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40.エピローグ

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 扉を堂々と開け放ったのはヘルレアだった。

 ヘルレアはジェイドのダボついた上着を着ていた。パンツは新種のロッカー地味ていて、辛うじてパンツの様相を呈している、といった具合だ。ヘルレアは服と同様、どこかくたびれた様子だ。それでも、相変わらずの(あで)やかさをたたえている。フードを被っていないのに、肌は一切焼けた様子はなく、ヘルレア自身が擦り切れているといったところがまるでない。髪はシンプルに一つに括りあげていて、膝上までの長さがあり、艷やかなままだった。

 部屋の様子を伺う素振りは一切見せず、真っ直ぐ入って来た。

 カイムの机に腰を掛け、指で叩いた。

「久しぶりだな。猟犬の飼い主。さすがに、死にかけた。ジェイドに上着を返しに来たんだ。ズタボロだけどな」

「ヘルレア、無事だったのか。て、お前はチンピラか」ジェイドは目を見張っている。

「東占領区の山中からここまで歩いて来たんだよ。猟犬の棲家まで結構掛かった。館の猟犬に見付からずに入るのは簡単だったけどな」

 カイムは頭を抱えるばかりで言葉が出ない。チェスカルといえば口を開けて固まっている。

――絶望がどこかで弾け飛んだ。

「王、あなたという方は」

「何かまずいところに来ただろうか」ヘルレアはカイムが記そうとしている書面へ目を凝らした。

「空気読んでください」チェスカルが呟いた。

「ああ、死んだ猟犬の報償金か。二人だけ死んだのに、何で三枚なんだ」

「オルスタッドが回復不能な障害を負ってしまいました。もう猟犬には復帰できません」

「オルスタッドといえばクシエルに捕まっていたやつか。それはまあご苦労さん。まあ、クシエルに捕まって生きて帰れる自体が奇跡みたいなものだ、そこは諦めてくれ」

「こればかりは僕らでもどうにもなりませんからね」

「ところでヘルレア、綺紋は……」

「黙れ」声音が低い。気温が下がって凍り付いた。カイムとチェスカルは息を呑んだがジェイドは平気そうにしている。

「黙れも何も、この部屋にいる人間には話してしまったぞ」

「これだから話すのは嫌だったんだ。仕方ない、綺紋はまだ使えないし、いつ回復するかも分からない、以上だ」

「まさか永遠に戻らないと言うことはないだろうな」

「さあな、それもあるかもしれない」ヘルレアは他人事のようにあっけらかんとしている。

「それでいいのか王よ」

「いいも何も仕方ないだろう。慌てたって何も変わらないし。なるようにしかならない」

「随分と気の長いことで」

「ああ、ジェイド。上着返す」

「いらん。着てろ」

 ヘルレアはジェイドから借りた上着を脱いだ。下には何も着ていなかった。滑らかな子供の輪郭線が顕になり、小さい淡桃の尖りが胸に二つ、抜ける様に白い肌へ色を添えていた。

「馬鹿者、こんな男ばかりのところで何をやっている。そのボロボロの服はいいから、この上着を着ろ」

 ジェイドは着ているジャケットを脱いで着せ掛けた。

 カイムは忍び笑いをしてしまった。まるでジェイドはヘルレアの父親か何かのようだ。

 チェスカルは気まずそうにしていた。

 カイムは咳払いをする。

「改めて、よくお戻りになられました。歓迎致します、王ヘルレア」

「カイムは最初に会った時よりも老けているのではないか」

「それはもう、あなたのおかげです」にっこり笑う。

「それは光栄だ」ヘルレアの笑顔が(まばゆ)い。

 カイムはこのままでは皮肉の応酬になりそうなので、黙ってジェイドに視線を投げた。

 ジェイドはそれに気づいて苦笑いする。

「ところでヘリから飛び出した後何があったんだ」

蝙蝠(こうもり)に似た綺士と戦ったが、これが強くて殺せなかった。まんまと綺士に逃げられてそれっきり。クシエルも現れなかった。命拾いした。運が良かったな」

「もう二度と無茶をしてくれるな。俺が人類を破滅に追い込んでしまったと思った。先程現れた時は幽霊か何かかと思ったくらいだ」

 カイムは、ジェイドとヘルレアの様子を窺う。二人は随分と慣れ親しんだようだ。ジェイドが最初にみせていた渋い顔はどこにもなく、普通に接しているし、ヘルレアもどこか親しげに会話している。

 カイムはヘルレアの伴侶になる役目は自分だけと決めているが、二人の様子を見るとジェイドでもあり得なくはないと思えて来てしまう。だが、勿論ジェイドにその様な重荷を背負わせる気はなく、単なる思い付きだ。実現させるつもりはない。ヘルレアはどうか分からないが。

 だが、少しいたずら心が起きた。

「王、ジェイドを伴侶に……」

「嫌だ」

「嫌だ」

 綺麗に揃った。

 ヘルレアはわざとらしく両腕を擦っている。

「カイム、なんていう事を言うんだ。まるで自分の親父のような雰囲気を醸し出しているおっさんのジェイドを、自分の夫にするなんてごめんだ」

「俺だってこのような小坊主、小娘、はごめんだ。ヘルレアの番いになるくらいなら、そこらの野生動物とでも結婚する」

 カイムは大笑いをした。現実は暗い。それでもヘルレアがいれば何事も何とかなる、そんな気がするのは、ヘルレアがカイム達へ向けて笑顔をみせているからかもしれない。

「いや、すまない。おふざけが過ぎたみたいだ」

「ヘルレアこそ、カイムの事どう思っているんだ」

「もう、お人形さんとはいわないよ。十分ジェイド達の事こと見せてもらった。お人形さんにはこいつらは従わない……もう、これで十分だろ」

「ありがとう、ヘルレア」

 チェスカルがカイムに報償金のサインを促した。カイムはペンを持ち直し、一枚、二枚と、死亡した二人分にサインした。そしてオルスタッドの報償金の署名を終えた時、ヘルレアが顔を出した。

「オルスタッドの報償金の証書はどれだ」

「これですが、証書がどうかしましたか」カイムはヘルレアに証書見せる。それをヘルレアが摘まみ取った。

「オルスタッドの証書をどうする気ですか」

「これは私が届ける、というか預かる」

「そんなものヘルレアが持っていても何もならないぞ」

「私に考えがある。任せておけ」

 チェスカルが渋い顔をしている。

「悪用しないでくださいね」

「なんだか今更な科白(せりふ)だな」ジェイドは皮肉げな笑顔を見せた。

「失礼な奴らだな。私は小悪党みたいな事はしない」

「小悪党ってその証書一枚で、一億五千万レニーですよ」

「心配するなライブラ協会でそれくらい日常的にやり取りしていた」

「ライブラ協会員の金銭感覚はいったいどうなっているんだ」

 カイムは一つため息をついた。

「では、くれぐれ(﹅﹅﹅﹅)もよろしくお願いしますよ」

「心配するな。任された」

「何を企んでいる。王の事だ碌なものではなさそうだが」

「秘密だ。そのうち答えは出る。まあ、ある意味お前達次第かもな」

「思わせぶりだな」

「あまり無茶はしないでくださいよ。オルスタッドは手負いなんですから」

「分かってる。悪いようにはしないさ」

 カイムは静かに微笑む。

 ジェイドとヘルレアは完全にじゃれ合っている。チェスカルは呆れるように二人を見ていた。いつになく穏やかな昼前の一時に、僅かな希望を見いだす。微かな光に付きまとう翳りは深く濃いが、光に向かって歩むだけの力はまだ残されている。失ったものは大きい。けれど人へと鮮やかな笑顔を向ける幼い王がいれば、この先も真の絶望に立ち止まることはないのだ。ヘルレアがこれから築く道はけして平坦ではないだろう。時に苦しみに苛まれ、道を誤る事もないとはいえない。それでも、共に歩み続けられると信じている。この王ならば。

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