びに子供の背後に着き、捕まえる事なく、誘導を受け入れた。カイムも見失わないように、二人の後を追う。

 カイムは眉根を寄せる。

 あまりも危険だ。

 ヘルレアは人の意志に左右され過ぎる。本来なら、王程の力を持つ者が、人間の思惑などに乗ってはならない。

 だが、その心のありように、カイムは侘しさを覚える。

 カイムはまだ自身が王が病む、歪むという事を、真の意味で分っていないのだ、という気がした。

 女児は商店で賑わう区画から、人気も疎らな方向へとひた走る。王は足並を揃え、速度を抑えて距離を保つ。

 建物の路地へ入り、右へ左へと迷路を行くように走り続けると、広場へ抜け出た。そこは駐車場でトラックが数台停まっていて、敷地内には一軒の平屋が立っている。住宅ではなく簡素な造りで、屋根まで高さがあり倉庫という体だった。

 女児は建物へと迷いなく入って行く。

 ヘルレアは立ち止まり、カイムを振り返る。

「一緒に来なくてもいいんだぞ」

「お供するなら地獄まで」

「この状況で使うには重すぎる言葉ではないか」

「王と一緒でしたら、どのような状況でも地獄になるのではないかと思いまして」

「喧嘩、売ってるのか」

 女児が消えた倉庫の入口へ歩み寄る。遠目から覗いて見ても、中は暗く何も見えなかった。勿論、カイムには。

「誰かいますか」

「うじゃうじゃいるぞ」

 ヘルレアが躊躇なく扉を押し開くと、一斉に照明が点灯された。

 カイムは目を眇める。

 倉庫には大小の荷物が積まれている。そこにぽつねんと中年の女と子供が居た。

 女は頭に黒く穴が空いている。丸いフォーマルな黒い帽子を被っているので、カイムにはそう見えた。

 女は真黒なワンピースを着ている。身体の線を隠すようなデザインで、ひどくのっぺりとして見える。

 これは喪服だ。艶消しの深い黒が極彩色より毒々しい

 ヘルレアは二人から距離を取って立ち止まった。カイムは側に控える。

 女は何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みを浮かべカイム達を見ていた。

 女の隣で女児が棒立ちになって、どことも知れないところへ視線を投げている。

「よくお出で下さいました。我らは“レグザの光”というものです」

 少し前に聞いたばかりの名に、カイムは頭を抱えそうになった。バングレンはまるで何か起こる事を、知っていたようなタイミングで、話題に上らせていた。

 カイムはバングレンが、確実にグルで無い事を知っている。だから、あの男は得体が知れないのだ。いっそ、共謀している方がカイムには分かり易くて対処し安い。

 カイムはヘルレアへ耳打ちする。

「あの者はヨルムンガンド信奉者です。元は“世界蛇の輪”だったものが、レグザイアが没した事で分派しました。レグザの恐慌が、あの者達を生み育てた故に、過激派として知られています」

「お前、無茶苦茶組織関係覚えていそうだよな」

「勿論、仕事ですから」

 カイムはへらっと笑う。

 女が手を顔の横で叩く。まるで騒がしい教室で、授業をする為に注目を集めようとする教師だ。

「この子、気に入ってくださいましたかしら。我家で一番の美姫を連れて来ましたの。名前はジゼル。さあ、王にご挨拶を」

 ジゼルはワンピースの裾を軽く摘み、(うやうや)しく腰を落として、古式ゆかしい挨拶を優雅に演じた。

 しかし、その瞳は泥のように混濁していて、死者のようだ。

「王、どうかジゼルを伴侶としてお迎え下さいませ。番いとなった暁には“レグザの光”の主として、子等をお導き下さい」

「そんな馬鹿げた事が出来るわけがない。それに、番いに推すにはそいつは、小さ過ぎるだろう」

「馬鹿げた事などと。我らは由緒正しい王の血筋を戴く身です。正当なレグザイアの血統ですの。それにジゼルはもう番うに問題ありません。大人の女性ですわ」

「吐き気がするな。狂信者が」

「残念です。ならば、もうジゼルは必要ありませんね」

 女が飛び出しナイフを差し上げ、刃を弾き出し、そのままジゼルに渡す。ジゼルは、あろう事か自分自身で切先を首に充てがった。

 一体、どのような方法で子供を操っているのか。なすがままのジゼルは、既に白く細い首に、血の筋を作っている。刺し貫く寸前だった。

 見せかけではない、本気の所作。

 そこに心はないようだった。

 方々の扉から武装した人々が掛け行ってくる。中年女と同じような喪服地味た装束で揃えている。女達の周りに集まり、銃口をカイム等に向けた。

 女は変わらず満面の笑みを貼り付けて、ヘルレアしか見ていない。

 王を脅している。

 この女は知っているのだ。

――王が蝕まれている事を。

「これは不遜、(はなは)だしいぞ」

 カイムは側に居るだけで、肌が冷たさで焼けるような感覚に襲われた。ヘルレアの視界にいるわけではないので、その瞳は見えないが、燐光すら生じているのではないかと思った。

 ヘルレアは本当に不快感を覚えているようだ。それは短い時間だがヘルレアと接して来たので分る。

 本来なら、王には脅しなど通用しない。子供が死のうとも感知せず、女と話す行為すらしないだろう。

 道を塞ぐのなら殺してしまうだけ。

 しかし、ヘルレアは人間に寛容だ――あるいは、寛容であろうとしている。それも破格と言っていい程に。

 カイムはその事実を肌で感じていた。

 それを利用しようという愚かさ。

 この女は間違いを犯している。

 カイムは眉を潜めた。

 ヨルムンガンドの恐ろしさを知らない。

「……助けて、教師さま」消え入るように呟かれる。

 女児の頬に涙が伝うと、身体中に薄墨のようなものが散った。それは徐々に濃くなって、輪郭線が鮮明になり、何かの紋様型に黒く灯る。

 紋様から湧き立つ、黒い微光が揺らぐ。

「黒い綺紋」

 カイムが身動(みじろ)ぐ、その一瞬。

 息が白く視界を曇らせた。

 吸い込む空気の凍えるさまに、まるで喉が焼けるよう。

 王を中心に、波紋となって世界が静止し、色を失った。

 世界が死んでいく――。

 瞬時に熱を奪われて身体の自由が利かず、末端から氷のように硬直する。

 頭の芯まで凍てついて、正常な思考が追いつかない。ただ、視界に慌てふためく多数の人間が、この場から逃れようと這いつくばって手足をもたつかせていた。

「戻りなさい。王のお怒りを恐れてはなりません。そのお心を我らへお示して下さっているのです。これ程、幸福な事はありません。さあ、同士よ。立ち上がり、王を我等が玉座へ」

 カイムは強ばる両手を口元へかざして息を吐いた。

「王、寒いです。お怒りは分りますが、僕まで死んでしまいます」

 ヘルレアは静かに見ている。

「カイム、私はヨルムンガンド――王だ。人ではない」

「承知しております」

「己が意思一つで生死を断じ、裁可を下す、絶対的な死の権化」

「どうされました……」

「ならばその意思、一時的だがお前に託そう。カイム、お前が断じろ。子供を生かし、私を失うか。子供を殺し、私を獲るか。この、まるで釣り合いの取れない選択をどのように考える。さあ、猟犬(イヌ)の主よ、どうする」

 ヘルレアは本気だ。

 挑戦的な青い瞳が、蛍火でより鮮やかになっている。その微笑みに揺らぎはなかった。

 幼い子供とヨルムンガンド。

 命と力。

 ステルスハウンドに選択の余地などない。馬鹿馬鹿しい取引。

 そして、そこで真に問われるのは、カイムのあり方。

 カイムは小さく溜息をつく。

「勿論、僕等には王が必要です――正直、子供を選ぶ理由は僕にはありません。僕は聖人ではありませんから、全ての人を守らなければいけないとも思いません」

「よく聞き慣れた台詞だ。お前も言い飽きているだろう」ヘルレアは微笑む。

 カイムは眉間を寄せた。

「――しかし、人というものを、そこまで侮らないで下さい。本来命というものは天秤に掛けて取り引き出来るものではありません。(あがな)う事も、取り替えも利かないのです。たとえ王であろうとその二択は放棄します。王よ、そこで見ていて下さい」

 カイムがカフスボタンへ触れると、それを合図にして扉という扉が開き、銃を構えた私服の兵士達が殺到する。

 激しい発砲音が雨のように飛び交い、倉庫を満たす。

 カイムの側近くで笑い声が聞こえて、咄嗟にヘルレアの手を引こうとするが、強い力で突き飛ばされて物陰に追いやられた。いつの間にかヘルレアは側にいない。見渡せば王は女児を片手で抱いて、女の頸を握っていた。

 カイムは取り敢えず、そのまま伏せた。王を心配する必要は勿論ないし、王と共に居る女児を心配する必要もまたなかった。それより自分の身を守る方に集中した方が懸命だ。

 今何が起こっているのか分からない。弾丸が飛び交う中、ヘルレアは何の障壁もない場所に佇んでいる。

「うるさい、馬鹿共」

 その突然の大音声は銃声さえ押し退けて響き渡った。発砲音は疎らとなり、睨みを利かす王によって、静寂が取り戻された。

 王の怒り、その片鱗を数分前に体感し見た者達に取っては、それだけで十分な衝撃だった。

 王は女の頸を握りしめたままだ。生きているのか、死んでいるのか分らない。すると王が女の頸を掴んで人形のように揺さぶると呻き声を上げ始めて、女がただ気絶しているだけなのだと分った。

 女は目覚めると喉が潰されている為か、蝦蟇(がまがえる)のような声で喚き出した。

「おい、カイムの下っ端。このブタと三下共をまとめて連れて行け」

 兵士達がぎょっとして王を見ているので、カイムが頷いてやると連行を始めた。

 ヘルレアが何者なのか、兵士達は既に知った上で任務に当たっていた。この日、王の為に特別に編成された部隊で、正式な名称は無く、俗称も持たない、選り優られたエリート達だった。

 カイムは正直迷った。今の段階では王の事を知る人間が増えれば増えるほど、余計なトラブルを招き兼ねなかった。しかし、王を連れて民間人が暮らす街へ出るのはあまりに危険過ぎた。ノイマンの死によってヘルレアに接触を試みるのは何もステルスハウンドだけではないからだ。そして、何より危険だったのはカイムの同道という、王の足手まといだった。王、一人ならば何とでもなるだろう。だが、カイムが居ることによって、ヘルレアの意思を何らかの形で曲げかねなかった。

 これはヨルムンガンドの質というよりヘルレイア固有の危険性だった。

 王の為の部隊でありながら、守るのはヘルレアではなく実のところカイム自身であった。

 ヘルレアは喪服の女を兵士へ渡すと、兵士は王を一切見ることなく手早く女を拘束した。

「王、王、偉大なるヨルムンガンド様。どうか話しを……」女は猿ぐつわをされ、問答無用で引き立てられた。 

「よくもまあ、これだけゾロゾロ連れてきたものだな。うっとおしくてかなわなかった」

「自衛の為ですよ。僕も一応それなりの地位がありますからね」

 ヘルレアが眠る女児を軽く片手に抱いている。カイムは王のそういった姿が思いの外愛らしくて、くすくすと密かに笑う。

「何を笑っていやがる」ヘルレアがカイムの足へ蹴りを入れて来た。



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