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13.襲撃者達

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 早朝、ジェイドが気付いた時には、王はいつの間にか身繕いしていた。昨夜は血まみれになっていたというのに、外套はまっさらな青に戻り、ヘルレアの顔もすっきりとしていた。

「洗って来た……? それにしては綺麗に落ちたものだな」

「大した事じゃない、気にするな」

 ヘルレアが上機嫌で貯蔵庫から出ると、ジェイドもその背中を追い掛けた。

 勿論、店に降りても店主はまだ居らず、ジェイド達はそのまま外へ出た。

 朝日はまだ昇る途中で辺りは薄暗く、村人の影もない。

「一応、人目に付かない時間に去った方がいい」

 昨日倒した使徒はこの村の青年だったのかもしれない。王が酒場に戻って休んだのに従って、ジェイドも村で休んでしまったが、本来なら何も知らない村人に見つかって糾弾されかねないところだ。使徒は人間の中に紛れて暮らす事もある。大多数の人間がそれを知らずに暮らしていて、人型のままである使徒を殺せば、はたから見ればただの人殺しだ。

 ジェイドとヘルレアは森の中に紛れて山を下り始めた。ジェイドは一晩、屋内で休んだだけで足取りが軽くなった気がした。王が屋内で休まなければならない程疲れている様には見えなかった。これも、やはり王の気遣いというものなのだろうか。それをおくびにも出さずヘルレアはジェイドを休ませようとした。人間の体力配分というものをよく理解しているようだ。協会で幼い頃に教え込まれたのか、それとも実際に社会で人間と触れ合って学習したのか。

 日が高くなる頃、ジェイドは棲家に定時連絡をする為、ヘルレアの側から離れた。おそらく少し離れただけでは聞こえてしまうだろうと思ったが、一応、形式的なものだと考えて自分を納得させるしかなかった。なるべくステルスハウンドとの会話はヘルレアには聞かせたくなかった。他でもないヘルレア自身の話題が出かねないからだ。

 連絡が繋がり、ジェイドが得た情報や状況などを交換してから通信を遮断する。ジェイド達が得た情報と擦り合わせると、件の北の空に走った柱こそが東占領区が言う爆撃なのだろうと考えられた。

 そして、ヘルレアが言う気配も北から発せられている。

「王、どう思う。この関連性は見過ごせない」

「いかに綺士や使徒でも大規模な爆撃らしきものは起こせないはずだ」

「やはり、片王か……」

「気配がするだけ、通常の兵器よりも片王である可能性は高い」

「ユニスとエルドを呼び寄せるべきか」

「それはお前に任せる。私は北の爆撃地へ急ぎたい」

 ジェイドはユニスとエルドへ通信機で連絡を取ると、GPSで位置確認を行い北へ急行する様にと伝えた。

 ジェイド達は北へと歩き出した。

 森は一層険しくなり岩塊が大きく起伏を作っていて、上下の運動が激しくなった。更に太い根が岩に絡みつき、苔も生えて滑りやすい。荒れた道に慣れたジェイドであるが、さすがに長時間安定しない森の中を歩くのは体力を削がれ、ヘルレアに遅れを取って来た。日が真上から照らす頃、微かにジェイドの息が上がり始めた。ヘルレアはちらりと背後を見ると立ち止まった。

「少し休むか? まだこの荒れた地が続くぞ」

「構わず進む。時間はそれ程残されていない」

 ヘルレアは何も言わず歩き始めたがジェイドには、王がぽつりと呟いた声が聞こえた。

『人間とは脆いものだな』

 ジェイドは何も聞こえなかった振りをして歩き続けた。ヘルレアは少しだけ歩く速度を落とした様だった。

 そのまま歩き続けていると森の切れ間に行き着いた。崖になっており、遠く北の方角が見渡せる。崖の下は鬱蒼とした森がどこまでも続いており人家がある様には見えない。

 空は変わらず曇り、日差しは本来の半分くらいしか明るさがない。

 ヘルレアが崖すれすれのところに腰を下ろした。ジェイドの息は上がっていた。

「人家がないか少し崖の下を見て来る。お前はここで休んでいろ。そのままでは足手まといだ」

 ジェイドが何かいう前に、王は崖から躊躇なく飛び降りた。崖下を覗き込むが直ぐにその姿は見えなくなり、ジェイドは思わず膝を折った。

「参ったな」

 雲が厚くなり日が更に翳り始めた。

「これは、あまりいい兆候ではないな」

 ジェイドが座って休んでいると顔を何かがくすぐり、触れて見ると雪だった。ぽつぽつと白い雪が降り出して、直ぐにそれは視界を白く染めていった。息の白さがまして底冷えがして来る。視界が悪い。王が迷う事など考え難いが、万が一の事もある。しかし、ジェイドでは探しに行けるわけもなく、崖下を見ながら待つしかなかった。

 雪が厚く積もり出す頃、崖の壁面をヘルレアが登ってきた。

「ここいらには、人家はない。崖に沿って北へ向かう」

 ジェイド達は再び森の中を歩き始めた。雪の中の行軍故に、足が取られて速度が落ちるが、休んだおかげで足が軽い。

「さすがに東占領区は寒冷地だ。雪の質が違う」

「人間には雪は厄介だろう」

「足運びが鈍るのは確かだが、寒さが体温を奪う。動けなくなる前に民家にでも出会えればいいんだが」

 ジェイドの希望は叶わず、変わらず白く(けぶ)る濃緑の木々が連なっていた。

 次第に吹雪になって来た。木々に遮られているとはいえ、雪が吹き付けて来ることには変わりがない。切りつけるような風が体温を奪っていく。

「ジェイド、来るぞ」

 何が、とは言うわけもなくジェイドは銃を構えた。白い闇の中、暗い小山のような幾つかの影が木の間を、途轍(とてつ)もない跳躍力でもって行き交っている。木が影の重さにしなって、降り積もった雪を振り落とす。ジェイドとヘルレアの周りを影が踊り続け、腹の底へ響くような雄叫びを上げた。その声は野太く低く、丁度牛のような鳴き声だ。

「お前、動けるか。数が多い、一人で捌き切れないかもしれない」

「動くしかあるまい。黙って死ぬわけにもいかない」

「自分の身は、自分で守れ」

 ヘルレアは駆け出し跳躍した。木の幹に取り付くと駆け上がるようにして、使徒へ近付くと、思いっきり蹴落とした。牛のような巨体が雪の上に転がる。ヘルレアは上から飛び降り、のし掛かって首を掴むと喉笛を握り潰した。ごり、と軟骨を噛み潰したような音がした。使徒は人間の姿へ変性して無残な骸を晒した。ジェイドは呆気に取られている暇もなく、向かって来る使徒に銃弾を撃ち込む。正確に脚を狙い、体勢が崩れたところを頭蓋に向かって弾丸を叩き込んだ。使徒は痙攣していたものの、しばらく経つと僅かに動き始めた。やはり王と同じ様に動いている使徒を一回で仕留めることは不可能だ。ジェイドは胴に再び銃を撃ち込む。それでようやく動かなくなった。

 ヘルレアは木の上を使徒と同じ様に駆け巡り次々と蹴落として、地面に落ちた使徒はジェイドが弾丸を叩き込む。銃弾を受けて鈍った使徒をヘルレアが首を捩じ切っていく。既にヘルレアは血まみれになり、雪も鮮血に斑らとなっていた。

 直ぐに人間へ変性してしまう使徒と、使徒の巨体を保ったままでい続ける個体がいる。人間の骸と、使徒の骸が転がっている。

「思ったよりも数が多いいな」ジェイドは雪の中のだというのに汗を掻き始めた。

「私の気配に惹かれて来たのだろう。この数から鑑みるに綺士がこの区域に居てもおかしくはない」

 使徒でさえ手間取り、ジェイド一人では足手まといになっているのに、王がいるとはいえ、綺士の相手が出来るのだろうか。カイム等の世代は、今まで一度も王どころか綺士にさえ出会った事がない。その強さは口伝で残されているものの、実際の力量は未知の領域だ。

 使徒がヘルレアへ向かって走り込んで来ると、王は間髪入れず腹に拳を叩きみ、鱗を貫いて内臓を引き出した。腸がずるりと垂れ下がり、王はそのまま引きちぎると腸を使徒へ叩き付けた。使徒は人間に変性して腹を真っ赤に染めた少女が現れた。ジェイドは胃酸が逆流して吐き出しそうになった。

 ヘルレアは軽蔑した様な顔でジェイドを見た。

「どうした猟犬。こんな事で参っていたら。この先やっていけないぞ」

「ちょっとした気の迷いだ」

 幾度も見て来た光景のはずだ。憐れみは既に無意味なのだ。

 ヘルレアは最後の一匹である使徒の首を引き抜くと、周囲には人間の亡骸が散乱していた。


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