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面倒な僕を助けてくれ  作者: 柱蜂 機械
第一章 入部編
3/69

序[2]

 第二回目です。

 何かこの前は男しか出てなくてごめんなさい。

 今回は女の子が出ます。

 放課後、そそくさと教室を後にした僕は自転車で校門を出る。

 未だ校舎内にはトランペットだかトロンボーンだか、クラリネットやらの高音パートの音色が響き、グラウンドには野球部を筆頭とした男子運動部員のえっさほいさという低音パートの声が鳴る。見事にハモっていると思われて驚いた。やっぱ野球って大会の時とかに吹奏楽部が合奏で応援してるから、息が合うんだろうか。

 途中で近場の中古何でもショップ的なところに寄り、マンガを立ち読みしていくと帰宅はいつも六時半ほどだ。

 少し冷える風を感じつつ国道一号線、通称国一を折れて旧東海道を西に進めば自宅だ。


「ただいま」


 玄関扉を開き、我が家に入る。あぁ、やっぱ家は暖かいな。あったかハイムじゃないけど。


「おっ、おかえり」


 リビングからぴょこりと顔を覗かせた黒髪ポニーテールの女の子は、僕の超絶可愛いと言っても過言ではない妹の(そら)である。うん、相変わらず可愛い。心がぴょんぴょんするのも致し方ない。

 中学のセーラー服の上からエプロンを着ているようだ。制服の袖やスカートの裾から覗くのは、小麦色に、健康的に色付いたしなやかな手足である。

 何だかどんどん大人っぽくなっていく気がしてお兄ちゃん嬉しいような、悲しいような……。

 それよかどんどんスカート短くなってない? お兄ちゃん心配よ。

 靴を脱ぎリビングに入る。リビングは、キッチンが一体化した何とかという奴で、キッチンからもリビングからも相互に見渡せ開放的である。キッチン目の前の食卓には、作られた唐揚げとその他おかず、白米、味噌汁といった至って平凡な料理が並んでいる。とりあえず食卓上には三膳の夕飯。妹と僕とアホ用である。

 当たり前のように空に問う。


「母さんは? 今日も遅いって?」

「うん。こんなんしかないけど我慢してね」

「勿論。我慢というか大歓迎」


 まんまん満足。一膳満足!

 うわぁ、と呆れたように空は苦笑し料理の仕上げに取りかかる。

 そう、この料理、なんと空が作ってくれたものである。いや、制服の上からエプロンって何か魅力的。妹じゃなかったら告ってビンタされてる。いやぁ、暴力も愛情表現だと思うんだなぁ僕は。まぁもう暴力系ヒロインは流行らないけどな……。

 僕たちの両親は共働き、というか親父は単身赴任中で静岡にはいない。母さんも朝から晩まで働いていて、今日のように空が炊事をすることも少なくない。そしてもう一人、家にはアホの子がいるので食卓の上には三膳が出ているのである。

 準備も終わったらしく、箸を用意して二人で夕食を食べ始める。

 まず唐揚げに口をつける。ショクッという音がして衣が裂け、中の肉がじんわりとやんわりと、油脂と醤油味を口の中に広がらせる。あぁ、美味い上手い。さすがに我が妹よ。


「味、どう?」


 どうやら顔に出ていてらしく、空がにやりと笑って問いかけてきた。


「今日も美味いな。多分帝国ホテルで出せる」

「言い過ぎ。ま、そのくらいの実力はあるかもね」


 僕のジョークにジョークで返してくれるのは、兄妹故のことだと思う。逆に言えばそんな奴学校にいない。

 空の気だるげそうな目がこちらを向いて笑っていた。別にやる気ないとかそういうのではなく、彼女のそれは生まれつきなのだ。うんそれで可愛いんだったら何でもおけまる。

 と、そんなことを考えていると二階からドタドタ音が聞こえる。うるさいなと思いつつ音を聞いていると、音源は二階から一階への階段を下っているようだった。

 そして、バタンとリビングのドアが開け放たれた。うるせえ……。


「よっしゃあ、終わったぜぃ!」

「うるせえ……」

「あっ、やっと降りてきた。……もう、ご飯の時くらい最初から下にいてよ」


 僕が呟き、空が注意しても音源がそのボリュームを下げることはない。


「おやおや陸くん。私の最高傑作、新・雷電(ライトニング)魔道(ダークネスロード)を読まずにそんなこと言って、良いのかな?」

「うんうん、読む、読むよー」


 自分でも驚くくらい抑揚のない声で返事をしてしまった。棒読みちゃんに勝利。

 そんな騒々しい客人に空は微苦笑で対応する。


「はは……、良かったね。後でゆっくり聞くから、早く手洗ってきてお姉ちゃん」

「ラジャーッ」


 「お姉ちゃん」と呼ばれた女子は上機嫌で洗面所へと向かった。

 空ははぁとため息をつく。


「もうちょこっと、何とかなんないのかなぁ……」

「まぁ……、無理だな」

「だよね」


 二人でまた、苦笑混じりのため息をついた。




 僕たちの言う「お姉ちゃん」というのは通常、ある人間に対してそれより早くこの世に生まれ落ちた女の人間のことを指す。

 そしてまた、僕と空の「お姉ちゃん」というのもこれの例外ではない。

 本名は水野(みずの)(うみ)。僕と同じ高校の3年生だ。といっても、もう卒業式も終わってしまったため実際はただの引きこもりである。

 ショートの黒髪を少し伸ばして、ポニーにして、さらに眼鏡を外せば空にそっくりの美少女である。体格差もさほどのものでもなく、双子と見紛うほどよく似ている。ただ最近は海の方が外出しなくなり、空の方は毎日陸上部で焼けて帰ってくるので、肌は白色と小麦色というコントラストとなってしまっている。また、姉の方は言動通り溌剌としたパッチリした目だ。

 しかしこの海という女、容姿が空と似ているというのに中身が全く違うのである。何かっていうと、ヲタクなのだ。時たま右手が疼いたり、片眼を負傷しちゃう病でもある。それはさっきの小説のタイトルにも発現している。ちなみに姉はあの恥ずかしい名の小説をネットに投稿している。そろそろヤバい。とはいっても、小説読んだりアニメ見たりすると、あれっ? 自分にも書けるんじゃね? とか思ってしまうのは事実である。ソースは僕。それでもあのタイトルはヤバいマジで。

 で、姉はコーラを飲んでぷはぁとか何とかと仕事終わりの一杯を堪能する。ちょ……唾飛んでる……。


「いやぁ、やっと八十九話書き終わったよぉ。んー、長かったなぁ」

「アタシにはよく分かんないけど、とりあえずおめでと」


 こういう時に自らの興味がないことでも、しっかりと反応できる空はコミュ力高いと思う。僕なんか、さっきから無言タイムを継続している。

 海さんは夢見心地でふわふわニヤニヤしている。


「いやぁ、早くどっかのレーベルから書籍化のお誘い来ないかなぁ。こっちは準備万端なんだけど」


 確かに小説投稿サイトから書籍化された作品はちょくちょくある。さらに言うとアニメ化しているのだってある。だがしかし、それは限られたほんの一握りの作品である。小説家の皆さんがどうなのかは分からないが、こんな一地方都市の平凡な女の子の拙い作品が書籍化なんていくらなんでも非現実的すぎる。もうちょっと文章力を上げた方がよろしい。いちいち漢字に謎ルビ振るな。読めねぇんだって。

 自称血塗られた将軍(ブラッディジェネラル)さんが美味しそうに唐揚げをパクついているのを見て、空はどこか不思議に思う様子で、首を傾げた。


「うーん……なぁんか、あとちょっとでお姉ちゃんがいなくなるって感じが、アタシしないんだけど……」


 単純な呟きだったが、それも姉妹で過ごしてきた時間の長さがそう思わせるのだろう。ウチは親が家にいず、自然と姉弟、兄妹、姉妹で長い間生活してきたのである。

 

「大丈夫だって。玉葉大学なんてほとんど東京だから近いし、それに夏と冬には帰ってくるから。空ちゃんもそんなに悲しまないでね?」

「いや、あんま悲しんでないけどさ。どっちかっていうと心配? みたいな」

「えぇー?」


 うん空の方がお姉ちゃんっぽいな。

 姉は四月から東京の方の大学への進学が決まっている。こんな感じでも、そこそこ勉強ができるというのが不思議だ。親父も単身赴任中だし、母さんも忙しくしているから本人も最初は地元の国公立大学を目指していたらしい。しかし親父が何かを姉に言ったらしく、そのおかげで姉は東京で大学生生活を送ることにしたようだ。

 普段は鬱陶しくてイライラするような姉だが、人当たりは良いし気も遣える。進学を悩んでいたのも両親に迷惑を掛けたくなかったからであろう。

 こういう時に空の頭に手を置いて、よしよしとでもしてやればお姉ちゃんらしい。……のだが、悲しんでよぅと言いながら、逆に空によしよしされてニヤニヤしてるものだから姉らしくない。まぁ百合百合するのは悪くないと思いますけど。

 しかし、実際悲しいと思っているのは姉の方だろう。それは先ほどの「空ちゃん()」という言葉に現れている。ああ見えて意外とホームシックになってしまいそうだ。

 でも、そういう光景を見る度に実感する。やっぱり時間は進んでいく。

 当たり前のことだが、身の回りに特別な変化があって初めて気付くのだ。姉が大学に入り、翌年には空が高校受験、次の年には僕の大学受験である。いつまでも我が家でぬくぬくと過ごせるわけではないのだ。そんなことは遠の昔に分かりきっていた。面倒臭がって、怠惰を貪って、甘えていた。

 別に将来したいことがあるわけでも、なりたいものがあるわけでもない。ただ漠然と時が過ぎるのを感じて、見過ごしてきたのだ。高校に入ったのだって周りがみんなそうしたからで、多分大学もそんな感じで入るのだろう。でも、その先はなあなあでは行かないらしい。もしどこかの会社の社員になったら、一に仕事、二に仕事、三、四は残業、五に気遣いとかそんな感じになるんだろうなと思っている。でも、自分で言うのもあれだが、会社に入ってさえしまえばそれもなんとなくできてしまう気がする。確かに面倒なことは嫌いだし、やな奴に頭下げたり媚売ったりするのはもっと嫌いだ。もっと言うと人と接するのもすこし嫌。それでも慣れてしまえばぼんやり過ごすことになるのだろう。こう見えて、ルーティンワークは超得意。

 なら、変化するとはどういうことなのだろうか。人は一朝一夕にころりと何もかもを変えられる訳ではない。だが時は流れ、周りは変動する。しかし、僕には変わるということの意味がよく分からない。そして、変われないのではと、僕だけが今この時に取り残されやしないだろうかと、そんなことを考えてしまう。

 僕は停滞した環境が好きだ。閉塞した世界を生きてきた。

 だから、変化するということが怖いのかも知れない。

 変化とは、しなければならないものなのだろうか。

 その答えを探すことは止めてしまった。その答えが、見つからなければ良いと思い始めたのはいつの頃からだったか。

 不意に姉と目が合う。どこか心配しているようで、慈悲を湛えたような目。昔のことを思い出す。僕を慰め、決して弱音を吐かなかったあの目に似ていた。

 しかし、その面影は一瞬にして崩れ去る。そしていつもと同様、人をイラッとさせる笑顔になる。


「どうしたの? 陸くんもお姉ちゃんいなくなると、寂しい?」

「……そうですねはいはい」

「えー、冷たいー。ドライアイスみたーい」


 素っ気なく答えると姉はよく分からない言葉を述べる。

 僕はため息をつき、味噌汁に手を伸ばす。

 ごくりと飲み干す。喉が一気に冷えてしまった。

 僕の様子を見て、空が思い出したようにあっ、と声を発した。


「そうだ、お兄。何か、清水? とかいう先生から電話来てさぁ、レポート探しておいたんだけど、言うの忘れてた。明日が期限らしいんだけど、忘れててごめん。……ほい」


 空はそう言って、ソファ近くの紙類がまとめてある場所から一枚の紙を引っ張り出して僕に手渡す。

 くそあの教師め……。


「ありがと……。でもな空、これからは電話が来ても軽々しくオッケーするなよ。どんな見ず知らずの下っ端残念教師かも分かんないだろ」

「うーん……、お兄がその先生のことどう思ってるのかは何となく分かった」

「え、そう? 分かっちゃった?」

「ちょ……お兄、顔ヤバい。キモいよ」


 空は顔を引き攣らせる。やっべ、空に引かれた。でもこれも悪口ではなく単純に僕の顔がヤバかった故の発言なので、自重し空ちゃんそういうことまで教えてくれて優しい! と思う。拡大解釈ってマジ怖い。いやしかし、妹の前でニヤニヤ笑いはさすがに不審者。マジで気を付けるか……。

 

「清水先生かぁ、懐かしいなぁ」


 海さんが遠い昔を回想するように呟く。いや、でもね……。

 僕のツッコみたいことを空がしっかりと言ってくれる。


「いやお姉ちゃん、ついこの間まで高校いたじゃん」

「でもでも、先生陸くんの学年になっちゃったじゃん。だから学校にいてもご無沙汰だったんだよ」

「ふーん、そっかぁ」


 その時、姉はポンッと手を叩き僕に笑いかける。


「そうだ。陸くん、先生にご無沙汰です、って言ってきてよぉ」

「え? いや言わないけど」


 即答するとうぇっ、と姉が心臓を撃ち抜かれたような振りをする。いやぁ、こういうのが鬱陶しいんだよなぁ。

 それを見ていた空は苦笑いし、僕の方を向く。


「まぁ、お姉ちゃんめんどくさがってるだけだけど、お兄言ってきてあげてよ。もう、お姉ちゃんいなくなっちゃうんだし。最後の頼みだと思って」

「それこそ自分で行くべきだと思うんだけどなぁ……。まぁ空の頼みなら別に構わないけど」

「じゃ、よろしくね」

「何か私の時と反応違くなぁい?」


 海が不満げに口を尖らす。

 当たり前だ。空と貴様を比べたら月とすっぽん。いや、銀河と蟻まである。人間平等に扱われる方がおかしいのだ。

 何だか仕事が増えてしまったが、とりあえずは今日中にレポートを完成させねばならぬ。確か、気になる歴史的事象とか何とかと言っていた気がする。まぁ適当に宗教間の相違と対立とか書いときゃ大丈夫だろう。

 さぁて宗教って何があったっけ?

 僕の長い夜が始まった。

 最後までお読み下さりありがとうございます。

 まだ全然進みません。ごめんなさい。

 次回も気長にお待ち下さると幸いです。

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