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死を恋う神に花束を 白百合を携える 純黒なる死の天使  作者: 高坂 八尋
第一章 死の王

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30.想いの形

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 エマは自室に戻るとソファに寝転びそのまま腕で目元を覆っていた。僅かな腕の重みが心を押さえ付ける重しのように感じられていた。

 部屋はやけに静かで、エマが時折上げる嗚咽だけが部屋に響いていた。

 動く事が出来なかった。身体が熱っぽく気怠い。

――カイムに、なんて事を言ってしまったんだろう。

 あれだけ困らせたくなかったのに。心に留めて言うつもりなどはなかったのに。

 初めは衛兵コニエルの異常だった。そしてエマ自身の屋敷への派遣。それもかなりの日数を割いての館からの外出。

 それがそろった時、エマを排除した館の、異常事態を内包した空白が生まれる。

 考え過ぎなのだろうか。なら、何故カイムは拒絶したのか。エマは子供の頃からカイムを知っている。たとえ僅かな変化でも、見逃さない自信がある。

――私は、猟犬ではないし、猟犬になる事も出来ない。

 カイムは言った。自由になりなさい、と。カイムの気持ちはあれで確信した。彼はエマに猟犬などにはなってほしくないのだ。だとしたら答えは簡単だ。エマが屋敷に行っている時に、知られたくない何かが、カイムのいる館で行われていた。猟犬ではないエマが居てはならなかった何かが。

 エマは寝ていたソファから上体を起こし、両手で顔を覆った。

「……自由に、なれるはずがない。私の居場所はここにしか無い。カイムは私が必要ないのね。どこへ行けというの。ひとりぼっちで何をしろっていうの。何もかも奪われて」

 涙が止まらなかった。カイムにさえ見棄てられてしまったような気がした。それと同時に双生児が憎くて堪らなかった。エマから全てを奪い取って、今も多くの人々から奪い続けている王が。

 できるなら、この手で王を殺してやりたい。両親が受けたように最大限の苦痛でもって、その命を奪ってやりたい。

 だが、エマにはその力がない。

 女性兵士が居ないわけではないが、全体の二割にしか過ぎない。男性と比べて圧倒的に体力が劣るからだ。エマも戦闘員になれるだけの資質がなかった。だから自分が出来る事をステルスハウンドでしている。しかしそれは、直接王と渡り合えるような仕事ではない。それでも、殲滅の一助となれればと今まで働いてきた。

 けれど、その努力は無駄だと言われてしまった。

 どうしようもなく、やるせなくて、止めどなく溢れる涙を静かに流し続ける。

――コニエルに何があったのか聞いてみよう。

 関係ないとしても、それでいい。自分が出来る範囲で最大の努力をしよう。

 エマにはそれしかない。

 エマは卓に置いていた電子端末で、エルヴィラに電話を掛けた。僅かな電子音をおいただけでエルヴィラは電話に出た。

「エルヴィラ、コニエルについて話があるのだけど」

「カイム様にコニエルの事、聞いてくれたの?」

「……違うの。ごめんなさい。私、カイムに嫌われたかもしれない。あれだけ想っていてくれたのに、裏切ってしまったのかも」

「エマ、何かあったのね。いいわ。どこか静かな場所で会いましょう。考えすぎたら駄目」

「エルヴィラが居てくれて良かった」

 彼女はくすぐったそうに笑った。

 エルヴィラと話たら、また涙が溢れて来た。エマは洗面所へ行って洗面台で冷たい水で顔を洗った。それから、寝室のクローゼットへ行き、薄手のコートを羽織った。

 部屋に鍵をすると、兵士や職員の目に付かないように、小走りで正面玄関へ急いだ。

 正面玄関には兵士が最低でも二人詰めている。玄関先にもいるが、内にも兵士がよく(たむろ)していて、さり気なく警戒をしていた。

 エマが玄関広場に行くと、小銃を持った兵士が数人お喋りをしていた。

「いってきます」

 兵士達が気付くと、彼等は気安く手を上げた。

「エマ、今から一人で出かけるのか。もう薄暗くなって来たぞ。誰かツレになる奴連れてこようか」

「かまわないの。友達と約束してるから」

「そうか……まあいい。おいっ」兵士が隣の男に顎をしゃくった。その男は頷くと腰に巻いた拳銃のホルスターベルトを外し、収納したままエマに渡した。ホルスターを受け取ったエマは、コートの内側の腰に取り付ける。

「ありがとう。直ぐに戻って来ると思うから、出掛けた事、他の人には内緒にしといて」

 兵士達がどこかニヤついてエマを送り出した。

 玄関先の兵士にも挨拶してから、エマは軽自動車に走り寄りエンジンを掛けた。

 山を下りて一番近い街の公園が、エルヴィラとの待ち合わせの場所だった。

 薄暗かった空は既に暗く、公園の外灯が既に灯っていた。エマは入り口から一番に目の付くベンチに腰掛けエルヴィラが来るのを待った。

 夜気は徐々に冷たくなったが、息が白くなる程ではなく、季節は早秋というところだった。

座っていると腰に帯びた銃の感触が伝わってくる。

「エマ、遅れてごめん」

 エマは立ち上がり、エルヴィラに抱き付いた。

「私、カイムが望むエマになれなかった。今までの何もかも駄目にしてしまったのかもしれない」

「何をそんなに怯えているの? カイム様はエマの何。あれ程大切に思っていたのに。すれ違いが起きただけで、終わってしまうものなの」

「私は、カイムを大切に思って来た。でも、エルヴィラに言われて初めて気付いた。きっと常に怯えがあったのよ。嫌われたら見捨てられるんじゃないかって」

「そんな、どうして。あんなに仲がよかったのに」

「自分でも分からない。でも、私にとってカイムは遠い人だって分かったの」

「エマ、あなたは今ひどく混乱している。その想いだってきっと事実じゃない。カイム様はエマに対して、それ程一線を引く人だった? よく思い出してみなさい。喧嘩しても許し合う事が、出来ない二人なの?」

「多分、喧嘩じゃない。私が一方的に感情をぶつけただけ」

「それでもいいのよ。喧嘩は喧嘩。それに、たまには言いたい事言わないと、こうやって爆発しちゃうわよ」

 エマは涙を拭ってくすりと笑った。

「ありがとう。少しすっきりした」

「いつでも胸を貸してあげるから、どんどん泣きついて来なさい」

「それじゃあエルヴィラに頭が上がらなくなっちゃう」

 エマが落ち着くと、二人はベンチに座った。

「カイムが、私に自由になりなさいって言ったの」

「それって……」

「分かってる。カイムは私が猟犬になってほしくないってこと」

「カイム様はそれだけエマを大事に思ってるという事よ。猟犬になるって言う事は、ステルスハウンドに命を差し出すって事なんだから。大切な人なら尚更、そんなものにはなってほしくないのよ」

「でも、私は双生児を殺す為なら命だって捧げられる。ステルスハウンドで生まれたんだから、それは皆と同じ。違いなんてないはず。それなのにカイムは分かっていてそれを……」

「違う生き方もあるって、仰っしゃりたかったんじゃないのかな。エマが言うように生粋のステルスハウンド生まれだから。当たり前のように猟犬になるって考え方をしてほしくなかったのよ」

「それでも一緒に生きようって言ってほしかった。カイムには死ぬ時は猟犬として死ぬのだと、微笑んでほしかった」

「そんな悲しいこと言わないで。エマにそんな事を言ってほしいだなんて、一度も思ったことない。たとえエマが猟犬じゃないとしても仲間は仲間よ」

「……コニエルに会わせて。彼は何かを知っているはず。あの日、私が居ない間に館で何が起こったのか」

「彼に会いに行きましょう。くだらない事だったら、笑ってすませましょうね」

 エマが泣き笑いをすると、エルヴィラも吹き出してしまった。

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