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雪解けの足音

作者: 慧瑠

ファンタジー抜きの恋愛系、初チャレンジです。

たった一つの思い出だけがある場所で、自分の視界を埋めるのは遮る物の無い海。

季節外れの海は、私が座るベンチ以外に雪が色を付けている。


雪の白に海の青。

澄み渡る夜空と暗い暗い寒色は、季節通りの寒さと共に私を身体から体温を奪っていく。


ゆっくり、ゆっくりと下がる体温を、内側から温める様に、自動販売機で買ったホットココアを口にする。

思わず笑みが漏れてしまった……。口から喉へと流れていくココアは、私が求める温かさでは無かった。

どうやら寒さは私からだけでは無く、ホットココアからも温度を奪っていたらしい。


それでも私の心は少しだけ暖かくなる。一つの思い出があるこの場所と、いつの間にか好きになっていたココアの味が、今でも昔の思い出を鮮明に色づけていく。

無色の世界に灰色を。

灰色の世界に白色を。

そこから、一色……また一色と色を付け、いつの間にか鮮やかな色合いになった記憶を。


今では世界に色は絶えず、積もる雪でさえ星に照らされ鮮やかに輝いてすら見える。これもひとえに彼のおかげと言えよう。

今では肌を撫でる風に寂しさを覚え、人肌恋しいと考えてしまうのも、ひとえに彼のせいだと言えよう。


昔の自分なら――'氷の女'などと呼ばれていた私のままなら、こんな時期にこんな場所には居ないだろう。

それもこれも彼のせいだ。これで風邪でも引いたのならば、看病の一つでもして欲しい。


まだ、時間はある。約束の時間まで、日はまだ昇らない。

だから思い出してしまう。笑って欲しい過去のお話を。

誰も必要とせず、誰にも必要とされたくないと願っていた頃のお話で、彼のおかげで過去になってしまったお話。


-


誰も私に話しかけはしない。

誰にも私は話しかけない。


それが普通で、中学から高校に移った所で変わらない。変える気もない。

必要最低限の接触を繰り返せば、私は十分だと思う。事実、ここまで何一つ問題は無かった。


いつしか、私は'氷の女'などと言うくだらない肩書で呼ばれる様になっていた。


後日彼から由来を聞いたことがある。なんでも、つけ入る隙は無く、話しても対応が冷たく。その瞬間だけ向けられる目は、首筋に雪が触れたような寒気さえ感じた人も居たらしい。

彼は笑って話してくれた。聞けば、大きな身振り手振りを混ぜて話してくれた。そんな彼と初めて出会ったのは……まだ肌寒く、少しすれば桜が顔を見せる時期、寝過ごしたバスから降りた先。


海の見えるバス停だった。


今でも思い出す。バカみたいな一言。


「俺が貴女を溶かせてみせる!」


意味が分からなかった。当時の私は無視をした。


それは彼なりの告白だったと知った時、私は鼻で笑ったと思う。その時に、彼は私が笑ったと喜んだのを覚えている。

とてもうるさかったから。耳障りだなと……初めて思えたから。


毎日毎日、飽きもせずに話しかけてくる彼が灰色に見えていた事に気付いた時、私は一人で驚いた。

それまでは他人に興味は無かった。いや、そもそも興味の有無にまで考えが至らなかったから。だから驚いたんだ。


興味がない色があった事に。背景にも色があったという事に。


私は強い人間ではない。とても弱い人間だからこそ、その変化が怖くて……初めて怒りを表に出した。生まれて初めて、他人に怒鳴り声を上げたと思う。


そうしたら、失礼な彼は笑って――「温かみのある言葉だ」と私に言うんだ。


モノを言わないんじゃなくて、呆れてモノも言えない。という事を知ったのも、それが初めてかも知れないし、その時にはもう……私の氷は溶けはじめて居たのだろう。


雫が溶け落ち、それがとても冷たいモノだと気付いたのは、もう少し先の事。


時の流れに合わせて、いつの間にか私の周りも愉快なモノへと変わり、あんな私にも友達と呼べる相手ができ始めていた。

合わせるように、背景には立派に色が付き、見ていたモノの中に透明が無くなっている事に気付く。同時に、自分に色がないことにも。


その事が、とても虚しくて寂しくて、自分が『つまらない人間』の一人だという事が嫌で仕方なくなっていた。


おかしな話だ。笑える話だ。

一年前望んだ結果で、この先もと望んでいたはずの自分が、その瞬間に惨めな自分に変わっていたのだから。本当に笑えてしまう。


-


「飲み物が無くなってしまったわ…」


もう冷え切っている缶を傾けると、口の中には一滴も垂れてこない。でも私の喉は潤いを、舌は甘みを求めている。

どうせ時間もある事だし、新しいホットココアを買いに行こうとすると、袋の擦れる音が聞こえた。振り返ると、とても歩きづらそうに積もった雪を踏み鳴らしながら私の元へ来る人影が。


「やっほー」


「まだ日の出には時間があるわよ」


「そんな事言って、一番乗りじゃん」


「たまたまよ」


「はいはい。たまたまね。

ほい、ココアで良かったよね」


「えぇ」


隣に座った数少ない私の友達は、漁った袋からホットココアを差し出し、自分の分の飲み物も取り出した。私と同じホットココアだ。

少し覗くと、袋の中には後二本。皆の分も買ってきた事が分かる。


「幾ら?」


「百二十円だけど、いいよこれぐらい。友達じゃん」


「そう…。

なら、はい百二十円」


「ちょ、いいって」


「遠慮しないで。そのココアは、私の奢りよ。

その…友達……なんだから…」


「そうだね。なら、ありがたーく奢られとく!なんせ友達だからね!」


自分で言っていて恥ずかしい。隣でニヤニヤしながらお金を受け取る姿が、私の恥ずかしさに拍車をかけてくる。


大人しく奢られておくべきだったと、少しだけ後悔しながらプルタブを引くと、静かな空間に軽い音が響いた。

同じ様に隣から音が聞こえ、意図した訳ではないけど、一緒にホットココアを一口。鼻腔を甘い香りが抜け、口の中にも甘さが広がり、温かさが冷えた身体に染み渡っていく。


缶から口を離すと、呼吸に合わせて白い息が空気に溶けていくのを目で追う。


「一人で何してたの?」


「ちょっと昔のことを…」


「私と出会った頃?」


「それより少し進んで、丁度貴女がてんやわんやしてた頃よ」


「うぇ、恥ずかしい所じゃん」


「貴女がね」


口ではこう言っても、私は彼女に感謝をしている。

人の心とはこうも面倒で、素直になれず、それがおかしい事ではないと知れたから。


悩み、考えて、答えを出して。決めた答えに合わせて行動するのにも、また悩んで。喜怒哀楽に素直な彼女には感謝をしている。

こんな私に相談してくれた事も、驚きや面倒の中に嬉しさもあった。


「そういえば一人で来たの?」


「あー、近くまでは一緒だったんだけどね。先に行っててって」


「そう」


彼女には彼氏がいる。

てんやわんやの結果、そういう仲になったと報告された。


本人は当然、どうやら彼氏側も喜んで。彼氏側の相談役だったという彼も喜んで、彼女の相談を受けていた私も喜んだ。

当時の私がちゃんと役に経っていたのかは分からない。今でも役立てる気はしない。それでも私は他人の幸せを自分のことの様に喜ぶことができた。


もう、私の氷は溶けていた。


そこは居心地が良くて、そこが暖かくて。


だから、私の氷を凍らしていた無色の雪が、とてもとても冷たいモノだと知った。

氷は溶けても、積もった雪が再度私を凍らせていくモノなんだと……私は知った。


「温かいわね」


「え?寒いよ」


「いいえ、温かいわ」


積もった雪は、まだ溶けきっていない。時折、私の居場所である事を強調するように、私が居たい場所に入り込んでくる。

でも、雪は止んだ。後は、少しずつ……少しずつ……。


「おーい」


「あ!こっちこっち~!」


隣の彼女が声の主を手で招き、後ろの足音が近付いてくる。

足音は二つ。


シャリッと雪を踏む音、パキッと氷を砕く音、そしてピチャリと雪が溶けた音。


足音の主達が到着するのが待ちきれない彼女が、新たに足音を追加する。

少しすると、近づく足音は一つに。


不思議と誰の足音か分かる自分がおかしくて仕方がない。その音が私の求める音だと言うことが、恥ずかしくて仕方がない。

足音を耳に、振り返ること無く待っていると、隣に誰かが座る。さっきまで座っていた彼女ではない。


「寒くないか?」


「温かいわ」


隣に座る彼に答える。

顔を見るのは、少々恥ずかしいから、白み始めた空を見上げながら。


「そうか。そりゃ良かった」


誰かが鳴らした訳でもなく、シャリッと音が聞こえた。


ゆっくりと日が顔を見せ始め、少しずつ明るく色が付いていく。


「あの日の答えを聞いてもいいか?」


パキッと音が聞こえる。


彼の問いの意味は分かっている。

一週間前、私は彼に改めて告白をされた。その場で答えきれなかった私は、時間が欲しいと逃げてしまった。

丁度、年が変わる今日、返事をすると期限を付けて逃げた。


休みという事もあり、一週間悩み続けて……新しい自分の色を見た。私が向き合えた新しい自分、そんな自分が出した答えは……


「どうやら、私は我儘みたい。

まだまだ鮮やかなモノを知りたい。積もった雪の下に眠る色を見たい。だから、それを見せて欲しい……という言い方で勘弁して」


精一杯の答え方。

我儘な割には、ひねくれ者の私には、素直に言葉にする事はまだ難しい。


「あぁ!もちろんだ!」


冷えた身体が、包まれて熱を持っていく。

突然の事で驚いた私も、何をされているか理解して、顔まで熱くなっていく。


同時に、ピチャリと雫が落ちる音がして、また少しだけ雪を溶かす。


落ち着く音。私が求めて、私の好きな音。

この音を教えてくれたのは彼で、運んできてくれるのも彼だ。甘えてばかりの自分ができる事は、今は少ない。だから少しでも――。


腕を回し、指を絡めて自分の手が離れない様にする。


「ほら、やっぱり温かいわ」


「あぁ、そうだな。あったけぇ」


自分の我儘に乗せて、素直になれる様になろう。

難しかったです。


名前を出さなかったのは、単に考えついていないだけですね。

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