神、ほくそ笑む。
ロング博士(52才・女)は、大学で応用生命学の研究者であった。
やがて、彼女の発表した一連の研究論文が生死物学研究所の目にとまり、客員研究者として招聘されることとなったた。
生死物学研究所は、その研究内容から極秘に活動していた。研究内容とは、遺伝子改変により人間の不死性を除去することであった。
人類は不死を手に入れ、不死が当然視されるようになった。
しかし、事故死以外に死ぬことがないという性質に疑問が投げかけられるようになった。なぜ生きなければならないのか。この難題に挑戦すべく、研究所は立ち上げられた。 極秘に活動しなければならなかったのは、万一連邦に発見されれば、治癒力を異常に高める薬剤を投与され、事故死すら困難となってしまうからであった。
ある日、ロング博士たち研究チームは、未だに不死性のないマウスを用いて、実験を行った。それは、いったん遺伝子操作によって不死性マウスを生み出した後、開発したばかりの薬剤ジーオーディー(GOD)を投与し不死性を失わせ、ウイルスに感染させるというもの。
試行錯誤を繰り返しつつも、ただの一度も成果が得られず、全くの手探りで研究は続けられていたのであった。実験は、これまでにないほど緊張感に包まれながら進められた。研究チーム一同が、祈る思いで作業を見つめた。
そして、ついに実験は成功したのであった。手掛かりなく闇雲に生み出した薬剤が、彼らの念願を叶えた。チームは、人類の運命を動かす偉大な成果に歓喜した。
ところが―
チームが打ち上げに向かい、研究所職員が誰もいなくなった後、研究所に雇用されていた、とある清掃員が研究室に忍び込んだ。彼は上級清掃員として各種研究室に入室可能であった。
彼は、その長い長い命を終わらせたかった。来る日も来る日も神に祈った。そして今日、彼は実験の成功を耳にしたのであった。
彼は迷わなかった。彼は薬剤を自らに投与し、死という喜びを手に入れようとした。
研究室に侵入した彼は、様々な薬物がしまってあるガラス張りの巨大な棚の前に立ち、新薬を探した。新薬ジーオーディー(GOD)とラベリングされた容器を探した。 そして、最も厳重に密閉された棚の中に"GOD"と書かれたラベルを見つけた。彼は棚から容器を取り出す前、神に祈りを捧げた。ありがとうございます、と。
彼は、近くにあった注射器に薬剤を移し替え、自ら打ち込んだ。
間もなくして、全身が熱く火照り出した―焼けるような痛みが体中をほとばしる―そして、みるみるうちに、彼の皺だらけの顔や体は見違えるような張りを取り戻していく―ごぼうのようにほっそりと筋張っていた腕が、隆々とした若々しい筋肉に包まれる―曲がっていた背中が豊かな筋肉に支えられ直立する―手指に刻まれた傷の数々がたちまち快癒する―彼は、若さを取り戻した。そして、あまつさえ、異常な治癒力をも手に入れてしまった。彼は、もはや事故死すら望めない、文字通りの不死を獲得してしまったのである―
彼が手に取り注射したのは、GODではなく、CODだった。COD―冗談―
神は彼を見放した。否、神は彼をほくそ笑んでいた。
存在すると頑なに信じた神に、そして唯一望みをかけたGODに嘲笑を投げかけられた清掃員。彼の名はフォーエバー(133才・男)―