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21.王の血族

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 カイムが大叔父であるロレンス・ノヴェクの屋敷へ訪れるのは久し振りだった。ロレンスと主に会うのはステルスハウンドの館ばかりだった。子供の頃は訪ねる事が、頻繁とは言わなくてもある程度あったのだが、カイムが当主となってからは数える程しかない。親戚の家に訪れること自体一般的にも大人になったら少なくなるものだとカイムは考えているから、現状としては妥当な親戚付き合いと言えたが、カイムが住む館に会議室があり、そこでしかほとんど会わない大叔父など、一般常識で照らし合わせれば言わずもがなな異質さがある。ステルスハウンドとその組織の根幹を成すノヴェク一族は、数百年続く血の歴史で連綿と続いている。この奇妙な家族関係はノヴェクが滅ばない限り永遠に続く事だろう。

 カイムは大叔父の待っている部屋へ案内されると、既にロレンスは待ち構えていた。普段カイムが座っている机よりは重厚さがないが、それでも重みを備えている机にロレンスは着いていた。

「大叔父様、先日のお叱り肝に命じております」

「会っていきなり皮肉か、カイム。まったくお前は、知らぬ顔をしていれば好き勝手しおって」

「いつも、恐れ入ります」

「否定さえせんとは、随分と図々しくなったものだ」

「そうでなければ、猟犬達の主人は務まりますまい」

「ノヴェクの当主がどのようなものか、分かって来たようだな。ならば、王の件どういうつもりだ」

「やはりもう、ご存知でしたか。相変わらず耳聡いことで」

 カイムは館にロレンスの手の者がいる事を承知しているが、誰であるかまでは把握しておらず、敢えてしないのだった。また、ロレンスの身近にも、カイムの諜報人が紛れ込んでいる事を、ロレンスは知っている。互いに分かっていながら暗黙の了解で組織の動向を見張っている。

 愚かで浅ましい血縁者同士での腹の探り合い。軽妙な言葉で言えば、馬鹿げたチキンレース。

「私に隠す気などさらさらない癖をして、よくその様な事をのうのうと言えたものだ。舐めるのも大概にしろ。何でも許すと思ったら大間違いだ」

「そう、お怒りにならないで下さい。お身体に障りますよ」

「はぐらかすのではない。王をあの様な形で引き込んで、本当に上手くいくと思っているのか」

「どうでしょうね。それは誰にも分かりません。“女達”ならば知っているかもしれませんが」

「お前はその様にはっきりと断言できない曖昧な心情のまま、死地へ影の猟犬(ゴースト)を送り出したのか。常軌を逸している」

「双生児についての事柄で絶対などありません。保証など無に等しいではないですか。手探りでも進んでいくしかないのです」

「兵士を、しかも“影の猟犬”を無闇に消費するな。我が組織で最高級の能力を誇る兵士達だ。後任の育成がどれ程困難か、一般兵の比ではないぞ」

「大叔父様、その仰りようはあまりにも彼等、彼女等に酷ではないですか。兵士を消耗品の如く扱う発言を訂正してください」

「今更、何を言うか。既に人ではないと言ったのはお前自身だろう。自ら望んでステルスハウンドに入ったからには、いかに取り繕うとも犬にしか過ぎないのだ。たとえ本質が人間だとしても逃れようのない事実だ。私は人である事を忘れてはならないと言ったが、所詮、それは獣よりも質の悪い馬鹿者どもへの牽制だ。現実を直視しなければならない。いかに人道に重きを置こうとも、一般の人々と同等に扱われる事は永久にない。双生児に関わった者の宿命なのだ。カイム、お前とて同じだ。自分の父親がどの様に生きて、そして死んだかを、よもや忘れたとは言うまいな……私とて例外ではない。いずれ報いは受けよう」

「たとえ、人であろうとも、獣に成り果てようとも、歩く道は変わりません。双生児を滅ぼす、その一点だけで生き続けるのです。それは、僕だけの意志ではありません。ステルスハウンドの総意であるはずです。だからこそ、組織の体を成す兵士達を軽んじる様な物言いは止めて頂きたいのです」

「自分自身が何者であろうと関係がない、そう言いたいのか」

ステルスハウンド( ノヴェク )にとって、双生児が全てです。それがたとえ最悪な意味であったとしても。一生を縛られ続けなければならないのなら、その言葉が一番相応しい。大叔父様は仰いました、自身も例外ではないと。ならば血族が御する猟犬を貶めて良いはずがない。人道に(もと)る事を(いと)うならば、自らの身体を成す猟犬を何よりも尊ぶべきではないのですか」

 そして、勿論カイム自身とて例外ではないのだ。ノヴェクに産まれたからには、死ぬまで双生児と血で血を洗い続ける宿命にある。カイムはステルスハウンドの誰よりも双生児に縛られているのだ。その、身も心も。だからこそ、自ら望んで猟犬になり戦い続ける者達は、何よりも強い意志を持って留まり続けているという事だ。その様な経緯で猟犬となった人々を、軽く扱って良いはずがないと、カイムは常に思っている。

「お前の信じる道理とはそれか。ならば、仇敵のヘルレアを番いとして置く事が叶わなかったというのに、影の猟犬達と連れ立てて、片王がいるかもしれない敵地へ送る事も道に反しないと。本当に、猟犬をヒトとして尊重しているのか? 矛盾してはいないか。ノヴェク一族 の前だったとはいえ、守るべき人道をとやらを軽んじる言葉を吐き、猟犬供を死地へ送り出した。お前が最も猟犬を軽んじているのではないか」

「軽んじているのではありません。信じているから送り出したのです。影の猟犬は理由はどうあれ双生児に強い思いを抱いている者達です。常に意志を尊重したいと考えて、任務を与えています。それがたとえ、本人にとって過酷なものだとしても。猟犬である事を後悔しようと、僕はけして彼等、彼女等に目隠しはしない。それこそ、猟犬達に対する侮りに他ならないのですから」

「お前は辛辣なのか、甘いのか今だに理解の範疇を超える。あの時、大事にしていたカナリアが片翼を失った時、お前は憐れみから鳥を握り潰した。その時、私はお前がノヴェクの当主になるのだろうと、確信した――あの子は、泣き憐れむだけだったというのに――それが実現して、今度は猟犬を(くび)り殺すのではないかと常に思っている」

 カイムはため息をつく。

「縊り殺してはいけませんか? ……どうしようもなく辛い時、人に出来る事など、ほとんどないのですから。優しさなどとおこがましいことは言いません。しかし、応える術があるのなら手を引いてあげる事は出来ます。それがたとえ、その者にとって破滅に等しかったとしても。それの何が悪いというのでしょう」

 ロレンスが頭を額を抑える。何とも言えない渋い顔をしている。

「……運命というものは本当にあるのかも知れん。アルベルトから何故、お前のような子供が生まれるのだろう」

「だから今、僕が大叔父様の前にいるとは思いませんか――ヘルレアに関しては、 僕の仕事でした。誰に託す事も許されない長としての務めです。猟犬達に顔向け出来ない様な事はしていません。そして、今回した事も間違っているとは思っていません」

「……やはり王は、歪んでいたか。長い時を費やして創り出した牙の折れた王は、我ら人間にとって最良の友どころか、最悪の出来損ないになってしまった。今回の事ではっきりした。ヘルレアはもう王としての在り方を失うばかりか、均衡を保つ重石にさえならなくなってしまった。天秤は傾いたまま、もう戻る事は二度とない。全てが失敗だったのだ。自然の摂理に反した罰は、どれ程に過酷か。そう遠からず分かるだろう」

「まだ、ヘルレアは僕達から離れてはいません。命運が尽きたと思うには時期尚早ではありませんか。ヘルレアがどの様な王であろうと、戦う術を失ったとは思っていません。王である事には変わりないのですから」

「何を言おうと王はもうじき死ぬ。それが解決出来ない限りは私はお前を評価するつもりはない」

「それでも、結構。僕はまだ何もやり遂げてはいません。全てはこれからに掛かっているのですから」

――そう、これからなのだ。

 王はあれ程、人間に近しい何かを持っている。ならば、カイムにも戦う術がある。ロレンスが言うように、血を流す事だけが戦いではないのも確かだ。カイムにはノヴェクという血があり、ステルスハウンドという組織がある。歪んだ王だが、まだ手を取らせる時間はあるのだ。


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